賢太は高校時代に思いを馳せる

 賢太は景斗に誘われるがまま演劇部に入った。どうやら彼は演じることに興味があるらしい。彼は昔から興味があることになんのためらいもなく飛び込んでいく。賢太を道連れに。小学校6年間はダンスに本気で取り組んだ。中学校3年間はバスケに熱中した。そして次は演劇。きっと景斗のことだ、演技にも真剣に取り組むことだろう。

 どうせまた景斗は上手くできるんだろうなと賢太は思っていた。ダンスもバスケも練習すればするほど景斗の実力はメキメキ上昇した。賢太は彼に何とかギリギリ食らいついてはいたが、努力の甲斐なく及ばなかった。景斗のダンスは人を惹きつけた。景斗のバスケはチームを勝利へ導いた。どうせ演技も彼には勝てない。根拠もなくそう思っていた。

 だが、賢太の予想は裏切られた。

 初舞台である7月の文化祭に向けて練習しているなかで、景斗ではなく賢太が演技の才能を勢いよく開花させた。演技を始めて1か月足らずで、粗削りではあるが十分な演技力を身につけた。的確に登場人物の心情を想像し、最適な表現をする技術を自分のものにした。その実力には同級生だけでなく、先輩も目を見張るものがあった。景斗も賢太の実力に圧倒されていた。


 文化祭まであと1か月を切った頃の帰り道。

「お前、本当に演技未経験なんだよな」

 疑わしそうで悔しそうな声色。

「お前も知ってるだろ。何年一緒にいると思ってんだ」

 初対面は赤ちゃんのときらしい。そのころから今までずっと一緒にいるのだから景斗が知らないわけがない。賢太がまったく演技をしたことがないのを。

「知ってるけどさあ、疑いたくなるほどなんだよ。お前の演技。うますぎる」

「そんなにかよ」

「そんなにだよ。気づいてねえの賢太だけだからな」

「そうか?」

 賢太は首を傾げた。

 謙遜ではなく本当に賢太は気づいていない。羨望と嫉妬の眼差しを向けられていることに。溢れんばかりの才能に。まだ賢太は気づいていない。

 景斗はどこか遠くを見ながら口を開いた。

「賢太は、俳優とか興味ないの?」

「僕みたいなのにできると思うの?」

 賢太は呆れた口調で返したのだが、景斗に至極真面目な口調で「お前ならできるに決まってる」と言われて反応に困った。何も言葉が浮かばず、景斗が口を開くまでただ隣を歩いた。

「……賢太は俺よりも才能あるよ」

「そうなんだ」

「他人事かよ。俺よりセンスあるくせに」

 横目で景斗の表情を伺うと、賢太の予想通り彼は口をとがらせていた。

「拗ねるな」

「拗ねてない」

「その口調は拗ねてるだろ。……まあでも、お前の演技は微妙だよな」

 隣から大げさなダメージボイスが聞こえてきたがスルー。賢太の感情を吸い取っているのではないかというほど、景斗の感情表現は豊かだ。素直だけど空気は読める彼を賢太はいいなと思っている。

 それはさておき、演技は微妙であるので遠慮せず追撃はする。

「なんていうか、本当に微妙としか言えないほど微妙だな」

 再び大げさなダメージボイス。もちろん無視。景斗はため息をついて笑った。

「ったく、お前はなんでそうはっきり言うかね」

「駄目だった?」

「いや、まったく。思ってもないことを言われるより何十倍もいい。あと、遠慮する賢太は俺の知ってる賢太じゃない。思ったことをそのまま言わない賢太は賢太じゃないから、もし遠慮なんてしたら蹴り飛ばす」

「それでいいのか?」

「それでいいんだよ」

「そっか」


「どうしたらお前みたいにできるのかなあ」

 しばらく歩いていると景斗がぽつりとこぼした。風に吹かれて飛ばされてしまいそうな声を賢太はしっかりと捕まえた。

「どうって、練習あるのみだろ」

 それはそうだけどさあ。と、どうやら景斗は賢太の答えに不満なようだ。

「そういうことじゃなくて、もっと、こう、具体的になんかない?」

 具体的に。と言われましても。賢太はそう思ったが、しばらく自分の演技について考えてみることにした。感情を読み取ってそれを、そのキャラクターがしそうな言動で表現する。そのために必要なこと。読解力と表現力。普段から本を読んでいるおかげか、読解力に悩んだことはない。むしろ得意分野。

 問題は表現力。賢太は喜怒哀楽を大きく表現する人間ではない。感情の動きがないわけではないが、鈍いほうだろう。でも、そこは本を読むことで補っている。本を読めば登場人物に感情移入するから、感情がおもしろいほどに動かされる。その感情を表面に出す方法は、映像作品を見たり身近な人間を参考にしたりしている。

「自分が演じるキャラクターの心情を自分の物にして、それを全身で表現する」

「それができたら苦労しねえよ」

「……僕って、お前ほど感情表に出てないでしょ」

「そうだな」

「だから、感情を表に出すのは難しいんだけど、景斗を意識すると結構うまくいく」

「俺?」

「そう。お前。僕に足りないものがあるから、それをまねしてる。……あ、そっか。お前の問題点は、ずっと景斗のまますぎることだな」

「わかりやすく」

「演じるときって、自分じゃなくならなきゃいけないと僕は思うんだよな。自分を捨ててその人物になりきるしかない。この人ならこういう反応しそうだなっていうのを考えて行動する」

「俺もそうしてるつもりなんだけどな」

「もっと肩の力抜けよ」

「どうしてそう普通にできるんだよ」

「緊張しないからな。景斗と違って」

「あーそうだったわ。お前はそういうやつだったな。羨ましい、緊張しないの」

「お前さあ、小学生の時ずっとダンスで舞台立ってて、しかもど真ん中で、なのにどうして慣れないかな……」

「そう簡単に慣れるもんじゃねえの」

「……お前なら、演技できそうなんだけどなあ」

「どうして?」

「景斗だから」

「答えになってないぞ」

 確かにそれはそうだ。でも賢太には説明する術がない。理由を問われても「景斗だから」としか答えようが無い。ひとついえることは、長年近くで見てきた賢太にしかわからないものがあるということだけ。

「とにかく頑張れってことだな」

「雑に締めるな。具体的なアドバイスは?」

「……小説を読め」

「却下」

 賢太の絞り出した提案は即却下された。


 なんやかんやで時は流れ、無事に文化祭の公演は成功した。


 文化祭後、最初の休日。

 2人は賢太の部屋にいた。

 景斗は賢太のベッドの上でうつ伏せになって不貞腐れていた。賢太はそれを気にすることなく、ベッドに寄りかかりながら本を開いている。

「お前はなんであんなにお芝居ができるんですかあ?」

「生まれ持った才能」

 賢太は本から視線をそらさないまま即答した。面倒なので簡潔に雑に。

「うざ」

「お前が聞いたんだろ。正直に答えただけだ」

「はいはいそうですか」

「あと、付け加えるとしたら、今まで触れた物語の量が違いすぎる」

 もー、と後ろからくぐもった声が聞こえてくる。

「それどーしようもないだろー」

「ああそうだな」

「慰めようとは思わないわけ?」

「だって事実だし」

 景斗がベッドをバシバシ叩き始めた。だが賢太は顔ひとつ変えない。

「やめろ。……うなるなうるさい。無意味な音を発生させるな」

「つめたい……」

 後ろで面倒な状態になっている幼馴染。原因は文化祭。賢太は回想する。舞台袖であほみたいに緊張している景斗。少ししかないセリフを本番直前に飛ばしかけて慌てて台本を開く景斗。緊張する緊張するうるさいから賢太に尻を蹴り飛ばされた景斗。なぜかそれで緊張がほぐれて普段の8割くらいのテンションに戻った景斗。

 そんな本番前にあたふたしていた景斗だが、本番では、上手くはないが悪くはない程度の演技は出来ていた。

 賢太は、後ろの物体がそろそろ鬱陶しくなってきたので一度宥めてみることにした。

「文化祭の本番の演技、今までで一番よかったぞ。上手い、とは言えないけど悪くはなかった。お前にしてはな」

「最後が余計だ。モテないぞ」

「安心しろ、お前にだけだ」

「きゃー」

「棒読みヤメロ。ウザさが際立つ。あのさあ、そこでうだうだグチグチ言っててもなんも変わんねえからな。そこで布団に埋まってる時間は無駄だから行動しろ」

「正論ヤメロ。泣くぞ」

「だいじょぶだ。すぐに追い出す」

「……」

 返事が返ってこない。諦めたのだろうか。賢太は不思議に思いつつも、静かになってくれてよかったと思いながら本を読み進めた。

 が、突如、本が上へ飛んで行った。本につられて顔を上げると、そこには仁王立ちをした不機嫌そうな景斗が本を高く掲げていた。賢太は大きなため息をついた。

「おいクソガキ。返しなさい」

「俺の話聞かねえんだもん」

「いや、聞いてただろ」

「あと、同い年だわ」

「そういうところがガキだって言ってんだよ。上手くいかない時に子供みたいに拗ねるのやめろよ」

「まだ子どもだし」

 泣かなくなっただけましか、と賢太は思うことにした。景斗は幼いころから、何かうまくいかないことがあると拗ねる。出来ない自分が許せなくて、その感情をどうすればいいのかわからなかったのだろう。だから賢太と違ってよく泣く子どもだった。はたから見て十分に出来ているとしても、彼の中で満足する出来になっていなければ拗ねてしまっていた。全身で拗ねてることをアピールして、グチグチと言葉を吐き出し続ける。その被害者は毎回賢太。勘弁してほしいと思ったこともあったが、時間が経てば解決することを知ってからは、日常の一部としてとらえられるようになった。

「ウザ絡みは友達が減るぞ」

「安心しろ、お前にだけだ」

「嬉しくねえよ。とりあえず座れ」

 賢太は自分の隣の床をバシバシ叩く。

 はーい、といつもの元気さが嘘のようなぼんやりとした返事をして、ちょこんと座った。本を固く握りしめたまま膝を抱えて縮こまっている。

「賢太に負けた」

「その昔からある僕への対抗心何なんだよ」

「だってさ、景斗はカッコいいし勉強もできるし運動もできるじゃん」

「運動はお前のほうができるし、お前のほうがかっこいい」

「俺のほうが運動はできるけどさ、他にも勝ちたいじゃん」

「ダンスは景斗が勝ってるだろ」

「ああ、微妙なダンス踊る賢太居たねえ。今の俺の演技みたいな感じで」

「僕は天才型で、できることとできないことがはっきりしてる。景斗は努力型で時間が経てば、経験を重ねれば上手くなることもあるでしょ。演技だって悪くはないんだから、一気にビュンッてのびるかもな」

「慰めてる?」

「僕がそんなことすると思うか、お前に」

「思わない。いつも追い打ちかけてくる」

「心外だな。ただ思ったことをそのまま伝えてるだけだ。他意はない」

「知ってる。でもさ、俺には時間がねえんだよ」

「ああ、あれね。オーディション」

「そう。オーディション。俺は絶対に最終審査まで進むし、グランプリを取る。それは絶対に確実」

 景斗は確信を持って言い切った。さっきまでのうだうだ拗ねていたのが嘘のように地震に満ち溢れている。賢太も景斗の意見に異論はない。絶対に景斗がグランプリを取るだろう。オーディションの参加者の顔を見る限り、景斗以上の人間はいなかったから。

「そういや、お前は俳優になりたいんだっけ」

 演劇部に入った後、賢太は景斗の夢を初めて知った。その目が本気だったから全力で応援している。

「そ。カッコいいじゃん。演技できるの」

「1年くらいである程度はできるようになると思うけどな」

「お前がそう言うならそうなんだろうな」

「ただの一般人の戯言だ」

「俺はそうは思わないけど。くだらないお世辞とか言わないからお前の言葉は、自己評価は信用ならないけど、他人への評価は信頼できる。賢太は俳優目指さないの?」

「僕には無理」

「演技上手いじゃん。磨けばもっともっと上へ行ける気がする」

「お前は俺に対する評価が高すぎる」

「お前は自分に対する評価が低すぎる」

 景斗からの評価が高すぎて賢太はいつも困惑する。そこまで評価されるものを持っていないと感じているからだ。でも、その評価を受け入れないと話が前に進まないので、今回は異を唱えることはやめた。

「でも、たとえそうだとしても、メンタルが持たない。もちろん本気で取り組んではいるけど、部活は部活だから気が楽。のびのびできる。いつでも逃げられるから。でも仕事にしたら、比べ物にならない責任とストレスがのしかかってくる。体調崩すと迷惑かけるし、俺には無理」

「……それは、そうかもしれない。でも、俺だって上手くやっていける自信があるわけじゃないから。絶対にうまくやるって決めてるだけだし」

「それに、僕は景斗と同じ職業に就きたくない。なんか落ち着かない関係になりそうで嫌だ」

 これは賢太の本心だ。出来る限りずっとこのままの関係でいたい。その思いについては景斗も同意した。

「同じ職業に就いたら、仕事を取り合うライバルとかになっちゃうもんな。そんで俺が負けて拗ねて賢太にあたる」

「なんで僕が勝つ前提なんだよ」

「お前が努力したら、すごいことになる予感がするから。根拠はない。勘。俺の勘は当たるの知ってるでしょ?」

「知ってるけど、ノーコメントで」

「ノーコメントって言ってる時点でコメントしてる気がするんだけど」

「そこを突くな」

「ところで、最終審査、特技披露、何がいいと思う?」

 オーディションの最終審査には特技披露の時間がある。どれだけ景斗の外見が魅力的でも、そこで結果を残さないことにはグランプリは取れない。

「お前が特技にできることは、サッカーとダンスで、人を魅了するにはダンスだろ」

「まあ、そうなるよね。でもさ、俳優になりたいから、朗読してみるってのもありじゃない? ほら、最近演技練習してるし」

「全身使った演技と声だけの演技は感覚が違うと思う。ドラマ見てるときと、アニメ見てるとき、声の出し方だかなんだか知らねえけど、雰囲気が違うから。やめとけ。中途半端に下手なやつ見せると落ちるぞ。ダンスで審査員釘付けにすればいい」

「そうだよなあ。曲は、やっぱケーポップがいいかな」

「知らん」

「ケチ」

「……曲は何でもいいけど、見栄えを重視するのは必須として、ある程度技術も見せられるやつ。カッコいいやつ。お前の感性に任せる。僕には選べないから自分で決めた方がいいぞ」

「歌いながら踊るのは?」

「いや、ダンスに集中した方がいいと思う。ダンスのクオリティーあげるほうが大事。長い事本気ではやってないんだから、両方やろうとしても中途半端になる」

「わかった。そうする。練習付き合って」

「断る」

 もちろん即答。景斗のレベルについていける自信はない。ギリギリでついていくことはできるかもしれないが、それでは景斗の足手まといになってしまう。

 そのことをそのまま伝えても、景斗は引き下がらなかった。

「賢太のダンスは微妙だと思うけど、下手じゃないし。久々に一緒にやりたい。お願い!」

「……どうしてもか?」

「どうしても」

「僕、なんとか景斗についていってたけど、本当に、ほんっとうに、ギリッギリだったんだぞ」

「知ってる。今回も頑張って」

「……はいはい、わかった」

 賢太は折れた。だって景斗が折れそうにないから。景斗に甘すぎる自分に内心呆れた。

「曲決めたら教えて、できるだけ早く。覚えるから」

「覚えるの早いし、教えるのも上手いのに、なんで微妙なんだろうな」

「やっぱりやめようかな」

「ごめんごめん。ありがと。よろしく」


 ちなみに、この後、朗読に付き合ってみたが、あまりにも酷くて強制終了した。「はじめてなんだからしょうがないだろ。賢太もやってみろ」と言われてやってみた賢太は初めてとは思えないくらいには上手かったので、景斗は若干拗ねた。



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