続6日目、久しぶりの回転寿司
賢太とソラがカラオケを出るころには午後5時を過ぎていた。2人ともお腹がすいていたので、夕食を食べに行くことになり、どこがいいか話し合って、回転ずしに行くことになった。
賢太とソラはテーブル席に向かい合って座った。
「ダイチはいつも何食べるの?」
「僕は、えっと、確か、マグロ、とかかな。回転ずし来たの久しぶり過ぎて記憶がない」
賢太が最後に回転ずしを訪れたのは中学生のときだった。その時は幼馴染とその他数名の友人と一緒だったと記憶している。幼馴染に連れてこられなければ賢太はあまり外食をしない。わざわざ人が集まる場所に行って何かを食べようと思わないのだ。食べたいものがあったとしても、人間が集まる空間に行くくらいならば、食べなくてもいいと思ってしまう。
「そっか。好きなお寿司ない?」
「特にないかも。目についたものを適当に選んでた気がする。たぶん。ソラは何が好き?」
「私はね、マグロとエビとタマゴは絶対に食べる。あとはその時の気分かな。とりあえず、何頼む?」
「マグロとサーモンお願い」
「わかった。私も同じの頼もうかな」
ソラはタブレットを操作して、注文を済ませた。
あまり待たずに、お寿司たちがピュンと高速で届けられた。久しぶりの寿司の味は、懐かしかった。
「ソラはワサビつけないんだね」
「辛いの苦手なんだ」
「じゃあ、カレーも苦手?」
「甘口じゃないと食べられないよ。賢太は?」
「僕も辛いのは得意じゃないけど、カレーは中辛がちょうどいいかな」
「中辛ね、食べて見たことあるけど、食べられなかったんだよ」
辛いカレーを食べたときのことを思い出したのだろう。ソラは顔をしかめた。
「無理して食べるものでもないよ」
「そうだけどさあ、食べられないってわかってても、食べてみたくなっちゃうんだよね。絶対に食べられないってわかってても、食べたくなっちゃうこともある。憧れ、みたいな感じ。いろんなものを食べられる人がうらやましいなって気持ちが少しあるんだ」
「そうなの?」
ソラはコクリと頷いた。
「そうだよ。だって、いろんなものおいしく食べられる人が生きてる世界には、おいしいものがいっぱいあるんだよ。そんなの、うらやましいじゃん」
ソラの言葉に感銘を受けた賢太は、急いでスマホを取りだして、すぐさまメモをした。
「どうしたの?」
不思議そうに首をかしげるソラに、「今のセリフ、小説に使おうと思って」と賢太はせっせと文字を打ちながら答えた。賢太では思い浮かばないような、『ソラ』というキャラクターにぴったり合う素敵な言葉だったから、その言葉が跡形もなく消えてしまうのが惜しかったのだ。
「ちょっと恥ずかしいかも」
「あ、嫌だった?」
「嫌じゃないよ。ちょっと恥ずかしいだけ。深く考えずに言った言葉を、目の前で、そんなに大事そうにメモされたら恥ずかしいよ」
「なんか、ごめん」
「いや、謝らなくてもいいんだけど……。うん。はい、この話は終わり」
ソラは話を強制終了させた。
賢太は、メモを開いたついでに、カラオケにいたときに聞きたかったけど聞けなかったことを質問してみることに決めた。踏み込んだ質問をすることになるかもしれないから、ためらいがあったのだが、物語を作る上で大切なことだから、勇気を出して聞いてみることにした。
「実は、魔女の話に関することで、聞きたいことがあって」
「なに?」
「ダイチとソラの物語は友達の話で恋愛要素はいらないけど、魔女の話のほうはどうしたい? 魔女は恋するかな?」
「恋は、したいかな。でも、恋人だけが大切って話にはしないでほしい。あくまで恋人は大事な人たちのうちのひとりで、魔女には男女種族問わず、たくさんの人たちと仲良く暮らしてほしいって思う」
「わかった。それで、なんだけど、好きな人のタイプってどんな人? 僕、恋したこと無くてそういうのよくわからないんだよね。だから、嫌じゃなければ教えてもらえると助かる」
小説での疑似体験をもとに恋愛感情を構築することは可能だが、ソラをモデルにするのだから、好きな人のタイプは本人に聞きたい。本人の感情からかけ離れたものを作りたくはない。可能な限り原作に忠実に。可能な限り本人が望む者を。そもそも賢太には恋愛経験がないから、好きな人のタイプ、というものをうまく作れる気がしない。
「私の好きなタイプか。今までの彼氏のことを思い出してみたけど、共通点と言えば、優しいところと小動物っぽいところかな」
「小動物?」
賢太は頭にハテナを浮かべた。『小動物っぽい』が理解できなかったのだ。
ソラは少し黙って考えたあと、迷いを滲ませながらも口を開いた。
「かわいい、で間違ってはないけど、それだけじゃなくて、見た目がかわいいとかそれだけじゃなくて、雰囲気とか行動が小動物っぽいっていうか。大型犬じゃなくて小型犬って言うか。ぐわってかんじじゃなくて、きゅるってかんじっていうか。話してるとほわほわする感じ。まあ、彼氏って言っても、長くて半年なんだけど。でも、たぶん、好きなタイプは、優しい小動物系であってる、と思う」
「背の高さは?」
「特にこだわりはないよ。まあ、自分より背が低い男なんて滅多にいないけど」
「年上年下?」
「考えたことなかった。特にないよ」
「頭の良さは?」
「勉強に関することは、どっちでもいい。会話がちゃんとできる人がいいな。私の話をちゃんと聞いてくれる人。私もちゃんと聞くから、お互いに、言葉を交わせる人がいい。いろいろ考えてみたけど、やっぱり、居心地がいい人がいいな」
じゃあ、と賢太は口を開いたが、何も思い浮かばなかった。ネタ切れ。それに、これ以上一方的に質問を続けるのは気が引けた。小説のための取材という大義名分があるとはいえ、一方的に根掘り葉掘り聞くのはあまり気分が良くない。フェアじゃないと感じて、賢太はだんだんと申し訳なくなってきた。
「なんか、一方的に、プライベートなことに踏み込んで、ちょっと申し訳ない」
「そんなの、気にしないでよ。私のためのことなんだから。それに、私は離したくないことまで話さないから大丈夫」
一方的に質問されたことについてまったく気にする様子がないソラに、賢太の申し訳なさが軽減された。軽減されはしたが完全には消えなかった。一方的に相手に関する知識が増えてしまったのがどうにも落ち着かないのだ。
「ありがと。ソラに関していろいろ聞いちゃったから、僕のことも話した方がいいかなって思ったけど、恋愛に関する話なんて何もないから」
ソラは気にしないでいいのに、と笑った。
「でも、そんなに気になるなら、答えられる範囲で、私の質問に答えてよ」
「もちろんいいよ」
「じゃあさっそく。恋愛経験ないって言ってたけど、恋人とかいなかったの?」
何人か、と賢太は答えてから、少し迷って「ゼロと等しいけどね」と付け加えた。
「どういうこと?」
よくわからないというようにソラは首を傾げた。
「付き合った人数が多くても、感情が伴わなければゼロってこと」
賢太は学生時代のことを思い返す。賢太はそれなりにモテた。顔が良くて、背もそれなりに高くて、運動もある程度できて、勉強がすごい出来たから。幼馴染の次にモテていた。賢太はなんとなく視線を感じていたものの、あまり気にしていなかった。告白された回数も幼馴染に比べたら多くない。告白されないように、女子に話しかけられないように、回避していたことも功を奏して、そこまで告白されなかった。
それでも、回避しきれない告白はもちろんあった。そこで、いつも賢太は「好きじゃないから付き合えない」ときっぱりと伝えていた。それでも、はっきりと好きではないと伝えたのにも関わらず、諦めの悪いしぶとい子もいた。その子たちはいつも「今は好きじゃなくてもいい」というようなことをいう。何回か断っても迷惑なほど粘り強く食い下がるものだから、賢太は仕方なく交際を了承したことが何度もあった。もちろん気持ちがないから長くは続かず、長くて3カ月、早くて1か月も持たずに別れた。それが原因で、恋人だったと自信を持って言えない恋人の数が増えてしまったのだ。
ソラに、学生時代のことを端折って簡潔に伝えた、
「いつも何回かデート的な外出をして終わり。ほんと、断り切れない僕って、はたから見れば女とっかえひっかえしてるクズだよな」
賢太は自嘲気味に笑って、テーブルの上に置いてある緑茶を口に含んだ。
「だから、彼女は何人かいたけど、実質人数はゼロ人。誰一人名前すら覚えてないから、ゼロ」
「まあ、『好きじゃなくてもいい』って言ったのは相手の女の子なんだから、ダイチが気に病む必要はまったくないよ」
ソラは賢太を責めることなく、それどころかさっぱりと『ダイチは悪くない』と言い切った。賢太は目を丸くした。まさか悪くないと言われるとは考えてなかった。
「だって、ちゃんと断ってるのに、それでもしつこく言い寄ったのは女の子のほうだから。そんなことより、私は、好きでもない女の子と流されるままにずっと付き合ってなくてよかったって思ってるよ」
「どういうこと?」
「そのまんまの意味。ダイチは優しいから、自分がいいよって折れて付き合った相手を自分から別れるなんてできなかったでしょ」
図星。賢太は黙り込んだ。気が乗らないデートだとしても、賢太は断ることができなかった。連絡の頻度が高くて鬱陶しいなと感じても、賢太は文句を言えなかった。別れたいと思っていても、賢太は相手が言い出すまで何も言えなかった。なぜなら、自分の意思が弱くて告白を断りきることができなかったのがいけないのだから。自分に断る権利はないと賢太は思っている。
「もっと無理ですってはっきり言ってもいいんだよ。しつこい人なら、途中で話し切り上げて逃げればいい。申し訳ないとか思わないで、しつこい方が悪いんだから」
「それ、いいの?」
「いいんだよ。嫌なら嫌ってきっぱり言って大丈夫。嫌われても気にしないでしょ」
断定するソラに賢太はもちろんと頷いた。他人にどう思われようがまったく気にならない。
「ちなみに、これはちょっとした興味だから、答えたくなければ答えなくていいんだけど、ダイチは恋したいの?」
賢太は少し考えて「恋したいとは思ったことない」と答えた。
「恋とか興味がない。しようと思ってできるもんじゃないでしょ。今まで恋したことないから、恋って感情がそもそもわかんないし。女性が好きかもしれないし、男性が好きかもしれないし、両方かもしれないし、恋愛感情がないかもしれない。僕は僕自身のことわかんない。ってソラに質問しながら思った。今は深刻に考えてないけど、年取ったら、考えちゃうのかな、なんて。……ごめんね、変な話して」
賢太はソラを視界から外して、タブレットを手に取った。メニューの上を目を滑らせる。何も目には止まらないが、とりあえず画面をスライドさせる。
「恋はしてもしなくてもいいものだから、気にしなくていいよ」
ソラの優しい声に賢太は顔を上げた。
「っていうのは簡単だけど、実際、年を取ったらどう思うかはわからないもんね。その時自分が大事にしたい人を大事にすればいいと思うよ。恋をするかもしれないし、しないかもしれない。それでいいのにね」
「そうだよな。そう思っていられればいいな」
「もし無理だな、辛いなって思ったら幼馴染くんとかに話せばいいんだよ。きっと全部受け止めてくれるでしょ。ひとりで抱え込まないで人に相談するっていうことの大切さ、ダイチと話して気づいたから、ダイチも相談したほうがいいよ」
「ひとりで抱え込んでたら幼馴染に怒られちゃうし、遠慮しないで相談することにするよ」
少し前に賢太の中に突然発生した得体の知れない不安が、スッと消えた。相談という行為は効果絶大らしい。
「さて、気を取り直して、何食べる?」
ソラがタブレットを手に取った。
「ソラと同じのお願い。たくさんあってよくわかんなくなった」
「適当に選ぶけど文句言わないでね」
「言わないよ。食べられないものないから、全部任せる」
「りょうかい」
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