第44話 西園寺みちるは感銘を受ける

 うーん、何でしょう、この気持ち。楽しいっていうのとは違うんですよね。


 そもそも魔獣退治自体は今でもちょっと抵抗ありますし。

 それなのに、なんかこう――胸が躍ると言いますか。


 あ、そうです。これは――嬉しい、ってことなんですね。


 由利子さんに、涼子さん。私を悪夢から救い出してくれた、感謝してもしきれない大切な恩人。

 そしてお友達になってくれて、チームまで組んでくれて。


 私の方が感謝しないといけないのに歓迎会まで開いてくれて。

 早く恩返ししたいなって思ってても私の方からは積極的に動けなくて。


 それが今、ようやく恩返しが出来ているんです。

 おふたりの役に、立てているんです。あぁ本当に――嬉しい。


 ……でも、あんまり私ひとりで頑張り過ぎても却って気を遣わせてしまうみたいなんですよね。む、難しいです。

 私としては、どれだけ尽くしても返し切れない恩をもらっちゃってるんで――っと、言ってる場合じゃなくなりました。


「また出ました! 左手側200メートル、中型が1体です」

「では私が行くわ」


 魔獣が1体で出た時は涼子さんが1人で行くことになってます。

 結界を張るために由利子さんも同行してますけど、倒すのは本当に1人で。


 涼子さんも――凄いですよね。凄いとしか言いようが無いです。

 素手で魔獣を倒してるっていうのも凄いですけど、むしろ本当に凄いのは身体強化以外の魔法を使ってないってことです。


 飛行フライトはもちろん、足場作成などの魔法も使わない。防御のための障壁シールドも張らない。

 本当に純粋な体術だけで魔獣の攻撃を凌いでいるんですよね。それに何より――


「終わったわ」

「いやー、リョーコがいると楽だわー」

「お疲れ様です。ところで涼子さん」

「何かしら?」


 わかってはいたことですけど、かすり傷のひとつも負ってません。

 魔法衣ローブにも破れやほつれはありません。


「魔獣の攻撃とか、全部避けちゃってますけど見えてるんですか?」

「そう言われても……普通に目で追っているだけなのだけれど」


 …………。

 すみません、多分普通じゃないです。


「それに視覚だけに頼っているわけではないわ。全ての感覚を駆使して気配を追っているもの」


 …………。

 すみません、よくわからないです。


「由利子だってやっているでしょう?」

「えっ、やってないけど?」

「えっ、でも由利子だって背後からの攻撃を――」

「それは魔力感知のおかげだから……」


 はい、やってないですよね。というか――


「普通は魔法で動体視力とか強化してるんですけど」

「そう……なの?」

「そうだよ」


 ちなみに動体視力は強化できても、思考速度とかは今のところ魔法では強化できないんですよね。

 なので経験を積んで反射的に動けるようにならないと、強化した動体視力が無駄になったりしちゃいます。

 その点、涼子さんはもう極めちゃった感じなんでしょうか。


「涼子さんって、なんか雲の上の人みたいな感じですね」

「まぁ、なんか時空が歪んでる感じよね」

「……そう、やっぱり私は普通の子たちとは、住んでいる世界が違うのね……」

「えっ、ちょっ、リョーコ?」


 あれ? またリョーコさんが曇り始めちゃいました!?

 えっ、何でですか!?


「いや違うのよリョーコ? リョーコは凄いなーって話だからね!?」

「そうですよ! 強くて頼もしいなって、そういう話ですから!」

「でもそれってつまり、私は他の子たちとは違うということよね……」

「ああああああだからなんでネガティブになんのよ!?」


 えええ、何か涼子さんのトラウマにでも触れちゃったんでしょうか?

 とりあえず、由利子さんが頑張って宥めてくれているので、ここは任せちゃいましょう。


 ええと……、つまり涼子さんにとっては疑う余地も無いくらいに普通のことだったんですね。

 なんて言うか、魔法とはまた違った非日常が身近なところにあったんですね……。



  ━━━━━━━━━━━━━━━━



「取り乱してしまってごめんなさい。もう大丈夫よ」


 由利子さんが頑張ってくれたおかげでどうやら立ち直ったようです。

 ……本当に大丈夫なんですよね? 見た感じは大丈夫そうですけど……。


「大丈夫よ、みちる。リョーコはすぐ落ち込むけど立ち直るのも慣れてるから」


 慣れるほどしょっちゅう落ち込んでるんですか? それは別の意味で心配なのでは……。


「大丈夫大丈夫。次行こ、次」

「ま、まぁ、付き合いの長い由利子さんが言うんでしたら……」

「いや、言うほど長くないけどね。まだ2ヶ月くらいだし」

「えっ!?」


 もっと長いものだと思ってました。それこそ年単位でのお付き合いかと……。


「まぁ? 密度の濃い2ヶ月だったからね?」

「そうね。裸の付き合いなんかもしたものね」

「えっ、その話詳しく――」

「しなくていいから! っていうかそういうのじゃないから!」

「詳し――」

「はい、次行くよ、次!」


 その話、もっと詳しく……って、行っちゃいました。由利子さんってこういう話になると逃げるんですよね。

 人のこといやらしい目で見たりするくせに、妙にヘタレ――もとい奥手と言いますか。


 まぁその話はまた今度にしましょう。今は魔獣退治ですよね、はい。


 麓から螺旋状に上がってきて、そろそろ斜面も急になってくる頃です。

 一般的にこのあたりから魔獣の発生頻度も上がると言われてます。気を引き締めないといけませんね。


 とにかく早く由利子さんに追い付かないと。

 離れ過ぎて魔力感知の合体が解けちゃってます。というか――


「由利子さーん、止まってください! ルート外れちゃってますよー」

「あ、ごめんごめーん。って、あああー! いた! 大型!」

「あら本当?」

「本当ですか!?」


 由利子さんが止まってくれたのでようやく追い付きました。

 改めて魔力感知を合体させて――


「いますね。大型1体、中型2体、小型が7体です」

「昨日よりは少ないわね」

「でもま、慎重に行かないとね」

「いえ、敢えて突入するわ。由利子、乱戦を始めるからうまく狙い撃ちしてちょうだい」


 えええ!?

 実戦形式で特訓というのはまぁわかりますけど、それ、下手をすると大怪我しちゃいますよ!?


「うへぇ、マジで? じゃあみちる、大型だけお願いね」


 由利子さんは由利子さんでやる気ですし……本当にやるんですか……?

 ああ……、涼子さん行っちゃいました。


 こうなったら私もやるしかないですね。魔力感知は切らさないように、っと。

 木々が邪魔ですけど透視するほどではないので――充填チャージ開始。


 涼子さんはもう交戦を始めてますね。

 由利子さんは私よりは前に出てますけど……乱戦を狙い撃ちするにはちょっと遠いのでは?


 あ、私の護衛もあるから私から離れられないんですね。

 それなら私がもう少し前に出れば――


「みちる、そこでいいよ。こっちは大丈夫だから」


 止められちゃいました。ほ、ほんとに大丈夫なんですよね……?

 涼子さんの方は全く問題無さそうです。飛び付いてきた小型の1体を弾き飛ばして――


  ――バシュッ……ズドッ!


 ……弾き飛ばされて宙を飛んでいた小型の魔獣が、由利子さんの魔力弾に撃ち抜かれました!

 なるほど、こうやって1体ずつ減らしていくんですね。


 今度は大型1体と小型3体を同時に相手してます。

 そこに中型が後ろから――危ない!


  ――バシュバシュバシュッ!


 って、えええ!? 交戦してる3体の方に!?

 そっちはすぐ近くに涼子さんが――あ、振り向きざまに背後の中型を牽制して――


  ――ズドドドッ!


 魔力弾は小型3体に見事命中しましたけど……


「え、どうしてあっちの3体を撃ったんです?」

「いや、リョーコならあのタイミングで後ろの中型に向き合うかなって」


 ええ……。これは直感……? いえ、信頼――同調でしょうか?

 涼子さんの方も、すぐ近くに着弾しても平然としてますし……。


 あ、由利子さんも充填チャージを始めました。

 そしてちょっと離れたところにいる中型を――


  ――バシュゥッ……ズドッ


 一撃で倒しました。これで残りは大型1体、中型1体、小型が3体。

 随分減ってしまいました。あ、また中型を1体。


 これはもう、あとは消化試合ですね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る