第2話 異世界へ

「ここからはちょっとだけゆっくりでいいね」


 俺が死んだからだ。

 もう時間を気にする必要はないってことだな。

 自称天使の金髪野郎は続ける。


「僕たちもおいそれと人の魂を他の世界に飛ばしたりは出来ない。だから新しいダンジョンが出来るタイミングで、そこに君を送ることになる」


 死んだばかりの俺の気持ちなんて一切考えずに話を進める。


「新しいダンジョンが作れるなら、沢山作れば問題は解決するのでは?」


 ぶん殴ってやりたいところではあるが、それはただの八つ当たりだ。

 敬語も崩さない。

 少しでも有利な条件を引き出す交渉術だと割り切って、自分を納得させる。


「ん?ルールってものがあるのさ。世界を維持するシステムがあって、そこに干渉することは許されていない。人の魂もそうさ。君みたいにシステムから外れた人間の魂しか送り込むことしかできないんだ。例えば予定通り金森葵が死んだとしても、その魂はこの部屋に来ることすらできない。魂の循環システムに処理されて次の命になるだけだよ」


 君は本当に優良物件だよ、と。


「でも異世界が滅ぶってことはそのシステムに欠陥があるってことでは?」


 神様が作ったシステムとルールならそんなことが起こるのか?


「実は神様の予想を超える人間っていうのは偶にいるんだよね。誰かの代わりに死ぬなんて、君ほどのことをしでかす人間は稀だけどね。何千、何万年という時間の中で、予想外の小さな事件の積み重ねで段々と世界は終焉に向かっていく。君が起こした大事件のせいで、元居た世界も危ないかもね」


 あっはっは、と笑い事じゃないことで笑って見せる。


「君は生涯独身で子供もいない予定だったけど、金森葵はどうかな?結婚して子供が出来るのかな?そうなるとその子孫も予想外の存在になる。長い時間の中でその子孫の誰かが世界を維持するシステムの内の何かを破壊してしまうかもしれない。これから行く世界のみたいな、ね」


 金森が結婚か……。

 そうなってほしいな。

 俺の代わりに幸せになってほしい。

 そう、本来幸せになるはずだった俺……。


「あれ?俺、生涯独身なんですか?」


ではそうなるね。まあ、もう存在しない未来だけど」


 ……向こうの世界なら結婚できる可能性はあるだろうか?

 頑張ろう。


「だからね。異世界でも同じように予想外のことを起こしてほしいんだよ。まあ、君が向こうの世界に存在するだけど予定外のことになるし、君のダンジョンが存続すればその分ちょっとずつだけど世界の寿命は延びることになる。頑張ってね」


 当面は俺とダンジョンが生き延びればそれでいい、と。


「しばらくは暇なはずだから大丈夫だよ」


「暇?」


「人間、君にとったら異世界人かな?彼らにダンジョンが見つかるまでは命の危険はないはずだよ。あ、でもモンスターには気を付けてね」


 異世界人……人間は敵ってことなのか……。

 異世界人の嫁さんは無理か?

 そしてモンスターも……。

 ん?ダンジョンマスターなんだからモンスターは仲間なのでは?


「ハイ、これ」


 そう言ってどこから出したのか、タブレットPCを渡してくる。

 会社のヤツと一緒だ。

 新品で俺のヤツではないみたいだが……。


「必要なことはそれの中に全部入っているはずだよ。に行ったら勉強してね」


で、ですか?」


 ここで勉強してから行けばいいのでは?


「あと1時間ほどで新しいダンジョンが生まれる。その瞬間には君の魂はあっちの世界にいないといけないんだ。万全を期す為にそろそろこの部屋を出たほうがいい。何せ君は神様の予想を覆した男だからね」


 パチリとウィンクをする自称天使。

 同時に俺の体は光を放ちながら透けていく。

 あれ?交渉は?チートとか……。

 意識も薄れていくようだ。


「僕たちは地上のことには手出しができない。もちろん連絡もできない。あとは君次第だ。人は殺さなくてもいい。君が生き延び続けてくれれば、それだけで少しずつ未来は変わるんだから……。あっちの世界をよろしくね」


 そうか……殺さなくてもいいのか……それはいいことだな……。





 目が覚める。

 洞窟?いや、ダンジョンか?

 寝起きなのに意識はハッキリとしている。


「体は……問題なさそうだ」


 階段から落ちた時のままの格好で、スーツに革靴だ。

 あの自称天使は魂を送ると言っていたが、肉体も前のままらしい。

 鏡がないから、顔はわからないが体は軽い気がする。


「若返りとかないのかな?……なさそうだな」


 手を表裏と見てみたが、30のおっさんの手だ。

 16歳とかの手ではない。


「持ち物は……」


 スマホは……ない。

 財布も。

 服だけで、ボールペンすらない。

 ハンカチはあった。

 布はOKなのか?


「他には……」


 辺りを見回してみる。

 土壁の10畳ほどの子部屋にあるのは外の光が入ってきていると、真ん中に置いてある高さ1メートル程の置物だけ。


「ダンジョンコア……」


 恐らくそうだろう。

 チェスのポーンのような形。

 下は台座で上がダンジョンコア本体なのだろう。

 半透明な球体だ。


「あれ?【タブレット】は?」


 そう口に出した瞬間に目の前にタブレット型端末が現れたので、慌ててキャッチする。


「おっとっと」


 まずはこれで勉強しろと言っていたな。

 しばらくは危険はないとも。


「座るか……」


 ダンジョンコアの隣に腰掛けて、タブレットの電源を入れる。


「なんだこのOS……」


 見た目は会社でいつも使っていたタブレットだが、中身は全くの別物のようだ。

 メッセージのようなものが勝手に起動した。

 あの自称天使が書いたもののようだ。


「なになに?まず俺の魂と体について、か……」


 俺の容姿は俺の魂が混乱しないように、死ぬ前の姿をコピーしたものらしい。

 ダンジョンには自衛用の機能としてモンスターを生み出す機能があるので、それを使って、こっちで俺の新しい体を作り出したわけだ。

 で、俺の魂を入れた、と。

 

「基本的にはこの体に寿命はない。ふーん……は?」


 この体はで維持されているらしい。

 そう、

 ダンジョンからが供給されて、で今の姿をずっと維持するので歳をとることはない。

 つまり寿命で死ぬことはないらしい。

 があれば食事も必要ないらしい。


ね……」


 魔力、魔法の元となる力……。

 俺も健全な男子なのでそれぐらいは知っているが、漠然としたものでしかない。

 一般社会ではないとされている物だし、当然見たことも無い。


「今はあまり深く考えないで読み進めるか……」


 この体は現地の人間、つまり異世界人とほぼ同じ造りになっているので、を上げることもできるし、生まれた時にも授かっている。

 これらは【ステータス】と口に出すことで確認できる。


「マジで?【ステータス】!」



名前:緑川 銀

ジョブ:【ダンジョンマスター】

Lv:1

HP:100

MP:100


腕力:10

耐久:10

敏捷:10

魔力:10


スキル:【超回復】【タブレット】【ダンジョン】


スキルポイント:1



「すごいなっ。ジョブはダンジョンマスターか。なるほど、なるほど」


 寿命がないって言われた時よりも、テンション上がってるのがわかる。

 これはレベルを上げていけばどんどん強くなれるってことか?

 魔力があるってことは魔法もあるはずだ。

 ついに俺も魔法使いに……やめておこう。


「なになに?最初に持っているスキルは【タブレット】【ダンジョン】。……1個多いぞ?」


 【超回復】ってあるけど?

 いきなりの記載ミス。

 ダンジョンのシステムでダンジョンマスターは魔力があればすぐに怪我は治るってあるのでそれのことか?


「【タブレット】はタブレット型の端末を呼び出すスキルで、スキル【ダンジョン】と連動している。スキル【ダンジョン】をダンジョンコアに触れずに、より効率的に運用できるスキルである、と」


 このタブレット端末を使ってダンジョンを作っていくのが俺の仕事ってことだろう。

 

「【タブレット】」


 スッと手元にあったタブレットが消える。


「【タブレット】」


 手元に戻ってきた。

 出し入れ自在のスキルか、なるほど、なるほど。

 このタブレット、何で出来てるのかわからないが、とにかく軽い。

 会社のもこれくらい軽ければなぁ。

 いや、もうどうでもいいことか……。


「スキル【ダンジョン】の前に、ちょっとだけ今俺がいる『ダンジョン』の説明か」


 ちょっとセンチになった気分を振り払うように読み進める。

 『ダンジョン』の役割は地面から魔力を吸収して、それを綺麗な魔力に変換して大気中に放出することである。

 生き物の魔力は死んだときに星に、大地に還る。

 その際にその死んだ生き物の持っていただとかみたいなものが魔力に乗ってしまうらしい。

 中には呪いの魔法や怨念みたいなモノもあって、それを放っておくとよくないことが起こるらしい。

 代表的なことで言えばその怨念が形を持って生き物を襲う。

 つまりモンスターが湧いてくるってことだ。


「自然にモンスターが発生したりするのを防ぐのがダンジョン役割なのにな……」 


 人間はモンスターの出所がダンジョンではないかと疑っているらしく、ダンジョンを見ればそのコアを破壊しに掛かる。

 ダンジョン側は防衛機構としてモンスターを使い、それを防いでいる。

 その為、人間側の疑いはもはや断定レベルとなり、取り返しのつかない所まで来ているのがこの世界だ。


「俺みたいなのを送るとか面倒くさいことをしないで、世界中に神の啓示でもすれば一発解決なんじゃないか?」


『僕たちの仕事は世界を作った時点ですでに終了している』


『あとはそこに生きる者たちの選択次第なんだ』


 と、この辺は自称天使の愚痴みたいな感じで書かれている。

 それでも世界を何とかしたくて、ルール違反ギリギリのところで俺を送り込んだ、か。

 自称天使は意外といい奴なのか?


「次はいよいよスキル【ダンジョン】の項。ここからが本番だ」

 

 『ダンジョン』が地面から吸収した魔力を数値化したモノ、MP。

 それと取り出した属性やら思念から作り出したダンジョンポイント、DPを利用してダンジョンを広げたりすることができる。

 実際にはダンジョンコアがやっているので、スキル【ダンジョン】はダンジョンコアに命令できるスキルと言ったところだろうか。

 ダンジョンが吸収できる魔力はダンジョンの面積が広ければ広いほど多くなる。

 魔力を多く集めるために魔力を消費して広くするのか?

 これはの面積だろうな。

 階層を多くしても得られる魔力はそう変わらないはずだ。

 つまり横に広げていくのが大事になるが、広げれば広げる程に人間に見つかりやすくなる。

 最初は周辺を確認しつつ、人に気付かれないように広げていくのがいいだろう。


「使ってみるか……、いや、この端末から使えるんだったな。どれかな……」


 それっぽいアプリというか、一番大きいDの文字のアイコンを触ってみる。



MP:900

DP:100


【ステータス】正常

【吸収MP・DP】200・20

【維持MP・DP】99・1

【地図】1F

【収納】0/100


【拡張】



 なるほど。

 最初の画面は現在のダンジョンのステータスだな。

 MP、保有魔力が900ある。

 これを放出すればするほど世界の寿命が延びる、と。

 MPをDPに変換もできるが、それをすると世界は終焉に近づいていく。

 200年くらいは大丈夫らしいけど、このバランスを間違えるとジ・エンドだ。


「【吸収】と【維持】ね」


 【吸収MP・DP】、これは1日に地面から吸収できるMPとDPの量の見込みらしい。

 逆に【維持MP・DP】は1日にダンジョンが消費するMPとDPの量だ。

 何もしなくてもこの分は減っていくので、現状1日でMP101とDP19が入って来る計算になる。

 これが1日で使える量だな。


「その階段の上は外か……」 


 【地図】を選択してみると3Dのマップがタブレットに表示された。

 この部屋と階段だけで、あとは何もない。

 階段からは光が入ってきているので外なのはわかっていたが……。


「そして気になるのは【収納】」


 この100が何を指しているのかわからない。

 面積なのか体積なのか個数なのか。

 とりあえず使いながら検証していくしかないな。


「で、【拡張】ね」


 DPを使ってダンジョンを広くしたり、階数を増やしたりできるみたいだ。

 モンスターも作れるらしいが……。

 あの自称天使は『人は殺さなくてもいい』と言っていた。

 要はダンジョンで魔力を浄化して世界の寿命を延ばせばいいのだ。

 その為には襲い掛かって来る現地人を追い返さないといけないが、殺す必要はない。

 生きたままお帰り願うのだ。

 実はこのダンジョンの【拡張】の方向性はすでに考えてある。


「……」


 外へと続くを見る。

 そう『』だ。



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