第1話 家業とフェチ

 俺の家は武器職人の父親と、城で下働きをしている母、それから、祖父と俺、そして、弟の五人家族だった。

 鍛冶を生業とする家で、祖父も父も城の鍛冶場で働いていた。

鍛冶場は、主に領主に武器や防具を納めるのが主たる仕事であり、領主の統治下にあった。


 住んでいた街は周辺の領地の住民を含めて二万人を超える人口を持つ都市国家だったが、周辺の都市との軍事的な衝突が頻繁に起こっていた。そのため、軍需目的の鍛冶場には常に複数名の鍛冶師がいた。


 父は鍛冶師のなかでも武器を扱う専門職であり、貴族と対等に話をすることができる立場として、貴族に次ぐ階級とみなされ、尊敬されていた。

 俺の物心がついた頃には、初老の祖父は腰を痛めたために引退しており、父があとを継いでいたが、祖父も父も腕のいい職人として評価は高かった。


 母は城では調理場で働いており、仕事に対して真面目で誠実であったので評判はよかった。

そして、それ以上に敬虔なキリスト教信者で、毎日、仕事に出る前に教会のミサに必ず出席することを日課にしているくらいだった。教会の奉仕活動には積極的に参加し、クリスマスなどの祝祭には貧しい人へ衣食を施すことにも熱心だった。


 その両親からの長男として生まれた俺は、よくある慣習に従って、祖父の名前を継いでジョヴァンニと名付けられた。


 俺は健康で病気らしい病気をすることなく育ち、幼い頃から腕白で、友達とあちこちを探検したり、近所の大人をからかっていたずらをして逃げたり、体を動かして遊ぶのが好きな活発な子供だった。


 俺が生まれた後も、父と母はもうひとり子供を待ち望んでいた。その待ち望んだ弟が奇跡的に生まれたのは、俺が十歳の時だった。


 だから、俺は弟の誕生まで、一人っ子として家族全員に暖かく見守られてのびのびと育つことができただろうと思う。

 弟とは歳が離れていたし、家族全員に祝福されて生まれた弟は可愛かった。弟が幼い頃は俺もよく面倒をみたものだった。


 父は武器職人としての仕事以外にも、時折、街の人の依頼で日用品を制作することがあった。

そこからの収入があるので、経済的には裕福であるはずだが、贅沢や華美を嫌う家の雰囲気があった。

その上で母が教会や貧しい人へ寄付をし、戦争で寡婦になった家庭に援助をすることもあった。


 そんな風に入る分が慈善で出てゆくようなお人好しの家であったから、裕福さを実感できるようなことはなかったが、衣食住に困ることはなかった。

慈善活動のお陰で社会的には、尊敬を集め、一目置かれる一家ではあった。


 俺の祖父は引退した武器職人だったが、若い頃は技術を学ぶために旅した経験もあったし、亡き祖母とともに巡礼に出たこともあった。


 城壁内の俺たちの家は、石造りでさほど広い間取りではなかったが、祖父がそんな旅先で手に入れたがらくたとも思えるような品々が溢れていた。


 そして、家族で食事を囲むときには祖父の冒険譚が語られることがよくあった。祖父は巧みな話術でつまらないことでも笑い話にしてしまうことが得意だった。

 祖父が俺を寝かしつけにベッド脇に来たときには、俺から話をせがむこともあった。


「おじいちゃん、ローマに巡礼に行った話の続きをしてよ」


「この間はどこまで話をしたっけ? そうだそうだ、確か……」


 話し好きの祖父はそんな風に喜んでユーモアたっぷりに語ってくれた。


 子供が親の職業を継ぐのが普通と思われていたから、家族からは俺も武器職人となることを望まれていた。

 幼い頃から父の職場にはよく出入りしていたし、父が作業しているのを見ること、剣が次第に出来上がってゆくのを見るのはわくわくした。

俺もその仕事を継ぐというのを誇りにしていたのだ。


 適当な年になると、俺はすぐに城の工房で見習いとして働き始めた。


 体がある程度できた十三の歳に、父が若い頃に修行をしていたミラノの武器工房に俺も修行に出された。

 基礎の基礎は父に叩き込まれていたが、


「最新の技術を学ぶのにうってつけの上、親子で師弟になると甘くなる。厳しく技術を磨くには他人から学ぶのが一番」


 という考えのもとだった。


 もともと手先が器用で、ものを作る、ということが好きだった俺はその中でスポンジが水を吸い込むように技術を身につけ、年を重ねるごとに能力を認められるようになっていった。


 ミラノの工房では十年近く修行が続いたが、故郷の城の工房の鍛冶師の一人が急逝し、人手が足りなくなったというので呼び戻された。 

まだまだ学ぶことは残っていたが、ミラノではすでに一人前として認められてもいた。


 呼び戻されてすぐに、城の鍛冶場で、父の助手として働き始めた。

 

 鍛冶場では、武器も防具も扱っていたが、頼まれれば日常雑貨の制作や修理も行った。


 そんな中で俺が主に作っていたのは武器で、刃のあるもの、刀剣類や槍の先などの鋭利なものを作るのが好きだった。


 いしゆみの制作やメンテナンスをするときもあったが、それも必要に迫られて他の職人を手伝う場合だった。

飛び道具、弩のような飛び道具はあまり好きにはなれず、接近戦で使用する刀剣類の白兵器に魅力を感じた。


 また、人手が足りない時には、防具職人を手伝うこともあった。


 武器を作るのは天職と感じた。

 原材料から徐々に美しい武器の形が見えてくるのは胸が湧き踊るような楽しい作業だった。

 自分が武器を作るだけでなく、先人の鍛え上げた名品のメンテナンスをするときもあったが、その素晴らしい技術を手で触れ、見ることができるのも、武器職人ならではの楽しみでもあった。


 だから、武器をいじっている時の俺はにやにやしていることも多い。

それを弁当を届けに来た母が見て、刃物を見てニヤつく俺を不気味がられたこともあった。


 その仕事が好きで好きで仕方がないので、三度の飯より武器製作という感じの状態。集中しているときは自宅には必要な時以外は帰らず、職場に寝泊まりをするときもあった。


 年頃になっても、異性には興味がわかなかった。


 決して、容姿が悪いわけではなく、そこそこ整った顔立ちで、赤毛に近い栗色の髪に若草のような緑の瞳。鍛冶をする上で筋肉がついていたから、筋肉質で、長身でスタイルは良い方だった。

 その上で、まだ若いが職人として仕事は安定し、将来有望そうであるとなれば、決して、モテないわけではない。


 でも……、本当のところは性的に全く女に惹かれなかった。


 酒場で女に言い寄られても、気を使うのが面倒で、邪険にしたり、連れに押し付けたりするのが常だった。

時折、家に結婚の話を持ちかけられても、まだ若く学ぶことも多いと仕事を口実に逃げていた。


 そして、何となく、魅力的だと感じるのはいつも同性だった。


 変な気を使わなくてもいいとか、気楽に付き合えるというのもあったし、話をして刺激的だったり、楽しいと感じるのは同性の方が当然のように多かった。


 人間として深く知り合いたいと思うことが自分にとっては恋愛感情の基本であったように思う。

その結果、恋愛感情に少しでも近いものを持つのはいつも同性である男だったのだ。


 しかし、恋愛感情を同性に、となると、宗教上の理由で自分の守るべき規範を外れているから、拒否感があった。

 だからこそ、自分のそんな側面は意識しないようにしたし、もちろん、決して表に出すことはできなかった。


 周囲はそんな俺を、武器フェチで武器にしか興味がないと見ていた。


 実際、その頃はただ武器を相手にしている方がずっと楽しかった。

 剣にかける情熱は決して俺を裏切らなかったから。


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