秋月さんの歩み 3

 授業が本格的に始まったとある日の放課後のことだった。

 今日も私は、輿石に絡まれている。悪い子じゃないなーとは思うんだけれど、いや、むしろ信念がしっかりとしている素直な子なのだ。だが、そのアプローチの仕方があまりにも下手くそで、不器用で、周囲からはどうしても悪い印象を抱かれてしまい、敬遠されてしまう。見た目も相まって、関わらない方が良い子と認識され、その近くにいる私も輪の外に放り投げ出されてしまう。


 「お二人は仲が良いのですね」

 「ん、意外」


 ふわふわした空気を醸し出す二人。名前は覚えてないのだけれど、一人は私の後ろの席の子。もう一人は全然違う席の子。元々二人は知り合いだったようで、最初の方から仲良くしていた。

 この二人だけは躊躇なく私や輿石に話しかけてくる。一方的に話しかけてくることが多いので会話にならないこともあるのだが。

 まあ、とにかくこの二人を除いて、私たちと関わろうとするクラスメイトは存在しない。皆一歩引いて、警戒するように様子を見つつ、輪の外に弾こうとする。

 とはいえ私に関してはまだ軌道修正は可能だ。きっと輿石を突き放せば、クラスの輪に戻ることはできる。

 でも既に輿石に対して、小さな情が芽生えてしまっている。芽生えた新緑を踏み躙るようなことはできない。

 こういう未来がなんとなく見えていたから絡みたくなかったのに、どうしてくれるんだ、と過去の自分に殴り込みに行きたくなる。


 「ん、秋月。どうした」


 教室を出て、廊下を歩いている中、輿石は不思議そうに首を傾げる。

 私はなんでもないよ、と首を横に振る。

 輿石の髪色は目立つ。金髪は校則違反だし。しょうがない。一応茶色っぽい人もいたりはするんだけれど。地毛だったら茶色でも良いのだそう。この学校には地毛が茶色の人が多いらしいね。ふふ、面白い。

 茶色はいても、金色はいない。だから廊下を歩いているだけで周囲の注目を集める。

 本人としては目的通りなのだろうけれど、私としては不満だ。なんか私まで指差されているような気がして落ち着かない。そもそも目立つようなことはあまり好きではないし。

 昇降口近くにある掲示板。部活動の募集や、吹奏楽部や軽音楽部の演奏会のお知らせ、野球部の大会のお知らせなどが張り出されている。その掲示板の前で輿石は足を止めた。目線は掲示板へ向けられている。

 通り過ぎた私はムーンウォークのようき数歩元に戻る。


 「なにかめぼしいものでもあったの?」


 部活動にでも興味を示したのだろうか。


 「これ」


 輿石は指を差す。指先に張り出されていた紙は生徒会の募集だった。正確には生徒会役員の補佐の募集。

 生徒会会長と副会長は選挙で決まるようだが、その他の役員は希望者を募るという形らしい。だからこうやって募集の張り出されているのだが。珍しい形式だとは思う。


 「生徒会?」


 私は苦笑する。

 指差すところ間違えちゃったのかな。


 「生徒会、やろっかなーって」

 その髪色で生徒会はちょーっと厳しいんじゃない。という言葉が喉元まででかかるが、すんのところで留まる。

 こういう考えをぶっ壊したいのが、輿石の考えなのだ。多分。


 「校則を変えるなら生徒会に忍び込まなきゃ始まらないしさー。生徒会選挙で生徒会長になってやろーって思ったけどさ、選挙なしに生徒会に所属できんならありがてぇーわな」

 「忍び込むってのはもう無理だと思うけれど」


 新入生代表挨拶で、あれだけ楯突いて目立っておいて、その校則ガン無視な髪色。ちょっと忍び込むってのは難しいと思う。だって身元バレバレじゃん。


 「そうかな」

 「私はそうだと思うけれど」

 「でも、結局生徒会じゃないと校則は変えられないんだよね」

 「なら普通に正面からぶつかれば良いんじゃない。忍び込むとか言わないでさ」


 スパイのように忍び込んで、裏から手引きするってのは厳しいものがあると思うけれど、真っ向からぶつかるというのは悪くないはず。というか、それしか選択肢が存在しないのではないだろうか。


 「じゃあ、そうしよっかなー」


 踏ん切りがついたようだ。


 「秋月も行く?」

 「行くってどこに」


 まさか生徒会とか言わないよね。私は一歩下がる。


 「生徒会しかないでしょ」


 やっぱりそうですよね。わかっていました。

 私はつーっと目を逸らす。そして露骨に嫌そうな顔をしておく。嫌なものは嫌だから。

 生徒会とか私には合わない。責任感とか皆無だし、そもそも目立つのはあまり好きじゃないのだ。生徒会とか目立ちまくるじゃん。


 「とりあえず行くだけ行こう。ね」


 まるで私に拒否権があるかのような口調だが、拒否権は無いに等しい。

 手首を掴まれて、ぐいぐいと引っ張られているのだから。逃げることすらできない。許されないのだ。



 別棟一階の端っこにひっそりと佇む生徒会室。

 人気はなく、節電対策か薄暗い。外からの明かりだけが頼りだ。もっともそれも塀やら建物やらの陰のせいでまともに入ってきていないのだけれど。

 だからより一層、変なところへ連れてこられてしまった感が深まる。

 輿石は躊躇することなく、とんとんとノックをする。こういう物怖じとしないところは輿石らしいなあと思う。まだ関係を持ってから数日しか経過していないのだけれど。

 私には無いものであり、尊敬できる部分と言えるだろう。


 「……?」


 輿石は不思議そうに首を捻る。

 私もはて、と思った。返事がない。

 今日は休みなんじゃないかとか、違う場所で活動しているのではとか逡巡する。

 でも、それならわざわざ今日生徒会募集のポスターを張り出さないよなあと結論付ける。


 「休みなのかな」

 「どうだろうね」


 私と輿石は目を合わせ、苦笑する。今日は諦めて立ち去るか、それとももうちょっと粘ってみるか。どうしようかなあと悩んでいると、後方からとんとんと足音が聞こえてくる。

 私はパッと振り返る。そこにはお人形さんのように可愛らしく、繊細さの塊で触れたら壊れてしまいそうなほどに華奢な女性が立っていた。

 彼女に見覚えがあった。また、彼女も見覚えがあったらしい。こちらを……いや、正確には輿石を見つけて思いっきり顔を顰める。露骨に嫌な顔をした。

 本人もその表情の変化に気付いたのか、笑顔を作る。しかし、その笑みさえも引き攣ったものであり、彼女にとってあの出来事がどれだけ良いものではなかったのかを思い知らされる。

 まあ、この件に関しては輿石を擁護する気はさらさらない。なんなら、この目の前の生徒会長と同じように、コイツやべえと思っていた立場なわけだし。


 「ようこそ。生徒会室になにか用事かしら」


 こほんとわざとらしい咳払いを挟んで、そう問う。あくまで平然を装っている。その姿勢は素晴らしいなあと思う。もっとも時すでに遅しって感じだけれど。


 「掲示板にあった募集を見て秋月と来たんすよ」


 輿石は臆することなく、堂々と口にする。

 ポンポンと優しく私の肩を叩く。


 「募集……ああ、あれね」


 ふむ、と納得するように目の前の生徒会長、元い豊瀬先輩は頷く。


 「校則は守らないし、式典の場は荒らす。そんな子を生徒会に加入させるわけにはいかないわ。生徒会組織……いいや、百合百合ノ華女学院の品位に関わる問題よ」


 正論。反論の余地すら残さないような正論だ。

 生徒会とはその学校の生徒を代表する組織と言って差し支えない。本質的にどうなのか、という点は置いておこう。

 世間一般的には、生徒の代表といえば生徒会になるし、学外へ出向くのも生徒会という組織が多い。結果として、生徒会がその学校の生徒の代表として見られる機会が多いのだ。それは紛れもない事実なはず。少なくとも私はそう思うし、私の通っていた中学校でも概ねそんな感じだった。生徒会は生徒の模範となり、学校の代表となる存在。輿石という不安分子を入れたくない豊瀬先輩の気持ちは痛いほどわかる。私が生徒会長なら同じ判断を下している。


 「多様性だとか、個性だとかそういうものを尊重する学校の生徒会長さんがそういうこと言っちゃうんすねー」


 腕を組み、ジトーッと豊瀬先輩を見つめている。

 見つめられている方は居心地悪そうに視線を泳がせた。


 「そういうものは守られていたものの中に存在するの。多様性や個性、自由というものは免罪符ではないのよ」


 とは言うものの、苦しさは抜けきっていない。表情は曇っている。

 私としてはそれも立派な意見であって堂々としているべきと思うのだけれど、生徒会長としてはそうじゃないらしい。

 うーん、ちょっとこの人がなにを考えているのかわからない。


 「決して校則を破って良い理由にはならないわ」

 「でもその校則がおかしいのだとしたらどうっすかね」

 「それならば正規の手段でそのおかしいと思う校則を変えるべきじゃないかしら」


 ド正論。豊瀬先輩の口は止まらない。


 「少なくとも校則を破って良い理由にはならないわ」


 そう全く同じ結論を突き付ける。

 全くもってその通りであると、私は思う。

 殺人をしてはいけないっていう法律はおかしいから、殺人はしても良い。輿石の展開する理論はこれに近しい。いや、極端なんだけれどさ。


 「そりゃそうだと思いますよ。アタシだって馬鹿じゃないですし、そんくらいのことは言われなくたってわかってんすよ」

 「ならば――」

 「だからこうやって出向いてるんじゃないっすか」


 輿石は豊瀬先輩の言葉を遮る。

 私はたしかにと思わず納得して頷いてしまった。豊瀬先輩から飛んでくる鋭い視線を感じて、私は苦笑しながら目線を逸らす。


 「……」


 豊瀬先輩は黙る。バツが悪そうに睨むだけ。


 「春香。いいんじゃない。うんうん。私はいいと思うよ」


 廊下の角からひょこっと出てきた女性。見る角度によっては茶色にも見える髪色。こちらに近寄るたびに黒色になったり、茶色になったりと忙しない。光の当たり方で見え方が変わっているのだろう。

 地毛でそういう性質を持っているのか、それとも茶色にも黒色にも見える絶妙なラインの色に染めているのか。地毛じゃないと校則違反だから、どっちなんですかって聞いても「地毛だよ」って言われるんだろうけれど。

 正直どっちでもおかしくない。ショートヘアなのも関係しているのかもしれない。さすがに髪型は関係ないか。というか、そもそもどうだって良いか。


 「茉莉……聞いていたの」


 豊瀬先輩は振り返ってそう後ろの彼女に問うた。

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