続2日目、ファミレスで本音があふれる

 映画を見たあと、ソラと賢太はファミレスにいた。時刻は午後4時を少し過ぎた。夕方までいるのは初めてだ。だからといって何というわけではないが、外が暗くなるまで一緒にいるのは初めてだから、少しソワソワする。何事も初めてはわくわくするものだ。友達と暗くなるまでいるのも久々だからそれもあるのだろう。

 夕食には少し早いが、おやつの時間には少し遅い。なんとも微妙な時間。だが、微妙な時間かつ平日だから、人がほとんどいなくて、賢太にはちょうどよかった。人が少ないに越したことはない。気が楽だ。

 さらに嬉しいことに、この店は店員との会話がほとんど必要がない。タブレットで注文できるうえに配膳もロボットがやってくれるようだ。賢太のように人との会話が苦手な人にとっては嬉しいことだ。人間との接触は少なければ少ないほどいい。

 ファミレスに来るのはいつ以来だろうか。賢太は記憶をたどる。最後に来たのは高校3年生の6月のはじめに幼馴染と。つまり5年以上もファミレスという場所に足を踏み入れていないことになる。タブレットでの注文やロボットでの配膳が賢太の目に新しく映るのは当然のことだ。5年もあれば技術は進歩し、当たり前だったことが変化していくのだから。

 タブレットでメニューが見られるようになっても、紙のメニュー表を置いてくれているのもありがたい。ソラはタブレットで、賢太は紙でメニューを見る。

「私はティラミスでも食べようかな。ダイチはどうする?」

「僕は、そうだな。……じゃあ、ガトーショコラにしようかな」

「飲み物はいる?」

「ホットミルクで」

「わかった」

 ソラに注文してもらってしばらくすると、丸みを帯びたフォルムの白い物体が頼んだものを乗せて寄ってきた。さすがはロボット。こぼすことなくきっちりと業務をこなしている。配膳するべき席を忘れず安定して運ぶことができるという点においては人間よりもはるかに優秀である。

 運ばれてきたデザートは、あのカフェほどの衝撃はないが、普通においしかった。

「映画、良かったね」

「うん、良かった。景斗の演技が上手だった」

「ほんとにそう。もともと上手なんだけど、見るたびに上回ってる気がして、本当にすごいよね。尊敬する。だからなのかな。景斗くんのこと、私にしては長く飽きずにずっと追いかけられてるんだ」

 賢太の頬が緩む。

「そう言ってもらえて嬉しい」

「うん。推しが褒められると嬉しいよね。ダイチって本当に景斗くんのことが好きなんだね」

 賢太はもごもごする。間違ってはいないけど、ちょっと違う。好き、というか、まあ確かに嫌いではないが、なんかちょっと違う。訂正したいけれど、訂正するにはいろいろと話さなければいけなくなる。話してもいいものだろうか。

 少し考えて、少しなら離しても大丈夫という結論に至った。賢太の中には誰かに幼馴染のことを話したいという欲が確かに存在している。でも話してもいいと思える信用できる友人がいないのだ。幼馴染に様々な話を聞いて、たとえ友人で会っても信用できないことを知ってしまったから。だから誰にも話せない。

 でも、ソラならきっと大丈夫だろうという謎の確信が賢太の中にはある。なぜだかはわからないが、3回しか会ってないのにそう思えるのだ。それに今は店に人が少ない。今ほど彼について話すのに最適な時間はない。

 少し迷いはあったが、賢太は思い切って切り出した。秘密を押し付けるのは嫌だから、とりあえず前置きを。

「あのさ、誰にも言わないでほしいんだけど、話したいことがあって。ここだけの秘密にしてほしいんだけど、話してもいいかな?」

「なにそれ、超重要な話??」

 なんだかソラの声が明るく弾んでいる。

「なんかちょっと嬉しそう?」

「だって秘密って友達っぽいじゃん」

「確かに」

「最近、友達っぽいことに飢えてたから、嬉しい」

「よくわかんないけど喜んでもらえたのならよかった。じゃあ、話してもいいってことだよね」

「もちろん。安心して。私口固いし、そもそも話すような友達がいないから」

 ソラは賢太の言葉を子どものように目を輝かせて待っている。

「期待にそえるようなものかどうかわからないけど……」

 呼吸をひとつ。ソラの目をしっかりと見て口を開いた。

「実は、景斗、僕の幼馴染なんだ」

 ソラの動きが止まった。フリーズしてしまった。賢太は戸惑った。こういう時どうすればいいのだろうか。再起動できなければマニュアルもない。検索したところで対処法は出てこない。とりあえず放置しよう。賢太はソラが起動するまで待つことにした。放置が最良の対処法という場合もあると知っているので。

 あまり時間がかかることなく、置物のようになっていたソラは活動を再開した。

「ごめん、ちょっと驚いた」

「こっちこそ、なんかごめん。そこまで驚くとは思わなかった」

「そりゃ驚くよ。だって、まさか友達が推しとお友達だとは思わないじゃん。この世界に存在していることを実感しちゃって、どう反応していいのかわからなくて……」

 なるほど。この世界に推しが存在していると感じると感情が迷子になるらしい。賢太はひとつ学んだ。一般的な反応かどうかは知らないが、少なくともひとりは、推しが現実世界に存在していると感じるだけで感激するのだ。賢太には共感できないが、面白いと思った。

「それにしてもすぐ信じるんだね」

 ソラは賢太の言ったことをすぐに真実だと判断した。『某超人気俳優と友達なんだよね』という非常にくだらない嘘をつく人なんてこの世に大量発生しているだろう。それなのに疑うことなく瞬時に信じてくれた。

「だってそんな嘘つく理由ないでしょ」

「それはそうだけど、こんな嘘つく人間の気持ちなんてわかんねえけどさ、そんなにすぐ信じてもらえるとは思わなかった」

「私、基本的に友人の言葉は信じるようにしてるから」

 友人を信じると何の迷いもなく言い切れるソラがうらやましい。賢太は少し心配になりながらも咎める気にはならなかった。どうかそのままでいてほしい。そう強く感じた。自分と幼馴染にはできなくなってしまったこと。どうかソラが悪い人に遭遇しませんように。そう願わずにはいられなかった。

「かっこいいね」

「そう? ありがと。……あのさ、幼馴染が有名人ってやっぱり嬉しい?」

 ソラがおずおずとそう問いかけた。

「どうだろ。嬉しくないことはないけど、有名人になったってことよりも、自分の夢をかなえて、大変そうだけど、それでも楽しく仕事してるの見ると嬉しいって思う」

 そう。嬉しいのだ。幼馴染の活躍は嬉しい。近くでずっとすべてを見てきたから。まっすぐな強い意思と日々の努力。どれだけうまくいかなくても諦めないで何度も何度も練習をしている姿を見たら応援せずにはいられない。彼の血のにじむような努力が実を結ぶことのなんと嬉しい事か。

 でも。

「ちょっと寂しいな」

「寂しい?」

 ソラに聞き返されて、賢太は口から感情がこぼれていたことに気が付いた。今更口を押えてももう遅い。見て見ぬふりしてきた心の悲鳴。言葉にしてしまった感情は質量を持ってしまった。もう無色透明に戻すことはできない。それに、どうしてだかソラにはなんでも話したくなってしまう。なにを話しても受け入れてくれそうな安心感がある。気づくと賢太は自分の押しつぶしていた感情を吐き出していた。

「そう。寂しい。景斗は幼馴染で、生まれた時からずっと一緒で近くにいるのが当たり前の存在なんだ。もう家族みたいな感じで。でも家族とは違ってまた特別な存在。唯一無二の親友って感じかな。近くにいるのが当たり前だったのに、今でも近くにいるのは変わらないのに、ずっと遠くに行っちゃったみたいに感じる」

 一度あふれ出した感情は止まらない。

「活躍は嬉しい。それは本心。絶対に。だけど、それなのに、テレビで姿を見たり、街中ででっかい看板見たりすると、胸に冷たい隙間風がスーって吹き抜けて気持ち悪い。知ってる顔でカッコいいのに、なんでか知らない人みたいで気持ち悪い。嬉しいのに、喜ばなきゃいけないのに、喜ぶべきなのに、変な感情が喜びと一緒にこみ上げてくる。こんな自分がどうしても嫌で嫌で仕方ない」

 ……はは。乾いた笑いがこぼれる。

「こんな僕、幼馴染失格だよな」

 声がかすれる。賢太はうつむいた。なにやってんだろ。出会ってまだ日が浅い人間にこんな話されても困るだろうに。後悔。

「ごめん、こんな話になっちゃって……」

「謝らないでいいよ」

 ソラの優しい声に賢太はゆるりと顔を上げた。

「話したいこと吐き出しちゃいなよ。そっちのが楽になるから。私も話したことあるから、またいつか聞いてくれる?」

「もちろん」

「それと、幼馴染失格ではないと私は思うな。遠い存在になっちゃったら寂しいのはしょうがないよ。私でもたぶん寂しくなるもん」

「そういうもの?」

「そういうものだと思うよ」

「ありがと」

「どういたしまして」

 賢太の心がちょっと軽くなった。

「なんか、僕が言うのもあれだけど、もっと明るいこと話したいよね。重たくてソラに申し訳ない」

「それなら、明日、カラオケ行こ! 私最近ずっとひとりカラオケだから、たまには誰かと一緒に行きたくて。いい?」

「あんま上手じゃなくてもいいなら」

「歌のうまさは関係ないから決まりね。明日は、駅前に10時でもいい?」

「わかった。いいよ」

 やったーと、ファミレスだから小さめに、ソラは喜んだ。

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