秋月さんの初体験 6
今日も遅くまでお仕事をした。ふう、今日は頑張ってしまったな。と、自画自賛をしてみる。惨めだ。悲しくなる。
「秋月デートすんぞ」
「秋月さんこのあと暇かしら」
お開きになったと同時に私は声をかけられる。二人同時に、だ。ひくっと肩を震わせる。
「ひいっ……」
あまりにも同タイミングだったのでどちらに顔を向ければ良いかわからない。
私の目の前で繰り広げられる、バチバチな目線のやり合い。両者譲らない熱い戦い。
こんなので熱くならないでよと思うのだけれど。私が言ったら火に油を注ぐようなことになりそうので控えておく。
「モテモテだねえ」
「じゃないですよ。多分。そういうのじゃないです」
笹森先輩が私の近くにやってきてニヤニヤしながら問う。私は否定した。
広義的に考えればモテているのかもしれないけれど。
豊瀬先輩は新しくできた自分の後輩を可愛がっているだけだし、輿石は恋人ごっこを遂行しようとしているだけ。恋人の演技をし始めてから、まともに出かけていないし。
「そっちは昨日秋月持ってったじゃねぇーか。今日はアタシだろ」
物扱いされているような気がするのですが、気のせいでしょうか。気のせいではないのでしょうね。
「それは関係ないじゃない」
「関係あるだろ。大ありだろ」
「そもそも昨日は遊んでないわよ。それに元を辿れば秋月さんを呼び止めたのは貴方のせいなわけだし」
言い争いを始めてしまう。困るなあ。
「ほらほら水飲んで」
笹森先輩は割って入る。好きですね、水。マイブームならぬデイブームなんですかね。
「春香はさ、先輩らしく譲ったらどうよ。別にあききちゃん今日会えなかったら一生会えなくなるというわけじゃないでしょ」
「……」
笹森先輩にまともに諭されて、豊瀬先輩は口を噤む。
というか、あききちゃんって誰。えーっと私かな。私なんだろうな。こししちゃん的なことなのかな。
「今日は譲ってあげる。明日は譲らないわよ」
「アタシたちじゃなくて、秋月が決めることっすよね」
二人の目線が集まる。逃げたくなる。逃げられないけれど。
「明日って……生徒会ないじゃないですか」
様子を伺うようにそう問いを投げる。水曜日。せっかく早く帰宅できる貴重な日なのに。放課後わざわざ用事を入れるなんて正気ですか。口にはしないけれど、これでもかってくらい思いを込める。
「秋月さん?」
圧が凄まじい。物理的に潰されるんじゃないかってくらいの圧だ。
「わかりました。それで……良いですよ」
休みは飛んでいく。ヒラヒラと飛んでいく。ああ、でもこれで良いんです。そう。これで穏便に済むのなら。それ以上のことはないよね、と。
ゆったりとした放課後を見送りながら、輿石に連れられて生徒会室を後にした。
校門で輿石のことを待っていると、自転車を押してやってきた。
金色の髪の毛は風に靡く。五月の風は温い。気持ち悪い。でも、輿石は美しく、イヤ〜な気持ちは簡単に吹き飛ぶ。
「私はどこに連れて行かれるのかな」
おどけてみる。
「決めてっから任せとけ」
片手で自転車を押しつつ、片手でポンっと胸を叩く。
「決めているんだ。どこ行くの」
また秘密とでも言われるのかな。聞いたって聞かなくたってどこかへ連れて行かれることは変わらないのだけれど。
「ショッピングモールに行こうかなって」
「この辺にあったっけそんなの」
「隣駅にあんのよ」
「あー、あるね。あるけれどさ……遠くない? 遠いよね」
歩いて大体三十分くらいかな。歩く速度によってはもっとかかるかもしれない。
放課後。それも課外活動後に行こう……とは思えないような距離と時間である。
思わず項垂れてしまう。
「歩いたら遠いよな」
そう言いながら、輿石は自転車に乗る。そして、ポンポンと荷台を叩く。
「アタシたちにゃ、文明の利器ってもんがあんのよ」
「あー、もしかして二人乗りだったりして」
「おうよ」
「えーすんの。うーん。二人乗りかあ」
「したら十分もかからずに着くだろ。遠くもねぇし、秋月は疲れもしねぇ」
どうだ名案だろう、と言いたげな様子。
「なによりも校則違反できるぜ」
「校則違反というか、道交法を反しているような」
「こまけぇーこたあいいんだよ」
「二人乗りは……ちょっと。ねえ。ほら、私って良い子ちゃんだから」
学校の定めたルールを破るくらいなら良いかなって思うのだけれど、法律を破ると警察という面倒な存在が介入してくる。アイツらは善行をしようが、悪行をしようが、なんなら被害者であったとしても、私たちの時間をひたすらに食い続ける。こういうことを言っちゃいけないのかもしれないなあ、と思いつつ、面倒な存在であるとはっきりさせておく。
少なくとも二人乗りというしょうもないことでお世話にはなりたくない。
保護者に連絡とかされたらめんどいし。海外から飛んで帰ってきそうだもんなあ。
「じゃあ歩くか」
「二人乗りするくらいなら」
あれ、歩くくらいなら良いかって考えに知らないうちにシフトしていた。輿石……もしかしなくとも策士だな。
「アタシたち一応さ、恋人なわけだし」
ん、と輿石は手を差し出す。
深くなにをしろと言ってはこないけれど、なにをして欲しいのか、というのは伝わる。
私も悪魔じゃない。ここまでしてきて、嫌だよと断ることはない。
「そうだね」
そう答えながら、私は輿石の手を取る。
手を繋ぐ。 手を繋いで、三十分という道のりを歩く。生産性の欠片もない会話をお供にしてだらだらと。
こうして時間をかけながら、隣駅のショッピングモールへと到着したのだった。
ショッピングモールとは言うものの、皆が想像するような田んぼに囲まれて大きな駐車場がある田舎特有の巨大ショッピングモールではない。
駅に併設するショッピングモールだ。便宜上ショッピングモールと言っているが、扱いとしてはデパートやら百貨店の方が正しいのかもしれない。
もっとも、違いなどわかるはずもないので、ショッピングモールってことにしているのだが。
輿石の金髪は案外目立たない。それほどに個性豊かな人々で溢れている。
鼻ピアスやら舌ピアスを開けていたり、髪の毛を緑色やら赤色に染めていたり、ファンデーションの付けすぎで顔がテカテカしていたり、松崎しげるくらいに日焼けしていたり、と本当に様々だ。
輿石の金髪なんて可愛いものだなと思ってしまう。
「なに買うか決めてんの」
「とくに〜」
ぶっきらぼうに答え、つかつかと前を歩く。
お店の冷気が私を包む。ぶるりと身震いしてしまう。
「こうすれば温かいべ」
そう言いつつ、輿石は私の隣に並ぶとそのまま手を取る。
ここまで手を繋いでやってきて、駐輪場に自転車を止める時に手を離して、また手を繋ぐ。今日はやけに手を繋ぐなあと思う。まあ、デートって言うくらいだし、これくらいが普通なのかも。
「だね」
返事をしながらしっかりと握り返す。
学校内であれば手を繋ぐって行為は吃驚するくらい目立つのだけれど、外の世界だとそこまで目立つことはない。
女の子同士が手を繋いでいるのは普遍のないことなのかもしれないし、単純に周囲を気にしない人が多いだけかもしれない。具体的になんで……っていうのはわからないけれど、目立っていないのは紛うことなき事実なわけで、まあ、自意識過剰なのかなと片付ける。
輿石はふらふらと歩く。目的はなさそうにふらふらと。え、ちょっとまって……とくにって誤魔化しじゃなくて本当に予定は無いってことだったのかな。
いやー……まさか、無いとは言い切れないなあ。
「もしかして予定ない感じだったりしないよね」
私は恐る恐る尋ねる。
「ん、ないけど」
輿石は屈託のない透き通った笑みを見せる。
「そっか、そっか。ないか〜」
宝石店を通り好ぎ、雑貨屋を通り過ぎ、大きな本屋を通り過ぎる。
本当にただ歩いているだけ。もはや散歩だ。
これで良いのかなと私の方が不安になってくる。もちろんこれを望んだのは輿石なわけであって、彼女が主導している以上、彼女はこれで良いと思っているのだろうけれど。
やはり人間というものは緩急がないと不安になる。じゃあ緩急があったら良いのかと言われればそういうものでもないのなあと思う。どうせ山あり谷ありな時間であればなんてことのない平穏を求めてしまう。人間とはなんたる贅沢な生き物なのだろう、と考えさせられる。
哲学じみたことを考えてしまうのも全てはこのなんともいえない時間のせいだ。オブラートに包まないで言ってしまえば、暇な時間のせい。
「なんで用事もないのにショッピングモールに来たのよ」
このままだらだらと歩いているだけだと思考が迷宮に入り込んで抜け出せなくなってしまいそうだった。
問いを投げることで迷宮から意識を遠ざける。
「デートしたかっただけ」
「まあ、わざわざなんでここを選んだの」
選択肢は幾つもあったはず。隣駅までわざわざ来たのなら尚のこと。
カラオケもあるし、映画館もあるし、ゲームセンターでプリクラとかも撮れるだろう。今パッと選択肢をあげただけでもこんなにぽんぽこ出てくるのに、なぜなにもしないショッピングモールを選んだのか。考えれば考えるほど謎は深まっていく。
「ここならほら、アタシたちはデートしてんだぞって。アタシたちは付き合ってんだぞって。こうすりゃあ見せつけられっかなあと思って」
輿石は恥ずかしそうに繋いでいないもう片方の手で頬を触る。
「見せつけるって誰によ」
「学校の人たちに決まってんだろ」
「なら学校でやりゃ良いでしょ」
「それでも良いけど。秋月はあんま目立ちたくないでしょ」
「まあ、うん。そうだけれど」
「ならさ。さり気なくやった方が良いなって」
私を慮った結果か。そういう配慮はありがたい。けれど、慮った結果、空回っているような気がしてしまう。
「本末転倒じゃん。これじゃあ学校の人たちになにも知れ渡らないんじゃないかなーって思うんだけれど……」
学校でやるから意味があるんであって、隣駅のショッピングモールでやったって効果は薄いのではと思ってしまう。
ただ輿石は澄まし顔だ。
周囲に目配せする。んん、と思いながら私も周囲に目を向ける。
そこで気付く、ちょろちょろと私たちと同じ制服を着た人たちがいることに。
ああ、そうか。なるほど。
私は理解した。小さい脳みそながらに理解をした。
「ここ溜まり場になっているんだね」
「そそ。この辺だと一番でっけえモールだからさ。なんか用事があるとか、買い物するとか、遊びに行くってなるとここになんだよ。放課後だと尚更な」
私たちの学校の最寄り駅には細々としたお店こそあるものの、大型複合施設は存在しない。そもそも快速しか停車しないような要らない子扱いされた駅だし致し方ないのだけれど。
「練り歩いてるだけで見せられるってわけ」
「まあ、たしかにそれはそうだけれど」
歩いているだけで目的は達成できる。それは理解したし、その通りだなとも思う。
「でも暇でしょ」
根本的なものだった。
「暇なのはそうだなあ。たしかに歩いてるだけってのも味気ねぇな」
ふむふむと頷く。
「でしょ」
「でもすることも、するべきことも、したいことも……なんもねえなあ」
少し考え込むように足を止めた輿石は辺りのお店を眺めながらそう口にする。
それは私も同じだった。特にしたいことも、するべきこともない。
だから暇だなあ、と余計なことを考えてしまっていたのだが。
「それならさ」
私はほいっと雑貨屋さんを指差す。
「なんか同じの買っちゃおっか」
彼女は白い歯を見せて笑った。
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