秋月さんの歩み 4

 後ろから出てきた彼女はケロッとしている。


 「あーんと、途中からだけどね。聞いてたよ」

 「なら出てきてよ」

 「私が出てもやれることなさそうだったしねー。それにさっきも言ったけれど、私はいいと思ってるしさ。出てきたところで、春香を援護する気はなかったよ」


 彼女は指でバッテンを作る。そして小さく笑うとつかつかとこちらへとやってくる。

 興味深そうに輿石を見つめている。時にはかがんで顔を覗かせたり、グルっと輿石の周りを回ってみたり、目を細めてみたりと動きがいちいち騒がしい。これじゃあまるで歩く騒音だ。そもそもこの人は誰なのだろうか。

 見た目はかなりカッコいい寄りだし、スカートじゃなくてズボンを履いているし。この人もしかして男性だったりするのかな。いいや、そんなわけないか。ここ女子高だし。男性が在学しているとか女子高とはなんなのかと考えなくてはならない。

 つまり、これが多様性というやつなのだろうか。もし本当に男はら多様性の乱用じゃん。


 「茉莉正気なの。それともいつもの適当?」


 いつもの適当ってなんなのだろうか。そんなに適当人間なの、この人。見た目からは完璧超人という雰囲気がプンプン漂っているのだけれど。


 「本気だよ。本気、本気。本当の本気」

 「なんでそう思ったのよ」


 豊瀬先輩は子供に話しかけるように丁寧に紐解いていく。


 「グループ内にさ、不満分子を持つ人がいた方がいいからかなー」


 唇に指を当てながらそう答える。なんというか具体的な答えであるのに、フワフワした答えであるという感じがする。なんでって言われるとわからないのだが。


 「不穏分子ねぇ」


 豊瀬先輩は納得するような、納得しがたいような、そんな微妙な反応を見せる。


 「キミは不穏分子だよね」

 「ああん。アンタ誰だ」

 「おお~、いいねいいね。怖い怖い」


 輿石に眼を飛ばされた彼女はそう言いつつも、クスクスと笑う。言っていることと行動があまりにも乖離している。

 気のせいかなあと思い、目を擦って再度彼女を見る。やっぱり笑っている。どういう神経しているのだろうか。こんな見た目ヤンキーみたいな人にガンを飛ばされたら私なら怖気ついて、なにも悪いことをしていなくとも謝ってしまうのに。人として大事ななにかがすっぽりと抜けているのではないだろうか。


 「喧嘩売ってんのか、売ってんだろ。上級生だがなんだがアタシはしらねぇーが、あんまり調子にのってんなら痛い目みせんぞ」

 「まあまあ。そう、うーんと。落ち着きたまえ」


 動揺は一切見せない。この状況を楽しんでいるまである。

 輿石の方が困惑している。


 「自己紹介がまだだったね。しておこうか」

 「手短にね」


 彼女の後方で豊瀬先輩はポツリと告げる。


 「大丈夫、大丈夫。どうにかするよ」


 と、答えている。ちょっとというか、だいぶ話が嚙み合っていないような気がするんですけれど、本当に大丈夫なんですかね。不安しかない。

 ちろりと豊瀬先輩の方を見る。こめかみに手を当てて、ふぅと深々としたため息を吐く。というか漏れ出ている。

 私と目が合う。苦笑している。


 「笹森茉莉。ちゃんちゃこどんどこどんって楽しくてうるさい祭りじゃなくて、茉莉花の茉莉だよ。白い花ね」

 「副会長よ。生徒会の副会長」


 豊瀬先輩は後ろから補足してくれる。


 「そうそうそういう感じ」


 適当な反応を示す。

 さっき豊瀬先輩が言っていたことが理解できたような気がする。


 「とにかく。私はこの子を生徒会に加入させるのは賛成だよ。はい、副会長。副会長権限を行使します」


 全てが面倒にでもなったのか、放り投げるようにそう話を進める。そして、輿石の手首を掴んで、豊瀬先輩のスカートのポケットの中に手を突っ込んで鍵を引っこ抜く。


 「ひぃっ」


 なんていう可愛らしい声を豊瀬先輩は出したが、気にする様子は一切ない。

 生徒会室の扉に鍵をさして、回して、扉を開く。

 そのまま輿石の意思など汲み取る気すらなさそうに、ぐいぐいと手を引っ張ってそのまま生徒会室の中へと消えていく。

 私はぽつんと廊下に取り残された。

 嵐のようなひとだ。たったの数分だったのに、とてつもなく疲弊してしまった。

 適当な人というよりも、空気を読まない自由人という感じだろうか。自分がしたいと思ったことに対しては一切の躊躇をすることなく突き進む。猪突猛進型とでもいえば良いだろうか。


 「お互いに大変ね」


 ぐぐぐと背を伸ばす豊瀬先輩は疲れた表情を浮かべながらそう口にする。でも、本心からでた言葉ではなさそうだ。疲労の表情の中にちらりと嬉々とした感情が絶え間見える……ような気がする。

 私の気のせいなだけかもしれないけれど。


 「悪い子ではないのよ。茉莉は。ただ時折ね、突拍子のないことをし始めたり、目の前のことに集中しすぎて周りが見えなくなったりするくらいでね」

 「はあ、そうなんですか」


 突然、饒舌にぺらぺらと語られて、私は困惑してしまう。頷けば良いのか、笑えば良いのか、共感すれば良いのか、はたまた馬鹿にすれば良いのか。その言葉の裏側にどういう意図があってなにを求めているのか。それが一切見えてこなくて、なんともいえない微妙な反応をしてしまった。


 「それが良いところでもあって、同時に悪いところでもあるのだけれどね。最低限の節度は持って欲しいのだけど。それじゃあ茉莉の良さが奪われちゃうような気もするからね。難しいところよね」

 「そういうもんですか」

 「そういうものだね……」


 私に言葉を向けているはずなのに、どこか遠くに語りかけているような。ふわっとした空気感が滲み出る。

 ふふ、と柔らかい笑い声をあげて、というか漏らしてから私の瞳の奥を見つめるように凝視してくる。


 「秋月さん。だったね。違うかな」

 「私ですか」

 「ほかに誰かいるのかしら。もしいるのなら除霊してもらわないといけなくなりそうなのだかれど」

 「いません。私の苗字はそうですよ。秋月です。というかなんで私の名前知っているんですか」


 若干警戒してしまう。自己紹介なんて一切していないのに、なんで知っているのか。もしかして新入生の名前と顔すべて覚えているとかかな。もしくは昔にキミとはどこどこで出会っていたんだよとかいうロマンティックな展開だろうか。いいや、でもそんな記憶私の中には存在しないし。


 「そう警戒しなくても大丈夫よ」


 とは言われても……。知らないうちに名前を知られているのはかなり恐怖だ。警戒の一つや二つ人間の防衛本能として発動してしまう。

 妙に警戒心の薄いあの二人がおかしいだけで、私の反応が普通だと思う。え、そうだよね。違うのかな。なんか不安になってきた。


 「警戒くらいしますよ」

 「まあ、うん、そうね。その通りよ」


 案外簡単に引き下がる。


 「ちなみに名前知っているのはさっきあの子……えーっとなんだっけ。こいしいさんだっけ。が呼んでたのを耳にしたから。それだけ」

 「輿石ですよ」

 「そうそう。そっちだったわね」


 豊瀬先輩は私はなにも間違っていませんよ、わかっていましたよ、みたいな感じで澄ました顔をしている。ちゃっかりしてんね。この人も。


 「輿石さんが秋月さんの名前を言っていたのを聞いただけよ」

 「わかりました」


 改めて言わなくてもわかっていますとも。もしかして、名前間違えたのをなかったことにしたかったのかな。多分そうなんだろうな。


 「あっちは笹森茉莉。私と同級生。二年生よ」

 「そうなんですね」


 笹森先輩か。


 「ちなみに私は豊瀬春香。百合百合ノ華女学園の生徒会長を務めているよ。一応ね」

 「一応ってなんですか」


 取って付けたような一応という言葉が引っかかる。口癖的に出てきてしまったようなものではなかった。間違いなく意識して口にしている。だからこそ気になる。


 「生徒会長候補も副会長候補も一人しか立候補していなかったのよ。私も茉莉もそうだけ二人とも信任投票で選ばれただけ。だから一応なのよ」

 「別に生徒会長で良いんじゃないですか。投票形式なんて気にしなくても。結果的に不正することなく生徒会長に選ばれたんですから」


 コンプレックスのようなものなのだろうか。自分以外に立候補者がいたら勝てていない。だから、私は正式な生徒会長とは言えない。とか、そういう風に思っているのだろう。


 「それとも豊瀬先輩は不正でもしたんですか。信任投票に不正もなにもないような気がしますけれど」

 「ないないないない。不正なんてしてないよ」

 「じゃあ、良いんじゃないですか。一応なんて言わなくても」


 今の生徒会長は間違いなく豊瀬先輩なわけだし……って、私は一体なにをしているのだろうか。偉そうに。


 「そっか。うん、そうね」


 ぽっと出の私の言葉を受け入れてくれる。まあ、誰でも良かったんだろうなあ。認めて欲しかったのだろう。生徒会長であることを。


 「そうだ」


 目を逸らし、生徒会室の中を見つめる。


 「秋月さんのことを生徒会長として歓迎するよ。部活動との両立は難しいかもしれないけれど、融通は効かせるから私のお手伝いしてくれると嬉しいな」

 「誘われてますかね。私」

 「誘っているわね」


 こくりと頷く。

 生徒会に入りたかったわけじゃないので困ってしまう。というか、私と生徒会は水と油。合わさることのないもの同士だ。


 「検討しておきます」

 首肯できなかった私はそうやって流す。


 「おいおーい。二人とも入らないの。廊下の方が好きな感じだったりして」


 笹森先輩はひょこっと生徒会室から顔を覗かせ、ひょいひょいと手招きをする。


 「廊下が好きってなによ」

 「ずっと廊下にいるからてっきり好きなのかと」

 「そんなわけないでしょ」

 「ふーん、それもそうか。では待っているぞいぞい」


 笹森先輩はふざけた口調でそう言うとさっさと生徒会室に顔を戻してしまう。

 「秋月さん」

 豊瀬先輩は生徒会室の方を指差しながら軽く微笑む。

 中に入ろうかということだと理解した私は、こくりと頷いて足を生徒会室へと動かした。

 生徒会という組織に入ろうとは未だに思わないけれど、現状輿石を放置して帰宅するのもどうなのかなと思ってしまう。というか、輿石だけ残すと色々まずそう。私がいたところでなにかが変わるとも思えないけれど。とりあえず顔は出しておこう。そう思った。

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