▼便宜上・第一階層~第五階層:ダンジョン黄金大作戦

「こりゃあいいや」

 俺は9本首の蛇が腹の中に隠していた(腹が膨れていたのですぐに分かった。おまけに動きが鈍かったので助かった)箱から出てきた袋に、ざらざらと金貨を投げ込んだ。金貨だ。一枚あれば数日遊んで暮らせる金貨が、三人の両手両足で数えきれないくらい手に入っている。笑いが止まらないとはこのことだ。

 その金貨を入れている袋がまた出来物だった。

 魔法の「どんどん袋」だ。見た目は普通の背負い袋だが、魔法がかかっている。袋の中は見た目よりずっと広く、袋の口に入るものなら何でも入れてしまえる上に、いくら入れても重さは変わらない。取り出そうと思ったら、欲しいものを頭に想像して手を突っ込めばいい。すぐに手にその品物が触れて、取り出すことができる。

 最初は金貨よりも脱出を優先していた俺たちだったが、これを手に入れてからは、ジェイスの地図のバツの印に積極的に踏み込むようになった。

 もちろん本当に危なそうなら引き上げるが、装備の整った俺たち三人は見事な連携で、大概のモンスターどもをやっつけてしまった。

 まず俺が罠がないか調べながら敵にひと当てする。次にボグルがどしんと敵と相対する。俺は周囲の小物を切り倒したり、あるいは翻弄して、うまく敵をひとまとめにしていく。そこにファハンの大魔法がどかんだ。

 敵を倒せば財宝が手に入る。エルフの通った鼻はぐんぐん伸びていくし、ボグルも自信をつけていっているようだ。もちろん俺も。


 二つ上の階ででくわしたのは、大がかりな罠。部屋の床石は白と黒の市松模様になっていて、よく見ると石には絵が刻まれている。このお手柄はボグルだ。ボグルはこれが将棋盤で、床石の絵は将棋の駒だとすぐに気付いたのだ。

 そうなれば簡単。床石に描かれている将棋の駒の動きの通りに床を歩けば、部屋の一番奥にある、財宝の唸っている箱まで簡単に到達できる。俺はボグルの指示にあわせて、ぴょんぴょんと床石を飛び移って(一番大変だったのは桂馬だった)、首尾よく身が軽くなる魔法の靴に、見た品物にかかっている魔法が見える魔法の眼鏡を手に入れた。

 靴は俺、メガネはファハンのものだ。もちろん、箱に入っていたエルフ造りの装飾品はどんどん袋に放り込む。


 おっと、そんな簡単な部屋ばかりじゃなかった。

 その上の階で出会ったのは、包帯でぐるぐる巻きになった動く死体……ミイラだ。うすぼんやりと黄色く光っていて、見ると思わず背筋が寒くなる。実際ボグルは恐れのあまり後ずさったが、俺は平気だった。ひょっとしたら、今着ている衣装か鎧のどれかに魔法がかかっているのかもしれない。

 ミイラはその腐れ病を持った手を俺に伸ばすが、何年ここで乾いていたか知らないが、元気いっぱい、しかも身軽の靴を履いた俺を捕まえることができない。

 逆に、俺の長剣が、ひと振りごとにミイラを切り刻む。しかし奴は動きを止めない。

「火だ!」

 と、必死に目をそらしながらファハンが言って、魔法を唱える。出てきたのは、ファハンが魔法をかけた松明だ。魔法の炎で燃えるこの松明は、決して消えることはない。俺はその松明をひったくるとミイラに突っ込んだ。

 まるで焚きつけみたいに景気よく燃えて、ミイラは倒れた。

 ミイラの中に入っていた赤い宝石は、炎でダメになってしまったが。


 確かファハンは、迷宮の財宝は主のもののほか、この迷宮に挑んだ勇者や英雄たちの持ち物が再配置されたものと言っていた。

 迷宮の下のほうがいいものがあるのは道理だ。

 迷宮の奥底まで潜れるほどの勇者の持ち物が、なまくらな剣と腐った革鎧のわけがない。

 俺たちはきっとかなり深いところから始めたのだろう。

 そして運よく(実力だ、とファハンは言いそうだが)、キマイラから自分たちにぴったりの武器を手に入れることができた。

 その素晴らしい魔法の武器で、より上の階層を歩いているのだから、俺たちは進むごとに安全に、そして豊かになって行った。

 まさに、大漁。

 迷宮に捕らわれる呪いがどんなものかはわからないが、これなら出たくなくなるのもわかる気がする。

 とはいえこれらの富も、地上に出て文明のある所に戻らないと意味がない……。

 その前提だけは覆すまい、と、俺たちは話し合っていた。

 くだんの迷宮の呪い、迷宮から出たくなくなるという話が頭に常に残っていた。

 今のところ、俺たちはまだ、使いもしない財宝を蓄えたいなどという、歌にでてくる竜のような欲望は持っていなかった。

 俺たちはこれをもって地上に出たら何がしたいか、なんてことを話すようにした。

 そのほうが……希望がある。

 しかし懸念もあった。


 ◇◆◇


「後をつけられている?」

 便宜上の第五階層まで上がって来て、俺たちは一息つくことにした。

 地上が近くなってきたのが、現れる怪物どもで分かる。

 それまではキマイラやミイラなど、おそらく魔法使いによって召喚されたりしたのであろう強力で、かつ、あまり群れを作ったりしないモンスターが多かった。

 それがこの第五階層に上がって出会った怪物は、強靭な肉体を持つオークの蛮族だった。

 オークは北の蛮地に住む怪物で、人間よりもやや大柄で屈強な肉体を持った人型生物だ。その出身はエルフやドワーフと同じ妖精の世界。

 農耕を行わず、財貨や欲しいものは奪い取る生活をしており、北方の百姓にとっては災害にも等しく語られる。

 そのオークが、この迷宮に住み着いているのだ。

「おそらく」

 ファハンは魔法の光を放つ杖を握ったまま、傍らの石に腰を下ろした。

「入り口から入って来て、住み着いたんだ。彼らは一人じゃなかった」

「すると」

「地上は近いぞ。だが……」

「あぁ」

 どうも、第三階層あたりから何者かにつけられている感じがしているのだ。

 じっとりとした視線を感じる。

 何度か急に引き返してみたり、わざと隙を見せたりもしたが、成果はなかった。

「魔法の従僕かもしれん」

 ファハンは推測した。

「迷宮の魔法に付随する効果だ。死んだ勇者や怪物を片づけて、その財宝を回収して再配置したり、起動してしまった罠を再装填したりする」

「便利なもんだなぁ」

 ボグルが嘆息した。確かに便利だ。

 だがおぞましい。

 そんなやつが俺たちの後をつけているなんて、狙いは一つしかないだろう。

「死ぬのを待ってるってことか」

「かもな、というだけだ。断定はできんよ」

 俺はファハンと同じように腰を下ろし、身軽の靴を脱いて足の指をぴこぴこと動かした。身軽の靴を脱ぐと、確かに足は涼しいが、身体が重くなった気がする。これに慣れると手放せなくなりそうだな、と、俺は思った。

「腹が減ったなぁ」

 ボグルは座るべき石が見当たらず、そのまま床に胡坐をかいた。

「何か食えるものはないかな」

「今までの財宝に食えるものはないな」

 ボグルの言う通り、腹は減ったが不思議と飢える感じはしない。これも迷宮の呪いかもしれないが。

「魔法で何か出せないのか?」

 俺がファハンに聞くと、ファハンはバツが悪げに呻いた。

「あるにはあるが……」

「あるのか? なんだよ人が悪いな」

「……文句を言うなよ」

 ファハンは器を要求し、俺はどんどん袋からさっき美術品として拾った、大きな黄金のゴブレットを取り出した。

「ヌーザンメ……ヌーンアリフ……ヌーンエイシーン……フェーイチェー……ヌーザンメ……ヌーンアリフ……フェーエイン……ヘーアー……」

 やや自信なさげな呪文が、ファハンの薄い唇から漏れる。

「フェーイチェー……」

 発音を見つけ出し呪文が完成して、きらきらした輝きの後ゴブレットに透明な水が満たされた。

「おぉ。すごいじゃないか」

「まぁ……飲んでみろ。毒じゃない」

 こんなの出せるならさっさと頼めばよかった。

 水を目の前にして、急に喉の乾きを思い出した俺は、ゴブレットを両手でいただくと口をつけた。かなり大きな器だが、今なら一気に飲み干してしまいそうだ。そうしたらボグルには文句を言われるかもしれないが、まぁその時はファハンにもう一杯出してもらおう。

「……うん……?」

 長く傭兵として戦場で過ごしてきたから、多少の不衛生な水には慣れている。もちろん飲んではいけない水もわかる。

 だが、ゴブレットの中のファハンの水は、そうした不潔な水とは違った。

 すーっとした匂いが鼻について抜けていき、しかし決してミントなどをいれた小洒落たさわやかな香りというわけではなく、さりとて腐った匂いでもない。沸かした湯冷ましとも違う。なんだか……ある種の草の汁のような、そんなくきくきとした匂いと味で、俺は一回ゴブレットから口を離した。

 飲めないわけではないし、たしかに水だと思う。実際に俺の肉体は喉を潤すためにもう少し飲むべきだと訴えている。

 しかし、なんというか……有り体に言えば……。

「不味い」

「ただの水だろう? そんなことがあるか」

 ボグルは俺からゴブレットを受け取ると(ひったくる、というには、俺は素直に手を離しすぎた)ぐいっと一口あおって、それからひげの奥で顔をしかめた。

「別に美味いものがひつようなわけじゃあないだろう」

「それはそうだが……」

 憮然とするファハンに、俺たち二人はただゴブレットを持って、何も言えなかった。

 水がそんなんだから、食べ物もお察しだ。

 ファハンが魔法で生み出した食べ物は、半バルク(1バルクは約450グラム)ほどのどっしりしたレンガのようなパンのような形をしていたが、なんというか、形の通り、粘土を固めた焼成前のレンガをかじっているような気分だった。

「魔法大学ではこんなの食ってるのか」

「まさか」と、ファハンは憮然と首を振った。「なかなかちゃんとしたものが出せないんだ」

「他の大魔法はすごいのにな」

「飲食物創造の魔法は苦手なんだ」

「まぁ、誰しも苦手なものはあるか……」

 しかしひとまず水と食べ物ではある。

 車座になって不味い食べ物と水でくつろぐと、後一息、頑張る気力も湧いてくるというものだった。

 もし俺たちが迷宮の呪いに囚われて迷宮に住み着いたとしたら、これからこの粘土みたいなパンを苦い水で流し込むことになるのだ。冗談じゃあない!

「それ」

 しばらく何か話そうかどうしようか考えながら、まずい水とパンのようななにかを口に押し込んでいると、ボグルが俺が傍らにおいていた、さっき拾ったギターを指さした。

 オークの住処のごみの山に埋もれていたもので、造り自体はいいもののようだ。六弦のギターで、弦はすべてそろっているが、何本か外れてしまっているし、首のところで調整するためのねじも歪んでいる。

「弾けるの?」

「あぁ……。でも壊れているんだ」

「貸してみろ」

 ボグルはギターを手に取るとしげしげ眺めてから、器用に応急修理を始めた。

 弦を引っ張って張り直し、ボグルの太い指がそれを弾くと、本体内で共鳴して思ったよりいい音が出る。

「うまいもんだな」

 と、ファハンが覗き込んだ。

「ドワーフの細工物の腕前は見事なものだと聞いてはいたが。多くは金銀や宝石を扱うって聞いたが」

「ぼ……おれは、元々、少しな」

 ボグルはひげの奥で照れくさそうに言って、最後のネジを締めた。怪物を殴っているときより、金貨を数えているときより、楽しそうに思えた。

「弾いてみてくれ。おれはわからないから」

「お、おう」

 弦を弾いて、首のところで張りを調整して音を整える。

 久しぶりに触れる楽器は、なんだか手になじまなかったが、俺はそれが楽しかった。

 魔法の青白い光の中でまずい水を代わりばんこにすするエルフとドワーフの前で、軽く音を出しながら、話す。

「俺はもともと、吟遊詩人になりたかったんだ」

「へぇ」

 ボグルが興味深げに身を乗り出した。

「なんで傭兵に?」

「そっちのほうが向いてた。俺の村はまぁよくある田舎の農村だったんだが、そこに収穫祭のときに決まって吟遊詩人が来てな。俺もあんなふうに歌を歌って村々を回ってさ、俺みたいな小僧を喜ばせるような、そんな生き方に憧れてたんだが」

 俺は苦笑した。

「街に出て思い知ったよ。俺、歌下手なんだ」

「はぁ。聞かせたまえよ」

「嫌だよ。お前のほうがうまいだろうし。エルフの歌と張り合う気はない」

「それは、エルフだからな」

「街で歌っても誰も足を止めなくてなぁ。乞食の芸にもならんかった。弟子入りしようにも田舎から出てきたばかりの字も読めない若造だからどうにもならなくて、そんで喧嘩に巻き込まれたときにそれを見ていた傭兵団の団長に、筋が良いとか言われて」

 俺はばらんっとギターを掻き鳴らした。いい音だ。

「それで傭兵になったんだ。確かに剣の腕は天賦の才があったみたいで、なんとか今まで生き延びて来れたから、良かったと思うけどな。まぁ……今は裸一貫迷宮からの脱出を目指す一員だけど」

 俺は昔聞いた、邪悪な魔法使いをやっつけて姫君を奪い返した英雄の勲を、メロディーだけだが、奏でる。これは田舎から出てきた平民の少年が長じて騎士となって英雄と成る物語で、入りのリズムが独特で乗りやすく、特に冒頭の旅立ちのシーンでは、足踏みなんかで囃し立てるのが定番の曲。

「いいじゃないか」

 ボグルが笑って手拍子を始める。

 ファハンは踵でリズムを取って、膝を叩いた。

「歌えよ」

 ファハンが言う。

「この曲は知ってるぞ。大学のそばの酒場で歌っているのを聞いた。なに、大してうまくはなかったぞ。やつがれの故郷の歌に比べればな」

「まぁ……そりゃあそうだろうよ」

 それなら、と言うのか、ボグルが低い声で歌いだし、それにファハンが呪文で聞き慣れたテノールのいい声で混ざった。

「ま、いいか」

 俺は笑って、ギターをかき鳴らしてボディをたたいてリズムを取って足踏みをして、歌った。


 やい糞坊主

 お前はどこに行きたいんだ

 好き勝手に生まれたんだ

 好き勝手に望むところがあるだろう

 言ってみろそれを

 行ってみろそこに

 あちこちなんでもやってみろ

 それで死んでも言ってやれ

 おれはやったぞって言ってやれ


 三人でがなり立てるような歌は、芸として外に出せるようなものではもちろんないが、だが案外気分は、悪くなかった。


 ◇◆◇


 暗がりで動く小さな姿が見えて、俺たちはそれぞれ立ち上がった。

 休憩は終わりだ。

「歌に混ざりたかったのかな」

「入れてやらんこともないが、見ろよ、奴らナイフを持ってやがる」

 やってきたのは緑色の肌をした小鬼で、地上でも見たことのある種族だ。ゴブリン族。人間の領域のごく近くに巣を作る野蛮な種族で、さっき倒したオークよりも小柄。

 地下深くに住むような連中ではない。

 つまり、この迷宮も終りに近い、ということだ。

 俺はギターを背負い直すと、キマイラから奪った剣を抜いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る