第35話 高梨由利子は救いたい

 あったたた。ちょっと強くやり過ぎた。

 でもここは絶対に失敗できなかったから。仕方ない。

 ほんとごめんね?


 でもあの子、最後なんか顔を真っ赤にしてたけど……何か変な勘違いさせちゃった、かな?


 まぁそんなことより、もう一仕事。

 弾力球クッション、生成……っと。


 落ちてくあの子の下。地面に落ちる前に……よし、空気のクッションが無事キャッチ。

 多分落ちてもケガなんてしないだろうけど、そういうわけにもいかないからね。


 あ…………も、ダメ。

 今ので完全に魔力尽きた。すっからかん。


 飛行フライト浮遊レビテーションも無理。

 落ーちーるー……。


「ごめーん! そのクッション借りるねー」


 今さっき、お姫様を受け止めたクッション。

 の上に仰向けで横たわるお姫様のご立派なクッションの上に。


  ――ぼふぅっ


 顔面からダイブ。


 …………。


 ……これは。


 これは――癒し。圧倒的癒し。

 顔を両側から挟み込む柔らかな温もり。

 こんな楽園が――この世に存在していたなんて……!


 今までいやらしい目で見ていてごめんなさい……!

 煩悩も下心も、一瞬で吹き飛ばされた……!


 あぁ、この温もりに包まれて、眠りに就こう。

 おやすみ、由利子。よく頑張ったよ……。


 ……うん、わかってる。

 まだ終わりじゃないよね。はいもう一仕事。


 なんか全身ギシギシバキバキ言ってるけど、まだお休みの時間じゃない。

 名残惜しいけど、楽園とはおさらば。


 まずはお姫様をお姫様抱っこして……っと。

 そんで弾力球クッションから跳び下り。そのまま地面に――


 んぎぃ……っ、着地と同時に……! 全身、ビキッて……!

 た、耐えろ……! 耐えるんだ由利子……!


「ん……うぅ……」


 っと、お姫様も目を覚ましたかな。


「あ……、私……。そっか。負けちゃったんですね……」


 契約戦プロミスでの勝利条件は2つ。

 相手が降参する。もしくは相手を気絶させた状態で体に触れる、あるいは一撃入れる。


 あたしはこの子を頭突きで気絶させて、その後この子の胸に――もとい、体に触れたわけだ。

 き、気付かれてないよね? 訴えられたりしないよね……?


 なんてちょっとビクビクしていると――そう言えばこの子、ちょっと落ち着いたかな?

 さっきまでと違って、心に余裕がある感じだ。さすがにまだちょっと怯えた感じはあるけど。


 でも大丈夫。その残った不安もすぐに取り除いてあげる。


「そ。あたしの勝ち。それじゃ――」

「みちる。負けたのか」


 ……げ。

 通りの向こうから、王子様。リョーコも一緒だ。なんで今来るの。


「き、如月さん……。す、すみません、私……私……」

「いや、もういいんだ。僕もそろそろ潮時だと思ってたしね」


 ……ん?


「もう、やめにしよう」

「……えっ?」


 ……なに? 契約を破棄してくれる流れ?

 いやまさか、そんな都合のいいこと――


「最後の命令だ。君の残ってる魔力を全部、僕に寄越しな」

「はぁ!?」


 魔力譲渡!? そんな魔法聞いたことない。

 いや、そんなことより。


 契約戦プロミスはあくまで個人戦。お互いチーム、というかコンビだけど、個人戦は個人戦。

 相方の戦闘には干渉できないルールがある。


「そっち、勝敗まだ決まってないんでしょ? そんなことしたら反則負けでしょ」

「ところが、これは反則にならないんだ。相手に直接危害を加えるわけじゃないし、しかもみちるのオリジナル魔法だからね。うまいこと抜け穴になってくれてたよ」


 ルールの抜け穴……こんなところにもあったのか。

 ほんとガバガバだな、このシステム。


「ほら早くしろみちる」

「う……、はい」


 魔力の譲渡が始まってる。けど反則負けの様子は無い。

 この子の魔力も大分減ってはいるけど、それでも結構な量だ。まずい、早くやめさせないと。


「あぁ、今回は魂核ソウルコアの魔力も全部だ」

「えっ!?」

「ちょっ!?」


 魂核ソウルコアの魔力をって、そんなことしたら――


「あなた、そんなことをしたらどうなるか、わかっているのかしら?」


 リョーコが抗議する。でも――


「ああ、正直勿体ないとは思ってるよ。なんだかんだみちるは便利だったからね」


 わかってて言ってるんだ……!

 魂核ソウルコアは自分が自分であろうとするための魂の遺伝子。

 それが傷ついたり、無くなったりしたら。その先に待つのは――


 良くて魔獣化。悪ければ肉体の消滅。


 あぁ、この人はもう、現実が見えてないんだ。

 ――メルヘン症候群。魔法という非現実を手に入れた少女が、稀に発症する。

 現実と非現実の境界が曖昧になり、理性的な判断ができなくなってしまう。


 お姫様の方は、これを発症したせいで理不尽な契約に同意してしまったんだろう。


 そしてこの王子様も。

 なんでもかんでも自分に都合よく事が運ぶうちに、現実が見えなくなってしまったんだ。

 自分は何をしてもいい。何をしても許される、と。


 ……終わらせよう。

 こんなのはもう、終わらせるんだ。

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