第33話 高梨由利子は食いしばる

 魔力弾を避ける。追尾弾ホーミングを左手で弾く。魔力弾を避ける。避ける。追尾弾ホーミングを弾く。避ける。避ける。

 これを延々繰り返す。もう体中が悲鳴上げてる。でも泣き言なんて言ってらんない。やるしかない。


 あの子に教えてあげられれば楽なんだけどね。『助ける方法はある』って。

 それでわざと負けてもらえばそのまま契約締結プロミスリンクして終わり。


 でも、ダメだ。あの子はともかく、あっちの王子様の方に知られちゃうとまずい。


 そもそも、あの子は『全力でやれ』って言われてるし、多分『絶対に勝て』みたいなことも言われてるはず。

 自分から負けようとするような行動はできないと思っていい。


 結局のところ、やることはひとつ。あたしが歯を食いしばる。これだけだ。


 っていうか、向こうの2人、なんか観戦モードに入ってない?

 なんなの? 2人して弾幕シューティングの実況動画でも上げてんの?


 あ、リョーコが手振ってくれた。

 こっちも振り返してあげようか? ってそんな余裕ねーよ!


 ――っと。なんだ? 弾幕が途切れた。

 魔力切れってこともないだろうし……なんだ?


 まぁ途切れたって言ってもまたすぐ次の弾幕来てるんだけど……なんだったんだ?


 でもまぁ、おかげで少し休めたかな。

 心なしか、避けるのも楽になってきた気がする。


 慣れてきたおかげかな?

 弾速もなんか遅く感じ――違う! これ実際に遅くなってる!


 一瞬弾幕が途切れたのも、途中から弾速が遅くなったからだったんだ!

 遅くなったから弾幕が途切れたってことは――じゃあ、逆に途中から速くなったら……?


 ヤバい……! 来る……!

 低速弾を追い越すように高速弾が覆い被さって――実質弾幕密度2倍。


 無理だこんなの。無理。避けきれない。

 かと言ってあれをまともに食らったらそれだけで戦闘不能になりかねない。嵌められた。


 障壁シールドを張るしかない。でもここで張ったら後で来る魔力砲を耐え切るのは絶対無理。

 障壁シールドは張れない。まだ温存。


 だったらこれだ! 魔力弾連続発射!向かって来る魔力弾を弾き飛ばす!


 軌道計算してる余裕も無い。とにかく前方に5発乱れ撃ち。

 できればもっと撃ちたいところだけど……反撃のための余力も残さなきゃいけない。

 これでどうにかする。するしかない!


  ――バチバチィッ!バチンッバチッ!バチバチッバチィッ!


 ビリヤードみたいに弾丸が跳ね回る。

 軌道計算どころじゃない。弾道すら見切れない。

 もう祈るしかない。お願い――!


 跳弾の嵐が収まって――よしっ、大分弾き飛ばした!

 差し当たってヤバいのは5発。これを凌げば高密度弾幕は抜ける。

 高速弾だけになればどうとでもなる。はず。まずはこの5発だ。


 左から1発、正面から2発。右から2発。

 左が若干薄い。けど――ここは敢えて正面突破。ここで正面突破しておけば後が楽になる。


 前方に急加速。一気に突っ切る。

 これで左右からの魔力弾はやり過ごせる。あとは正面の2発だけだ。


 2発のうち片方は右側頭部に。もう片方は左腰のあたり。

 2発ともほぼ同時に当たる。両方防ぐのは無理。左腰の方だけ左手で弾いて、頭の方はギリギリで避ける。

 身体を捻りつつまずは左腰の方を――問題無く弾いた。あとは頭の方――これもギリギリ回避成功……あっ。


  ――チッ……バサッ


 あー、ギリギリ過ぎた。ヘアゴム、切れちゃったな。

 お気に入りだったんだけどな。いやヘアゴムじゃなくて髪型の方。

 アホっぽくてあたしらしい髪型だったのにな。アホサイドアップ。


 あれじゃないと、なんか落ち着かないんだ。なんかヒリヒリするような――妙な興奮状態になるって言うか。

 ……なんだ、丁度いいじゃん。こっからはガチのマジモードだ!


 低速弾のエリアは抜けた。あとは高速弾だけ! ここはもう特攻だ!


 多分あの子は、さっきの高密度弾幕で障壁シールドを張らせるつもりだった。

 このタイミングでの特攻は計算違いのはず。だから今しか無い。この状況に対応される前に、距離を詰める。


 この後、魔力砲は必ず来る。それを凌いでも、距離が離れ過ぎてたらすぐには反撃できない。

 それじゃダメだ。発射後の一瞬の隙を突けなきゃ、それで終わり。


 1メートルでも、2メートルでも、とにかく前へ。

 正面から魔力弾が来るけど、いちいち避けてたら時間の無駄だ。ほんの少しだけ右に寄って、左手で弾く。


 魔力弾はまだ来る。まだまだ来る。くそっ、対応が早い。乱射してたのを一点集中に変えてきた。

 まだ距離は50メートルはある。ここで落とされてなるもんか!


 今度こそ軌道計算! 今回はさっきの経験があるから精度も上がってるはず!

 全部弾く必要はない。なるべく多く弾ければいい。狙いを定めて――魔力弾発射!


  ――バチィッ!バチバチッ!バチィッ!


 上出来! 1発の魔力弾で4発弾いた!

 漏れたのは2発。片方は多分追尾弾ホーミング追尾弾ホーミングの方は左手で弾いて――もう片方は体を捻って直撃だけ避ける。


  ――ビシッ!


 右足に当たったけど大丈夫。速度は落とさない。さぁまだまだ来る。もう1発、魔力弾発射!


  ――バチンッ!バチィッ!バチバチッ!


 よっし、ほとんど弾いた! あとはもう押し通る!


 左肩に向けて1発。これは左手で弾く。右手に当たりそうなのが1発。右手はまずい。体を捻って避ける。

 頭に向けて1発。下から来る弾もあるから沈んで避けるのは無理。左手で弾きながら浮上して下からの弾を避ける。

 頭と左肩に向けて1発ずつ。今度こそ沈んで避ける。――ダメだ、左肩の方は追尾弾ホーミングだ。左手で弾く。


 あと20メートル切った。ここで――来る!

 杖を振り下ろした。魔力砲だ。迎え撃つ。障壁シールド、展開!


 魔力の壁を構築する。

 でも今までと同じじゃダメだ。全身を覆うサイズの障壁じゃ魔力が持たない。


 発想の転換だ。

 あの魔力砲を防ぎ切れて、反撃の余力も残せるギリギリのサイズで障壁を張って、それで全身を護る。


 そもそもあれを防ぎ切るには、壁じゃダメだ。

 受け止めるんじゃなくて、受け流す感じで――こうだ!


 底面の一辺が50センチくらいの四角錐。

 これに俯せの体勢で全身を隠す。


 本邦初公開・角錐障壁ピラミディオン


 そして構築完了とほぼ同時に――閃光に包まれた……!

 肩幅結構ギリギリ……! でも持ちこたえてる! まだだ……まだまだ!


 障壁の強度自体はさっきまでと変わってないけど、この形は正解だ。

 受け流す形だから、負担が全然違う。


 外っ側がちょっと削れてきたけど、まだ余裕!

 内側に行くほど頑丈だ。そっちはまだまだびくともしてない。でも肩がちょっと熱くなってきた……かも?


 いや、結構熱い。外っ側かなり削れてる。

 でも知ったことか! 肩が焼けたからなんだ! もう少しだ! もう少しで抜ける!


 光の奔流が――通り過ぎた! 今だ!


 加速。加速。加速!

 残り20メートルの距離を一気に詰める!


 呆然としてるね? 正直あたしだって信じらんないよ。やればできるもんなんだねぇ。

 それじゃあ、ここで決めさせてもらうよ。空圧球スフィア生成!


 この子は強力な防御強化をしてる。

 並の攻撃じゃろくなダメージは与えられないだろうけど――これなら。


 防御強化は打撃には強いけど、体内に響く衝撃には結構弱い。

 リョーコと何度もやり合って、何度も何度も思い知らされてるからね。


 零距離からの破裂バースト。これなら体内に直接衝撃を叩き込める。

 これで気絶させられれば――って、げぇっ!


 あの子も空圧球スフィア……しかも両手に1つずつ。でかい!

 それを目の前で叩き付け……ちょっ! 待っ!


  ――ッバァァァァァァァァァン!!!


 うっ、ぎっ……! 無茶苦茶だ……っ!


 咄嗟に自分の空圧球スフィアで相殺したけど、それでも――結構飛ばされた。

 20……25メートルくらいか。早く、距離を詰めないと……っ。くそっ、魔力が減り過ぎてうまく飛べない……っ。


 それにしても……あんなことしたら自分だってただじゃ済まないはず。

 なんって執念……? いや、あれは――


「…………なくちゃ。……たなくちゃ。勝たなくちゃ。勝たなくちゃ。勝たなくちゃ勝たなくちゃ勝たなくちゃ」


 うわごとのように繰り返してる。

 あれは……勝利への執念なんかじゃない。敗北への、恐怖。


 あなた……この勝負で負けたら、一体どんな目に遭わされるって言うのよ……?

 とにかく。あたしは、あなたのためにも勝たせてもらう。もう一度、接近、して…………あ。


 魔力砲台サテライト。20基。あ……ヤバい。

 早く、距離を……、詰め…………あ……。


 20基の魔力砲台サテライトが、一斉に火を吹い――


 ダメだ。


 一瞬で悟った。これはもうダメだ。

 弾幕なんてレベルじゃない。壁だ。壁が迫って来る。


 敢えて威力を落としての超高速連射。それが砲台20基から。

 無理だ。こんなの避けきれない。


 じゃあ障壁シールド張る? でも張ってどうなる?

 残り少ない魔力が一瞬で空になって終わり。どうにもならない。


 もうどうしようもない。何もできない。

 打つ手が――無い。為す術もなく、光弾の濁流に飲み込まれて――


 これが、あたしの、限界……? 絶対助けるだとか言っといて、これで、終わり……?

 そんな……そんなの…………そんなわけ、あるかっ!


 何か――何か打つ手は――


 ……あった!

 打つ手があった!


 顔の前で両手を交差する。と同時に全身に激しい衝撃が打ち付ける。

 痛い。全身が痛い。もう全身痛くないところなんて無い。でも――耐えられないほどじゃない!

 頭にだけ当たらないようにすれば、多分どうにかなる!


 あなた、最後の最後で悪手を打ったね?


 回避させないために? 敢えて威力を落として?

 弾幕密度を上げた? 敢えて威力を落として?


 威力落としてくれてるんだったら――避ける必要ないじゃん!


 こんなのは、ただ痛いだけ。痛いだけなら耐えられる。

 あなたが今まで味わってきた苦しみは、こんなもんじゃなかったんでしょ?

 だったらあたしだって耐えてみせる!


 ……そういや、マキと約束したっけ。無茶なんてしない、って。

 ははっ、ごめんマキ。ちょっとばかし、無茶させてもらうわ。


 さぁここが正念場だ由利子。歯ぁ食いしばれ!

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