第58話 高梨由利子は特訓する

「やっほー、由利子。Aランクおめでと!」

「ありがとマキ! あたし頑張ったよー!」

「ごめんねー、来てもらっちゃってー」


 Aランク昇格をマキに自慢したら、せっかくだから会って祝いたいって言ってくれたんだけど、どうもマキは飛べないらしいからあたしたちの方から会いに来たわけだ。

 みちるロケットなら10分ちょいで来れるからね。


 久しぶりだなー。最後に会ったの夏休みの終わりだから1ヶ月以上前かー。

 あ、そう言えばみちるは初めて会うんだったか。


「こんばんは、真紀さん。お久しぶりね」

「は、初めまして。西園寺みちると言います」

「涼子さんこんばんはー、みちるちゃんはじめましてー。私のことは名前で呼んでねー」


 んー? みちるちょっとぎこちない感じだな。人見知り?

 なんだろう、こっち来た。そんで耳元で小声で――


「あ、あの、真紀さんって由利子さんの前の彼女さんですよね? 今更ですけど大丈夫ですか? 修羅場になったり――」

「みちるゥゥゥゥゥ! マキは! 幼馴染だって! 言ってんでしょー!?」

「あああああそうでした! おふたりが恋仲だったのは妄想の中での話でしたああああああ!」


 何言ってんの!?

 って言うかあたしとマキで変な妄想するのやめてよね!?


「マキに聞かれたらどーすんの!」

「ごめんなさいごめんなさい!」

「聞こえてるよー。大人しそうなのに凄いこと言うね、この子……」

「ごめんマキ。この子、たまにちょっとメルヘンスイッチ入っちゃうのよ……」


 最近しばらく大人しかったと思ったらよりによって今……!

 みちるの中で何かの琴線に触れてしまったと言うのか。


 みちるは元々自分に素直で思ったことを隠せないところがあった。

 これは一昔前に流行ったおムネ占いによるとFカップ女子に見られる傾向だという。

 でもみちるはEカップ。Eカップ女子はFカップ女子より少しはお利口でいくらかクールのはず。

 それでもまだまだ夢見がちだからこうなってしまうのか……!


 ちなみにAカップ女子は卑屈過ぎで自分に自信が無いらしい。

 なるほど身近なAカップ女子さん見てると納得である。


 そしてあたしはCカップ。Cカップ女子はもっとも限りなく正解に近いらしい。

 何がどう正解なのかはわからないけどとにかくそういうことらしい。


 というのはまぁ置いといて。


「まったく、あたしとマキが恋仲って、どういうことよ……、ねぇ?」

「ほんと、有り得ないよね。傷付いちゃうなー」

「そ、そこまで言うこと無いんじゃない……?」


 ちょっとくらい脈あってもいんじゃない? ねぇ?

 いやまぁ、マキとはそういうの意識しないで付き合えるのがいいんだけどね?


「それで……由利子? 今日はお祝い以外にも言いたいことあるんだけど、わかる?」


 うぐっ……、なんとなく、そんな気は、してたけど。


「えっと……、やっぱり、怒ってる?」

「そりゃ怒るよ。約束してたのに」


 マキとの約束。無茶はしない。そう約束したはずだったのに。

 破っちゃったんだよね。みちるとの契約戦プロミスの時に。


「2年ぶりに会ったらなんか妙に軽くなってたからちょっと安心してたんだけど、そんな簡単に変わらないかー」

「あ、あの、私との契約戦プロミスのことでしたら、悪いのは私なんです。由利子さんは私を助けるために――」

「ありがと、みちる。でも約束は約束だからね」


 約束したからには守らないと。でもあの状況で無茶しないわけにはいかなかった。

 だから悪いのは、守れもしない約束をしちゃったことなんだ。


「ごめんマキ。やっぱりあたし、無茶しちゃうみたい」

「いーよ、もう。それが由利子なんだし。もう無茶するなとは言わないから、せめて無事でいてよね」

「それは、うん。約束する」


 無茶しちゃうのはあたしの性分みたいだから、そこはもう諦める。

 だから無茶した上で無事でいる。そうするしかない。


 ……なんて、口で言うのは簡単なんだけどね。

 実践するには、うん。やるしかないな。


「今は元気でもさ、あんたが病弱だった頃知ってるとほんと冷や冷やすんのよ」

「あ、そう言えば病弱設定だったんでしたっけ」

「設定じゃないよ!?」

「でもその設定、ちょっと無理があると思うんですよ」

「だから設定じゃないんだけど!?」


 ちょっ、いや確かに今のあたしからは想像できないだろうけど?

 なんかみちるの中のあたし、凄い残念な子になってない!?

 あーもう、後でちゃんと話しとかないと。でもとりあえず今は――


「ごめんついでにマキ、お願いがあるんだけど」

「なに? 変なお願いじゃなきゃ聞くよ」

「ちょっと特訓付き合って!」



  ━━━━━━━━━━━━━━━━



「それで由利子、昨日も真紀さんと秘密の特訓をしてきたのかしら?」

「うん。でも別に疲れとかは無いよ。電車使ってるし」

「それでも大変でしょう。私では駄目なのかしら?」

「こればっかりはマキが適任なのよ。マキに教わりたい魔法とかもあるし」


 それにリョーコとばっかり特訓してたらどうしても偏っちゃうからね。

 あと特訓の成果をリョーコにぶつけてみたいってのもある。

 現在72連敗中。ここぞという場面で使って1勝もぎ取っちゃる。


「魔法を上達させたいんでしたら、新版の魔法教本貸しましょうか? チーム内でしたら貸与もできますし」

「あら、そんなものがあるの?」

「何年か前に魔法技術が一気に進歩したんですよ。効率的で無駄の無い魔力運用ができるようになったんです」

「でもそれ難しいこと書いてあるんでしょ? あたしには無理無理」


 単純に魔法を使うという点に関して言えば、理屈より感覚に頼る部分が大きい。

 だからあたしでも問題無く使えるんだけど――そこから応用とか利かせようとすると途端に理屈っぽくなって来るんだ。


 特に物理に作用する系!

 起こしたい結果を引き起こすための物理法則だの現象だのを思い浮かべろとかわけわからんわ!

 分子の振動だとかエネルギーの流れだとか全っ然わからん!


 あたしとみちるの決定的な差はそこなんだよね。

 魔力量の差を抜きにしても、魔法の運用においてはどう足掻いても勝てっこない。


「ちょっとだけでも読んでみませんか? これ書いたの日本の魔法少女なんですよ」

「へぇー、そうなんだ。あ、奥付とかあるんだ? 著者、北崎さん……ねぇ」

「この本1冊書いただけで莫大なマギリアを手に入れたらしいですよ」

「へぇー……。ま、あたしはもっと感覚的な部分を伸ばしたいの。自分に合わないことやってもしょうがないし」

「そんなに難しいのかしら?」

「確かにちょっと難しいですけど……、試しに読んでみてはどうですか?」

「やだー。勉強やだー」


 読みたくないものは読みたくないんだもん。よし、話を逸らそう。


「ところで旧版のはリョーコも読んだ? マニュアルに載ってるやつ」

「読んでみたけれどさっぱりわからなかったわ」


 えぇ……、おかしいな。あたしでも理解できたのに。

 っていうか基礎の基礎は子供でもわかるように書いてあるはずなのに……。


「ちなみにどの辺が?」

「まず心を落ち着けて魔力を感じ取ってください、のあたりがさっぱりわからなかったわ」

「そ、そこかぁ……」


 さもありなん。最初のページで躓いておられる。

 そもそも普通は魔力を感じ取れるような子がスカウトされるわけだから、そこで躓くことは想定されてないんだよね。


「そういう感覚的な部分はむしろリョーコの苦手分野かな」

「案外涼子さんは新版の方なら理解できるかも知れませんけど……」

「では私でも魔法を使えるようになれるのかしら?」

「いや、応用法だけ理解できても基礎ができてないんじゃなぁ……」

「そう……、そうよね……」


 やっぱリョーコも魔法使ってみたいのかな?

 でもリョーコの魔力量じゃ一発芸程度が関の山だろうしなぁ。ごめんリョーコ。多分無理だ……!


「まあいいわ。それで特訓の成果は出ているのかしら?」

「いやー、まだまだだね。ちょっと長丁場になりそ」

「成果が出たら言ってちょうだい。見てあげるわ」

「そのつもりだよ。連敗記録終わらせてあげるから覚悟しといてよ?」

「ええ、楽しみにしているわ」

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