第31話 誤解と決心Ⅳ
彼女の口から告げられた本心、間髪入れずに千景は返答した。
『へぇ。なんで?』
意地悪な声で千景は朱燈に問う。見ず知らずの、それも任務に含まれていない人間を感情以外のどんな理由で救いたいと言うのか。それも自分以外の隊員まで巻き込んで。そんなの契約書には書いていないじゃないか、と言外に彼は告げる。
千景の声音に真剣さ、真面目さというものはなかった。軍人的な厳格さ、峻峭さという意味でだ。
その声音はどこか自分の選択を聞きたがっている、知りたがっているように朱燈には感じられた。まるで雲上のお大尽様のような尊大さに舌打ちしたくなったが、なんとかその感情を抑え、彼女は一息で理由を言った。
「寝覚めが悪い」
『へー。ふーん。それは』
理由と呼ぶにはあまりに稚拙。お粗末な答えだ。しかし千景はどこか嬉しそうだった。
『決を取ろう。朱燈は寝覚めが悪いって言った。お前ら、それ聞いてどう思う?』
「はえ?」
どういうことだ、と千景の言葉に朱燈は疑問符を浮かべた。そも、この会話を聞いているのは果たして自分と千景の二人きりなのか、と。
そんなわけもなく、即座に朱燈の疑問に答えるように次々と聞き覚えのある声がイヤーキャップ越しに伝わってきた。
『副隊長から一票!賛成賛成!ボクは助けたーい!』
真っ先に答えたのはこの部隊の副隊長を務める竟だ。なんならもう戦う気まんまんなのか、イヤーキャップ越しに銃器のスライドをガチャガチャと弄る音が聞こえた。
『俺は反対。やるにしたって数が多い。ま、けどそうだな。朱燈ちゃんが今度の任務で前衛やってくれんなら考えなお、ぐぇ』
『はーい約一名棄権ね!あたしは賛成!朱燈ちゃんが誰か助けたいなんてレアじゃーん。無論、やります!』
肘鉄でもされたのか、あるいは膝蹴りか。うめく冬馬と嘉鈴のやかましい声がイヤーキャップ越しに響いた。
『賛成か、反対かで言えば俺はやってもいいと思う。弾はくさるほど持ってきた』
『俺もいいですよ!朱燈姉さんには世話になってますし』
『れ、廉君がいいなら、あたしも、いい、よ?』
続けざまに苑秋、廉、そしてあさりが賛成に票を投じた。彼らに続いて残る二人の第二特務分室の隊員も賛成する、と声を大にして言った。
『いいんじゃないですか?どのみち、私も寝覚めが悪い。それに子供は我が儘を言うものです』
『はー。まー独り身だしなー。それにここで賛成に票を投じれば俺らにもロシア美人がアテンドされっかもしれんしなー』
『ないですって、先輩。俺らにアテンドされるのはいいとこ、特務のガキンチョですよ』
『世知辛いね!!』
陽気な会話をするのはヘリコプターの操縦士二人だ。どうやら先輩、後輩の関係にあるらしい。片方は知らない声だったので、最初に聞いたときは朱燈には誰だかわからなかった。
『アカ先輩。私からは逆にお願いします。同胞を救ってくださ。——あー。もーだーめーだー』
真面目な口調、声音を維持できず、クーミンは元のふやけた声に最後の方では戻っていた。賛成に票を投じて、緊張が途切れたのか、バタンとヘリの甲板に倒れる音が聞こえた。
『ふーむ。賛成10、棄権1か。ま、ここでどれに投票しても結果は同じだな。だから俺は反対に票を投じるよ。けど、手伝いはするよ。ほら、フランスの哲学者も言っていただろ?「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」ってさ』
『それ、本人は言ってないぞ?タレンタイアの本の中で言ってるだけだぞ?』
『うん、東先輩の言うとおり、だよ?』
見かけがはみ出し者の分際で意外にも愛読家な千景の謹言はしかし、同じ愛読家である苑秋、あさりに一蹴される。いーんだよ、別にと恥ずかしそうに千景は吼えた。
いずれにせよ、議論は決着した。
『とりあえず、まぁ。なんだ?』
気の抜けた声で千景は続ける。緊張感に欠けるが、戦う前から肩肘を張るよりずっといい空気感だ。
『ハエ叩きだ。派手にやろう』
*
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