第14話 携帯の中身
「それで今に至る」
言い終わるのと同時に、私はホットコーヒーが入ったカップを手に取り、舌が火傷しないようにゆっくりと飲んだ。
「なるほど。なんとなく状況は把握しました」
顎に手を当ててそんなことを言う彼は、高校時代の私の後輩の
「それで、探偵の僕に頼みに来たってわけですね。任せてください。この僕に解決出来ないものはないですから」
自分で探偵だなんて胸を張って誇らしげに言うのを、大の大人としてどうかと思うが、とりあえずそれは置いといて。
今の私に金銭的に余裕はないし、知り合いに頼んだ方が私的に安心感もある。だから、正直期待はしていないけど優に頼むことしにした。
それに、情けないことに私一人では真実に辿り着けない。彼が消えてから一週間が経っても、私はなにも出来なかった。なにも分からなかった。だから、本当は誰にも頼りたくなかったけど、こうする他がなかったのだ。
優は張り切ったのか、レンズの入っていない縁の太い黒色の伊達眼鏡をかけている。絶望的に似合っていない。似合ってなさ過ぎて、私が恥ずかしくなる。これが共感性羞恥というものなのだろうか。
「手がかりはパスワード付きの携帯のみか。彼の趣味とかって分かりますか?」
「大の読書好きだった。いつも私に本の魅力を楽しそうに語ってくれたから、それだけは本当だと思う」
「そうですか。因みにどんな本が好きだと言っていました?」
「確か初めて会った時、特に『苦しい』っていう本が好きだって言ってた」
「『苦しい』ですか。ちょっと調べてみますね」
言うと、優はノートパソコンを開き、キーボードを叩き始めた。齧られたリンゴマークのパソコンだった。今のノートパソコンはこんなにも薄いのかと、私は驚いた。
「もしかして、諏訪詠って人の著作ですか?」
「そうそう」
言いながら、私はホットコーヒーを飲む。少し冷めたおかげで、もう火傷をする心配はなさそうだ。
「同じ苗字ですね」
言われてみればそうだった。彼の本名が諏訪なのであれば、この作者と同じ名前だ。珍しい名前ではあるが、そんなのただの偶然……。
「この作者について詳しく調べてみるので、少し待っていてください」
猛スピードでキーボードを叩く音だけが、私の鼓膜に届く。そんなに勢いよく叩いて大丈夫なのだろうか。高校生の時に使っていた家庭科の教科書のように薄いから、心配でしょうがない。
「この小説家何年も新作を出していないですよ。消えた小説家と、少し前までネットで有名だったらしいです」
真剣な眼差しで、睨むように優は画面を見つめる。気づいたら、優は伊達眼鏡を外していた。邪魔だったのなら、最初から付けなければいいのに。私は机に置かれた伊達眼鏡を見ながら、少し呆れる。
「最高傑作と謳われた『苦しい』を最後に、どこからともなく消えたそうです」
「それ以外になにか情報は?」
もう一度、優はパソコンを見つめる。
「デビューは八年ほど前で、その前はケータイ小説で高い評価を得ていたらしいです。出身は静岡県。右利き。血液型は不明。趣味はサッカー観戦と音楽鑑賞。大のメディア嫌いで、謎の多い小説家らしいです」
そういえば、前にサッカー観戦が好きだって言ってなかったっけ。
容量のない貧弱な脳の中を私は探る。待って。静岡県出身なのも一緒だ。
今、私に出来ることはなんだ? 思い出すこと以外に、私にしなければいけないことはなんだ? 優に頼ってばかりじゃ駄目だ。私にだって出来ることがあるはずだ。
「諏訪詠の情報があまりにも少なすぎるので、羽沢詩音の方を調べましょうか」
なにかを言っていたのは聞こえたが、頭には入らなかった。ラジオを聞きながら本を読んでいるみたいだった。
「ちょっと待って……」
私は右手を口に当てる。
「どうしました?」
「『苦しい』を数字にしてパスワードに打ち込んでみて」
勘というものは、時に恐怖を運んでくるらしい。
九六四一。優が打ち込んだ数字で、携帯はいとも簡単に開いてしまった。
動悸が激しくなる。息苦しかった。ここから逃げ出してしまいたかった。
優は開いた携帯をなにも言わずに私に差し出したあと、席を立ち、私の隣に座って横から携帯を覗き込む。
開かれた携帯には、数人が登録された電話帳や数十枚の写真が入っていた。
電話帳には、私の名前はもちろん羽沢詩音の名前もあった。
写真フォルダには、風景の写真が多かった。
ただ、その中に一つだけ女性が写った写真があった。
「この写真の女性、先輩は誰だか分かりますか?」
コスモスの花を背景に、車椅子に乗った女性。誰だろう。こんなにも綺麗な女性を、私は見たことがない。
「ううん」
「少しだけ先輩に似てますよね」
言われてみると、この女性はどこか私に似ているような気がした。いや、気がしただけだ。
顔面偏差値はこの女性の方が圧倒的に上だし。似ているだなんて、この女性に失礼だ。私は心の中で全力で謝る。
それに、この景色に見覚えがあるような気がする。どこだっけ。いつ見た景色だっけ。我ながら、記憶力の薄さに反吐が出る。
私は写真フォルダを閉じ、次にメモ帳を開いた。
「これは……」
画面には、数十個のフォルダがあった。いや、三桁はあるかもしれない。
一番上にあったフォルダ開く。文字の多さに目眩を覚えるほど、びっしりと文章が書かれていた。
「これって、小説の下書きかなんかですかね。日記なら日付を書くはずですし」
優の言葉を聞きながら、私は数十個のフォルダを一つ一つ開いていく。
それら全ては小説の下書きのようだった。
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