第50話 沙々霧涼子は葛藤する

 参ったわ。また由利子に迷惑を掛けてしまったわね。

 でも特に何も気にしていないようだったしそこは良かったわ。


 それにしても――本当に、困ったものね。

 今回はただの手違いだから良かったものの、無意識の行動というものは恐ろしいものだわ。


 もっと意識して己を律しなければ。

 もう二度と、あの日のような――感情のままに力を振るうようなことは――


 それは力を持つ者の責務。もしそれが出来ないならば、その時は……。

 その時は、私は、あの子から――



  ━━━━━━━━━━━━━━━━



「ちょっと冷えてきたかしらね」

「この時期ですからね。夕方になると冷えますね」

「むしろ気付くの遅いって。だいぶ前から冷えてきてたよ」


 水浴びが終わったら三時のおやつにカステラを食べて、そしてまたモリオカートをやって今はもう夕方。

 昼間の暑さが嘘のようね。あまり気にしていなかったから気付かなかったわ。


「それじゃあさ、リョーコ。久しぶりに契約戦プロミス、やろっか」

「そう言えば久しぶりね。いいわ、やりましょう」


 契約戦。ここのところ魔獣退治で忙しかったものだからすっかり忘れていたわ。


「今日はシンプルに道場でいいかな?」

「構わないわ。では行きましょう」


 ふふ、楽しみだわ。

 なんだか足取りも軽くなったような――いえ、浮かれてはダメよ。


「おふたりでよくやっていたんですか?」

「ちょっと前まで週5~6回くらいやってたかな? 毎日やってたわけじゃないけど、休みの日は1日2回とかやってたし」

「そのくらいでしょうね。実験のための八百長を除けば通算で三十八戦よ」

「ちなみにリョーコの全勝よ!」

「そ、それは凄いですね。なんで由利子さんが得意気なのかわかりませんけど」


 本当にどうしてあなたが得意気なのかしら。

 もう少し覇気を持ってもらいたいのだけれど。


 もっとも、あなたが私との契約戦で本気を出すことは無いのでしょうね。

 最初の一戦こそいい線は行っていたのだけれど、あれも本気と言うよりは単に必死だっただけでしょうし。


 でもむしろその方がいいわね。みちるとの契約戦――あの時の由利子は危うかったわ。

 一歩間違えれば大惨事。肉体の限界を超えて戦い続けていたわ。


 できることならもう二度と、あのような戦い方はさせたくないものね。

 本気の由利子と戦えないのは、少し寂しい気もするけれども。


 ……さて、そう言っている間に道場に着いたわね。


「それじゃ、始めよっか」

「ええ。ではみちる、合図をお願いできるかしら」

「あ、はい。おふたりとも、頑張ってください。では始め!」


 始まりの合図を受けて由利子が動き出す。

 まずは左方に飛行しながら牽制の魔力弾。これは問題無く弾き落とす。


 そのまま弧を描くように飛行と牽制を続けながら、道場内を半周したあたりで――来る!


 正面から一気に距離を詰めて来た。前進しながら尚も魔力弾を撃ち続けている。

 同時に左手に空圧球を生成し始め――それを前方に突き出す。


 だがまだタイミングが早い。この距離で破裂させても決定打にはならない。

 魔力弾も撃ち続けている。由利子の狙いは――読めた!


 空圧球を破裂させ、その爆風で魔力弾を押し出し、加速させるつもりね。

 魔力弾は正面以外から力を加えれば軌道を逸らせることは分かっていたけれど――なるほど、後方から力を加えれば加速させることもできるわけね。


 読み通り、加速した魔力弾が高速で飛来してくる。

 でも残念だけれど、この程度の速度ならば問題無く見切ることができるわ。

 高速で迫る魔力弾を右手で弾き、斜め後方に逸らす。


 難なく捌いて見せたが――由利子に焦りの色は見られない。

 この程度は想定内だったのでしょう。続けて魔力弾を撃ちながら改めて空圧球を生成している。


 その空圧球を――何もしない?

 小脇に抱えるように左手で護りながら尚も前進してくる。


 魔力弾の加速に使うわけではないようね。

 では今度こそ攻撃に使うつもりかしら。でも残念ながらもう、そこは私の間合よ。


 空圧球を突き出してくるよりも早く私の拳が――いや、これは攻撃用ではない!

 突き出した拳が届くよりも早く、空圧球を自身の体の正面に持って来て――


  ――バァン!


 攻撃でも加速でもなく、今度は爆風を使って制動を――むしろ後方に若干下がっている。

 間合を外された。踏み込みが足りない。拳が――届かない!


 とは言えあと一歩の距離。ここからならどうとでも追撃が出来る。

 ……いや駄目だ。魔力砲台の気配。後方に四門。

 あんな無茶な制動を掛けながらこんなものまで設置するとは、恐れ入るわね。


 二門からは肩のあたり、残り二門からは足のあたりを目掛けて魔力弾が撃ち出される。

 体勢を低くすれば上の弾は避けられるけれど、それでは下の弾を食らってしまう。

 一歩踏み込めば下の弾は避けられるけれど、今度は上の弾が腰のあたりに当たってしまう。


 横に跳ぶか、あるいは体勢を崩す覚悟で捌くしかない。

 ……横に跳ぶのが手っ取り早いけれど――ここは敢えて、この場で全て打ち落とす!


 まず下の二門からの魔力弾が当たらない位置に左足を置き、それを軸に反時計回りに回転しながら――上の二門からの魔力弾を左手で弾き落とす。

 身体が一回転を終え――しかし背後からの魔力弾の発射は続いている。

 それらに背を向けた状態になったけれど、問題無い。

 回転している間に右足にバネを溜め込んでおいた。これを一気に――爆発させる!


 魔力弾が当たるよりも早く。再び空圧球を生成した由利子が次の行動に移るよりも早く。

 一瞬で間合いを詰める。


 由利子の顔が焦燥に染まっている。残念だったわね。

 以前の私なら防御行動を取りながらバネを溜めることは出来なかったのだけれど、私だって成長しているのよ?


 縮地の勢いのまま、右拳を腹部に叩き込む。悪いけれど、これで終わりよ。

 今度こそ確かな手応え。由利子の体がその場に倒れ――込まない!?


 踏み止まった。想定外。普段の由利子ならばこれで倒れていたはず。

 こちらの追撃よりも早く、体勢を崩しながらも左手の空圧球を突き出してくる。


 止むを得ない。迫り来る空圧球を――手刀で両断する。


  ――バァン!


 まだ距離があったから、なんとか耐えられる。

 爆風に耐えながら、一歩を踏み込み、左掌を由利子の胸に当てて――


「 震 天 ! 」

「んぎゃっ!」


 短く声を上げながら吹っ飛んだ由利子が……動かなくなる。

 気を失ったようね。


 少しばかり加減を間違えてしまったかしら。でも想定外ではあったけれど、焦りは無かったはず。

 むしろ今のは――気分が高揚していた? そのせいかしら?


 当たり所は――額を強く打った跡があるけれど、大丈夫そうね。


「みちる、念のため治癒の魔法をお願い」

「あ、はい!」


 ……参ったわね。

 今までは余裕を持って対処できていたけれど、今後は少しばかり骨が折れるかもしれないわ。

 もし今以上の粘りを見せるようになれば、今までのような余裕は無くなってしまう。


 ……参ったわ。

 余裕が無くなれば加減を誤る可能性が出て来てしまう。

 それはまずいわ。私は由利子に怪我を負わせたくはないの。


 ……本当に、参ったわ。

 今までは試合感覚で戦ってきた。だから楽しめた。

 でも私は由利子と戦闘がしたいわけではない。不毛な戦いはしたくはない。


 ……ああ本当に、参ってしまう。

 この事態に焦燥を抱きながら、同時に胸が高鳴っているのも感じてしまう。

 不毛な戦いはしたくはない。でも本気の由利子とは戦ってみたい。


 ……ああ本当に、自分に参ってしまうわね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る