第3話 階段

 を作る。

 とにかく階段だけを作り続けるんだ。

 人が真に敗北する瞬間……。

 それは諦めた時だ。

 ダンジョンを守るのに人を殺す必要はない。

 要は諦めさせればいいのだ。

 だから階段だ。

 永遠に続くかと錯覚させるくらいの階段を作って異世界人の心を折る。


「ふっふっふ。異世界人たちに真の絶望を教えてやろうではないか」


 ちょっとダンジョンマスターっぽいことを言ってみたが、実際にはどうなるか分からない。

 今あるDPを使ってどのくらいの【拡張】が出来るのかまだわからないからだ。


MP:900

DP:100


【ステータス】正常

【吸収MP・DP】200・20

【維持MP・DP】99・1

【地図】1F

【収納】0/100


【拡張】


「まあ、やってみるか」


 タブレットから【拡張】を選んでタッチする。


【階段】1DP~


 あるな。

 ずらっと並んでいる【拡張】の選択肢の中でも割と上の方に【階段】がある。

 他にも気になるものはあるがまずは【階段】を選択する。


『一階層分の階段を作ることができます。設置する場所と形状および長さを選択してください』


 場所は今ある外に向かう階段と向かい側の壁の右端に作る。

 ただ下に階段を作り続けるのではなく、上っては下り、上っては下りを繰り返させる予定なのだ。

 なので、この部屋の右隣に次の上りの階段の踊り場が出来ることになる。

 その為に右の端に作る。


「形状は真っ直ぐにするのが一番DPの効率がいいかな?」


 螺旋や踊り場のある階段を作るとその分作れる長さが短くなるようだ。

 真っ直ぐな階段なら1DPで長さが10メートルの階段を作れる。


「問題は角度か……」


 作れる距離は変わらないが、急にすればするほど膝に掛かる負担は大きくなる。

 心を折るという目的では急にした方が効率的だ。

 だが安全面という意味では緩くした方がいい。

 人を殺すのが目的ではないんだから……。

 安全性が考えられたデパートの階段は30度くらいだが一般の家にあるような階段は大体45度くらいになるかな?

 難しいところではある……。


「45度で。ちょっと急かなってくらいで行こう」


 うちの婆さんが生前に膝をやられた角度だ。

 これは間違いなく効く。

 これでいいだろう。


「長さは……」


 現在のDPは100もある。

 1DPで10メートルの階段を作れる。

 つまり長さで言えば1000メートルだ。

 しかし全部ポイントを使い切るのもな……。


「とりあえず1DPで10メートル行ってみるか」


 軽く揺れたと思った次の瞬間には部屋の壁に

 穴が開いていて下に続いていた。


「仕事早いな」


 驚異の技術力だが、耐久性とか大丈夫なのか?

 心配になり、ダンジョンの壁の耐久をタブレットで調べる。

 自称天使が書いたであろう手記的なチュートリアルの他に、用語検索できる機能があるのだ。


「ダンジョン、壁、強度っと」


『ダンジョンの壁は常時魔力が通っている。その硬さは魔力を通した状態のミスリル以上である。だがダンジョンから外に持ち出してもただの土壁になるだけである』


 うん、ミスリルね。

 まあ魔法のある異世界ならあるよね。


「肝心の硬さがわからんだろ」


 ミスリルの硬さとかわからないぞ?

 いや、ファンタジー的に言えばかなり硬いはずだ。

 そしてダンジョンの壁も壊せないのが定番だった。

 一瞬で掘り進んで壁が出来るみたいだから、水が出てくる心配もなさそうだな。

 そして壁に魔力。

 こういうのが維持魔力なんだろう。

 つまり広げれば地面から吸収できる魔力だけじゃなくて、維持する魔力も大きくなっていくわけだ。


「大丈夫そうだし、降りてみるか……」


 コンコン。

 壁をノックるすると土壁というよりは金属に近い音がする。

 大丈夫だろう。

 高さは3メートル、横幅は2メートルくらいを維持して下に続いている。

 暗いのでタブレットの面を外側に向けて足元を照らす。

 このタブレットも電気じゃなくて魔力でうごいているようだ。


「ワイヤレス充電、いや充魔力か?」


 下らないことを言っている間に階段を降りきる。

 たった10メートルだ。

 一番下の段から踊り場はなく、直接壁だ。

 コンコンっと。

 ノックしてみると先程と変わらない音が返って来る。

 当然だが、材質も他の壁と一緒のようだ。


「危ないから、上から作るか」


 ここでもう一度階段を作ってもいいが、目の前の壁が急に無くなって穴が出来ると考えると少々危険を感じた。

 そう思い振り返って上の子部屋に戻ろうする。


「上り……か」


 眩暈を覚える。


は上っている最中に何か落ちてきて……」


 

 深く息を吐きだして呼吸を整える。


「……大丈夫だ。行こう」


 自分に言い聞かせるようにして階段を上り始める。


「階段で死んだ男が階段を作る、か……。フッ、あの金髪天使は笑ってるかな?」


 そこでふと思う。


「今俺は見られてるのか?……。おーい、見てるー?無事に異世界来たぞー」


 当然返事はない。


『僕たちは地上のことには手出しができない。もちろん連絡もできない。』


 だが見れないとは言ってなかったな。

 神は全てを見ている、なんていうのはよく聞く話だ。

 なら天使もたまには見ているかもしれない。


「天界とやらで、天使たちの笑いものになっていたらどうしよう?」

 

 また下らないことを言っている間に、今度は上り切る。


「ふう。疲れは……ないな。新しい体万歳だぜ」


 10メートルの階段の上り下りだが、精神的な疲れはあっても、息切れはない。

 新しい体のお陰か、それとも『ステータス』のある世界のお陰か……。

 そこで不安になる。


「『ステータス』とやらのお陰だとしたら、異世界人もこれくらい屁でもない可能性があるな……どんどん作らないと」


 この体も異世界人とものらしい。

 俺がなんともないなら異世界人もなんともないだろう。

 戻って来た小部屋の中心には相変わらずダンジョンコアが鎮座している。

 その隣に腰掛けてタブレット開く。


「一気にいくか」


 先程の階段の続きになるように位置を指定して、今度は9ポイント分の階段を作る。

 90メートル、合計で100メートルの階段になるはずだ。


「……さっきよりも揺れたか?」


 ググっというような振動が伝わってきて、すぐに止んだ。

 出来ているはずだが、続きも作ってしまおう。


「ええっと【拡張】から【階層】で、【2F】じゃないな、これだと2階になるから上か……。【B1】かな?ここも地下のような気がするが、【1F】ってなってるからな」


 10DPを消費して階段の先に地下1階を設定する。

 階段は斜め45度に100メートル伸びている。

 計算によれば地下1階の深さはここから約70メートル下ということになる。

 ……ちなみに計算したのはタブレットだ。

 サイン、コサイン、タンジェントとか、最後に使ったのがもう10年近く前のことなので覚えていない。

 三平方?ピタゴラス?


「うっ、頭が……」


 きっと階段から落ちて頭を打った時に抜け落ちたんだ。

 そういうことにしておこう。


「DPを消費して地下1階を設定したのに部屋は出来ないのか……」


 階段の一番下の段が地下一階になっただけだ。

 部屋を作るのには別途DPが必要である。


「まあ、しゃあない。【拡張】の【部屋】、いや、【通路】かな?」


 【部屋】の最低使用DPは5。

 【通路】は1だ。

 【通路】を選択して位置と広さ、距離を選んでいく。

 1DPで作れる通路の最大の長さは20メートル。

 当然だが【階段】よりも長い。

 道幅を広くすればその分距離は短くなっていく。

 最低1DPを消費するので距離を短くしても余剰分のポイントは帰って来ない。

 床の面積を広げればその分魔力の吸収効率は上がるので一番長く作りたいとこではある。

 だがこの的に言えば、短くできるだけしたい。

 休ませるスペースを与えたくないのだ。

 踊り場は団体さんが来た時に取り合いになるくらいのスペースが望ましい。

 ダンジョン壁は1メートルあるので、間に最低2メートル、階段の幅は2メートルあるので6メートルの通路が必要になる。

 横幅は最小で1メートル。


「6メートル×1メートルの通路なら軽く3人は休めそうだな……」


 難しいものだ。

 気を取り直して今度は上りの階段を作ろう。


「この先は【階層】は作らなくていいから、【階段】10DP、【通路】1DPの繰り返しでどんどん作れそうだな」


 そんなわけで、残りDP79の内77を使って7個の階段と7個の通路を作ってしまう。

 ゴゴゴっと音がして少し揺れたが一瞬で完成したことが、タブレットの地図からわかる。


「あれ?MPが増えてる……」



MP:920

DP:2


【ステータス】正常

【吸収MP・DP】200(390)・20(22)

【維持MP・DP】99(130)・1(2)

【地図】1F・B1

【収納】100/100


【拡張】

【生産】


 MPとDPは毎日0時になった瞬間に振り込まれるって説明に書いてあったはずだけど?

 DPが2なのはいいな、計算通りだ。

 吸収と維持のカッコは翌日の見込みだろう。

 ダンジョンが広くなった分増えるのはわかる。

 地図にはB1、つまり地下1階が増えてる。

 収納が100/100ってことはいっぱいなのか?

 そして【拡張】の【生産】っていうのが増えてるね。


「ああ、なるほど」


 タブレットにお知らせが出てる。


『収納に入りきらなったアイテムは自動で魔力に変換されました』


 なんだその機能は、と言いたいところだが、俺のミスのようだ。

 どうやら【階段】やら【通路】で掘り進めた分の土やらが【収納】の中に送られていたらしい。

 一気に掘り進めたせいで土が収納から溢れてしまったようで、それが魔力に変換された、と。

 

「土なんかいらんし、残りも変換してしまおう」


 【収納】をタッチして続いて【変換】だ。

 あれ?土だけじゃないな、石に木の根とか鉄鉱石やら銅鉱石なんてもある。

 とりあえず土とかいらないのだけ魔力に変換だ。

 

MP:920→924


 お?思ったより少ないな。

 もしかして一回目の階段掘りで【収納】はいっぱいだったのか?

 もしくはレアな鉱石でも自動で変換してしまったか……。


「ダメだ、損した気分になる。考えるのは止めだ」


【収納】10/100


 【収納】はこれでいいか……。

 次は新しく出てきた【生産】だ。

 タッチしてみると鉄鉱石から鉄を作れるみたいだった。


「【生産】に使うのはDPじゃなくてMPの方か……、今はまだやらなくてもよさそうだ」


 実はMPも変換できる。

 DPにだ。

 タブレットの【MP】をタッチすると次に出てくるのは【放出】と【変換】。

 【放出】は外に綺麗にした魔力を放出する、『世界を維持するためのシステム』、『ダンジョンの本来の役割』だ。

 逆に【変換】はMPをDPに変えてダンジョンを広げるために使う。

 一見すると【変換】は世界の寿命縮める行為に見えるが、実はそうではない。

 【変換】したDPを使ってダンジョンを広げれば、MPを地面から吸い上げる効率は上がるのだ。

 クッキーを焼いたり、お握りを握ったりするゲームに似ている。

 効率を上げる。

 これ大事。


「序盤はMPを全部DPに変えてしまっても問題ないだろう。じゃんじゃん【変換】してじゃんじゃん階段を作って、領域を増やそう」


MP:924→4

DP:2→94


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る