第5話 ダンジョンCX

 【生産】を試したい。

 具体的に言うと鞄が欲しい。

 もっと具体的に言うと『ダンジョンコア』を持ち運べる鞄が必要なのだ。

 さっき持ち上げてみたのだが、大きさはボーリングの玉ぐらいだが、重さは10キロはありそうだった。

 『ダンジョンコア』は【収納】に入らない。

 今、『ダンジョンコア』はダンジョンの入口から入ってすぐの部屋に鎮座している。

 この『ダンジョンコア』が破壊されると、ダンジョンは機能を停止する。

 つまり、どれだけ階段を作って、どれだけダンジョンを広げようとも、ここに『ダンジョンコア』がある限り意味はないのだ。


「奥にを運ばないといけないんだよな……」


 10キロ以上あるボーリング玉を片手で持つのは至難の業だ。

 もし間違って階段から落としたらジ・エンド。

 ダンジョンは死んで、ついでに世界も滅ぶ。

 両手で持って階段を下りる?

 無理無理、怖すぎる。


「うちの階段は急なんだ。せめて片手だけでも壁についてないと、怖くて降りられないぞ?」


 というわけで鞄作りは必須である。

 両手をフリーの状態にして階段を上り下りしたいものだ。


「死んだときも両手が塞がってたし、トラウマになっててもおかしくない……」


 台座は【収納】に入れることができるらしいので、一番奥に着いたら【収納】から取り出せばいいだろう。

 この【収納】という機能は空間魔法とかではない。

 なんとダンジョンの壁の中に隠しているだけなのだ。

 まさにである。

 隠したものは壁の中を移動させて好きなと場所で取り出させるらしいが、普段はその辺の壁のどこかにあるらしい。


「ダンジョンの壁を掘ったらお宝が出てくる……そんなゲームがあったな。他のダンジョンに行ったら壁掘ってみるか……」


 ……。

 自称天使の手記によれば、まだ生きているダンジョンは沢山あるらしい。

 しかし世界を浄化するには数が足りていないらしく、しかも残っているダンジョンもほとんどが『自衛モード』に入っているらしい。

 人間に責められているので地上から吸い上げた魔力をダンジョンの防衛に使っているのだ。

 つまり魔力浄化が出来ていない。


「異世界救済への近道ね……」


 こういった人間に襲われているダンジョンを助けることが出来れば、世界の寿命を延ばすことができる。

 そう書かれていた……。


「自分のことで手一杯なのに?」


 落ち着いたらってことだろう。

 まずは自分のことからだ。

 よし、鞄を作ろう。


「【生産】っと。あ、素材が原石しかない……。まず今日の分のDPで階段をか」


 さっき収納に入っていた木の根なんかは全部魔力に変えてしまったので、残っている素材は金属なんかを含んだ原石だけだ。

 何もないところからもMPを使って作り出すことはできるが、消費が激しい。

 鞄一つにMP100。

 それだけあれば階段が一本作れるので却下だ。


「【生産】はDPではなくMPを使うみたいだな。いや、まず階段を……MPをDPに【変換】して、2本作っておくか」



MP:101

DP:19


【ステータス】正常

【吸収MP・DP】503・33

【維持MP・DP】135・3

【地図】1F・B1・B2

【収納】11/100

【拡張】【階層】【階段】【通路】

【生産】

【変換】MP10→DP1



 昨日は地下2階に3本目の階段を作ったところで終わったので、今日は通路作りからだ。


【通路】→【階段】→【通路】→【階段】→【通路】


 と、2本の階段と最後に通路まで作って計23DP。

 今は19DPしかないのでMPを40だけ【変換】して、施工開始だ。

 ゴゴゴっと音がして施工完了。

 実際にどうなっているかは後で見に行くことになるな。



MP:62

DP:0


【ステータス】正常

【吸収MP・DP】503(534)・33

【維持MP・DP】135(139)・3

【地図】1F・B1・B2

【収納】100/100

【拡張】【階層】【階段】【通路】

【生産】

【変換】MP10→DP1



 【収納】がいっぱいになって、余剰の土なんかを【変換】してMPが1だけ回復した。


「ちょうどいい感じだったな」


 これからは2本ずつ階段を作っていけばレアな鉱石なんかを勝手に【変換】して泣くことにはならないだろう。

 現状すでに謎の鉱石が掘れているんだが、その使い道は不明だ。


「【生産】っと。鞄は……、無理だな。ネットみたいなやつでいいんだぞ?」


 持っている素材で鞄は無理そうなので、木の根をうまく編み合わせたネットを作りたいところだ。

 【タブレット】の【生産】はプリセットされている物しか作ることは出来ない。

 なので、【タブレット】にをしてそれを『ダンジョンコア』に伝えて作ってもらう。

 【タブレット】は『ダンジョンコア』の機能を最適化して、俺でも簡単にダンジョンの拡張が出来るようになっている。

 反面、細かい作業や創造性に富んだ作業なんかは難しいのだ。


「他のダンジョンって『ダンジョンコア』が切盛りしてるんだよな?『ダンジョンコア』って意思があるのか?」


 キラリーン、と一瞬だけ『ダンジョンコア』が光って、地面からネットが出てきた。


「これこれ、こういうのでいいんだよ」


 サッカーボールを入れるネットのような感じだ。

 この網目なら『ダンジョンコア』は落ちることはない。


MP:62→59


 使用したMP3だが、新たに『ダンジョンコア用ネット』が【タブレット】のプリセットに追加されて、素材があればMP1で作れるようになった。

 さっそく最適化されたわけだが、1個あれば十分だ……。

 このネットに『ダンジョンコア』を入れて肩にかけておけばいいだろう。

 体の前に持って来て左手で抱えるのがいいか?

 もしもの時に左手を放しても下には落ちないし、両手が使えるようになる。

 右手は常にダンジョンの壁。


「ダンジョン必勝法、右手の法則だ」


 いや、階段が怖いからです。

 え?左手?左はフレミングだろ?

 うっ頭が……。

 異世界に電気とかあるのか?

 物理法則は全部怪しいぞ?

 でも時間は1日24時間だしな……。

 これは自転速度が……。

 うっ頭が……。

 どうやら階段から落ちた時の後遺症で忘れてしまったらしい。

 いやあ残念だなぁ。


『01:11』


「まだ1時か……」


 明るくなるまでには時間がある。

 ダンジョンの奥まで、片道で4時間も掛からないだろう。

 8時間なら9時には戻って来れるな。

 遅くても日が沈む前にはまたここに戻って来れるだろうし、それから外を探索だな。


「いっちょダンジョン攻略しちゃいますか」


 カスタマーエクスペリエンスは基本だろう。

 日本語で言うと顧客体験価値だったかな?

 事業の一連の流れを顧客の立場になって考える。

 その為には実際に顧客としてサービスを最初から最後まで受けてみることが大事だ。

 そしてそれを事業に反映する。

 全てはより良いサービス提供するために!

 これこそがカスタマーエクスペリエンス、略してCXだ。

 

「ではダンジョンCXスタートで」


 つまり実際に俺がダンジョン攻略するのだ。





『02:15』


「無理無理」


 1時間経過したが、今俺は階段を下りて、上って、また下りた通路にいる。

 嘘だろ?

 最初の階段で10分で、次が20分、それからまた下りに20分ですよ?

 今は10分以上ここで休憩している。

 3本目にして1時間掛かったのである。

 地下1階は13本の階段がある。

 つまり残り10本……。


「この通路はやっぱり駄目だな。休めてしまう。何とかしないと」


 早速、顧客目線の感想が出てきたな。

 階段と階段を繋ぐ通路、というか踊り場なんだが、ここで休憩できないようにしないと、侵入者のことは難しいだろう。


「ここだけ水浸しにするか?」


 地面に水を入れるとその面積分だけ得られる魔力の量が減り、更に維持コストもかかる。

 しかし攻略されるよりはいいだろう……。

 背に腹は代えられぬ、だ。

 魔力量が減ると言えば、ダンジョンの入口は常に開けておかないといけないらしい。

 なんとダンジョンは呼吸しているらしい。

 ダンジョンが呼吸することによって中に空気と共に魔力が行き渡り、壁の硬度が保てる。

 これにより維持コストが減り、地面からの魔力吸収率も上がるらしい。

 入口を閉じて入って来れないようにする反則プレイは難しいのだ。


「そろそろ先に進むか……。【タブレット】」


 タブレットを取り出して、俺のステータスを表示させる。

 自分で【ステータス】と唱えて見るだけでなく、この【タブレット】からもステータスを見られるのだ。

 しかも【ステータス】で見るよりも詳しく見れる。



名前:緑川 銀

ジョブ:【ダンジョンマスター】

Lv:1

HP:100

MP:100


腕力:10

耐久:10

敏捷:10

魔力:10


スキル:【超回復】【タブレット】【ダンジョン】


スキルポイント:1


状態:正常

魔力:オンライン



 オンライン……。

 今、俺とダンジョンは見えない魔力の線で繋がっていて、これにより俺の体は常に正常に保たれている。

 俺の膝は常に回復している状態なのだ。

 10分も休憩したので、今は完全に体力も回復しているはずだ。

 だがCXを、顧客としての体験をするにあたって、これは良くないだろう。


「ポチッとね」


魔力:オフライン


 これで俺の体は異世界人と同等になったはずだ。

 ダンジョンCXは対等な条件で行わなければならないのだ……





『05:08』


「ゼェゼェ。うおーーー。地下一階の終わりの通路だー」


 最初の部屋から4時間掛かった。

 長かった……。

 慣れてきて移動速度が上がっ来たのはいいのだが……。

 左の膝が痛い。

 右手を壁についていたので、右の膝に掛かる負担は軽減されていた。

 でも左手で『ダンジョンコア』を持っていたのでその分の重さも左に掛かってしまったのだ。

 でも、それも吹っ飛ぶくらいにこの真っ直ぐの通路は嬉しい。

 きっと侵入者もそう思うはずだ。

 やっと終わりか……とね。


「俺は先を知っているから、すでに絶望しかないが……」

 

 地下二階の階段は今のところ5本。

 この膝だと、もう2時間は掛かりそうだ。

 ……。

 帰りもあるんだよね?


「もうここに『ダンジョンコア』を置いて帰ろうかな?」


 いや、仕事はやり遂げる。

 それが社会人だ。

 あ、俺もう社会人じゃないかも……。


「大丈夫だ。ダンジョンとの繋がりをオンにすれば、膝は治るんだ。ダンジョンCXが終わったら、この苦しみからも解放される……」


 便利な体だ。

 これが向こうの世界でもあったらな……。

 ……休憩しよう。

 通路に座り込んで左の膝を揉む。


「膝が治る、か……。この世界って回復魔法はあるのか?ポーションとかも存在する可能性があるな。ポーションで膝が治るならこのダンジョンにとっては脅威だな」


 一般に流通しているようなポーションがあって、それでこの苦しみから解放されるのなら俺のやっていることはただの阿呆である。

 顧客ユーザーの実態調査をしなければならないな。

 しかし異世界人に接触するのは危険すぎる。

 何か方法を考えないと……。

 頼みはタブレットの情報か?

 自称天使の手記を読み進めて、ヒント探さないとな。

 他のダンジョンのこととかは書いてあるけど、今のところ現地人のことは掛かれていない。

 文化レベルとかも気になるね。

 いきなり重機でダンジョンの壁を壊してくるとかないよね?

 バイクでダンジョンを攻略するヒャッハーな時代だったらどうしようか……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る