第14話 「垂涎の微笑み」

 お人好しで騙されやすい父だが、愛情深い彼の背中を見て育ったレイチェルから見て、クラリスとノースウッドは全く父と娘の関係に見えなかった。お互い、短い手紙のやり取りをしていたが、どの言葉も辿々しく儀礼的で、心のこもった文章とは言い難かった。


 ノースウッドはクラリスに会いに来る時、毎回沢山のプレゼントを持参した。どうすれば喜んでくれるのかノースウッドなりに考えたようで、今までしてこなかった誕生日を祝うように、幼い子供が欲しがりそうな玩具や、ぬいぐるみから始まり、少女が欲しがりそうなリボンやお化粧道具、年若い女性が欲しがりそうなドレスや靴といった具合にプレゼントした。


 誰に聞いているのか知らなかったが、懸命にリサーチしているノースウッドが目に浮かび、レイチェルは手助けしてやりたくなった。


「エンディコット公爵閣下、つい先日、庭に野良犬が1匹紛れ込んできまして、野良犬は病気を持っていることがありますからクラリス様に近づけるわけにもいかず追い出したのですが、クラリス様はとても残念がっておいででした。犬がお好きなのだそうです」


 ノースウッドはレイチェルの手を取って感謝した。「——レイチェル、教えてくれてありがとう。早速犬の手配をしよう。どんな犬がいいだろうか」


 喜び勇んでいる40歳を過ぎた大人の男を、まるでとても高価なおもちゃを買ってもらった少年のようだとレイチェルは微笑ましく思った。「ケリガンクラブで飼いやすい犬種について聞いてみてられてはいかがですか?」


「ケリガンクラブ——犬の品評協会か、そうだなそうしよう」


 翌月、ノースウッドはゴールドに輝く絹のように滑らかな毛を、くるくるとカールさせた仔犬を連れて伯爵邸を訪れた。


 仔犬の鳴き声が耳に届いたクラリスの顔がぱっと明るくなった。「レイチェル、犬の鳴き声がします」


「ええ、エンディコット公爵が仔犬を連れてきたようですよ」


「……お父様が?」


 ノースウッドはガゼボでお茶をしていたクラリスの前にひざまずいた。クラリスを怖がらせないように、威圧的にならないようにと常に気配に気を遣い、椅子に座っているクラリスの前では必ず跪き、クラリスを見下ろすことがないようにした。


 当初、娘にどう接していいか分からず戸惑ったノースウッドは名高い精神科医に教授を願い出た。


 熱心に勉強した甲斐あって、ノースウッドの問いかけにクラリスが返事を返してくれるようになった。会話と言えるほどのものでは無かったが、たったそれだけのことが、ノースウッドにとってはこの上ない幸福だった。


 ノースウッドはクラリスの膝の上に仔犬をそっと乗せ、落ちないよう支えた。「プレゼントだよクラリス。これはコッカー・スパニエルという犬種なんだそうだ。明るく陽気で人にもよく懐くと聞いた」


 クラリスがそっと被毛を撫でると仔犬はクラリスの手をペロペロと舐めた。クラリスはくすぐったそうにフフフと声を出して笑った。


 ノースウッドはこの時初めて娘が笑うのを見た。色々な感情が入り混じり、喉元までせり上がってきて嗚咽おえつした。

 

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