第18話 畑中五十鈴
「黒目病って頭を狂わす病気なんだよね。だからこうなってもおかしくないと思うんだよ」
一瞬驚いた顔をしたマティアスであったが、すぐにいつものひやかすような調子に戻る。
「ち、違うんです。本当なんです! お願いです! 信じてください! 私黒目病なんかにかかっていないんです……」
声を震わして必死に言う五十鈴だったが、マティアスからの視線は相変わらず懐疑的だ。
「え、じゃあなんでここにいるの? どうやってきたの?」
「っ……」
答えに困ったのか、少女は視線を泳がした。
「それが……私にもわからないのです……」
「わからない?」
「はい……、覚えているのは昨日、高校からの帰り道に父親が来て、車に乗せられたということです。父は理由は言いませんでしたが、ひどく急いでいました。私たちは研究所のようなところへ着き、そのとき父親は私の口をなにかで覆って私は意識を失い、父の謝る声のみが聞こえてきました。次起きたときにはここにいて……少し歩いたのですが……途中からは何があったか覚えていないんです……」
「襲われたんだよ。女子高生とかここじゃあ恰好の獲物だからね。ま、暴漢たちはもうミンチにしたから大丈夫だよ。ていうか君、やっぱり黒目病にかかって父親に追放されたんじゃない? だから謝っていたんだよ」
にこやかな顔でそう告げるマティアス。だが少女は首を横に振るばかりだ。
「もし本当にそうだとしたら父はずっと前に気がついていたはずです。父は黒目病を研究していたので……、私も初期症状のテストをよく受けていました」
「初期症状のテスト? 俺受けたことないよ!」
弘人は困惑して叫ぶ。そんな彼に、五十鈴は首を振った。
「受けていないのが普通なのです。あれは開発中のテストでしたから……。完成は間近だったのですけど……」
「ふぅん、じゃあ君の父親は医療関係の仕事をしていたってことかな」
「はい、その通りです」
「なるほどね。ま、父親が医者だったからと言って、君が黒目病にかからない理由はない。ここで暮らしているうちに、君の言ったことが本当かどうかわかってくるさ。せいぜい生き残るよう頑張りな」
マティアスのあっさりした言葉に、五十鈴はしょんぼりと肩を落とす。弘人は彼女をかわいそうに思った。
「どうしよう……、どうすればいいんだろう……」
少女は頭をかかえて悩んだ。
「しばらくここにいていいよ。師匠も冷たく見えるけど、子供には優しくしてくれるから」
「弘人くぅーん? なにを言ってるんですかぁ?」
「だって事実じゃないですか」
弘人はしゃあしゃあと言ってのけた。
「うん、ありがとう……。あなたも優しいね……」
微かに笑う五十鈴に、弘人は少し心臓が跳ねる。
二人の様子を横目で見ていたマティアスだったが、軽いため息をついて、トレンチコートを羽織る。
「出かけますか?」
「ああ、そうだよ。そろそろ食料調達の時間だ。三人分も『狩らなければ』いけないから大変になっちゃうけどね」
「……すみません」
しょんぼりした弘人に、マティアスは笑った。
「冗談だよ。じゃ、行ってくるね」
包丁をきらりと光らせながら、青年は行ってしまう。残った少年少女は、ぎこちなくだが少しずつ会話を始めた。
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