▼便宜上・第一階層:出口(入り口)を求めて

 ドワーフというのは、エルフと同じような妖精族の一員だ。

 エルフが魔法と森の妖精とするなら、ドワーフは鋼と山の妖精と言っていいだろう。

 彼らは主に山で鉱山を掘って生活していて、エルフよりもよく見かける連中だ。俺が最後にいた北部でも、大きな街なら数人は見かけることができる。

 背丈は俺たちよりもかなり低いが、体重は倍もあるのではないだろうか。そのほとんどは鉱山で鍛えられた筋肉だ。

 例外なく長いひげを蓄えて、堀の深い顔は老人のようにも見える。

 一度だけ一緒に傭兵として戦ったことがあるが、その時のドワーフはそれはもう頑固で、いつも不平不満を垂れ流していて、しかし粘り強く戦うので、傭兵団の中でも重宝されていた。とにかくがめついのが玉に瑕だったが。

 俺のドワーフ観は、概ねその時のままだ。

「おれはボグル。北部アギルット山の誇り高いドワーフ族で、アギルット山がにっくきディーモンに襲われて全滅して以来、そのディーモンに復讐するため、旅をしている」

 と、ボグルはさっきやりかけていた自己紹介を律儀にやり直した。

 二本目の大腿骨に火を移した明かりに照らすと、まさに筋骨隆々。髭を胸まで蓄えていて、太い腕や足も男らしい毛でびっしりだ。

 奇妙なのはその髪型で、ちょうど頭の中央、額の上からうなじまでを一列に残して、他を剃りこんでいる。

「棲家亡くしのドワーフだ」

 と、ファハンがさげすむように言う。

「なんだそれ」

「ドワーフの野蛮で愚かな風習だ。ドワーフは自分の穴倉をたいそう大事にしていて、それが破壊された時、生き残った者は、その破壊者に復讐しなければならない。そうしないと一族の恥となる」

「そ、そうだ」と、ボグル。「だからこうして目立つ髪にして、かのディーモンにしらせながら、そいつを探しているのだ。殺しそこねがいるぞ、と」

「ディーモンだって?」

 俺は思わず腰を上げた。英雄物語に登場する、地獄からの使者だ。いわゆる悪魔。幼い子どもが眠らないときに警句に使われる。俺は本物を見たことがない。ボグルはそいつから生き残ったという。

「すごいな」

「お前は何でもすごいすごいと言うが」

 ファハンはあきれたように言った。

「ディーモンなど、何十年もこの地上に現れていない。おおかたこのめしいのドワーフが見間違えたのだろうよ。金と宝石以外に目が利くものか」

 言われたボグルはきょとんとして、それからファハンをじっと眺めると、それからようやく合点がいったように、怒りの色を見せた。

「エルフか!」

「いかにも。やつがれはファハン。お前たちに帝国魔法大学でのその名を聞かせられないのが残念だよ」

 ファハンはボグルが掴みかかってくるのかと身構えたようだったが、ボグルはそうしなかった。ただ、首をかしげて鼻を鳴らしただけだ。前に見たドワーフよりも、ずいぶんと気が長い。

「だいたいお前は何年前からそのディーモンとやらをさがしているのだ」

「足かけ十年になる」

「手がかりは」

「ないでもなかったが……追えなんだ」

「どうして」

「おれはその、方向音痴で、迷ってしまって」

「は!」

 ファハンが笑って何か続けようとした。面倒なことになりそうだ。

「おほん」

 俺は一つ咳払いをした。二人がこちらを見る。いまさら身の上話なんか興味がない。俺が今、興味があるのは、ここが何でどこで、出られるのかどうか、だ。

「俺はロビン。スターヴリング村のロビンだ。……さて、どうも妙なことになっているが……ここに心当たりがあるやつはいるか?」

「ある」

「ま、だろうな……え? あるのぉ?」

 どうせ誰もわからんだろうと思っていた俺は、ファハンの言葉を危うく聞き流すところだった。

「さっきお前も言っていただろう。おとぎ話に出てくる魔法」

「うん?」

「鳥頭とはこのことだな」

 わかったぞ、こいつは単純に口が悪いんだ。

「自分で言っただろう。悪い魔法使いが迷宮を作ってお姫様を閉じ込める……ふん。子供じみた空想だ。閉じ込めるのは、くだらない女などではなく、魔力そのものだ」

「何が子供じみてるって?」

「そのおとぎ話が、だ。……やけにつっかかるじゃあないか」

 俺はため息をついた。ここでファハンと言い争っても仕方ない。俺は敵を作らない。次善の策を講じるのが得意なロビン様だ。

「で? この場所がその魔法使いの迷宮だって? だいたいどんな魔法でそんなことをやるんだ。目的は?」

 俺は大腿骨から肋骨に火を移してから、聞いた。


 迷宮という魔法がある。

 ファハンが言うには、大魔法ではあるが比較的ポピュラーな魔法らしい。

 曰く、生命や武勇を魔力化して蓄えるための魔法使いの壺。

 大きな山や地下をくりぬくか、もとからある洞窟群などに魔法をかけて、そこを自分の領域、迷宮にする。

 魔法使いはそこに怪物をばらまいて、また自分がそれまで集めた財宝や魔法をかけた品物を配置する。

 自分の居室は決まって最奥だ。出入りしづらかろうと言うと、ファハンは鼻で笑った。最奥から一気に地上に出る仕掛けくらい、迷宮の魔法を使うような魔法使いには朝飯前だという。じゃあお前はできるのかと聞いたら黙ったので、俺は小ばかにされた留飲を下げた。

 そうして作った迷宮には、財宝を求めて冒険家や……あるいは勇者、英雄と呼ばれる者がやってくる。もちろん、手ごろな棲家を求める怪物たちも。

「なんでそんなことするんだ」

 俺は聞いた。道理に合わないじゃないか。わざわざ自分で集めた財宝を配置して、勇者や英雄に遊び場を作ってやっているようなものに感じたからだ。豪華な賞品付き!

 そう聞くと、ファハンは(さすがに小馬鹿にはせず)答えた。

「さっき言っただろう。生命や武勇を魔力化する壺だって」

 迷宮内で死んだ怪物や勇者たちの魂は、残らず迷宮の最下層に吸収され、魔法使いが定めた器に蓄積される。なかには勇者が鏡に閉じ込められることもあるという。そうすることで、魔法使いは待っているだけで無限の魔法エネルギーを手に入れることができるというのだ。

 財宝だってそうだ。

 冒険家や勇者と言われる連中が、名にも手ぶらで迷宮に挑戦するわけもない。彼らが死ねば、その装備品や財宝は迷宮の各所に再配置される。そこまで含めての迷宮の魔法だという。

「こいつは昔、名前は忘れたが……帝国皇帝から魔法のお守りを盗み出した邪悪な魔法使いが、そのお守りに無限の魔法を注ぐために作った魔法だ。そいつは帝都の下に迷宮を作って、そりゃあ数多くの山師ならず者冒険家が挑んだと聞く。その魔法使いは相当な魔力を好き放題振るったらしい。今は攻略されて、お守りも帝国に戻ったって言うがね」

「ここも、その類だってのか」

 ファハンはうなずいた。

「さっき、迷宮に怪物を配置するって話しただろう。その怪物はどこから連れてくると思う?」

「……にんじんで釣ってではなかろうなぁ」

「迷宮に、あてずっぽうに怪物を召喚する魔法があるんだ。どこからか、目的のものを引き寄せる召喚術だ。……つまり、諸君はこの迷宮で怪物になるように呼び出されたってことさ」

「それじゃあもう出られないってことじゃないか?!」

 ボグルが悲鳴を上げる。屈強なドワーフにしては泣き言が多いな。

 俺は(なんとなく股間を隠しながら)立ち上がって、火のついた肋骨を掲げた。

「この骨は、俺たちの先輩ってところか」

「そうかもしれん。もちろん、やつがれはそうなるつもりはないが」

「ほう?」

 ファハンは小さな骨のかけら(多分首かどこかの骨)に時間をかけて火をつけてから、それを上に斜めに放り投げた。

 からん、と、音がして、上から光が漏れる。

「ははん」

 どうやらここは、そう深い井戸の底ではないのだ。

 俺は壁に沿って手を伸ばし、肋骨を掲げた。

 ここはどうやら、床に穿たれた縦穴……落とし穴のような具合で、3マスほどの高さで上の階……便宜上、地上と言っておこう……地上に到達できるようだ。

「迷宮の魔法で作った迷宮には、必ず入り口がある」と、ファハン。

 それはそうだろう。

 迷宮の魔法がいわばネズミ捕りだとしたら、ネズミが入ってくれないと困る。

「入り口から出ればいいんだ」


 ◇◆◇


 地上に上がる際にもひと悶着あった。

 ボグルが肩車でファハンを持ち上げることを拒否したのだ。

「どうせエルフのことだ、おれをここに残してさっさと出ていくつもりだろう!」

「そんなことはさせないって!」

 俺はファハンとボグルの間に入って力説した。

「見ろよこのエルフのひょろひょろの身体! これでどうやって……ここが何階かは知らんが、一人で出ていけるっていうんだ?」

「失敬な。やつがれにだって杖さえあれば」

「ねぇじゃねぇか。その杖がよ」

「むぅ」

「わかるだろ?」

 俺は力説した。なんで俺、真っ裸でエルフとドワーフの仲裁なんかやってるんだろう。

「少なくとも、ここから出るまでは、俺たちは協力しなきゃならないんだ。もし杖が見つかったら、エルフの魔法も役に立つだろう。でもだからって、ドワーフの腕力がいらなくなるわけじゃないはずだ。俺だって剣があれば戦える。な? 協力するしかないんだよ」

「……置いてかない?」

「絶対に置いていかない」

「フムン」

 ボグルは鼻息を漏らすと、黙って壁際でひざまずいた。

「まったくドワーフらしく器の小さいやつだ……」と漏らすファハンを小突いて黙らせると、俺は明かりの尺骨を持ったエルフを担ぎ上げて肩車する。くそう。首筋に嫌な感触がする。

 ファハンを乗せたまま、俺はボグルの背中に登って、壁に両手をついた。

「いいぞ、上げてくれ」

 ボグルは黙って、二人分の体重を乗せたまま、ゆっくりと立ち上がる。ファハンは手を伸ばして、地上に指をかける。

「もう少し……よし、とどいた!」

「上げるぞ。コケるなよ」

 俺はファハンの足を持って、ぐぐっと持ち上げる。さすがエルフ。雪に足跡を残さないと言われるだけあって、軽い。

 ファハンはエルフらしくもなくずりずりと這ってなんとか上にあがった。

「おぉ……」

 ファハンが感嘆の声を上げるのが聞こえる。

「なんだよ」

 俺は声を張り上げた。

「いいからこっちに手を出せよ。引き上げてくれ」

「せっかちなやつだな。わかったわかった。まぁ楽しみにしておきたまえ。いいものがあるぞ」

 地上からファハンが顔を出して、俺は奴の腕に捕まると、あちこちすりむきながらも、なんとか穴から這い上がった。

「ほぉ」

 地上に上がった俺は、ファハンが声を上げた理由が分かった。

 今喉から手が出るほど欲しかったものがあったからだ。

 それがこの……布の山だ。

「やっと……お前らの裸を見ないで済むってわけだ」

 俺はファハンと顔を見合わせて笑った。


 布は古い衣類だったり、ずた袋だったりといった雑多なものだった。

 俺はまず簡単な腰布を作ると、次にそれを拾ってきた骨に巻いて、松明をこしらえる。ただ燃やすよりはずっとましだ。明るくなったところで、布をより合わせて簡単なロープを作ると、下のボグルに垂らしてやる。

 一方その間ファハンと言えば、周囲の探索に余念がない。

 上がったところはおおむね5マス四方の部屋になっていて、下と同じ感じではあったが、大きな違いが一つ。

 扉があった。出口だ。入り口かも? つまり、道があるということだ。ひとまずどん詰まりからは脱することができる!

 俺にはその強固な扉が、天国への階段に見えた。だがこういうのにうかつに飛びつくとひどい目にあうのも、俺の人生の定番だ。いつもいちばんいい道を選ぼうとして、失敗続き。そうして行きついたのが、人殺しを商売にする傭兵団で、この迷宮ってわけだ。

 慎重にいこうぜ、と、俺は自分に言い聞かせた。


「見たまえ」

「あ?」

 ロープ代わりの布は二回切れて、三回目にようやっと穴を這いあがったボグルと冷たい床で息を切らしていると、引き上げを手伝おうともしなかったファハンが大げさな身振りで俺たちに言った。

「我らの先輩の残してくれた、偉大なる遺産だよ」

「なんだよ」

 ファハンは、俺からできたばかりの松明を取ると、壁に向かって掲げる。

 それは壁に描かれた地図だった。

 おそらく俺たちとおなじように、あるいはもっと面倒な手段を使ったかして得た燃えさしなどを使ったのだろう。明灰色の石壁を一杯に使って、線と四角で大きな図が描かれている。

 そのうち一番左側にある一つの四角の中央に、黒い四角が描かれていた。そこから線で別の四角につながっている。

「おそらく」と、ファハン。「これは我らの先輩による地図だろう。この通りに進めば脱出できるんじゃあないか?」

 その言葉にボグルが首を振る。

「出口までは描かれておるまい」

「なんで」

「あたりまえだろうが。出口を見つけたらなんでここまで戻って続きを描く理由がある」

「そりゃそうだ」

「むぅ」

 俺は拾った端切れに、先人と同じく燃えさしで地図を書き写しているボグルを横目に、壁に描かれた地図に想いを馳せた。

 これを描いた者は、どんな人物だったのだろうか。

 俺たちと同じようにこのどん詰まりに叩き込まれて、何とか脱出しようとあがいていたのだろう。燃えさしの炭で描かれた地図は最近のものではあるまいが、どのくらい前のものかはにわかにはわからなかった。

 同じ壁に、小さく名前と思しき文字が書かれている。

「ジェイス」

 先輩氏の名前だろうか。文字が書けるなんて一定の学のある人物だったに違いない。その文字列が、無数に書かれている。

 この人が今松明に使っている骨の主じゃないといい、と思った。

「このバツ印はなんだ」

 ファハンが言って、各所に描かれた印を指さす。それらはすべて通路を表すのであろう線に繋がっていて、行き止まりとなっている。

「進めなかったんじゃあないか?」

「なるほど。じゃあこの丸は……階段か何かかな」

 地図はよく見ると何枚かのルート図で構成されていた。

 数えてみると六枚ある。

 この一枚一枚が迷宮の階層とすると、ここは少なくとも地下六階よりも下ということだ。

 この地図では、方向はわかっても距離ももちろんわからない。

 終わりも描かれていない。

「こりゃあ……お前らとも長い付き合いになっちまうかもしれないなぁ」

 どれほど長い旅路になるのか。案外すぐかもしれないし、出られないかもしれない。俺は頭を振って後者の考えを振り払った。

「正気をなくすなよ」

「なくさないよ」

「わかってないな」

 ファハンはボグルの地図と壁の地図を見比べながら(間違いを指摘してやろうと考えたらしいが、ボグルの地図は正確で完璧だった)小さな声で警告した。

「ここは魔法の産物だ。迷宮だぞ。ここに召喚されたり迷い込んだり挑戦した連中が、さっさと出ていかれると困るだろう」

「そうらしいな」

「だから、迷宮には魔法がかかっている。それは例えば、姿なき追跡者だったり精神を変異させる魔法だったりだ。厄介なのは精神の変異だ。この魔法は徐々に迷宮内の生き物の精神に影響を与える」

「するとどうなるんだ?」

「簡単に言えば」

 ファハンは、おそましい、と言わんばかりに声をいっそう低めた。

「出たくなくなるんだ。迷宮から離れられなくなる。やつがれも文献でしか知らない。体験したことはないからどんなふうに作用するのかはわからないが、とにかくそうらしい」

「出たくなくなる?」

「そうだ。ものの本によると、迷宮の中が居心地よく感じてくるんだそうだ。迷い込んだ怪物なんかも、そのまま迷宮の中を棲家にして繁殖を始めたり、迷宮の作り主を倒すつもりで迷宮に挑んでいた勇者がいつのまにかその迷宮に住み着いて後から来た次の勇者を殺している、なんて話もある」

「なんでそんな」

「深淵なる魔術の作用について、おぬしらのカラ頭に教え込ませることができるほど、やつがれは能弁ではないよ」

 俺たち三人は顔を見合わせて、それからぞくりとする感覚に背筋を震わせた。

 冗談じゃない!

 こんなところでくたばるなんてまっぴらだ!

 俺は敢然と、この部屋唯一の扉に手をかけた。

 だけど。

 俺は考える。

 俺は生まれた村を出てからこっち、人殺しで食いつないできたが……。迷宮を出たら、俺の人生に何かいい変化でもあるってのか?

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