第7章 来訪者、そして別離
第56話 高梨由利子は異世界転生する
「西門はもう、持たないわね」
上空から襲い掛かるコウモリの魔物を一蹴しながら。
「破られる前に私が出るわ。みちるはここをお願い」
「そんな、ひとりで行くなんて無茶です!」
飛行能力を持った魔物が外壁を越えて街を襲っている。
2人でその対処に奔走しているが、近接戦闘能力しか持たない涼子にはいささか荷が重い。
「私では空の敵とは相性が悪いわ。私が行くのが最善なの」
「それは、そうかも知れませんけど……!」
今にも破壊されようとしている門の外では、ゴブリンやトロール、オーガといった魔物たちの大軍が鬨の声を上げていた。
そのいずれも戦って勝てない相手ではない。問題は、その数だ。
「せめて由利子さんがいてくれれば……」
「その由利子は今も一人で戦っているのよ。私たちは由利子の帰る場所を守らなければ」
由利子は今、魔王軍四天王の1人ヒドイヤーツを倒すべく北のローズキャッスルへ向かっている。
由利子なら四天王も倒せるだろう。それはきっと、間違いない。
だから、由利子の帰る場所――このサウザンドリーフの町をなんとしても守り抜く。
由利子が帰って来るまで守り抜きさえすれば、あとは由利子がやってくれるはずだから。
だから2人は命を懸ける。由利子が来るまで守り抜いてみせるのだと。
「私たちで食い止めるわよ、みちる」
「わかりました。由利子さんが帰ってくるまで、持ちこたえましょう」
言葉にするのは簡単だが、それを実行するのは容易なことではない。
いくらみちるの魔力が膨大とは言え、決して無限ではない。当然、涼子の体力にも限界がある。
果たしてどれだけの時間、足止めしていられるだろうか。
悲壮な覚悟と共に一歩を踏み出したところへ――
上空から、無数の光弾が降り注ぐ。門の外――魔物の大群に向けて。
「これは――来たわ! 由利子が来たわ!」
「これで勝てます!」
門の外では、あちこちで爆発が巻き起こっている。
光弾はなおも降り注ぎ、ついに1体の巨大な魔物を残して全滅させてしまった。
「リョーコ! みちる! 待たせたね!」
「助かったわ由利子! でもごめんなさい。私たちのために引き返させてしまったのね」
「何言ってんの。四天王ならもう倒してきたよ」
「もう倒してしまったんですか!? さすが由利子さんです!」
町の中央に避難していた住民たちからも歓喜の声が湧き上がる。
しかし、それを黙らせるかのように、重く低い声が響き渡った。
「貴様が伝説の賢者か。この町を支配していたエグイヤーツに続きヒドイヤーツまでやられてしまうとはな」
「賢者だなんてやめてよね。あたしはただの魔法少女よ」
「わけのわからんことを! 魔王軍四天王が一人、このヤバイヤーツが貴様の命、もらい受ける!」
「そうは行かないよ! この町を――この世界を守るために、あたしは負けない!」
巨大な魔物――四天王ヤバイヤーツが、凄まじい咆哮を上げながら襲い掛かって来る。
でも問題無い。なぜならあたしには――
「うおおお由利子さんのなんか超凄い魔法を食らえ!」
見せてやる! これがあたしの手に入れた新しい力! あたしの魔法は超凄い!
杖を砲身モードに形態チェンジして――先端部にあるシリンダーにエネルギーを充填開始!
――ウィンウィンウィンウィンウィンウィンウィンウィン……
マギオン粒子最大出力エネルギー充填120%!
発射3秒前! 2……1……発射!
引き金を引くとシリンダーにボルトが突入し、圧縮されたマギオン粒子が杖の先端から発射される。
あたしの最強呪文。とにかく超凄い魔法。
「 極大超凄呪文・
超凄い轟音と共に膨大なエネルギーが光の帯となって迸る。
進路上にあるもの全てが光の中に溶けて消えていく。
人の身で使うにはあまりにも強すぎる力。
危険な力だ。でも。それでも、この力で救える人たちがいるなら!
「この世界の人たちは、あたしが守る!」
「な、なんだこの力は……う、うぉあああああああああ!」
四天王の1人、ヤバイヤーツが光の中に飲み込まれて消えていく。
断末魔の叫びまでもが轟音にかき消されて、やがて――
やがてあたりが静まり返って――よし、討伐完了。
「さすが伝説の賢者様!」
「賢者様ステキ!」
「賢者様バンザイ! 賢者様バンザイ!」
住民たちの歓声も再開。
うーん、さすがにちょっと照れくさいね。
「も~、賢者様はやめてって言ってるのになぁ」
「こんな時くらいいいじゃないの、由利子」
「そうですよ、由利子さん」
ま、仕方ないか。この世界は長らく絶望に支配されていたんだから。
この世界――そう、ここは、あたしたちの元いた世界とは別の世界。
あたしたち3人は元の世界で神話級魔獣と戦い、命を落としてしまった。
でも、命と引き換えに魔獣の封印に成功した功績を称えて、女神様があたしたちに新しい命を与えてくれたんだ。
それで転生したのがこの――魔王に支配されてる世界って、ご褒美としてはどうなのよ?
でもま、女神様から貰ったこのチート魔法――超凄呪文があれば、なんだってできる!
魔王だって倒しちゃうもんね!
「魔王を倒すには、最後の四天王を倒さなくてはならないわね」
「北西の町、サイターマを支配する四天王ですね」
西にあるイーストシティを支配していたヤバイヤーツは今さっき倒した。
残るは、サイターマを支配するワルイヤーツ。
そいつを倒したら――魔王スゴクワルイヤーツのいるレギオンホースに乗り込むんだ!
「でもそう簡単には行かないわよ。風の知らせでワルイヤーツはサイターマを離れて魔王の警護に当たっていると聞いたわ」
「ワルイヤーツは魔王の息子らしいですし、恐らく共闘してくると思います」
なるほどね。四天王単独じゃあたしの相手は務まらないって、ようやく理解してくれたみたいね。
それで魔王と四天王で共闘? 確かにそう簡単には行かないかも知れない。
「でも関係ない! 魔王だろうが四天王だろうが、あたしの魔法でやっつけてやる!」
「流石ね由利子!」
「頼もしいです由利子さん!」
2人とも信頼の眼差しであたしを見てる。やだなーもう。照れるじゃん?
「そんでね、魔王を倒したら――ここにあたしの国を作るの!」
「凄いわ由利子!」
「女の子だけの夢の楽園! そこにあたしのハーレムを作るんだ!」
「素敵だわ由利子!」
「あたし、今なら何だってできる気がする! みんなまとめて面倒見てあげる!」
「一生ついていくわ由利子!」
あたしの言葉に、リョーコが頬を紅潮させながら目をキラキラさせてる。
リョーコってこんな顔もするんだね。
「でも……少し残念ね。これでもう由利子は私たちだけのものではなくなってしまうのね」
んもー、リョーコってばそんな可愛いこと言うようなキャラだったっけ?
そういうのはむしろみちるの役目でしょー?
でも不安にさせちゃったのはあたしのせいだよね。
……大丈夫。大丈夫だから。
右手を、引き寄せて。そのまま軽く、抱き寄せて。優しく、言い聞かせるように。
「なーに言ってんの。リョーコは特別だからね? 当然みちるもよ。ほら、みちるもおいで?」
そのみちるは満面の笑顔で――
「頭メルヘン症候群ですか?」
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みちるが……っ! それを……っ! 言う……っ!?
うっ、ぐっ……、いいじゃん! 夢の中でくらい夢見させてくれたっていいじゃん!
そりゃ冷静に考えたらさぁ! あたしがハーレムとか寝言は寝て言えって感じだけどさぁ!
ってかみちるって可愛い顔して結構辛辣だな!?
…………ふぅ。
なんだ、夢か……。
途中からなんとなーく現実味が薄いなー、とは思ったけどさぁ。
ってか西にあるイーストシティって何よ。
イーストって東でしょ。なんでイーストが西にあんのよ。
ネーミングもいろいろ雑だし、なんなのこの夢。
ま、まぁ悪い夢見たわけじゃないからいいんだけどさ。
……しっかし半端な時間に目が覚めちゃったな。
仕方ない。今日はお出掛けの日だしさっさと起きちゃおう。
今日は――みちるの家で祝賀会。をやる予定。のはず。
うん、祝賀会になるはずなんだ。予定通りAランクになれていれば。
発表があるのは今日、10月5日、土曜日の正午。
せっかく休日なんだし、みちるの家に初訪問させてもらってそこで祝おう、というわけだ。
一応自信はある。結構頑張ったからね。
むしろ自信しか無い。テンションもめっちゃ上がってる。
あ、そうか。このテンションのせいで変な夢見ちゃったんだな。
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「お待たせー。待った?」
「遅いわ由利子。時間丁度よ」
「間に合ったんだからいいじゃんかよぅ……」
せっかく早く起きたのに、時間があるからとゲームなど始めてしまったもんだから結局時間ギリギリである。
午前11時。最寄り駅に全員集合。
ここからみちるの家を目指す――その前に。
「お昼はどっかで買って行くんだよね?」
「すみません。あまり人にお出しできる料理ではないので……」
「気にしなくていいよー」
みちるはどうも料理の腕にあまり自信が無いらしいということなんだけど、多分ちょっと違う。
あくまであたしの予想だけど――みちるの料理は『味より量』。
味も決して悪くはないんだろうけど、そこはあまり重視してなさそう。
とにかくドカッと作ってモリモリ食べる。そんな感じだと思われる。
「そんじゃマクドゥ行こ、マクドゥ! ちょうど今期間限定でササミタツタバーガーやってんのよ!」
「実は私もそれを言おうと思ってたんです」
「私も構わないわ」
ササミタツタ大好きなんだよね。期間中は毎日食べたいくらいだ。
昔はレギュラーメニューだったらしいのになぁ。
「あ、コーヒーで良ければうちで出しますけどどうします?」
「じゃあせっかくだからもらおうかな。ドリンクは持ち帰るの大変だし」
「私もお願いするわ」
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駅前のマクドゥでテイクアウトして、やって来ましたみちる宅。
と言っても一軒家じゃなくて――いや、でっかいな。
駅から徒歩5分。なかなか立派なマンションだ。
みちるも一人暮らしって言ってたけど、女子高生の一人暮らしでこんなとこ住んでるのか……。
なんとなくそんな気はしてたけど、みちるってお嬢様なんだな……。
「こっちです。どうぞ」
みちるに案内されるまま、オートロックどころかエントランスも無い建物の階段を上って3階。
そこの307号室が――
「隣のアパートじゃん!」
「えっ、当たり前ですよ一人暮らしでマンションなんて住むわけないじゃないですか」
「だってみちる、お嬢様なんでしょ!?」
「そんなこと言ってないですし何でそう思ったんですか……」
くそっ、騙された! そう言えばそんなこと全然言ってなかったな!
あ、じゃあ騙されてなんかいなかったんじゃん!
いや、でも名前! 西園寺なんてどう考えてもお嬢様じゃん!
ま、まぁいいや。お邪魔しまーす。
おっと、中に入るとピンクがお出迎え。可愛い内装してるな。
玄関入ってすぐのダイニングはそこかしこにピンクのレースで飾り付け。置いてある小物もだいたいピンク。
ピンクピンクピンク。いや、さすがにこれ落ち着かないな。どんだけピンク好きなの。
ダイニングの奥には洋室。ここもまたピンクに支配されて――
「……ほう」
そこには部屋干ししてるピンクのパンツ。フリルのたくさん付いた可愛いデザインだ。
ブラもパンツとセットだね。このサイズで可愛いデザインってあるもんなんだね。
……ふむ、みちるのパンツは可愛らしさを重視しているおかげか、いやらしさを感じない。
なるほど、部屋干しのパンツすらインテリアに昇華してしまったというわけか。
さすがのあたしもこの発想には至らなかった。これは心が和むね、素晴ら――
――カラカラカラ……
引き戸を閉められてしまった。どうやら見世物じゃなかったらしい。
でも女の子同士なんだしそんな気にしなくていいんじゃないの?
あ、あたしがいるから気になるのか。じろじろ見ちゃってごめんね?
「……ではコーヒー淹れてきますね」
びみょーに顔を赤らめながらうつむき加減に。
そんな恥ずかしがること無いのに。もっと見せてくれてもいいんですよ?
パンツ。パンツはいいものだ。
女の子の夢と希望が詰まったロマンの結晶。言うなれば少女たちの小宇宙。
そこには着用者が今までに積み上げて来た歴史の変遷が――
「お待たせしました。ミルクと砂糖はお好みでどうぞ」
――っと、カップに注いだ
そうそう、これこれ。コーヒーと言えばこれだよね。アマックスコーヒー。
黄色に茶色のギザギザ模様が特徴的な、その名の通り甘~いコーヒー。
今でこそ全国で販売されてるけど、昔は県内でしか飲めなかったらしい。
大多数の皆さんがこんな美味しいコーヒーを飲めなかったなんて勿体ないよね。
みちるはそれにミルクを注いで、更に砂糖を1杯、2杯……。
「……あたしはミルクも砂糖もいらないかな」
「私も、このままいただくわ」
「えっ、おふたりともブラックで飲むんですか?」
……そう、あたしはアマックスコーヒーをブラックで飲む女。
ブラック……ブラックとは……。
「ブラック……ブラックとは……」
リョーコも同じこと言ってる。
いや違ったこれ元々リョーコのセリフだった。
「……みちるって甘党だったっけ?」
「あ、いえ。甘党ってわけじゃないんですけど、子供の頃にコーヒーをブラックで飲んじゃったのがトラウマになっちゃいまして」
「砂糖とミルク無しじゃ飲めなくなっちゃった、と」
「はい。その点、
そうだよ甘くて美味しいんだよ! 元から甘くて美味しいんだよ!
ミルクも砂糖も必要無いんだよ気付いて!
でもまぁ、トラウマになっちゃってるんじゃしょうがない、のかなぁ?
って、よく見るとキッチンに箱買いしたのが積み上がってるし。飲み過ぎィ!
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