第9話 「エンディコット城の真実」

 エンディコット公爵領は、約200年前まではエンディコット王国だった。故にエンディコット公爵邸は、エンディコット城と呼ばれていて、いくつもの塔からなる要塞だ。


 西棟に自室があるノースウッドは、クラリスの自室がある東棟へ赴いたことは無かった。

 ノースウッド家の執事アーネスト・ウィルキンソンも同じだった。


 更に悪いことに、使用人も西棟と東棟に分かれていて、東棟は完全に孤立した状態だった。クラリスの虐待に気づく者は誰ひとりいなかった。


 クラリスの自室はこの大きな城の隅に、ひっそりと隠されたような、暗く陰気な場所にあり、ノースウッドのクローゼットほどの広さしかないクラリスの部屋に、初めて入った彼は愕然とした。


 ベッドに繋がれた足枷には古い血がこびりついていて、カーペットは黒ずんだ血のシミが、ベッドを取り囲むように歪な水玉模様を作っている。


 ノースウッドは手で口を覆った。「これは……どうしてこんな……」ノースウッドは膝からがくりとくずおれた。「ウィルキンソン、私はクラリスを母殺しだなどと思っていなかった。アビーが命を懸けて産んだ大切な忘れ形見だと思っていた。なのに——私のせいなのかこれは、私が悲しみから抜け出せなかったばかりに、あの子から逃げてしまったせいで、大事な娘を苦しめてしまったのか?」


 ウィルキンソンは大粒の涙を流したノースウッドに驚いた。「……公爵様、お力になれず申し訳ありません。ずっと誤解しておりました。公爵様はクラリスお嬢様を疎んでいるのだと——」


「私は全てを間違えてしまった。あの子の顔を見るのが怖かったのだ。アビーに似ているあの子にアビーを重ねてしまうことが怖かった。アビーと同じ琥珀色の瞳が私に失ったものを思い出させた。私はあの子に背を向けることで自分を守ったのだ——私が弱かったせいで大事な娘を傷つけてしまった。取り返しがつかないほどに、あの子は痛めつけられてしまったんだ。一生をかけてでも私はこれからあの子に償っていかねばならない。許しては貰えないかもしれないが、それでも——」チャンスが欲しい、親子になるチャンスが、ノースウッドはそう思ったが、そんなことを願う資格はないとよく分かってもいた。


「サポートいたします」


 主人の心情をおもんぱかることができなかったことは執事の失態だろう。


 もしも、ウィルキンソンが、悲しみに囚われている親子を繋ぐことができていたなら、今ここで胸が悪くなるようなクラリスの部屋を、不快そうに顔をしかめて見つめていなかっただろう。


「娘を虐待した者たちを探してくれ、何故あの子を虐待しなければならなかったのか、真実を知りたい。誰が首謀者なのか突き止め罰を下す」


「承知しました」



 朝晩はめっきりと寒くなり、すぐ近くに冬の気配を感じる頃、クラリス宛にノースウッドから手紙が届いた。


「クラリス様、お手紙が届いております。読むか読まないかはクラリス様次第です。読まないのであれば早急に火にくべましょう。お手紙の送り主はエンディコット公爵閣下です」


 クラリスの眉間に深い皺が刻まれた。しばらく逡巡した後で答えた。「読みません」


「では火にくべてしまいましょう」レイチェルは手紙を暖炉に投げ入れた。


 最近はエンディコット公爵の名前を聞いても取り乱さなくなった。これは、それなりに進歩しているという証ではないだろうかとレイチェルは思った。


 クラリスは灰になっていく手紙をただじっと見つめていた。

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