祝福のうたをあなたへ

「ジャンさん!おやつの時間よ」


アメリは軽快なノックの音とは裏腹に、重苦しく軋む扉を開く。ここもリースくらい飾ったら少しは芸術家のアトリエらしくなるのかしら。扉の向こうには、珍しくテーブルに向かって彫刻ナイフを手に作業中のジャンの姿があった。

あら、使ってくれてるわ!アメリは目ざとくジャンの派手な足元を確認すると、にやにやしながらテーブルに着いた。ジャンは不自然に笑いを堪えているアメリを訝しげに見ていたが、ひとまず作業を中断して道具を机の端に寄せる。


「なんだ?変な顔をして」

「うふふ、なんでも。今日は冷えるものね」

「む?」

「ううん!ねえそれより、さっきレオとマチルダが、完成した絵を見せに来てくれたのよ」


アメリが言うとジャンは、そうか、とだけ呟いて無愛想に肩をすくめた。彼のこうした態度が、はにかんでいることを表す反応であるとわかっているのは、おそらくアメリくらいのものだろう。


「そうか、じゃないわよ!照れちゃって」

「ふん。客にご注文の商品をお渡ししてやっただけだ」

「ふふ、2人ともとっても喜んでたわ」

「なんのことだ。それより紅茶が冷めるぞ」


バスケットの中では、まだ温かいティーポットが湯気を立てていた。ジャンが紅茶をカップに注いでいる間に、アメリはバスケットから赤いチェック柄の袋を取り出す。


「マチルダが言ってたわよ、クリスマスだから、ってちっちゃな木彫りのトナカイを貰ったって」

「あいつめ、おしゃべりな」

「レオとマチルダと、エリザの分まで!帰ってきた時に渡すのが楽しみ、とも言ってたわ」


マチルダは祖母の故郷へと旅立つエリザを涙ながらに見送ったのち、約束通り朝いちばんにやって来たのに待ちぼうけを食らっていたレオの額装を手伝って、その後2人してアトリエでランチを取ってから揃って上機嫌で帰って行ったらしい。

今頃レオはおばあちゃんにプレゼントを渡してる頃かしら。マチルダは噂のメイドさんたちとまたケーキを作ってるかもしれないわね。

ベーカリーはかき入れどきで、クリスマスなんてちっとも楽しいものじゃないって思ってたけど。今年はみんなのおかげで、全然違ったものになった。


「そうそう、それで、こっちの注文の調子はどう?」

「まずまずだな。昨日も思ったが、木彫とも粘土細工とも、また違った難しさがある」


アメリの注文とは、ベーカリーで販売するためのマジパン細工の人形を作ることだった。人形と言ってもマチルダたちのために作ったような精巧なものではなく、テディベアや子猫といった形の小さくて愛らしいものである。トレイの上にころんと転がっている完成品をつまんで、アメリはついくすくす笑った。


「ほんとにかわいい!ママってばさすが、商売のにおいに敏感ね」

「作るのはいいが、こんなもの本当に需要があるのか?」

「あら、きっと人気が出ると思うわ!そしたらあなたをマジパン職人としてうちで雇いましょう」

「それはいいな。画家を引退しても食い扶持を稼げそうだ」

「引退する気なんかないくせに!」「ふふん」


可笑しそうに顔を綻ばせたジャンがなんだか楽しそうで、アメリは自分まで弾むような気分だった。うきうきとパンを取り分けると、皿に乗せてジャンに手渡す。


「おお、パネトーネと…シュトーレンか」

「そう!今日のぶんでお終いなの、ちょっと残念だけど」


真ん中から薄く切っては食べていって、クリスマス当日に残った、いちばん端っこのふた切れ。さっそくひとくち齧ると、粉砂糖がほろりとほどけて、豊かなブランデーの香りが鼻を抜ける。


「いいのか?俺に最後のひとつを寄越してしまって。おまえのことだから、月初めから大事に独り占めしていたんだろう」

「人を食いしん坊みたいに!いいの、よく言うでしょ、クリスマスに最後のひと切れを食べると幸せが訪れるって」


ジャンは初耳だがと言うや否や、がぶりとシュトーレンを頬張った。芸術家のくせして、そういう情緒的な分野に疎いんだから。


「おまえはうまいパンと紅茶があればいつだって幸せだろうに」

「やっぱり食いしん坊だと思ってるわね!あなただって…」


ふと、切り分けたパネトーネが視界に入った。レーズンやイチジクといったドライフルーツが散りばめられたパン生地が、慌てて走っていったジャンの姿を思い起こさせる。なにを言いかけていたのかも忘れてしまって、小さく笑い声を立てた。不思議そうな顔をしているジャンに、内緒の話をするみたいにひそひそと囁く。


「ねえ、来年も一緒に食べましょうね」

「…ふ、ふん、もう来年の話か?やっぱり食い意地が張っているじゃないか」

「お互い様でしょ!ひと月前からパネトーネを待ちわびていた人が!」

「い、一緒にするな!あれはだなあ…」

「なによ!」「なんでもない!」


顔を赤らめたジャンをからかいながら、いつまでもずっと、こんな日を一緒に過ごせたらいい、と思った。来年も、再来年も、その先のクリスマスだって。


毎年とびきりの贈り物を用意しよう。不器用で優しいあなたへ、心を込めて。

クリスマスの町に、ほろほろと、暖かな雪が降り出している。淡い光を湛えた空が、すべての人々のために、クリスマス・キャロルを歌うように。

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クリスマスキャロル・フォーユー【アドベントカレンダー2023】 綿雲 @wata_0203

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