第12話 見合いと茶番


 なにか起こるのではないか。

 そんな俺の予感は当たった。


 眼の前にいるアントーニオは、俺の知っているアントーニオとはまったくの別人な妙ちきりんな出で立ちだった。


 一般的にカラフルな服を着るのはよくある。

 しかし、アントーニオのそれは目が痛くなるくらいの派手さと色の統一性のなさだった。

 足にはそれぞれが違う色、赤と青のカルツェストッキングを履いているが、その上のシャツは黄色、上はこれまた紫とオレンジのコタルディータジャケットだった。

 しかも、指にはいくつも指輪をはめていて、その中には宝石のついたごてごてしたものまである。

 そして、なんとも説明がつきにくい妙な帽子を被っていた。

 どこからそれを見つけ出してきたのだろうと不思議に思うくらいだった。

 部屋にいるのだから脱いでもいいのではないかと思うのだが、被っていた。


 その時まで、俺はアントーニオがカラフルな服を着ているのをあまり見たことがない。

 どちらかというと、上質な生地を使って、色は抑えめで、黒や濃いグレーや紺を基調にし、違和感のない差し色をセンスよく入れてくる感じだった。

 素がハンサムだから、それだけでも十分に目立つし、それで品が良かった。


 アントーニオの実家は、彼の独居から百メートルほど離れた宮殿で、他の親族も同じ宮殿内に住んでいる。

 かなり大きな、宮殿と言って問題がない立派な建物だ。

 アントーニオが一人暮らしをしている宮殿パラッツォは、単なるやや規模の大きな建物だった。

(イタリア語の宮殿パラッツォという単語は、文字通りの宮殿の意味もあるし、建物の意味もある)


 俺が到着するのを、アントーニオの侍従はその宮殿の入口で待っていた。

 そして、俺を先立って案内しながら、開口一番に言った。


「あの。驚かないでください」


「そうだろうな。剣をもってこいと言われたけれど、あれは、剣が目的じゃないだろう」


 足取り重く石の階段を登りながら、侍従がため息を付いた。


「バリオーニの女性と顔合わせなんです」


「あー」


 いわゆるお見合いというやつだ。

 この間、言っていたのはこのことだった。

 めんどくさいことに巻き込まれたな、と思いながら、俺も重い足で階段を登る。

 しかし、剣を持ってこさせて何をするつもりなのだろう?と好奇心もあった。


 そして、アントーニオの家族の住むアパートの応接間に通されて目撃したのが、そのアントーニオのへんちくりんな服装だった。


 俺が挨拶とともに入室するのを見て、アントーニオは俺の方へやってきた。


「うっ……」


 近寄った瞬間、アントーニオから強烈なバームの香りがした。

 傷の治療のためとか、ちょっとした肌の手入れのためというレベルを超えて、つけすぎで鼻が曲がりそうなくらいの強烈な香りが漂っていた。

 部屋の中にその香りが漂ってさえいた。


 アントーニオは軽薄な笑みを浮かべて、俺に近寄ってくると、やたらに高圧的な口調で話しかけてきた。目がすわっている。

 やけくそになっているのだろうな、と思った。


「来るのが遅いじゃないか。私が命令した剣は持ってきたんだろうな。適当な品を持ってきていたら、ただじゃすまないぞ」


 <こいつ……>


 その部屋には、アントーニオの両親だけでなく、兄や妹もいたし、家長であるアントーニオの伯父とその妻も来ていた。

 お見合い相手らしい妙齢の女性とその親らしき人もいたが、アントーニオの父以外は全員が揃って困惑したような表情をしていた。

 唯一の例外、アントーニオの父親は青筋が立って、今にも爆発しそうな怒りを必死にこらえているように見えた。

 多分、全員、なぜ、今のタイミングで剣の納品が行われるのか、理解ができないだろう。

 俺もそうだ。

 そもそも口調がいつもとまったく違う。

 粗野で荒っぽい。

 見合い相手の女性はサッサイオーロでアントーニオに一目惚れしたらしいが、その時には、おそらく強さが際立って目立っていた。

 彼の評判は不敗の騎士とか、負け知らずだから、強い男に弱い女性なのかもしれない。

 そこで、彼はそのイメージを誇張し、マッチョで、暴力的で、教養がなく、高圧的で、センスがない男を演出しようとしているのかもしれない、と予想した。


「こちらの剣になりますが…」


 俺はバカバカしい茶番劇にのって、それがどこにたどり着くのかを見ようと思った。

 どうせ、俺の縁談ではない。

 かしこまって、剣を捧げるように差し出す。


「うむ」


 それを受け取って、さやから抜いて、周囲をさほど確認しないまま剣を振り回した。

 近くにいた人たちが抗議の声を上げながら離れた。

 まったくその反応を意に介さず、さやに戻して、それを腰のベルトに下げた。


「良いだろう。ほら、代金だ」


 アントーニオは侍従に向かって手を振った。

 こわばった顔の侍従が、懐から革袋を出した。

 アントーニオはそれを受け取ると、俺の方に投げてよこした。

 革袋はずっしりと膨らんでいる。袋を締めている革紐をほどいて中を確認すると、フローリン金貨が大量に入っていた。


「!」


 ぱっと見で、明らかに剣の代金よりも遥かに多くの金貨が入っている。

 そもそも俺は剣の代金を言っていない。

 どういうつもりかわかりかねてアントーニオの顔を見ると、相変わらず軽薄そうな笑いを浮べたままだ。

 周囲も剣の代金にしては高すぎると思っているのは確かだった。

 しかし、アントーニオには何らかの意図があるのだろうと思って、俺は素直に礼を述べて金貨をしまった。


「それで、私が注文した剣の制作の進み具合はどうだ? とにかく私にふさわしいものが必要だから、ガードグアルディアには金の飾りと、ポーモロ柄頭には、宝石も入れてほしいと言ったが、良い石を探すと言ってたな。見つかったか?」


 <は? そんな話聞いてないし、そもそも、装飾はシンプルで優美なのが好きなんじゃないの? そんな成金趣味、あんたらしくない……。いや、もしかすると、金銭感覚ない浪費家のアホのフリをしようとしてる?>


 それが茶番の筋ならば、付き合うのが礼儀だろう。


「はあ、それはもう。今度フィレンツェかローマあたりまで、良い素材を探しに行こうかと思ってます。旅費は出してもらえるんでしょうね」


「当然だろう。金に糸目をつけるなと言っただろう」


 アントーニオは眼の前で、ありったけの指輪をつけた手をひらひらと振った。

 それから、ごくごく自然な動きで、片手の小指を片方の耳の穴に突っ込んで、耳をほじる素振りを見せた。


 <あー、ほんと、この人、別人だわ~>


「この後、食事なんだが、お前、侍従と一緒にあっちで食事していくと良い。肉が出るぞ」


 丁寧に、穿った指先に息を吹いて、耳垢が飛ぶのを見せまでした。


 <マジ、ヤバいわ、この人、女、よっぽど嫌いなんだな。美意識高そうなのにここまでやるって……てか、この人、俺のことを落としたいとか言っていたよな。その俺の前でこれ見せてOKなわけ? いや、落とされるつもり無いけど……>


 その後、食事に突入して、アントーニオがどう振る舞うのか、非常に興味があったが、部外者の俺は食事に招待されていた訳では無いし、侍従は俺をキッチンまで案内した。


 アントーニオの言う通り、キッチンの壁炉にはフルに火が起こされていて、数名の料理人と多くの下働きの人たちが昼食の準備に忙しく動き回っていた。

 食事は贅沢に何品も用意されているようだが、よい香りがあたりに漂っていた。


 キッチンには大きいテーブルがあって、宮殿の使用人が食事をする場ともなっている。

 侍従が俺の分の食事も用意をするように料理人に声をかけた。


「主にお仕えしていていいのは、気前が良いところなのですよね。そういえば、名乗ってませんよね。私はブルーノ・バロンチェッリ」


 侍従は戻ってきながらそう名乗り、俺と並んでテーブルに座り、手を差し出した。


「俺はジョヴァンニ・アルマイオーリ、ジャンニでいい」


 握手をかわしてから、先程のアントーニオを思い出して苦笑した。


「気前がいいというか……今日は粗野で下品で金銭感覚がおかしい人のふりをしているのか?」


「まあ、それだけじゃないですけどね……今頃、上は大変ですよ」


「なにか企んでいるんだろうな……」


 下働きの女性が、ワインと生ハム・サラミ・チーズと一緒にくるみのパンを持ってきた。俺達の前にそれを置いて、


「今日は特別な食事会だから大量にごちそうを用意していますよ。食べきれないくらいに準備してますから、たんと召し上がれ」


 と、声をかけてきた。

 チーズは庶民も食べるが、肉類はもちろんのこと、くるみのパンも貴族の宴会用の特別製で庶民の食べるものとはまったく異なる。


 続けて下働きの女性は調理場の方から二人分のパスタを持ってきた。

 パスタも一般家庭で食されることはほとんどない。しかも、いずれの食材にも東方からのスパイスが使われていたり、パスタにはサフランまで使われている。


「素晴らしいごちそうだな。なのに、縁談をおじゃんにするために上はめちゃくちゃか……」


 パスタを置いて、すぐに肉料理の皿も俺達の前に置いた。

 肉料理は二種類あって、豚の赤ワイン煮と鶏肉料理があった。


「鶏は……フェンネルフィノッキオの香りがついているのかな」


 下働きの女性はにこにこしながら


「フェンネルの花に何種類かのスパイスを使っていますよ」


「絶対にうちでは食べられないな……」


「デザートにパンペパートもありますよ」


 俺と女性の言葉に、ブルーノも満面の笑みを浮かべながら、深く何度も頷いた。

 ブルーノと俺はカップに注いだワインで乾杯をして、料理を食べ始めた。


「しかし……、上はどんな地獄が展開されているのか……、主はこの縁談を破談に持ち込むつもりですからね。私達はここで別に食事で本当に良かった」


 しみじみとしたブルーノの言葉に、俺も深く同意した。

 俺達はアントーニオの奇行をあれこれ想像しながら、美味しくごちそうを食べていたのだった。




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