秋月さんの初体験 5
放課後。今日も今日とて私は生徒会室に足を運ぶ。我ながら勤勉だなあと思う。
「今日は生徒総会で報告する予定の生徒会活動におけるスローガンを決定したいと考えています」
全員が集まったタイミングで豊瀬先輩はそう声をかける。
全員と言っても、遅れてきた笹森先輩を待っていただけなのだが。
「はい」
「ん? 茉莉どうしたの」
勢い良く挙手する笹森先輩に対して、豊瀬先輩は首を傾げる。
熟年の夫婦みたいな関係であってもわからないこともあるんだなあと余計なことを考える。
「ほいほいほい」
リュックから徐にペットボトル飲料を三本取り出す。
そして、そのまま亀のようなスピードで私たちにペットボトルを押し付けるように渡してくる。
受け取らないわけにもいかないのでとりあえず受け取る。
「えーっと……ありがとうございます」
「ほっほっほっ」
白い髭でも生やしているおじさんみたいな声を出す。なんというか……いや、なんなんだこれ。
輿石も豊瀬先輩も困惑しながら受け取る。
笹森先輩は自分の席に戻ると、リュックからさらにペットボトルを取り出す。
「水だよ。飲んでね」
そう言いながらやにわに蓋を開けて、ごくごくと飲み始める。自由人過ぎてもはや意味がわからない。意味がわからないのは意味に始まったことじゃないのだけれど。
「これくれるのね」
「あげるよ」
「ありがたいのだけれど、なんで。また急に」
豊瀬先輩は当然の疑問を抱き、笹森先輩にその疑問をぶつける。
「昨日皆カッカしてたから。水分が足らないのかと思って。イライラには水分補給が一番って聞いたから」
「……そう」
豊瀬先輩は困ったように水を飲む。
「で、スローガンについてなのだけれど……」
水を飲んで何事もなかったかのように続ける。諦めたのかな。諦めたんだろうな。
「昨年度のスローガンはこれ」
ペンを持つと、きゅぴっきゅぴっと音を鳴らしながらホワイトボードに書いていく。
『百花繚乱』
四字熟語が書かれるだけ。そのあとにサブタイトル的ななにかが加わるのかなと、ホワイトボードを注目するが、ここから加わることはない。
それどころか、豊瀬先輩はペンのキャップを装着してしまう始末。
これで終わりらしい。
うーん、百花繚乱ってどういう意味だったっけなと考える。如何せん私は語彙力がないので、四字熟語とか普段使いしないのは知らない。焼肉定食とか天気晴天とかって四字熟語なんだっけ。違うか。
たしか、花が咲き乱れるとか、めっちゃすごい人材がめちゃくちゃ現れるとかそういうニュアンスの意味だった気がする。そもそも論として、これが正確かすらも怪しいのだけれど。
仮に正解だったとしよう。正解だったとして、どういう意味なのか理解できない。
スローガンとしてなにを表しているのか不明だ。
不明ってことは私が認識している百花繚乱という言葉の意味は間違っているのだろうと考えるのが手っ取り早い。
「秋月さん。それどういうことなんだみたいな顔していますね」
蓋を閉めたペン先を向けられる。顔に出ていたらしい。まあ、若干眉を顰めていたし、ホワイトボードを凝視していたし、丸わかりだったかも。
反省します。次からは周囲からわからないように考え込もうと思います。だから怒らないでください。
心の中で弁明しつつ、命乞いをする。
「百花繚乱という言葉には優秀な人材がたくさん輩出されるという意味合いがあります。我々生徒会一人一人が優秀な人材となり、そしてこの百合百合ノ華女学園の生徒一人一人を優秀な人材にしていこう。その礎を我々生徒会は作っていこう。作っていきます。という意味合いが込められているらしいわ」
と、懇切丁寧に説明してくれた。
冗長な説明だなあとか思いつつも、わかりやすいのはわかりやすかった。とはいえ、気になる点もある。それは、どこか他人事のような口調だなということだ。
「他人事っすね。興味ないんすか」
ボールペンをくるりと回す輿石は揚げ足取りのように追及する。なんかこんな野次を国会のニュースで観たことあるかも。
「そうね。他人事だもの」
淡泊にそう返答する。
「私たちが決めたんじゃないもんね」
補足するように、笹森先輩が教えてくれる。
ふーん、そうなのか。
「去年卒業した先輩たちが決めたのよ。私たちはただ決まる様子を眺めていただけなの」
なぜか私の方を見ながら教えてくれる。いや、形式上はどうであれ、質問したのは輿石だったと思うのだけれど。二人の間に確執のようなもの、というか淵。そんなようなものがひしひしと感じられる。
でも、まあ、そうか。豊瀬先輩も笹森先輩も二年生なわけで。つまるところ去年は一年生だったということだったということだもんね。この時期に決めることなんて他人事のように思うのは当然か。実際私だって他人事だなと思っているわけだし。
「というわけで、今年はどうしましょうか。という話ね」
「はい」
笹森先輩は威勢良く挙手をする。こう、真面目な顔をしているときはどうせしょうもないことを発言する。私は学んだ。
「水分補給なんてどうよ」
「却下」
「えー」
ほら、見たことか。
豊瀬先輩は躊躇なく却下している。慣れたものなのだろう。
「二人はなにかあったりするかな」
と、笹森先輩を完全にスルーして、私たちに問いかける。
私たちと言っても目線は私一直線なのだけれど。
実質私に問いかけているようなものだ。輿石は輿石で興味なさそうにペン回しの練習をしているし。
私も興味ないんだけれど。かと言って、笹森先輩のようにふざけた提案もできないし。
あはは……と愛想笑いをすることしかできない。
「なんでも良いわよ。ああいうのを除いてなんでも良いわよ」
一瞬笹森先輩が目をキラキラさせたのを見逃さなかった豊瀬先輩はそう釘を刺す。
本当に扱いが上手いなと感心する。
もうここまでくると飼育員さんみたいだ。
「急に言われても……」
「それもそうね。考える時間がてら休憩にしましょうか」
こうして一旦中断したのだった。
これって、あれだよね。休憩が終わり次第「それじゃあ、秋月さん。なにか浮かびましたか」って言われるヤツだよね。ただ問題を先延ばしにしただけでなに一つとして問題は解決していない最悪なパターンだよね。
ああ……休憩だっていうのに心は全く休まらない。小さなため息が無意識のうちに漏れてしまった。
気付けば休憩は終わっていた。
明確に何分から何分まで休憩と定められていたわけじゃないけれど。きっと、私がここであれこれ言えば休憩はさらに伸びるだろうという確信があった。
ただそれをしてしまえば、間違いなくスローガンを求められる。言い訳も休憩が長引けば長引くほどしづらくなるし、逃げ道も塞がれていく。
「それじゃあ早速スローガンを決めて行こうと思います。秋月さん。どうですか」
予想していた通り、私に振ってきた。そりゃそうだ。もはや驚きすらしない。至って冷静だった。
驚かないだけで、なにか浮かんでいるわけでもないのだけれど。悲しいね。
「……」
とりあえずニコニコしておく。こういう時はニコニコしておくに限る。面倒くさいクレーマーにはニコニコしておくのが良いんですよってテレビでも言っていた。
「秋月さん。今なにかとーっても失礼なこと考えていなかったかしら」
「えー……気のせいじゃないですか」
なぜか私の心は見透かされていた。豊瀬先輩は超能力でも使えるのかな。
クレーマー扱いしているのがバレるとは思わなかった。
こうなった以上、なにか適当にそれらしいことを言っておかなきゃならない。
そうだ。適当に言って採用されなければ良いだけ。簡単な話ではないか。
とりあえず私の知っているそれっぽい四字熟語を言っておこう。
「あーっと。日進月歩なんてどうですか」
今パッと出てきた四字熟語。これに関してもしっかりと意味は把握していない。
「日進月歩ねえ」
豊瀬先輩はうんともすんとも言わない。なんか不安になる。他にはなにかある、とか言われたら詰む。
「日進月歩ってたしか日ごと月ごと着実に進んでいくというような意味合いがあったはずなんです。生徒会も、ウチの学校も。生徒が一丸となって、今日よりも明日の方がよりよいと思えるように日々成長していこう……というような意味を込めてどうかなあなんて思いまして……あはは」
焦燥感を覚えながら、私は饒舌にプレゼンをする。我ながら良くもこんなに喋れるなと驚く。
メモは無いし、特に考えていたわけでもない。それらしいことを言いたいという一点だけでペラペラと頭を使わずに喋っていた。
「悪くないわね」
「悪くないんですか」
「反対意見なければこれにするつもりなのだけれど。どうかしら」
豊瀬先輩は二人に問い、二人は首肯する。
こうして、私の出した適当な案はすんなりと通ってしまった。
奇しくも、こうして私は、生徒会初仕事をしてしまったのだった。
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