子供達への願い

 子供に「いなくならないの」と聞かれた時、自分が思っているよりもショックで、耳鳴りがしていた。これまで、自分がいなくなることを考えたことは何度もある。俺は交代人格であって、基本人格ではない。これからの基本人格の解離性同一性障害の治療次第では、俺は消えていなくなるかもしれないのだ。


 だが、確かに俺は35年以上、この世界で生きてきた。たくさんのいい思い出も悪い思い出もある。金の計算は別人格が苦手だから俺がやってるし、なにかトラブルが起きた時に対処してきたのも俺だ。子供がいじめにあった時は戦ったし、生きるために必死に仕事をやってきた。


 だが、子供は俺たちが多重人格だということは察していても、詳しい病気のことは知らない。メカニズムを知らないのだ。


 基本人格が虐待されてきたことも、洗脳されて大変だったことも知らない。だから、無邪気で悪意のない言葉だったのだ。


 それでも俺はそれなりにショックを受けて、主治医に聞いてみた。


「統合というか、俺が消えることはできますか」


 主治医は、それは難しい、と言った。


「相応な理由があって、人格が分かれている。必要だから、その人格が生まれた。だから今のまま、周囲に理解してもらう方がよい」


 と言った。


「今のあなたは複数の人格がいながら、生活ができている。統合することが正しいとはいえない」


 色んな意見があるだろうが、少なくとも俺の主治医の意見はそうだった。


 そして、破壊人格が出た時は入院すればよいともいった。子供や両親に話をして、困った時は病院に連絡して入院する。そうやって病院を上手く使いながら、やっていきましょうと。


 主治医は俺が消えることに否定的だった。俺はそのままいてもよいのだと言った。


 でも俺の心は晴れなかった。悲しかったのだ。子供にとって普通の親でないことが、悲しかった。俺が消えることで普通になるのであれば、俺は消えたかった。


 普通がなにかは知らないが、その時はそう思った。


 ひとり親で子供に寂しい思いをさせたこともあっただろう。俺たちは体が弱く、色んな場所に連れて行って、色んな経験をさせてやることもあまりできなかった。お金もあまりなく、好きなものを買ってやることもできなかった。子供が水族館に行きたいと行った時も、新幹線代が出せずに連れて行けなかったこともある。俺の知らないところで苦労させたこともあっただろう。だから、これ以上なにかの負担を子供にかけたくなかったのだ。


 それでも、俺はそんな簡単に今すぐ消えることはできないらしい。


 ならばせめて、俺なりの愛情で、やり方で、子供たちを守り育てていきたいと思っている。


 子供に申し訳ないと思っている。


 俺はがさつだし言葉遣いも悪いし声も低い。でもこれからも親として努力するから、子供は子供らしく、健やかに笑っていて欲しいのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る