第11話 ごめん
「私はギルドに入るつもりはありません。いくらお金を積まれようが私はダンチューバーとして個人で活動していきます」
これは俺と姉さんで話して決めていたことだ。俺が男の時だって何度もギルドには誘われていたからな。
今の俺の年齢、実力を考えればこの手の話はいくらでも湧く。これは自惚れじゃなく完璧な自己分析だ。
俺がコメントにそう返すとまたすぐに返答が来る。
:そっか。残念だ。スカウトは失敗みたいだね。可愛いロリ……じゃなかった。結界魔法が使える有望株本人に拒否されちゃったらなぁ。まあいいや。結果的に他の奴らが手を出せないようにできたし。別に私の手中に納まってなくても理沙が何とかするでしょ。……はぁ。気が滅入るなぁ。あ、そうだ。ギルドに入りたいならいつでも連絡してね?コラボとかも出来たらよろしく〜
なんか素が出てるんじゃないか?この人。さっきのコメントと話し方違うし。
それに、ギルドに入れる以外の目的があったっぽいな。姉さんの名前も出てるしあの人やっぱりなんか企んでるだろ。
「ええ。コラボのお誘いならいつでもお待ちしております。私活動始めたばかりで知り合いが少ないので大歓迎ですよ」
胸に手を添えてにこやかに笑う。
:おっふ
:この笑顔に癒される
:私もコラボしたいです!どうすればいいですか?
:羽瑠ちゃん横の繋がり皆無だろうからなぁ
:そういえば羽瑠ちゃんこれが初配信だったわ
:トークもそつなくこなすから飽きないし戦闘の度驚くこと多いし初配信特有の初々しさなかっから忘れてたわ
「……さて、それではダンジョン探索再開しましょうか!少し時間を取ってしまったのでボス部屋まで巻いていきますね」
:下層での戦闘を巻くという12歳少女
:でもまあ、実力はベテランと同じかそれ以上はあるし……
:強くて可愛いってことだね理解理解
:この淡々としたテンポ感懐かしい
:配信の仕方とかマッサンに教えてもらったんじゃない?配信の雰囲気もなんか似てるし俺は居心地がいい
……初配信の初々しさ。完全に忘れていた。最初こそ頑張って新人ダンチューバーとして振舞っていた俺だがめんどくさくなって男の時の配信スタイルに戻っている気がする。
「初配信の初々しさって実際どうすれば出すことができるんですかね?」
出会ったモンスターの首を解説もせず刎ねながら、至極真面目な顔で視聴者に尋ねてみる。
:なんでそんな緊張しないで対処できるんや……
:オークとかレッドサーペントとか普通刀で切るような相手じゃないんだよなぁ
:俺たちに聞かれても……
:好きにするのが1番だと思うで
:予想外の事態にあたふたしたりとか?
:赤面して欲しい
予想外の事態か。撮れ高としては最高だが配信事故にならないかどうか心配になるんだよな。
「いっその事イレギュラーが起きてくれたら撮れ高バッチリで配信終われるのでいいんですけどね」
:イレギュラー待ち望んでるの草
:まだ少ししか見てないけど羽瑠ちゃんならイレギュラー起きても何とかなりそう
男の時の初配信ってどんな感じだったっけ?緊張しすぎて何を喋ったか覚えてない。振り返り配信で初めて俺の言動に視聴者が戸惑っていたのを知ったのだ。
でも今は5年以上配信者として活動しているし冒険者としてもかなり強くなった。緊張しすぎてみたいな事は起こらない。
イレギュラーなんて起こらない方がいい。
視聴者の要望に応えられないのは嫌だがしょうがないと割り切るしかない。
そう思っていた矢先。
ダンジョン内にとてつもなく大きな咆哮が響き渡った。野生動物が威嚇する時に出すものに似ているそれは、獲物を探し回っている肉食動物そのものだ。洞窟内で音が大きく反響し、揺れる。下層ですら感じたことの無い濃密な魔素がダンジョン内に充満していくのがわかった。
「イレギュラーッ!?」
勝てない。死ぬ。そう瞬時に理解した俺は超加速を使い逃げようとし、足を止めた。
ここで逃げてどうする。イレギュラーが起きた方が良いって言ったのは俺だ。男の時、危険なことは避けていた。一気にバズるより長く続けた方が固定視聴者を得られるのは分かっていたからだ。でも、どうだ?今は初配信。固定視聴者なんていないし欲しいのは新規の視聴者への動線。顔でバズって、配信でもかなり力を示した。あとは明確にこれが凄いと言えるキッカケが欲しい。ここで勝って、俺はあいつらに追いついて……いや、追い抜かして世界で1番のダンチューバーになってやる!
:さっきの何!?
:ダンジョンめっちゃ揺れてたけど羽瑠ちゃん大丈夫か!?
:どっかで聞いたことあるような……
:羽瑠ちゃん逃げて!
俺は震える足に鞭を打ち声のした方に歩き始める。決意を胸に、モンスターの声がするところまで。コメントは見ない。見たら優しい視聴者に流されてしまうから。
だが俺はそのモンスターを見た瞬間……息が出来なくなった。酷い目眩に襲われ、嫌悪感に吐き気がする。平衡感覚を失ったかのような、地に足が着いていないような、そんな感覚。目の前にいるそのモンスター、……いや、概念そのものは俺に気づき、獲物を見つけたような嬉々の視線と品定めするような、舐る様な目で俺を見る。対峙しただけで、今俺の前には死があると手に取るように分かった。
ダンジョンの中には上層、中層、下層、深層がある。だが、誰も入ったことはなく存在するかどうかすら不明な階層。死層が存在するという。そこには死の名前が冠されたモンスターがいる。死のモンスターは普段死層にいるが、時折上の階層に上がってくることがある。討伐された記録もなく対峙した全ての探索者が死んでおり、全て都市伝説や噂と扱われていた。……だが、今目の前にいる。
黒い毛に身を包み辺りに腐敗臭を撒き散らす死。最初から逃げていればよかった。子供になって、同世代達に並べるようなチートスキルを得て、強くなって、愛紗みたいな可愛い女の子といっぱい話して、ネットでは美少女、可愛いって褒めてもらって、調子に乗っていたのだ。今の俺なら出来る。錯乱していた。結局俺は自分で決めてやっていたことでいい結果を残せたことなんてなかったのに。
今動けば、殺される。どっちにしろ俺には死虎の攻撃が見えないだろう。痛みを感じる暇もない。終わりだ。調子に乗った罰。自分を主人公か何かと勘違いをしていたのだ。
俺は現実に絶望した。まだ目の前に死虎がいるというのにその場にへたり込んでしまう。愛紗には悪い事をした。結局訓練に付き合ってあげられなかったじゃないか。おじいちゃんには最後1回くらいは会っておきたかったな……。姉さん……ごめん。
心が折れた。戦意をなくし桜燐を手放してしまう。……だが、不思議と涙は出なかった。
「ごめん」
どれくらい時間が経っただろうか?……幸か不幸か、俺のその様子を見て死虎は興味を失ったのかダンジョンの深くまで潜っていった。
やがて、死虎が見えなくなった。
事なきを得た。いや、死虎に生かされた。遅れたように、肺が、全身が活動を再開する。脱力した体は冷や汗でびっしょり濡れていた。
生きた心地がしない。俺には周りにほかのモンスターがリポップすることを考える余裕なんかなく、30分か、1時間か、もしかしたらもっと長かったかもしれないが息を整えるのに長い時間が必要だった。
……そうだ。配信。目の前で起きていたことが理解できていなかった俺はここに来て思い出した。慌ててコメント欄を確認すると様々な言葉が入り交じっていてよく分からなかった。日本語と英語以外は読めないからもっと多くの国の人が俺の配信を見ているらしい。外国人のコメントが日本人のコメントと同じか、それ以上に流れていった。
:うるぢゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛ん゛ん゛!!!!!
:やっとコメント見だぁぁぁ
:生きててよがったァァァァァァ
:死んだらどうすんの!?なんであんなヅカヅカ進んでくの!
:生きる意味を失うところだった……
ラオ・クレオス:本当に、生きててよかったよ。死が出てきた時は心臓が止まるかと思った
「す、すみません。配信中なのに、コメント見ないで1人で突っ走ってしまって。えと、とりあえず、生きてます。安心してください」
たどたどしいが、生存報告をする。それだけでコメントは更に早い速度で流れて行った。死虎に会う前に炎帝が来ていたこともあり多くの人に広められ、今同接は100万人をゆうに超えていた。サーバーが落ちないか心配だが、そんなこと気にする余裕は今ない。
生存報告をした直後、姉さんと愛紗の番号しか登録されていないスマホが振動した。俺はすぐに通話に応じる。
「「羽瑠(さん)大丈夫(ですが)!?」」
スマホ越しに2人の声が聞こえる。2人は同じ場所で配信を見てくれていたみたいだ。
「全然通話繋がんなくて凄く怖かったんですよ!?」
「羽瑠帰ってきたら磔ね?」
声音からも分かるがすごく心配してくれているのが分かる。本当に、申し訳ないことをした。
俺はごめん、すぐ帰るね。とだけ言い通話を閉じる。
俺は立ち上がる。まだ足は震えているが帰るだけなら大丈夫そうだ。
「視聴者の皆さんごめんなさい。私が不甲斐ないばっかりにすごく怖い思いをさせてしまいました。予定変更で今日は配信を終了させていただきます。では……また、会えたら………………」
俺はその場で配信を閉じた。周りから感じていた視線がなくなり完全に1人の状態になる。
周りに誰も居なくなった。それがわかった途端先程よりも大きな震えがやってきて、またその場に座り込んでしまう。配信中は出なかったものが溢れてきた。
「生き゛て゛てよかったぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
泣きじゃくる。周りから見れば年相応の女の子の姿に映るだろう。精神年齢が30近い男なんて言われても分からない。そんなのどうでもいいか。
気持ちの整理が着いた俺はそのままダンジョンを後にする。
俺は、多くのものをダンジョンに置いて言ってしまった。そして、俺がこの後ダンジョンに潜ることは無かった。
─────────────────────
10年後
俺は大人になった。
22歳。起業して、会社を持った。小さな会社だが、満足している。社員は2人、俺と、愛紗だ。
俺が書類整理をしていると愛紗に声をかけられた。
「羽瑠ちゃん。この後飲みに行かない?」
心臓が早くなるのを感じた。……そう、今日は12月25日。俺は今日、愛紗に告白の返事を言う。
「分かった。ちょっと待っててくれ」
仕事は終わっていなかったが明日やれば大丈夫だろう。
タイムカードを切り、会社を出る。外に出た瞬間、冷たい風が頬を撫でた。
「寒いな」
「もう冬だしねぇ」
2人で並んで歩き、お腹がすいていたので予め予約していたレストランに2人ではいる。
……変わってしまったな。あの日から、俺はダンジョンに潜っていない。配信するのも、最初の1ヶ月位で、その後はすぐにやめた。視聴者にはやめないで欲しいと言われたが、第一に俺が続けられるような状態じゃなかったんだ。
俺は愛紗を訓練したが、愛紗はすぐに俺を追い抜かた。それからは俺が必要ないと思いそこからはパタリと戦うことを辞めてしまった。
2人でたわいもない会話をしているうちに時間は過ぎ、俺たちは店を出た。その後、ある場所に向かう。
「綺麗……」
「そうだね」
俺たちが来ていたのはイルミネーションだ。別に都市近くでやってる派手なヤツじゃない。細々と、それでも綺麗に光を放つクリスマスツリー。
愛紗はそれを見上げて楽しそうに笑っている。……綺麗だなぁ。
この10年で愛紗はもっと可愛く……いや、綺麗になった。スタイルはいいし髪は伸ばしていて美しさすら感じる。
……見惚れている場合じゃない。
伝えなきゃ。答えを。
「愛紗、ごめんね。愛紗とは付き合えない。あ、でも、違うよ?愛紗が悪いわけじゃない。全部私が悪いんだ。」
俺が死虎と対峙したあの日。俺は死虎に見逃されたと思っていた。興味をなくしたんだと。……でも、違った。死虎は私にとんでもない呪いを残していった。
10年経っても……。死ぬまで消えないだろう呪い。
細かいことは分からない。でも、あの日から俺はモンスターと戦うことが出来なくなった。怖いのだ。戦うのが。しかもこの呪いは生活にも影響を与えるようになった。
俺は少なくとも人と隣り合わせで生きていくことは出来ない。この10年間呪いと過ごしてきてよく分かった。
「そっ……か。そうだよね。羽瑠ちゃんからしたら、迷惑だよね。ごめんね」
違う。そうゆうんじゃない。全部俺が悪いんだ。あの日、調子に乗っていた俺が。
愛紗は最後に目を合わせ、言う。
「ありがとう。羽瑠。私の命の恩人で、1番大切な人。……さようなら」
愛紗はそのままどこかに行ってしまった。
今、引き止めればなにか変わるだろうか。でも、そんな勇気は俺にはなかった。
やがて、愛紗の背中が見えなくなった。俺は、あの時と同じようにその場に座り込んで泣き出してしまう。もう、何もかもダメだ。今の俺には何も無い。ああ、でも呪いはあったな。
周りから、人が居なくなるまで、泣いた。泣いて、泣いて、泣いて、泣き続けた。
俺は、始まりの場所に行く。俺の家、……姉さんの家か。
「ただいま。やっぱり、ここにいたんだ」
タワマンの最上階。姉さんは色んな感情が混ざった顔で街を見下ろしている。
「いいんだね?」
いいさ。そのためにここに来た。
俺は姉さんと屋上に行き、柵を超える。1歩進めば死。なのに全く怖くない。でも進めない。呪いのせいだ。俺は自殺できなくなった。だから、姉さんに頼んだ。
「姉さん、今までありがとう。大好きだよ」
「……」
背中に軽い衝撃。抵抗しなかった体はそのまま宙に放り出された。……これで終われる。
未練は無い。押された時、姉さんが泣いていたような気がしたが、きっと……気のせいだろう。
……次生まれ変わるなら、誰も死なず、誰も悲しい思いなんてしない世界に。
𝑭𝒊𝒏.
マンネリダンジョン配信者、ユニークスキルでTSしてしまう。 魔王軍の三下 @maounosansita
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