ダンジョンマスターになったのでひたすら階段つくります

木村雷

第1話 神様の予想

《エレベーター故障中》


「そんな馬鹿な話があるか?」

 

 4つあるエレベーター全てにこの張り紙がしてある。

 我が社の自社ビルはなんと21階建て、高さは地上70メートルである。

 そして21階の社長室の下、つまり20階にあるのが我らが企画室、そして俺が所属する企画一課である。

 つまり20階まで階段を上らないと仕事はできない。

 お偉方は今日は1階の大会議室でお昼寝か?

 大会議室と言えば、そこで来週に重要なプレゼンがある。

 今、俺は一日とて無駄には出来ない状態だ。

 ……上るしかない。


「ひぃひぃ」


《↑15F↓14F》


 あと5階半だ。

 あ、前の奴に追いついくぞ。

 俺以外にもこんな上まで上ってくる奴がいるとは……。


「ハァ、ハァ。ハァ、ハァ」


(ん?金森か)


 俺が所属する課の隣の課、企画二課の金森葵だ。

 新卒2年目の女性社員だが、その扱いは良くない。

 二課ではもっぱら雑用を押し付けられている。

 今もそんな感じで、図面やら何やら、すごい荷物を持って階段を上っている。

 壁際に体を擦りながらなんとか上っている状態だ。

 ……


「ほら、金森。こっちに半分寄こせ」


 そう言いつつ、両手で重そうに持っている箱を奪い取る。

 半分じゃなくて全部だなこれ。


「あ、緑川さん。ダメです。これが私の仕事なんですから」


「とりあえず、バランスが悪いから、この図面とか持ってくれ」


「あ、はい」


 箱から図面の筒を引き抜いてもらい、バランスが良くなった。

 これなら何とか上れそうだ。


「あ、あの、緑川さんに手伝ってもらうと、二課の人たちにライバルに手伝ってもらうのかって言われちゃうので……」


「ん?その時はライバルの足を引っ張ってやったって言い返してやればいいんだよ」


「そんな……はい。……ありがとうございます」


「さあ、上った上った」


 悪い子じゃない。

 むしろ良い子で、顔もすごいカワイイんだけどね。

 去年、彼女が新人だったころにはよく話していた。

 悪いのは二課の仕事馬鹿共なんだ。

 仕事仕事って自分のことばっかりで、人を育てるってことを知らない。

 2年目に入っても新人扱いで雑用ばかりやらせている。

 でも大丈夫。

 来週のプレゼンは結構デカい案件だ。

 俺は一課のプロジェクトリーダーを任されてる。

 デカい案件なので、採用されることになったら一課だけでは人手が足りなくなる。


(俺、このプレゼンが成功したら、二課から金森を引き抜くんだ)


  プロジェクトリーダーなら、それくらいの権限はあるだろう。


「なあ、金森……」


「あっ、ああー」


 なんか上から叫び声が聞こえたんだが?

 っと、その瞬間に階段の手摺に何かが落ちてきた。


「あっ」


 そう思った瞬間には、手摺で跳ね返った何かが俺の額に直撃していた。

 …ペット…ボトル?

 足が浮いてる。

 空中で二歩三歩と足を動かすが、地面につくことはない。

 ちょうど階段の踊り場まで上がってきたところだ。

 高さが……。





 ガバッと起き上がる。

 階段から落ちたのか?

 どうなった?


「ここ、どこだ?」


 辺りを見回すが、金森はいない。

 代わりにいたのは金髪の変な奴。

 大人か子供か分からないような見た目で、パっと見た感じだと人種さえも分からない。


「やあ、緑川銀君」


 おかしいぞ。

 この部屋、出口がない。

 天井から床まで真っ白な部屋には家具も一切なく、俺とこいつ、二人だけだ。


「おーい。君はミドリカワギン、30歳で間違いないかな?まさか、これも間違いなのかな?」


 おっと、話し掛けられていた。


「いえ、すみません。ちょっと混乱していて。俺は緑川銀で合ってます」


 見ず知らずの人間には敬語で。

 社会人の基本だ。


「まあ無理もないね。死んじゃうような大怪我だった訳だし」


「は?」


 自分の体をまさぐる。

 なんともないぞ?

 怪我だった?

 ここは病院で俺はずっと寝てたってことか?


「今は何月何日なんでしょうか?」


 先月誕生日だった俺を30歳と言ったってことは1年は立ってないはずだ。

 プレゼン、大事なプレゼンが……。


「えーと、6月1日だね。君が階段から落ちて30分くらいかな?時間がないからこっちの話を進めるね」


 30分、そうか、病院に運ばれたけど意識を取り戻したってことか。

 よかった。

 プレゼンの準備をしないと……またあの階段を上るのか?

 エレベーター直ってないかな?


「さっき、君の体から魂が抜けてね、それでここに来たって訳だよ。君は死んでる状態だね」


 魂?いや、体はここにあるけど?


「え?言ってる意味が……」


「時間がないって行ってるでしょ。よ?」


 俺は死んだってことか?

 じゃあここは死後の世界?

 言いたいことはいっぱいあるが、と聞いて、言葉を飲み込む。


「続けるね。いいかい?君が死ぬのは実は予定にないことなんだ。君が予想外の行動をしたおかげで、本来死ぬはずだった人間の代わりに君が死んじゃったんだ。だから君を蘇らせることはできる」


 そうか、死ぬ予定じゃないのか。

 よかった。

 仮死状態ってやつかな?


「なら、早くお願いします。時間がないんですよね?」


「まあまあ。ちょっとだけ話を聞いて欲しいんだ。さっき君が死ぬ予定じゃないって

言ったよね?その予定っていうか予想なんだけど、誰がしてると思う?」


 人が死ぬ予想?そんなことができる人物といったら……。


「神様……ですか?」


 この人……神様なのか?


「あ、僕は神様じゃないよ。天使ってところかな?でも、さっきの質問の答えは神様で正解。つまり君はその神様の予想を覆したことになる。これはすごいことだ。で、そのすごい君を見込んで頼みがあるんだ」


 ニッコリと笑う自称天使。

 これは無茶ぶりの予感。


「異世界でダンジョンマスターしてみない?」


 ホラね。


「ダンジョンマスター……ですか?」


「実は滅びかけてる世界があってね、魔法のある世界って言ったらわかるかな?」


 異世界、ダンジョン、マスター、魔法……。

 それがわかってしまう悲しき30歳独身。


「その世界ではダンジョンは魔力を綺麗にして循環させる役割があるんだけどね。現地の人間、つまり異世界人がダンジョンを壊しちゃうんだ。ダンジョンが無くなるとよくない魔力が暴走して世界が滅んでしまう。だから君にはダンジョンマスターになってダンジョンを、いや、その世界を守ってほしいんだよ」


 いや、でもなんで俺に?たまたま死にそうだからか?


「神様の予想ではその世界は滅びる。200年くらいでね。そこで緑川銀、君だ。君には一度、神様の予想を覆したっていうすごい実績がある。だから君ならなんとかできるかもって思ってね」


「……無理です。それって現地の人と戦えってことですよね?俺が思い描いているダンジョンなら……。人を殺せってことなら……。俺には無理です」


 人を殺す、それは俺には無理だ。

 自分がそんなことをするなんて、想像もできない。

 そんなことをするよりも生き返って普通に生活したい……。


「まあ、君のダンジョン像は置いておいても、人を殺すことにはなるだろうね。でも君が直接手を下さなくてもいいんだよ。ダンジョンなんだからモンスターを配置してモンスターにでもやらせればいいよ。それに世界と人間数人の命なんて、比べるまでもないでしょ。異世界が滅んじゃったら異世界人もみんな死んじゃうんだから」


 ダンジョンマスターになるってことは、俺が死んでこっちの世界からはいなくなるってことだ。

 家族はどうなるんだ?


「俺には家族も……両親がいるんです。一人っ子の俺がいなくなったらって考えると……。来週には大事なプレゼンだって……。」


 そうだ、プレゼンを成功させて金森を引き抜くんだ。

 それで、全部、全部それからなんだ……。

 自分が死んだら、そう考えたら急に怖くなってきた。

 、とこの天使は言っていた。

 、とも言っていた。

 断ったからといって見殺しにしたりはしないはずだ。


「そうか。無理強いはできないからね。いい案だと思ったんだけどね。無理やり連れて行ってもやる気がないとどうにもならないし、……しょうがないね。君を生き返らせるよ。大怪我はしてるけど、それもサービスで直ぐ良くなるようにしておく」


 よかった。

 帰れる。

 生き返れるんだ。


「予定通りに死んでもらおう」


 は?

 今何と言った?


「……どうして金森が?」


「言ったでしょ、本来死ぬはずだった人間の代わりに君が死んだって。緑川銀が生き返るなら、本来死ぬ予定の金森葵には逃れられない死が待っている。結局神様の予想は外れなかったってことだね」


「ふざけるなっ」


 天使に掴みかかるが、ヒラっと躱されて俺は地面を滑る。

 ……どうして?どうして金森なんだ?


「君に当たったペットボトルね。本当は荷物を持った金森葵に当たるはずだったんだ。でも何故か、君は彼女の荷物を持つなんて暴挙に出た。今まで見て見ぬふりをしてきたのにね。まして大事なとやらの前だ。ライバルの二課の、それも雑用係を助けるなんて、誰も思ってなかったんだよ。そう、神様でさえね」


 そうだ。

 ライバルなんだ。

 俺が助けようとすると金森へのあたりは余計にキツくなる。

 だから一課に引き抜こうとしたんだ。

 これから、全部これからだったんだ……。


「……時間だ。もう会うことはないね。までに体は良くなるだろうけど、準備の時間はないかもね。でも大丈夫。では君の企画が選ばれるはずだから。なんとかなるさ」


「待て、待ってくれ。俺が死ぬ。だから金森は助けてくれ。ダンジョンマスターでも何でもなる。だからあの子だけはっ」


 ……。


「時間切れだ。


 ああああああああ。


「なんでだー。俺が死ぬって言ったろうがっ」


 再び掴みかかろうとするが、またもヒラリと躱される。

 俺は地面に倒れ込んで起き上がることができない。


「なんで、なんで、なんでなんだー」


 俺が、俺がもう少し早く決断していれば金森は……。


「いやいやいや。だから言ってるでしょ、って。君の望み通りになったよ」


「え?」


 俺の望み?


「時間切れで君の体は完全死んだんだよ。もう生き返ることはできない。だから


 俺の死に対しての


「それとおめでとう。君は正式に神様の予想を覆した。これはすごいことだ」


 自称天使はそう言って微笑んだ。



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