プレゼントに愛をこめて

「すっかり暗くなってしまったな」

「ほんと!3人とも、気をつけて帰ってね」


しんしんと冷気を振り撒くイブの夜空は澄み切って、キャンドルやオーナメントに負けないくらいに明るく星々が瞬いていた。今夜は雪の予報だったが、これなら子供たちの帰路で降り始めることはないだろう。


「うん。アメリ、色々ありがとう」

「どういたしまして!また遊びに来てね」

「もちろん!ジャンとレオにもまあ、感謝しておいてあげる」

「う、うん…!」「生意気な。べそをかいていたくせに」

「うるさいってば!」「うふふ」


マチルダはぷんぷんしながら赤くなってしまったまぶたを擦った。そんなに乱暴にしちゃだめよ、とエリザがハンカチを差し出して、マチルダははっとしたようにレオを振り返る。


「あ!そういえばあんた、額縁!」「え、ああ!」

「ちょっと!お祖母様に贈るの、明日なんでしょ!朝いちばんでここに来なさいよね、約束通りフリルを縫ってあげるから」

「う、うん…!ありがとう!」

「まあ、なんのお話?私も混ぜてちょうだい」

「え、ええと…」「話せば長くなるんだけど」


レオとマチルダが交互に絵のことをエリザに話して聞かせる。あんなにぎくしゃくしていたのに、この短期間で仲良くなったものだ。ジャンは微笑ましく思って、アメリと目を見合せて小さく笑った。ざっくりかいつまんだ解説を聴き終えたエリザは、その大きな瞳を輝かせる。


「まあ!お祖母様のために?レオさんってお優しいのね」

「いや、そんな…」「エリザのほうが優しいんだからね!」

「マチルダったら。そうだ、そのお人形って、あのケーキのようなビスクドールなのでしょう?」

「は、はい」

「同じとまではいかないけれど、うちにもいくつかコレクションがありますの。今日のお礼に、好きなものをプレゼントさせてくださらないかしら!」

「ええ!?」


レオは思わぬ申し出に豆鉄砲を喰らった鳩のように仰天する。エリザの綺麗な身なりや礼儀正しい立ち振る舞いから、たいそう育ちの良い、裕福な家庭の子女なのだろうとは思っていた。城のような豪邸に、ドレスを着た瀟洒な人形がいくらでも飾ってあるのが目に浮かぶようだ。

戸惑うレオと視線がかち合って、ジャンはふっとため息をついた。


「レオ、良かったな。絵じゃなく、陶器の本物をプレゼントできそうじゃないか」

「え…で、でも…せっかく描いてもらったのに、」

「気を遣っているのか?ふん、どんな素晴らしい写し絵でも、所詮は本物には敵わないものさ」


レオは透ける金髪の下で淋しそうに眉を下げた。人形だろうと風景だろうと人間だろうと、思い入れのあるモチーフに焦がれ、その姿をずっと残しておきたい一心で描かれる。本当の価値は絵そのものではない、愛すべきモチーフの方にある。写実絵画とはそういうものだ。

画家としては少し切なくもあり、しかしだからこそ、この仕事は楽しいのかもしれない。


「あら、あなたらしくもない。そこは俺様ならば本物も超えるくらいの絵を描けるぞって言うところなんじゃないの?」

「俺のことをとんだ自惚れ絵描きだと思ってるようだな」

「…ううん、でも、やっぱり…ぼくはあの絵がいいな、」


レオの呟きに、今度はこちらが戸惑う番だった。ありがとうございます、とエリザに頭を下げて、レオはおどおどと口を開いた。


「でも、せっかくのお話だけど…僕、と、ばあちゃんにとっては、ずっと一緒だったあの人形が大切で…あの人形と、ばあちゃんと、僕とで過ごした思い出が、大切で。あの絵なら、きっとそういう懐かしいことも、はっきり思い出せると思うから」


初めは縮こまったまま、しかしだんだんと自然体に、レオは言葉を紡いでいく。寒さに赤く染まった頬に、いつしか微笑みが浮かんでいた。


「それに、今日、ジャンさんに話を聞いてもらって、アメリさんのお店で働いて、マチルダのケーキ作りを手伝って…みんなとの楽しい思い出も、できたから…あの絵のおかげで」


僕にとってはもう、あの絵だって本物で、大好きなんです。

レオはちょっとはにかんで笑った。この寒い日の夜なのに、ジャンはじんわりと、マッチに火を灯したみたいに、胸の底が熱くなるのを感じた。


「そう…そうよね。無粋なことを言ってしまったかしら」

「い、いや、とんでもない!です!」

「なら見るだけでも構わないから、ぜひそのうち私の家にいらしてちょうだいな、お祖母様とご一緒に」

「わあ!いいんですか?」

「ちょっと!ずるい、あたしも一緒によ!」

「まあ、マチルダはもう何度も来てるのに、欲張りさんね」

「いいでしょ!レオ、絶対あたしも呼びなさいよね!」

「う、うん!」


和気藹々とじゃれる子どもたちを目の前にして、ジャンは喉にマシュマロでも詰まったのかように、何も言えなかった。ぼんやりとしているうちに3人はばたばたとはしゃぎながら帰路についていて、横からアメリに小突かれたことでやっと我に返る。


「ね、ジャンさん」「…なんだ」

「…嬉しいわね。こういうのを画家冥利に尽きるって言うんじゃない?」

「ふ、ふん…わかったように、」

「あら、頬っぺたが緩んでるわよ!」

「そ、そんなことはない!」「あるったら!」


アメリはジャンのことをまっすぐに見つめると、満面の笑顔を浮かべた。彼女はいつだって自分の気持ちなどお見通しで、それでいて自分の喜びを、心から共に喜んでくれるのだ。

ジャンはそう思うと自分のちっぽけなプライドが馬鹿らしくて、ふう、と白い息を夜の町に吐き出した。


「アメリ」「なあに?」

「その…これを」


ジャンは絵の具まみれになった上着の内ポケットから、小さな黄色の包みを取り出した。持ち歩いたせいで少し皺の寄ったそれを、そっとアメリの手のひらに乗せる。アメリは目を丸くして、たんぽぽ色の包装紙を指でなぞった。


「…私に?クリスマスプレゼントってこと?」

「む、…本当は今朝のうちに渡すつもりだったんだが」


たっぷり1日かけて、ようやく渡す決心がついたなんて、何とも格好のつかない意気地なしだ。

レオは祖母のために、マチルダはエリザのために。2人ともが大切な相手を喜ばせたい一心で、何度も悩んで挫けそうになりながらも、必死に努力していた。そしてアメリやノーラ、ジャンだって、彼らのことを助けようと力を合わせて、最後に見せてくれた満ち足りた笑顔に、大きな喜びを感じていた。今日の1日が、ジャンに勇気を与えてくれた。

今度は自分の番だ。包みを開いたアメリは、小さな贈り物を目の当たりにすると、わあ、と歓声を上げた。


「かわいい!ブローチね、これってスズメ?」


林檎の木材を彫って作られた木製のブローチは、たんぽぽをくちばしに咥える小鳥の姿を模していた。さっそくブラウスの襟元に着けると、アメリは照れ臭そうに微笑む。


「あ、ああ。おまえをイメージして作った」

「あなたが!?…あ!もしかして、最近彫刻を始めたのって」

「ああ、ああ、そうだとも、こっそり練習していたんだ。何ヵ月も前からこの日のためにな」


アメリはぽかんと口を開けると、ブローチとジャンとを交互に見回す。ジャンは素直な気持ちを口にするつもりだったが、ぽかんとしたまま黙りこくっているアメリにだんだんと恥ずかしさが優ってきて、普段のぶっきらぼうな調子に戻ってしまう。


「ふん。悪かったな、不恰好で安っぽいもので…」

「え!そんなことあるわけない!なによ、いつもは自信たっぷりのくせして、珍しく弱腰になっちゃって」

「し、仕方ないだろう、初めてなんだ、こういうものを、人に贈るなんて…」


それも、特別な日、特別な相手に。そもそもこの1日の始まりは、彼女の沈んだ顔に笑顔を取り戻したいという想いからだった気がする。

アメリは幸せそうに、一枚一枚彫り込まれたスズメの羽を指先で撫でていた。その顔を見れただけで、全てが報われるような心地だった。


「…嬉しい。すごく嬉しいわ!ありがとう、ジャンさん」

「…そ、そうか。それならいい」

「ふふ!それにね、ちょっと安心しちゃった」

「何を…」


アメリはちらっとジャンを見上げると、どこかばつが悪そうにエプロンのポケットに手を差し入れる。わずかな膨らみを帯びていたそこから、がさり、と音を立てて、これまた黄色い包みが姿を現した。ジャンの渡したものより2回りほど大きく、文庫本程度の大きさだった。


「はい、あの…私もこれ、あなたに…どうぞ!」

「なんだと!?」

「なんだととはなによ!失敬ね!」

「い、いや、まさかその…なあ」


狼狽えてしまってもたもたと袋を捏ね回しているうちに、いいから開けてみて、とせっつかれる。ジャンは観念してそうっと袋の中身を取り出した。柔らかな毛糸でできたそれは、意表を突くような目にも眩しい赤と緑のストライプ柄に、そして派手なワンポイント。


「…なんだ?」「く、くつした…」

「…手編みか?」「そ、そう…気に入ってくれるといいけど」

「…ふっ、ふふ…」

「ああ!今笑った!?笑ったでしょ!? 」

「だ、だってなあ、なんだこのデザインは、なんで靴下に靴下の柄が編んであるんだ」

「なによ!かわいいでしょうが!あと靴下柄じゃなくてブーツ柄!」

「お、同じだろう、ふふふ」

「もう!違うったら!」


靴下の真ん中に堂々たる風格で編み込まれた、赤と白のクリスマスブーツ、という、靴下の中にさらに靴下があるように見えるシュールな見た目。思わず吹き出してしまって、怒ったらしいアメリにとっ付かれる。ジャンは苦しくなるくらい笑って、息を切らしながら、コートの胸ぐらを掴んでいるアメリの髪を撫でた。


「アメリ」「なによ!」

「最高だ、気に入らんわけがない!これは実に愛すべき靴下だ」

「そこは私のことを愛してると言いなさいよ!

「もちろん、愛しているとも!」


そう言った途端、アメリの顔がみるみる真っ赤に染まる。ジャンは高揚感に任せて彼女を抱き上げた。

あまりに愉快で満ち足りた、清々しい心地のする夜だった。降り注ぐ星明かりでさえ今日の自分たちを祝福するかのようで、ジャンはぽかぽかした浮かれ気分のまま、いっそう強く彼女の暖かな体を抱き締めた。

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