第32話 西園寺みちるは諦観する

 思っていた以上に、手こずってしまいました。普通ならとっくに勝敗が決まっているところです。

 魔力砲を防ぎきれずに倒れているか、あるいは諦めて降参するか。

 ここまで粘られるとは思っていませんでした。


 ですが、次で終わりです。次の魔力砲で、あなたは終わりです。


 ですがまずは――魔力砲台サテライト設置。

 今までと同じ。16基は通常の魔力弾。残り4基は追尾弾。一斉に発射。


 ……相変わらず、見事に避けてくれますね。

 ですが、今回は罠を仕掛けます。これで確実に勝たせてもらいます。


 唯一勝機があるとすれば、私が魔力砲を撃つ前に特効を決めること。

 ですが、それはあなた自身の首を絞める行為でもあるんです。


 この魔力弾の嵐を避けながらの特攻だなんて、控えめに言って無茶です。

 無茶をすれば隙ができます。そこを確実に狙い撃ちします。


 それとも、どうにかして魔力砲を耐え切ってみるつもりですか?

 残念ながら、無理ですよ。私はあなたの魔力残量を正確に把握しています。絶対に耐え切れない威力の魔力砲を撃ちます。


 確実に、勝たせてもらいます。

 私は負けるわけにはいかないんです。



  …………━━━━━━━━━━━━



 受験が終わって、季節も変わって。

 なんとか志望校には合格しましたが、新生活どころではありません。

 時間に余裕はできましたが、心に余裕はできません。


 それでも、気が付くと私の勝率は上がってきていました。

 全勝とはいかないものの、7割くらいは勝てるようになって――でも、平穏は訪れませんでした。


 あの人の中で何かが、何か、タガが外れるようになってきていました。


 あの人と一緒に魔獣退治に行くこともありましたが、他の魔法少女と出会えば契約戦プロミスもします。

 その際に、相手に不穏当な発言をしてしまうこともしばし。

 それで私たちの関係性に気付いてしまう人も、稀に出てくるようになりました。


 とはいえ基本的には問題ありません。

 大抵は私たちが勝ちますし、たとえ変な噂が立っても、その地域にはもう行かないようにすればいいだけですから。


 ですが、問題が起こりました。

 その人たちは正義感が強く、そして魔法少女としても強かったのです。

 私たちは2人とも負けました。そして――


契約締結プロミスリンク。その子に課している契約を破棄しなさい」

契約締結プロミスリンク。もうあんな人の言うことは聞いちゃダメだよ」


 ようやく救われたと思いました。

 私の悪夢の日々がついに終わるのだと。


 現実は――そう甘くはありませんでした。どちらの契約も無効になったのです。

 どうしようもありません。私がこの契約から逃れることはできないのです。


 結局その人たちは、せめてもの、ということで暴力だけは振るわないよう契約を交わして行きました。

 おかげでそれからは痛い思いだけはしないようになりました。とはいえ、相変わらず無茶な要求はしてきます。


「おいみちる、魔法具を作れるようになっておけ。その場ですぐに、5分で作れるように、だ」

「ま、魔法具を5分で……? そんな、無理です。慣れてる人でも30分は掛かるって――」

「いいからやれ。出来るようになれ。いいな?」


 でも、契約のおかげで暴力だけは振るわなくなったのです。

 そう。それからしばらくの間だけは。


 その平穏とすら言えない仮初の平穏も、長くは続きません。

 『暴力を振るうな』というのも、言ってしまえば行動の制限であり、束縛の一種。

 契約が有効だったのはたったの1週間だけ。


 期限が過ぎれば、今まで通りの悪夢の日常。

 そして問題だったのは――悪夢の内容が悪化したこと。


 1週間とはいえストレスの捌け口を無くしていたせいで、あの人の機嫌は最悪でした。

 今までは傷痕が残らない程度の暴力でしたが、その日はつい、やり過ぎてしまったのです。


 幸運なことに、私の治癒魔法は非常に強力で、傷痕はすぐに消えて無くなりました。

 そして不幸なことに、『やり過ぎても問題ない』ということがあの人に知られてしまったのです。


 その日から、機嫌の悪い日はいつも、『やり過ぎ』るようになっていました。


 嫌だ。

 もう嫌だ。

 痛いのはもう嫌だ。


 私は泣き叫びました。

 助けが来ないのはわかっていましたけど、それでも、泣き叫びました。

 せめて私の痛みが、苦しみが、少しでも伝わって手心を加えてもらえれば、と思って。そして――


「うるさいな……。悪いのは君の方だろう? いちいち泣くな。鬱陶しい。」


 そして私は、泣くことすら許されなくなりました。



  ━━━━━━━━━━━━…………



 どんなに痛くても。苦しくても。

 泣くことすら許されない辛さが、あなたに分かりますか?

 分からないでしょう?


 そう言えば、あなたもさっき、私を助けたいだなんて言っていましたね?

 残念ですが、それは無理です。この契約は、破棄することができないんです。


 そして――大変心苦しいですが、正直なところ、迷惑です。

 下手に希望を持たせないでください。希望なんてものは、簡単に絶望へと変わるんです。


 それなら最初から希望なんていりません。

 希望が無ければ、これ以上絶望することも無いんですから。


 …………。


 本当は、少し嬉しかったんです。

 でも、希望を持ってしまうと、却って辛くなるので……。

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