第54話 高梨由利子は気付いてしまう
結局、寝れなかった……。
けど、一晩悩み抜いた価値はあった。辿り着けた! あたしの中の、真実に!
「おはよう、由利子。なんだか眠そうね」
「ちょっとあんまり寝られなくてね……」
あんまりどころか全然だけどね。
「昨日はしゃぎ過ぎたんじゃないですか?」
「まぁ……興奮状態ではあったかな」
でもこれに関してはみちる! 完全にあんたのせいだからね!
まぁそんなことより、みちるには言っておかないとね。
リョーコは――ちょうど朝ごはんの支度で忙しそうだし、今のうちに小声で……。
「みちる、ちょっといい? 昨日の話なんだけど」
「はい?」
「やっぱりあたし、リョーコに恋なんてしてないことが分かったわ」
「えっ、えぇ……?」
ごめんね、みちる。でもやっぱりあたし、リョーコのこと、そういう目で見れそうにないのよ。
「昨日みちる言ってたでしょ。恋ってのは相手を求める感情だって。でも違うの。あたしは別にリョーコを求めてはいないの」
「そんな……」
「むしろ逆よ。あたしはリョーコの面倒を見てあげたい。リョーコが心から笑えるようにしてあげたい」
「えっ? えっと……」
「そう、むしろ尽くす側よ! ほらこれって恋じゃないんでしょ? はい論破!」
「それって『愛』なんじゃないですか?」
…………。
「えっ?」
「あくまで私個人の考えなんですけど、相手を求めるのが『恋』で、相手に尽くすのが『愛』だと思うんです」
「……えっ? えっ?」
「あ、あくまで私個人の考え、ですからね? えっと、ではそういうことで」
…………。
えっ? いや、ちょっ……。
いやいやいや、愛って……ねぇ? 何言ってんのよ、もう。
みちるちゃんったらおかしな子。
あたしがリョーコに? そんなの無いって言ってるじゃーん。
だってほら、アレじゃん? アレだもん。無いってば無いの。
…………。
……さて。
顔洗ってこよ。
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「どう? 美味しいかしら?」
「うん。腕を上げたね」
味付けは全体的に薄味だけど、そこはまぁ、リョーコはヘルシー志向だからね。
しかし美味いな、このささみの卵焼き。
薄味でありながら噛めば噛むほど奥深い味わいが口の中に広がってくる。
この味わいは鶏ささみならではだね。パサパサしたヘルシーな食感が生み出す至高のハーモニー。
これなら、うん。いいお嫁さんになれるよ。
もう料理はリョーコに任せちゃおっかなー。
そんであたしは家でゴロゴロしながらリョーコに掃除機でどつかれたりして――って何の話だよォ!
なんでいきなり熟年夫婦みたいになってんのよ!
まずは新婚さんからでしょ!
そう、新婚さんの甘々生活……甘々……?
お、おかしいな。全く想像できない。掃除機とか冷蔵庫とかでどつかれてるとこならいくらでも想像できるのに?
ま、まぁ? そういう新婚生活があってもいいじゃない?
あたしとリョーコはそういう――って何言ってんのよ!?
だからあたしは恋だの愛だのとはまだ無縁でいたいってああああああああああああああああああああ!!!
「どうしたのかしら、由利子。さっきから百面相しているわ」
「何かあったんでしょう」
みちるゥゥゥゥゥゥ! なに他人事みたいに言ってんのよォォォォォォ!
「今日は午前中に魔獣退治をして昼前に解散、という予定だったけれど……」
「ちょっと無理そうでしょうか」
「い、いや大丈夫。やれるから」
「本当に大丈夫かしら?」
だ、大丈夫大丈夫。多分。
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「あんまり大丈夫ではなかったわね」
「ご、ごめん」
全っ然、集中できなかった。
というか、気付いちゃった。
『恋だの愛だのとは無縁でいたい』
こんなのはただの逃げ口上だったんだ。
「ごめんなさい。きっと私が……何かしてしまったのね」
「いえ、違うんです! 私のせいなんです!」
「そんな、みちるのせいではないわ!」
いやまぁ、そこはみちるのせいなんだけどね。
「由利子は以前から、私と一緒に居ると突発的に謎の興奮状態になることがあるの。それのせいだわ」
まぁそれはそれで間違いじゃないんだけどね。
「由利子の生態はところどころ謎に包まれているとは言え、私が気を付けていなければいけなかったのよ」
いや、あたしのこと何だと思ってるのかな?
「えっと……、とにかく、由利子さんは私が送って行きますので」
「そうね、お願いするわ」
「うん、お願い……」
ちょうどいいや。もっかいみちるに話しとこ。
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「すみません、由利子さん。私のせい、ですよね?」
「いや、まぁ……半分はね」
2人並んで飛びながら、あたしの家に向かって。
電車使っても良かったんだけど、人に聞かれたくない話があったからね。
「もう半分は、あたし自身のせいだね。あたしが中途半端だったから」
中途半端と言うか、結局のところヘタレなのよね。
気付いちゃった。無意識に逃げてたんだ、あたしは。
「恋とか愛とか考えないようにしてた本当の理由。あたしね、怖かったんだ」
うっかり意識しちゃったせいで気付いてしまった。
仮にあたしがリョーコに恋愛感情を抱いてしまったとして、でもそれは絶対に叶うわけがないという現実に。
「リョーコってさ、色恋沙汰にまっっっっっっったく感心が無いのよ。少なくとも自分自身に関しては」
仮にあたしがリョーコに恋してたとして。仮にあたしがリョーコに告白したとして。
間違いなく言えるのは、その恋が実ることは無いということ。
「仮に、仮によ? あたしがリョーコに告白したとして、返って来る返事は『よくわからないけれどごめんなさい』なのよ!? 絶対よ!?」
「す、凄い自信ですね……」
「断られる理由が『よくわからないから』なのよ!? そんな理由で断られる身にもなってよ!?」
しかも……! しかも、その先まで予想できちゃうのよ!
「そんでね、こう続くの。『今まで通りお友達でいましょう』……どんな追い打ちだよォ!?」
そりゃ友達でいたいよ? でもフラれた直後にそれってどうなのよ!?
全く異性として意識されてないってことでしょ!? あ、元々同性だった。いや、そうじゃなくて。
「リョーコは今の関係を望んでるから、リョーコの方からそれを壊すようなことはしないの。だから壊れるんだとしたら、それはあたしのせいなの」
でもあたしだって、壊したくはない。
だったら、最初から恋だの愛だの考えないようにしてればいいんだ。
「あたしにだって普通に友達くらいいるけどさ、でもリョーコはなんか、特別なのよ」
学校に行けば、友達はいる。おしゃべりしたり、一緒に帰ったり、普通の友達。
でもリョーコはなんか違う。そこはもう認める。それが何なのか、まだよく分かんないけど。
あー、そっか。あたし結局、リョーコのこと求めてるんだ。
求めてるんじゃなくて尽くしたいだけ? 何言ってんのバカ。
違うんだ。尽くす対象としてリョーコを求めてたんだ。
尽くしたいってのは結局あたしの自己満足。そのためにリョーコを求めてたんだ。
「特別だから……やっぱりダメ。この感情はしまっておくの。ごめん」
「どうして由利子さんが謝るんですか……」
どうしてって……どうしてだろ?
なんか申し訳ない気持ちになっちゃったんだけど。
「あの、ですね」
「えっ?」
「実は私、高校デビューに失敗しちゃいまして、まだ学校に友達いないんです」
えっ、何? あ、そっか、あんなことあったんじゃ、高校デビューどころじゃなかったよね。
えっ? なんで今そんな話?
「なので、ですね。私も、今の関係が壊れちゃうのは、困るんです」
「え、うん」
「だから、応援します。現状維持を」
えっ? そこ応援しちゃうの?
「由利子さん、今いろんなものの板挟みになってる感じですよね?」
「う……、多分」
「この件で私の立場のことまで考えてくれようとしちゃってません?」
う……ん?
いや確かにみちるの期待をないがしろにしたくないと言うか? 変に期待させちゃうことにそこはかとない罪悪感があると言うか……?
「前にも言いましたけど、私はあくまで『おふたりがそういう関係なら応援したい』なんであって、無理にくっつけたいわけじゃないんですよ」
あれ、そうだっけ? いやそう言ってはいたけども。
「その、勘違いで何度も暴走しちゃってましたけど、あくまでそういうスタンスなので。何度も暴走しちゃいましたけど!」
「あーうん。暴走のイメージが強過ぎたね」
「……すみません、これからはいろいろ控えますので。だから由利子さんもそんなことを気にする必要は無いんです」
あー、そっか。みちるがそう言ってくれるんだったら、後はもうあたしとリョーコだけの問題なんだ。
そうなると、そっか。なんかだいぶ気が楽になった気がする。
「……ありがと、みちる。まぁ結局半分はみちるのせいだったんだけどね?」
「うぅ……、すみません……」
「ま、気にしないで。どうせいつかブチ当たってた問題なんだし。それに1人の時だったら答えが出なかったかも知れないからね。みちるが話聞いてくれて、助かったよ」
「そう言ってもらえると、私も助かります……」
さて、そうとなったらいつまでもウジウジしてらんないな。
やることやって、明日に備えないと。
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――というわけで、家に着いてまずやらないといけないのは、洗濯だな。
昨日は結構汗かいちゃったからね。早く洗っちゃわないと。
臭いとか付いてないといいんだけど。
キャミソールは……よし、大丈夫。
パンツは……いや、さすがにパンツは嗅がないよ?
いくら自分のだからってね?
あとはハンカチ。結構汗拭いたからね。
ハンカチも……うん。臭いどころかむしろ心を落ち着かせる透き通るような芳香すら――あれ、何だこれ?
えっ、白? あたしのハンカチ、黄色だったはずだけど?
ちなみに下着も黄色。だってあたし、よく変な汗かくからね。
目立たないように黄色。ハンカチも同じ理由で黄色。
あれ? じゃあこの白い布は何?
この、なんとなく覚えのある、綿100%の柔らかな手触りは――
って、パンツじゃん!
リョーコのパンツじゃん! なんでこんなとこにあんの!??
あ、そう言えばあたしのと取り違えちゃったとか言ってたような……って、なんでそれが今出てくんのよ!?
ああああああああああああああああ嗅いじゃった!
めっちゃ嗅いじゃった!
ヒィエエエエ心を落ち着かせる透き通るような芳香のせいであたしの心臓は破裂寸前なんですけど!?
ヤバい心拍数ヤバい! 毎秒3回超えてる新記録ヤバい!
でも……、あぁそうだ。気付いちゃった。
あたしが求めてるのはこれなんだ。――いやパンツじゃなくてね?
あたしがリョーコの面倒見てあげて、たまにバカやってしばかれて、そんでたま~のトラブルで今みたいに死に掛けて。
そんなバカバカしい日常が楽しいのよ。
世間一般的な恋人関係? そんなの要らなーい。
そもそも告白ってさ、現状を変えたい人がするもんでしょ? でもあたし、今のままがいいんだもん。
だったらさ、仮にあたしのこの感情が恋だの愛だのだったとしてもさ?
告白とかする必要無いんじゃん? じゃあ今の関係が壊れることなんて無いんじゃん?
もう一歩進みたくなった時にさ、改めて考えりゃいいの。
あーもう、今まで何悩んじゃってたんだか。深刻に考えすぎなのよ。
それにしても、こんな大事なことに気付くきっかけがパンツって正直どうなのよ?
いやまぁ、この上なくあたしらしいのかも知れないけどさ。
……とりあえず、ここがお風呂で良かったわ。
だってここ――今から血の海になるんだもん。
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