1日目、少しお互いについて詳しくなる

 賢太は約束の時間の10分前にカフェに到着した。普段は約束の時間ピッタリくらいか少し過ぎるくらいなのだが、今日は早めに待ち合わせ場所で待っていたいと思った。『期間限定の友達』というフレーズに自覚している以上に賢太の心は躍っているのかもしれない。

 ただ店の前で突っ立っているのは居心地が悪いので、意味も無くスマホの画面を見つめていると、ダイチ、と高めの可愛らしい声が低い位置から聞こえた。ダイチと呼ぶのはひとりしかいない。

 無意味に眺めていた画面を閉じて、声のする方へ顔を向けると、賢太は驚きの表情を浮かべた。想像していたのとは違う見た目だったから。背の高さも声も呼び方も確かにソラなのだが、髪型が昨日とはまったく変わっていた。

 腰くらいまであった髪の毛はバッサリと短くなり、すっきりと首が見えるショートボブに。色は全体的に明るすぎない赤色になっている。黒髪ロングはもちろん似合っていたが、赤髪ショートもよく似合っている。違和感がまったくない。

 賢太が無言で見つめるものだから、ソラは落ち着かない様子で明後日の方向に視線をそらした。

「……あのさ、無言で見つめるのはやめてくれないかな」

 賢太は慌てて言い訳をした。

「ごめん。えっと、ちょっと驚いて、なんて反応したらいいかわからなくて。こういうときに適切な言葉も知らないから。昨日とまったく違うからびっくりしたんだよ」

 あわあわする賢太にソラは思わずといった様子で噴き出した。

「そんなに焦らなくてもいいよ」

「ごめん」

「謝る必要も無いからね」

「えっと、ごめ……じゃなくて、こういうとき、えっと友達がなんか変わってた時ってどうするのが正解?」

「いつもはどうしてるの?」

 いつも。賢太は考える。いつも。いつもは変化に気づかない。今回みたいにガラッと変わらなければまったく気が付かない。幼馴染の変化でさえも気づかない。気づかないから景斗は、髪型変えたとか、新しい服買ったとか自己申告して賢太の反応をまつ。賢太は求められたらしっかりと求められた分だけ言葉を返すことにしている。

「幼馴染は褒めてくれってグイグイ来るから『かっこいい』とか『似合ってる』とか言ってる」

「本心?」

「もちろん。お世辞とか言えな過ぎて困る」

「それなら、私にも普通に思ってること言えばいいよ」

「昨日も可愛かったけど、今日のも似合ってると思うよ」

 ソラはふわっと花が舞うようにはにかんだ。

「ありがと」

「どういたしまして」


 2人は店に入り、昨日と同じ席に座るとケーキと飲み物を注文した。ソラはショートケーキと紅茶のストレート、賢太はチーズケーキとホットコーヒー。2人は迷うことなくそれらを選んだ。単純に一番好きなケーキを選んだ。昨日モンブランを頼んだのは、とりあえず季節限定のものは食べなければならないと感じたから。期間限定は逃してはならない。逃したら1年待たなければならない。もしかしたらもう2度と巡り合えないかもしれない。

 運ばれてきたケーキを、2人は昨日と同じように無言で頬張った。しっかりとケーキを味わう。やっぱりおいしい。ここのカフェのケーキには外れがないらしい。定期的に通いたい。今度景斗を連れてこようと賢太は決めた。

「おいしかったね」

 ソラの言葉に賢太は深くうなずき、2人はひとしきりケーキについて言葉を交わした。

「ダイチも甘いもの好きでよかった。話が合う」

「確かに、共通点があると話が弾むね。僕にしては珍しいくらいに言葉が出てきてる」

 賢太は無口ではないが、おしゃべりでもない。幼馴染を除くと、会話があまり得意ではない。投げられたボールを受け取れないこともあれば、明後日の方向に投げてしまうことも多々ある。

「ほかに好きな食べ物ってある?」

「僕は、そうだな、……お茶漬けかな。特に梅茶漬けが好きなんだよね。食べやすくておいしい」

「食べやすいのはいいよね。そういえば最近お茶漬け食べてないかも。明日の朝にでも食べようかな。おすすめのお茶漬けのもととかある?」

 賢太は少し考えてから、おすすめのお茶漬けのもとの商品名は出てこなかったから、ビジュアルをなんとか言葉で伝えた。ちなみに、スマホで調べればいいと気が付いたのは帰り道、電車に乗っているときだ。

「今日帰りに探してみるね。ちなみに、私の好きな食べ物はナポリタンだよ」

「ここのメニューにもナポリタンが載ってた気がする」

「そうそう、このお店にもあるっぽいんだよね。食べてみたいなあ」

「食べてみたいなら、明日のお昼に一緒に来る?」

「いいの!?」

 ソラは目をキラキラさせた。

「ソラがいいなら僕はいいよ」

「やった、明日のお昼はここで決まりね。11時30分でいい?」

 いいよ、と賢太が頷いたことで翌日の予定が決まった。驚くほどにあっさりと次の約束が出来てしまった。しかも賢太からの提案で決まった。そのことに賢太はちょっとびっくりした。まさか自分から幼馴染以外を誘うことになるは思わなかった。こんなの初めてだ。

「私、苦い野菜苦手なんだけど、ナポリタンだとピーマン食べられるんだよ」

「ゴーヤとか食べられない?」

「絶対に無理」

 ゴーヤへの強い拒絶がよく伝わってくる勢いの良さだ。

「ダイチは食べられるの?」

「好きではないけど、食べられるよ。ピーマンは余裕」

「おお、大人だ」

 ソラが心底感心したように言うものだから、賢太はつい笑ってしまった。

「そこまで感心されるほどすごくないよ」

「私からしたらすごいよ。大人になったら食べられるようになるよ、とか言われたけど全然食べられるようになる気配がない……」

 私ももう大人なのに、とソラが言うから、賢太は嫌なら答えなくてもいいよと前置きをして年齢を尋ねた。ソラはすんなりと「21歳」と教えてくれた。

「ダイチは?」

「僕は23歳」

「いいな、ちゃんと成長している感じの見た目で。中学生とか絶対言われないでしょ」

「まあ、さすがにそれはないな。ソラは中学生とか言われそうだな」

「そう。すっごく言われる。大人っぽい格好してみても、子どもが頑張って大人っぽい格好してるって思われちゃう。だから諦めて自分に似合う、自分が好きなかわいい格好してるけど、すっごく子どもに見られる。背が小さくて、しかも童顔だから幼く見えすぎて困る」

「お酒買うのとか大変そうだよな」

「うん。すっごく疑わしげな眼で見られる。で、学生証とか見せると驚いたような顔される」

「夜出歩いてると補導されたりするのか?」

「あー、何回かあるんだよね」

 ソラは遠い目をして乾いた笑い声を漏らした。

「大学生だからさ、友達と遊んだりサークル活動したりバイトしたりお酒のみに行ったりしたんだけど、その帰り道、された。あれは本当に面倒というか。疲れてて早く家に帰りたいのに引きとめられるときの絶望感というか、何ともいえないあの感情はもう二度とごめんだよ」

 言葉の端々からソラのうんざりした感情がにじみ出ている。もしかしたら顔はメイクで何とかできるかもしれないけど、体格はどうにもならない。ハタチ以上であることを疑われないためには、もっともっと年を取るしかない。

「なんか、すっごく大変そうだな」

「すっごく大変だよ、ほんと。でも、諦めるしかないんだよね。もっと年取ったら幼く見えるじゃなくて、若く見えるに変わるって希望を持ってた時もあったんだ。今はそんなこと考えないけど。……背が小さいとさ、好きな服を見つけても丈が長すぎるとか、欲しい本があっても物理的に手が届かないとかあるんだよ。日常生活がハードモードなんだよね。だから、昨日、ダイチが助けてくれて本当に助かったんだ。本当にありがとう」

「困ってたから助けただけだよ」

「それが嬉しいんだよ。知らない人を助けるって結構勇気がいることでしょ。なんで助けてくれたの……ってごめん、変なこと聞いて」

「別にいいよ。僕がソラを助けたのは気まぐれもあるけど、幼馴染に昔言われたことがふと頭に浮かんできたからなんだ。『お前は顔が良いんだから人助けでもしろ。きっといい出会いがあるぞ』って。なんでか知らないけど昨日、急に浮かんできたんだ」

 確か高校生の時に言われたセリフ。いつまで経っても彼女ができない賢太に向かって景斗が言った言葉。昨日、背伸びするソラの姿を見るまですっかり忘れていた言葉。なぜか記憶の奥底からポンッと突然飛び出してきて自己主張を始めた言葉。景斗の言葉を思い出したからソラを助けてみた。ただそれだけ。

 いい友達だね、とソラは優しく笑った。

 確かに景斗はいい友達だ。いい友達だが素直に肯定するのはなんとなく気恥ずかしかったけど、否定はできないから笑って誤魔化した。そして、ソラが何か言う前に話題を変えた。

「知らない人に話しかけられて嫌じゃなかった?」

「嫌じゃないよ。優しい人だなって思った。だって、私のお買い物に付き合ってくれたでしょ?」

「それは、暇だったから」

「暇つぶしだとしても優しいよ」

「そう?」

「そう」

「そっか」

「そんな優しいダイチくん、なんか聞きたいことある?」

 うろたえる賢太。突然話題の提供を求められて困惑する。急すぎて何も言葉が出てこない。どうしよう。何を聞きたいのかも何を聞いていいのかもわからない。相手は幼馴染じゃないから長い時間待たせるわけにもいかない。どうしようか考えて賢太は現在の心境をそのまま伝えることにした。

「えっと、……困ってる」

「あ、急すぎた?」

 賢太は頷いた。

「突然のことで困った。どんなこと聞いていいのか、とかわからない、からどんな感じの質問がいいのか教えてほしい」

「そっか。そうだよね。えっと、深すぎなくて、浅いやつ……?」

 この上なく抽象的な返答。空自身も首をかしげている。賢太も首をかしげて、何とも言えない表情でソラを見つめている。見つめることしかできない。時が止まったかのような不思議な時間がしばらく流れる。

 その沈黙を破ったのはソラ。子どもっぽく言い訳じみた口調。

「だって、急に他人の深いところまで聞かれるのは、ヤダでしょ」

「……まあ、それは、そう」

「だよね!」

 突如元気を取り戻すソラ。

「そ。だから、深くなくて浅いやつがいいのかなって思ったの。何事も段階踏んだほうがいいらしいよ」

「それは、そう」

「だよね! というわけで、深くない話題どうぞ」

「それは、困る」

「だよね……」

 言葉が弱々しくなるソラ。

「えっと、なんか話題、思いついてないのか?」

「本屋で出会ったから好きな物語のジャンルとか、好きな俳優さんとか」

「あるじゃん」

「でも、それって、けっこう深い話じゃない? だって、好きなものを知られるって、自分の中身をさらけ出してるみたいって思わない?」

「さっき好きな食べ物の話したよ」

「それは、なんか違うっていうか、なんていうのかな、どんな種類の物語が好きかってさ、脳みそパカッて開くみたいな感じしない?」

 脳みそパカッ。わかるようなわからないような。賢太はちょっとわかるような気がした。上手く言葉にはできないが、自分の思考の一端をさらけ出しているような感覚はわからなくもない。

「ちょっとわかる。でも、僕はそういうこと話すの嫌じゃないよ」

「ダイチが嫌じゃないなら、私もいいよ」

「ソラは嫌じゃないの?」

「嫌じゃない。むしろダイチと好きな本の話したい。でも、私が話そうって言ったら、優しいからちょっと嫌でも話してくれる気がして……」

「ちゃんと嫌なら話しそらすから安心して。好きなジャンル話そう」

 ソラがぱあっと顔を明るくさせた。

「じゃあ、私から言うね! 私はね、ファンタジーが好き。魔法が出てくる話が大好きで、魔女が出てくる話がすっごく好きなの。キラキラしてて、かっこいいなって思うんだよね。カッコよくて強い魔女は憧れなんだ。ダイチは何が好き?」

「僕は、フィクション、っていうか、作り物が好きなんだよね。とくにジャンルは決まってなくて、現実じゃない作り物ならなんでもいい」

「作り物?」

「そう。作り物。実際に現実で起こった出来事には興味がない。ノンフィクションは冷める。なんていえばいいのかな、リアリティーがない、じゃなくて、えっと、……自分の身の回りでは絶対に起きないだろうなっていうやつ。現実じゃないやつ」

 説明が不足している。そう感じて賢太はさらに言葉を付け加えた。

「たとえば、ソラが好きなファンタジーは好き。少なくとも僕の近くには魔法が存在してないから。あと、ミステリーとかホラーとか殺し屋とか出てくる裏社会的な奴も好き。えっと、つまり、僕にとってはリアルじゃない、僕の現実とはかけ離れた物語が好き。これで、伝わった?」

 伝わったよ、とソラは頷いた。賢太はほっと胸をなでおろして、無意識のうちに肩に入っていた力を抜いた。自分が言いたいことがしっかりと伝わったようで本当によかった。説明が苦手だから、人になにか伝えるときはこの上なく緊張するのだ。自分で十分だと思った説明でも、相手はちんぷんかんぷんということも何度もあった。今回は無事成功したようで、賢太は心の中でガッツポーズをした。

「ダイチは暗いのも好き?」

「どっちも読むよ。明るいのも暗いのも。ソラは、明るい話だけ?」

 ソラは首を横に振った。

「暗すぎる話は苦手。ダイチはアニメとか映画とか映像作品って見る? 私は結構見るんだ」

「多少は。昔はよく友達と映画見に行ってたんだ。最近はあんま行ってねえな。でも、家でアニメとかドラマとか映画とか、ジャンル問わずに見るよ」

 賢太は小説のほうが好きだが、幼馴染に勧められたものはおもしろいから全部見ている。

「へー、いろいろ見るんだね。私、前までほとんどアニメしか見てなかったんだけど、ここ数年、ドラマも面白いことに気づいてよく見るようになったんだ。あと、カッコいい俳優さんもいるし。顔が良い俳優さん出てるとつい見ちゃうんだよねえ。ダイチは好きな俳優さんとかいるの? 私の最近の推しは、景斗くん。宮村景斗くんが最近よくて、もっと見ていたいな、とか思っちゃうんだ」

 賢太は少し間をおいてから、「僕も同じ」と答えた。ここで隠す必要はないのだから嘘をつく必要はない。すぐに同意できなかったのは、ちょっとためらったから。

 景斗が超人気俳優であることは知っている。知ってはいるのだが、隣に存在するのが当たり前すぎて実感がない。実感したくないといっても間違いではないかもしれない。でも、目の前に『宮村景斗』というイケメン俳優が好きな人が存在している。強制的に実感させられた。幼馴染が有名人であることを。テレビで姿を見たり、街中に景斗の写真がでっかく飾られていたり、彼がすごい人であることは知っていた。

 ちょっと寂しい。

 急に黙ってしまった賢太を不思議そうに見つめるソラ。

「どうかした?」

「……なんでもない。ソラは景斗のどこが好きなんだ?」

「顔はもちろんだけど、演技がうまいところかな」

「わかる。本当に上手い。安心して見られる演技だよな」

 ソラは身を乗り出しそうな勢いで同意した。

「見るたびに進化しててすごいって思うんだよね。努力してるんだろうなって思って勝手に元気づけられてる。ダイチは、どこが好きなの?」

「僕もソラと同じで、演技がうまいところと顔が良いところ」

「やっぱりそうだよね。ほんとに景斗くんはすごいよね。ところで、ほかに好きな俳優さんとかいる?」

「特にいないかな。景斗以外には興味がなくて、ドラマとか映画もジャンル問わずに見てるって言ったけど、景斗が出てるやつを主に見てる」

「一途だね。うらやましいな」

 からかうようすはなく、本気で羨ましいと思っているようだ。

「どうして?」

「私、飽き性だから、1人をずっと追いかけるとかできなくて、好きな俳優さんとかキャラクターができては飽きるを繰り返してるんだ」

 ソラの声からは寂しそうな響きを感じられた。

「それでもいいんじゃないか? 好きも嫌いもソラの自由だし、こんなこと言うのもあれだけど、SNSで推すのやめるとか書かなければ本人に知られないし、ダメージも無い。きっとそのくらいがちょうどいいよ」

「……ありがとね」

「お礼を言われるようなことはしてないよ」

「でも、ありがとね」

「どういたしまして」

「そうそう、今思い出したんだけど、ダイチに好きな本聞きたくて……」

 2人は時間が許すかぎり会話を続けた。

 






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