きんいろの子羊

「ええと、それから、髪の毛は僕と同じような金髪で、もっとこう、コロネみたいな、くるくるっとした髪型をしてて…」

「ロールへアか」「そ、それだと思います」


レオのたどたどしい説明を真剣に聞きながら、ジャンはカンバスと向き合っていた。事情を知ったらしいアメリの父が気を遣って、店の手伝いを早めに切り上げてくれたのだ。好意はとてもありがたかったが、店の方は大丈夫だろうか。そろそろピークは過ぎるから、とのことだったが、ほんの1、2時間手伝っただけでも目が回るほどの忙しさだった。

人形の入っていたガラスケースと同じくらいのサイズのカンバスには、すでに美しいビスクドールの姿が描かれていた。下絵もなしに描き始めた時は驚いたが、カンバスを滑る絵筆はみるみるうちに見慣れたあの人形を象っていく。まだ曖昧な部分も残っているが、説明の甲斐あってか、雰囲気はそっくりだ。

やっぱりプロってすごいなあ、とレオは月並みだが確かな感動を覚えていた。けれどそれとは裏腹に、心の中にはどこか靄がかかっていた。


「なにか気掛かりなようだな」

「え?」


カンバスから視線を上げると、ジャンは筆を動かす手を一度止めてレオの顔を見た。一度は笑ってごまかそうとしたものの、彼は黙ったままで、レオは力無く俯いた。

ジャンの言わんとすることは何となくわかっていた。レオはマチルダの話を聞いてからずっと、母親を見失った羊の子みたいに、知らない土地をうろうろ彷徨っているような心地だった。


「…マチルダは…お友達のために、自分の手で一生懸命頑張ってる…のに、それに比べて僕は、最初から全部ジャンさん頼みで…」


イブの前日になってようやく、絵を依頼したらいいんじゃないか、って思い立った。そこまでは良かったけれど、今考えると何というか、他力本願じゃないだろうか。もちろん自分が人形を作れるなんて思ってないけれど、不慣れでも自らやり遂げようと努力しているマチルダのように、自分の力でできることはなかったのか。


「人任せっていうか…ばあちゃんはこんなことで、喜んでくれるのかな…」

「失敬な!俺の仕事に不満があると言うのか」

「あああ違うんですっ、そういうことでは、」

「おまえはマチルダが、メイド達やアメリの手を借りてケーキを作ったとして、それをずるいと思うのか」

「え、そんなこと、ないです」

「同じことだろう。俺の役目ははあくまでお前の目的を補助することだ」


言いながらジャンは再び手を動かし始める。ぼんやりと栗色が塗られているだけだった部分に、キャラメルブラウンが乗って、レモンイエローが乗って。なめらかな筆先から、ブロンドの髪の艶めきが表現されていく。


「言わば手段だ、手段と目的を履き違えるな」

「で、でも、ジャンさんがいなきゃ僕はけっきょく何もできないままだったし」

「祖母にプレゼントがしたいという、目的はおまえ自身のものだ。アメリも…言っていただろう、相手のために、何かしようとした気持ちが大切だとな」


そう言って何故だか眉間に皺を寄せたジャンの台詞は、自分自身に言い聞かせているようでもあった。先ほど4人で話している時にも感じた、何か気にしているような様子に、不思議に思って首を傾げる。ばつが悪そうなジャンは、まあいい、と誤魔化すように新たな絵の具のチューブを取り出した。


「それにお前の説明はなかなかわかりやすい。喋るのは苦手なのかと思っていたが」

「あ、ありがとうございます…良かった、」

「こちらもやりやすくて助かる。ドレスは赤と白だったと言ったな」

「あ、はい!たしかスカートが段々のフリルになっていて…」


自分でも話していて、よく覚えているものだ、と少し驚くくらいだった。目の前にどんどん形が出来上がっていくから、連動して記憶を思い出しやすいということもあるけれど、やっぱり祖母と過ごした記憶は自分にとって大切なものなんだ、と改めて気づかされた。

もう一度この絵を見たら、祖母も元気を取り戻してくれるだろうか?まだわからないけれど、きっとそうなるといい。


「スカートが、真ん中から左右に分かれていて…赤いカーテンみたいに。それで、その間から、白いフリルがたっぷり覗いてるんです」

「ほう…こんな感じか、豪華なドレスだ」

「あ、そう、そうです!真っ白なシルクのフリルで、まるでクリームでデコレーションしたみたいだったなあ」


日の光を浴びると柔らかく輝く、光沢のある布の雰囲気を思い出すと、自然とそんな感想が出た。マチルダがすぐ近くでケーキを作っていることに気持ちが引っ張られているんだろうか。

またしても複雑な心境に陥りつつあったレオだが、ジャンが不意に筆を止めたためにそちらに気を取られた。どうかしましたか、と聞くまでもなく、ジャンは傍に散らばっていた紙切れを手に取ると、さらさらと何事かスケッチを始める。


「レオ、おまえは文章を綴る才能があるぞ。将来はものを書く仕事につくといい」

「え、ええ!?突然、どうしたんですか」

「アイデアとは突然降ってくるものだ!そう思うだろう」


ジャンは自慢げに木炭を机に転がしたかと思ったら、ラフな線で描かれたスケッチを目の前に突きつけてくる。レオはあっと声を出して、その日初めてふわりと微笑んだ。

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