2日目、学校の話をしてみた
期間限定の友達になって2日目。3度目のケーキのおいしいカフェ。ソラと賢太は今日はケーキではなくナポリタンを食べた。まさに喫茶店にありそうなビジュアルで2人は静かにテンションが上がった。味は期待以上でとてもおいしかった。どうやらこの店の食べ物はすべておいしいらしい。偶然この食事がおいしいカフェを見つけてくれたソラには感謝したいと賢太は心の底から思った。
ナポリタンを味わってキレイに平らげたあと、「学生のとき、成績ってよかった?」とソラが唐突に投げかけた。何の脈絡もない突然すぎる問いに賢太は言葉を咀嚼するのに少し時間がかかった。
「……えっと、良かったよ」
「ずっと?」
「小学生の頃はほぼ全部100点で、中学のときと高校のときはずっと1番だったよ。まあ大学生のときはトップってわけじゃなかったけど、そこそこ評価は良かった」
「すご!」
驚愕の声。思わず口から飛び出してしまったと表現するのが正しい声。
「じゃあ、勉強で苦労したことないってこと?」
「ないよ」
「いいなあ。羨ましい。でもなんか想像通りかも」
「想像通り?」
「いや、見た目で判断するのは良くないのはわかってるけど、見た感じ頭がよさそうだなって。ほら、アニメとかにさ、頭が良くて顔も良くてモテる男の子っているでしょ?」
「いるね」
「見た目とか雰囲気がそんな感じだから」
「そう?」
「そう。絶対モテたでしょ」
ソラは確信を持っているらしい。自分の言葉が正しいと疑ってない様子だ。否定されるとは微塵も考えてないみたいだ。
賢太はすぐには答えられなかった。どう答えるべきか。それが問題だ。そもそもどこからがモテるというのだろうか。基準がわからない。素直にその疑問を口に出すと、「たくさん告白されたらモテるでいいんじゃない?」と言われた。
「たまに告白されてたかな。でも、幼馴染のほうが多かった」
「幼馴染もモテてたってことは、幼馴染くんも顔がいいってことなのかな。絶対学校で有名な2人組とかだったでしょ」
「どうだろう。幼馴染はカッコよくて有名だったかな。僕のことはわからない。ソラはどうだったの?」
「私は、人生で片手に余裕でおさまるくらいだよ。だから、ダイチはすごいね。カッコよくて勉強できるとモテるんだね」
ソラが納得したようにカッコいいとか褒めるだから、賢太は思わず首を横に振ってしまった。自分にはもったいない言葉だ。
「僕なんて大したことないよ」
「大したことなくないよ。大したこと無かったら、たまになんて告白されないよ。もっと自信もって、『僕はカッコいい』って言ってもいいくらいだよ」
「そうか?」
「うん。もっと自分に自信もってもいいと思うよ」
賢太は驚いた。まさかソラにも『自分に自信を持て』と言われるとは。呆れた様子の幼馴染から耳にタコができるほど言われた言葉。なぜこうもみんな口をそろえて同じ言葉を言うのか。正直なところ、過大評価しすぎだと賢太は感じている。謙遜でもなんでもなく本気でそう感じている。
「それ、幼馴染にもよく言われるんだよね」
「ごめん。イヤだった?」
「いや、嫌じゃないよ。ただ不思議なだけ。なんで同じこと言われるのかなって」
そうだな、とソラは考え始めた。
「……たぶんだけど、褒められると否定するからじゃないかな」
「僕がカッコいいとは思えないんだよね。だって、幼馴染のほうがカッコいいし、ソラも顔が良いでしょ。カッコいい人とか可愛い人に褒められても、自分は及ばないって考えちゃうんだよ」
自分より顔が良い人間はたくさんいる。少なくとも賢太はそう思っている。だから自分がカッコいいとか言われることに疑問を感じてしまう。
「幼馴染くんのことはわからないけど、他者と比べる必要はないよ。少なくとも私は君のことカッコいいって感じてるんだから。幼馴染くんとか同級生にもカッコいいって言われたことある?」
賢太は首を縦に振った。ソラは微笑んだ。
「なら、自信もってカッコいいって言っていいと思うけどな。でも、難しいよね。自分に自信持つのは。私も自分に自信持てなかったんだ。今もそんなにないけど」
「ソラは可愛いから自信もってもいいと思うな」
「ありがと。そう言ってもらえると嬉しい」
「お世辞じゃないからな」
「大丈夫、わかってるよ。私は、自信がないから、見た目に気を使ってるんだ。頑張ってることだと、褒められてもすんなり受け入れられるから」
賢太は思わず目をそらしそうになった。賢太にはソラが眩しすぎた。
「見た目も武器のひとつ。だから、ダイチは、とりあえず見た目に自信を持ってみるっていうのはどう? 私と幼馴染くんを信じてさ」
「……考えてみる」
ソラは満足そうに頷いたあと、何かに気が付いたように、あ、と言葉を発した。
「どうした?」
「いや、確かダイチは勉強できるんだよね」
「それなりにはな」
「勉強には自信あるの?」
「それなりには」
「じゃあ、私の言葉は余計だったよね」
ちょっと申し訳なさそうにソラはごめんと言った。
「どうして?」
「だって、もう勉強っていう武器装備してるから」
「いや、余計じゃないよ。勉強ができるっていっても、それなりだから。上には上がいるって実感すること多くて。だから、余計じゃない」
「それならよかった」
ほっとしたようにそう言ったあと、「ところで」とソラは話を変えた。
「部活って何かやってた? 私は、中学のとき茶道部で、高校と大学で演劇やってた」
「僕は、中学のときはバスケで、高校では演劇、大学ではなんもやってなかった」
「ダイチも演劇やってたんだ!」
ソラは嬉しそうだ。
「舞台に立つのって楽しいよね」
「……そうだね。うん、本当に楽しかったよ」
賢太は優しい笑みを浮かべながら、言葉をかみしめた。舞台に立っていた青春時代に思いを馳せるとノスタルジーに包まれてしまう。当時は当たり前のことだったけど、今思えば楽しい時間だった。過ぎ去ってしまって初めて気づいた。
「演じるのは楽しい」
「わかる。私も大好き。俳優さんになりたいって思ってた?」
「どうだろう。楽しかったのは事実だけど、仕事にするとか考えたことはなかったかな。そもそも将来について考えたこと無かったな。なんとなく、漠然と、大学行って、会社に就職するって思ってたから。物事が驚くほどすんなり進んじゃうものだから、幼いころに想像した漠然とした将来像が崩れることがなかったんだ」
賢太は比較的近い過去を思い返す。
「流されるままに就職したけど、結局失敗したんだ。失敗して初めて、漠然とした未来が消え去って、現実に直面させられた。高校生の時から真剣に将来に向き合ってたら何か変わったのかな、とか思うんだよね。……って悪い。暗い話になっちゃった。ごめん、忘れて」
賢太は薄く笑って誤魔化そうとした。やってしまった。賢太はうつむく。数か月間、暗闇にどっぷり沈んでいた感情を一気に明るい場所に引き上げることなんてできるはずもない。必死に抗っていたのに、昔のことを思い出したら、心が暗闇の底へドボンと勢いよく戻ってしまった。ソラに申し訳ない。
「考えたところでどうしようもないこともあるよ」
顔を上げると、そこには哀しみをまとうソラがいた。冷たい月の光に照らされているような儚さを感じる。今の彼女に触れたら崩れてしまいそうだ。
儚さを感じたのはわずか一瞬で、すぐに元の明るいソラに戻った。
「私はね。学校に行くのは大好きだったんだ。勉強は嫌いだけど、友達に会うのが楽しみだったから。授業の時間はすごいイヤだったけど、友達と話してる時間とか、部活の時間とかは楽しくて楽しくて。ダイチはどうだったの?」
「僕は、学校は嫌いだったよ。行きたくなかった。でも、幼馴染が、毎朝家に来て引きずってでも連れてかれるから仕方なく行ってた」
「それはやっぱり、授業が簡単すぎてつまらないから?」
「それもある。授業は退屈で仕方ないかった。でも、理由はそれだけじゃなくて、学校って人がわんさか集まってて嫌だった。人が集まるところが得意じゃなくて」
「人と話すのは苦手?」
「嫌いじゃないけど苦手。疲れる。友達と話してる時間は嫌いじゃないよ。楽しい。でも、疲れるんだよ。相手に伝わるように話すのが苦手で、あと、人の気持ちを考えるのも苦手なんだ。小学生の頃がひどくて、幼馴染がいろいろとフォローしてくれて助かってた。年々、上手く会話できるようになってきたけど、ちょっと怖い」
小さい頃は自分の世界がすべてで自分が基準でそれを疑わなかった。成長するにつれて、自分以外の人間も思考していることに気づいて、視野を広げようと意識した。でも、それが難しい。わかっていても、つい自分の考えが前に出てきて視野を狭める。それが酷く気に入らない。
「人と会話するのって難しいよね」
「ソラもそう思うの?」
「思うよ。相手がどう思うのかってたまに怖くなることがあるの。でも、しょせん他人は他人でしかないから、わからないのが普通でしょ。でも、考えちゃう。だから、相手の気持ちを考えようとしてるうちは大丈夫、って思うようにしてる。じゃないと、人と話すの避けちゃいそうだから」
「初対面の人にもグイグイいける人でもそう思うんだな」
「思うよ。だから、安心して」
どうしてソラはこんなに人を勇気づけるのが上手なのだろうか。
「でも、もう友達がいないんだよな。幼馴染は気を使わなくてもいいから、それ以外となると連絡先を知ってるだけで、社会人になってから連絡とらなくなっちゃった」
「私も、最近、友達と連絡とってないんだよね。……そうだ! 友達っぽいとこ行こう!」
突然の抽象的な提案。
「今から?」
「今から」
「どこに?」
「友達っぽいとこ」
「友達っぽいって?」
んー、とソラは唸った。そして、「どっか行きたいとこない?」と笑顔で丸投げした。パスを受け取ってしまった、受け取らされた賢太は何かないかと思考を巡らせる。考えに考えて、ひとつ、やりたいことがあるのを思い出した。ちょうどいい。2人ならきっと大丈夫だ。
「映画見たい」
「いいね! どの映画が見たいの?」
賢太はスマホで幼馴染から送られてきた映画のホームページを開いて見せる。
「あ、景斗くんがメインの映画だ。いいね、行こう」
というわけで、2人で映画を見に行くこととなった。
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