第3話その日は突然に

父が帰宅すると、いつもの様に玄関先でモルはちょこんと座り父を待った。

軽トラのドアをバタンと閉じる音が聞こえると、モルは今か今かと父の姿を待つ。

そして、いつもの様に上がり框に父が座ると、膝に乗ってくる。

父はしばらくモルに声を掛けて、頭を撫でながら、

「父ちゃんは、今から風呂に入るからね」

と、言ってモルを膝から下ろし、風呂場に向かった。

夜のとばりが下りた頃、父はいつもの様に、晩酌を始めた。

モルは、お目当てのマグロ刺し身を目的に父のそばに座る。

父は、赤身をモルに与えると直ぐに食べ出した。

その晩は、母は福祉施設で働いていた為に、週に2回は夜勤があったのだが日勤で2人と一匹は仲良く食事した。

僕は名古屋に住んでるいるし、弟も結婚して地元より車で30分離れた家に住んでいた。


いつも通り、芋焼酎を飲みモルを膝の上に乗せながら、父と母はテレビを見ていた。

夜、22時頃父は着替え始めて、

「ちょっと、散歩に行ってくる。お前も行くか?」

と、父は母に尋ねて、

「私は家で待っている」

と、返答して父は1人で散歩に出掛けた。母は仕事の疲れでそのまま寝た。

翌朝、母が目覚めると父の姿は無かった。

軽トラがあると言うことは、歩いて行ける田んぼに行ったのだろうと、母は施設に出勤した。

母が夕方帰宅しても、父の姿が無い。

いよいよ、心配になった母は弟を呼び翌朝、弟が車を運転して、母と2人で父が行きそうな場所を捜したが見つからない。

そこで初めて、警察と消防に父の捜索願いを届け出た。 

実家には警察が来ては、母に同じ質問を繰り返し、警察犬を導入して消防団と父を懸命に捜索したが初日は発見されなかった。

その時、モルも姿を消した。

今、思えばモルも父の姿を探していたのだろう。

2日目も父を発見出来なかった。

3日目の夕方、捜索隊は夕方の5時くらいに捜索を終了して、町長が、

「明日も探します。今日はこの辺で……」

と、話していた時に、警察のダイバーが発見っっ!

と、言う声が聴こえた。

母は安心した。

自宅に戻り、父が救急車で病院へ運ばれた時、母は父の着替えを準備し始めた。

捜索隊の最前線にいた、弟は父を確認して捜索隊にお礼を言った。

消防団長の親戚は涙ぐんだ。

その時点で、父は亡くなっていたのだ。

酔って、河川に転落し溺死したのだ。

母は、親戚から説明されても現実かそれとも幻か判断がその時出来なかったと言う。

モルは夕方になると、人が出入りする玄関先に座り父の姿を待った。

僕はその時、コロナの非常事態宣言が出されていて、実家に変えれなかった。また、地元の家族、親類が堪えてくれ!と、言ったので帰郷は断念した。

僕は父が大嫌いであったが、その晩は一人で焼酎を飲み、はらはらと涙をこぼした。

母は錯乱状態であったが、弟が見事に家族代表の挨拶をした。

葬儀が一段落すると、訪れる人々が少なくなった。

しかし、夕方になるとモルは玄関先で父の帰りを待っていた。

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