劣等③
『鑑定』は、大まかに3段階に分けて行われる。
その第1段階目に当たるのが、今行ったヒアリングだ。
依頼人のバックグラウンドを聞き出し、体験した不幸を明らかにする。
また、依頼人の話から何を不幸とみなすかは、完全にこちらの裁量に委ねられる。
そうして抽出した不幸を、次のステップでは数値化する。
具体的には、不幸そのものの純粋なインパクトを表す『①衝撃性』、長期に渡って影響を及ぼすか否かの『②長期性』、他者との共有難度を示す『③特異性』、発端となり、別の不幸へ連鎖していく可能性を示す『④波及性』、一連の不幸から立ち上がるハードルの高さを表す『⑤再起不能性』。
これら各5項目を10点満点で採点し、その合計値を算出する。
そして最後に、弾き出した合計値と同じ数値帯に該当する不幸をいくつかピックアップし、依頼人に提示する。
なお、これは説明の最後に彼女から耳打ちされたことだが、『鑑定』における全ての段階では、依頼人の要望や意思が介在する余地はなく、正式に認可を受けた事業者のみが、その介入を許されているらしい。
まぁ恐らく、『不幸のバランスを保つ』という会社の大義名分を保つためなのだろう。
いずれにせよ、ここまでが鑑定に関する一連のプロセスだ。
「……『鑑定』については以上となります。何か質問はありますか?」
「いやまぁ、それは分かりましたけど……。結構、ちゃんとマニュアル化されてはいるんですね」
「実績と課題を照らし合わせ、少しずつ効率化を図った結果です。何分、創業当初は、色々と手探りでしたのでね……」
そう言って田沼さんは、遠い目を浮かべる。
俺はそんな彼女の様子を見て、やはり難癖をつけられたのは今回が初めてではないことを確信した。
「ていうか……、そんなこと依頼人の前で話して大丈夫なんすかね? 企業秘密って言ってませんでしたっけ?」
「それは『提供』について、ですね。無論、依頼者である山片さんのお話については守秘義務がありますが、それを査定する過程には特に規制のようなものはありません。第一、ご自分に振りかかった不幸をご自分で査定したところで、どうなるのでしょう? 暇つぶしという名の自己分析くらいの意味はあるのかもしれませんが」
「まぁそりゃそうでしょうけど……」
俺が応えると、田沼さんは満足そうに微笑む。
「さて。荻原さん! まずはあなたなり、で構いません! あなたの思う不幸の価値を私にお聞かせ下さい!」
「いや、あなたが良くても……、芙莉華さんはそれでいいんすか? 俺、まだ入社初日のぺーぺー中のぺーぺーですよ?」
俺はそう言って、ちらりと芙莉華さんの顔を見る。
「私は……、サトルくんに鑑定して欲しい……」
芙莉華さんはそう言うと、俺から目を逸し田沼さんを見る。
すると田沼さんは何かを察したのか、『ははーん』と小さく呟く。
「あ! イタタタタァ……。昨夜食べた加熱調理用の生牡蠣が今になって……」
突如、田沼さんは腹部を抑え、前かがみになる。
「なんつぅワイルドなチャレンジしてんすか……。何処ぞの底辺配信者かよ……」
「ということで、荻原さん! 後のことは宜しくお願いします!」
そう言うと、田沼さんはわざとらしくへその辺りを擦りながら、オフィスの外へ出ていってしまった。
「あっ! ちょっ!? ……ったく、いきなり放置プレーかよ。OJTもクソもねぇじゃねぇか。芙莉華さん。何かすんません」
「フリ
俺が謝ると、彼女はどこか懐かしい言葉を呟いた。
「昔は……、そう呼んでくれてたよね? どうしてそんな他人行儀なの? さっきからずっと敬語だし……。私と距離、取ろうとしてるよね?」
「それは……」
さしたる理由なんてない、はずだった。
周りに、自分に。
余計な負担が掛からないよう、最適化してきた結果に過ぎない。
彼女に限らず、巻き込む可能性のある人間は少なければ少ないほどいいのだ。
俺はもう、何かに期待することをやめたんだ。
「私、馬鹿だから分からないけどさ。サトルくんが変わっちゃったのって、あのことが原因だよね? だったら、私のせいでもあると思うから。だから私、ずっと謝りたかったの……」
「……何のことかは分からない。けど、フリ姉のせいってのは全然違う。運が悪かった。ただそれだけのことだよ」
「…………」
俺の言葉に、彼女は沈黙する。
そして、しばらくの間オフィス内は静寂した。
「……あ、あのさ。俺からも一つ、聞きたいんだけど」
気不味さを緩和するため、俺はフリ姉に一つ、質問を投げかける。
「何、かな?」
「……フリ姉は、どうして帰らないんだ? ココがどういう会社か大体分かったでしょ」
政府公認であることは聞いた。
不幸の再分配という、大義名分も分かっている。
自分で体験したわけでもないのは、周知の事実だ。
ただ、それでもだ。
彼女を復讐の連鎖のようなものに引き入れたくない。
その先にあるのは、きっと修羅の道だ。
昔のよしみというわけでもないが、そんな思い上がった親心のようなものが疼き、聞かずにはいられなかった。
「分かってるよ。いくら私でも……」
動揺、か。
俺は彼女にそう言われ、咄嗟に言葉が出て来なかった。
「幻滅した?」
フリ姉はそう言って、投げやりな笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込む。
「いや、別にそういうことじゃ……」
「私さ。知りたいんだよ。幸せってどんなカタチしてるか」
「幸せの、カタチ……」
彼女は無言で頷く。
「私がこんなこと言うのも、なんだけどさ。キミも知らないんじゃないかな? ほら。私もサトルくんもさ。少なくとも順風満帆、ではなかったでしょ? まぁ私の不幸なんて、サトルくんに比べたら大したことないかもしれないけどさ。それでもずっと痛むんだよ……」
俺は少し勘違いしていたのかもしれない。
田沼さん独特の底知れない雰囲気に、絆されかけているだけ。
そう思っていた。
しかし、溜まりに溜まった膿を出し切るように思いの丈を溢す彼女の姿は、いつかの新井と重なって見えた。
彼女の言葉は、間違いなく本物だ。
「……フリ姉。一回、冷静になって欲しい。今まで大変な思いをしてきたのは分かった。フリ姉が辛い時に、何も出来なかったことも謝る。でも、だからって他人を陥れたところで、何になるんだよ? きっと、虚しくなるだけだ。それで傷付くのはフリ姉だ。無駄なんだよ……、全部」
言ったそばから、自覚してしまう。
これはきっと、彼女が欲しがった言葉ではない。
ただ、それでも止めることは出来なかった。
「……サトルくんはそう思うのかもね。でもね。決め付けないで欲しい、かな」
フリ姉は静かにそう溢すと、俺に鋭い視線をぶつけてくる。
「……サトルくん。キミに分かるかな? 皆が見てるドラマの面白さが、全然分からなかった時の辛さ。面白くない、とかじゃないの……。内容が複雑に感じて、皆がどこで感動してるのか理解できないの。そういうことがあるとさ。私には人並みの幸せも難しいのかなって思っちゃうんだよね……。大げさかもしれないけどさ」
フリ姉は顔を下に向け、涙ぐみながら話す。
こんな彼女の姿は、俺の記憶の中にはなかった。
「ごめんね。サトルくん。キミが私のためを思って言ってくれてるのは分かるよ。でもね。ちょっとでも可能性があるなら、私やってみたい。他の何を犠牲にしても」
彼女は、迷いなくそう言い切った。
俺の知る、優しくて不器用な『フリ姉』の姿は、既にどこにもなかった。
思えば、これが本来の彼女なのかもしれない。
諦めグセが、悪く作用した。
いや……。その実、押し付けていただけなのかもしれない。
彼女は彼女なりに足掻き、幸せを模索しているのだろう。
たとえ、それがどんなカタチであっても。
「はてさて。話はまとまりましたかな?」
その後、何事もなかったかのように、彼女は現れる。
『腹痛』もすっかり寛解したようで、薄気味悪い笑顔で俺とフリ姉を交互に見渡し、聞いてくる。
もはや、仮病を隠そうともしていない。
「はい。サトルくんにお願いすることにしました」
俺よりも先に、フリ姉は勢いよく応える。
「なるほど、なるほどぉ。ということは……、『提供』の方も?」
田沼さんは勇み足気味にそう言いながら、フリ姉ではなく俺をじっとりとした目で見る。
その圧に耐えきれず、俺は何も言わずに頷いた。
「それはそれは……。では、荻原さん。早速ではありますが、鑑定の時間です」
田沼さんはそう言って、俺をまじまじと見つめてきた。
それに輪を掛けるようにフリ姉は視線を向けてくる。
二人が寄せる圧から逃れるように、思考の海に潜った。
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