第30話 沙々霧涼子は観戦する

 向こうは、派手にやり合っているようね。

 視線を向けるまでもなく、轟音と振動と閃光がここまで届いて来るわ。


「あんなものに巻き込まれたらただでは済まないわね」

「そうならないようしっかり言ってあるから、心配することはないよ」


 そうなったら、反則で負けてしまうものね?

 ……と胸中で呟きつつ、さて困ったわ。完全に膠着状態に入ってしまったようね。


「それはそうと、来ないのかい?」


 それはこちらの台詞なのだけれど。まあ、お互い様なのだから仕方ないわね。

 開始と同時に様子見で打ち合ったのを最後に、お互い攻めの手を止めてしまっている。


 決して弱くはなかったけれど、差し当たって負ける要素は見当たらなかったわね。

 相手の方も技量差に気付いたでしょう。


 私の戦型は相手に攻めさせての後の先。

 こちらから攻めることもあるけれど、それは基本的に牽制の意味合いが強い。


 対してあちらはというと、完全に守りに入ってしまっている。

 というより時間稼ぎかしら。何かを待っているようね。


 両の手に剣を持ち、左手を前に伸ばしている。もっとも、剣とは言っても刃が付いているわけではないのだけれど。

 こういった武器を魔力で生成する場合、強度を保ったまま薄く、あるいは細くするには相当な魔力が必要らしいと聞いたわ。


 左手で間合いを測りつつ、右手はこちらの攻撃を捌くために引いている。

 重心はやや後ろ。いつでも下がれる構えね。やりづらいわ。


 なんにせよ、これでは動くに動けない。仕方ないわね。あちらに動いてもらうことにしましょう。

 腹芸はあまり得意ではないのだけれど。


「あの子、大したものね」


 先程の質問には答えず、話題をあの子に戻す。


「初心者という話ではなかったのかしら?」

「すまないね。申し訳ないけど、勝たせてもらう」

「責めるつもりはないわ。とはいえ、あれでは分が悪いわね」

「当たり前だ。みちるの強さだけは認めているからね」


 強さ以外は認めていないということかしら? 冷たいわね。

 まあ、それはそうと。


「認めている、とはおかしな話ね。どうしてそんなに上から目線なのかしら?」


 ここからは少し小馬鹿にした感じで。さて、うまくできるかしら。


「あの子、あなたより強いのでしょう?」

「……なんだって?」


 図星を突かれて露骨に不機嫌になったわね。感情が表に出過ぎているわよ?


「まあ最初はあなたの方が強かったんでしょうけれど。いつの間にか抜かれてしまっていたんでしょうね」

「……」

「だからあなたはあの子を恐れている。あの子に下剋上でもされたら大変だものね?」

「……わけのわからないことを。僕はAランクでみちるはBランク。それが全てだよ」

「あらごめんなさい。私は解析アナライズ?という魔法は使えなくて。そう言えばそんな話をしていたかしら?」


 Aランクと言えば実力者だけがなれるエリートランクと聞いている。

 はて、エリートと言うならばむしろ、あの子の方がよほど相応しい逸材ではないかしら。


 魔法に疎い私でも分かるわ。あの子の魔法は洗練されている。

 先日戦った猫のような子とは――申し訳ないけれど格が違うわ。二段も三段も。

 そして目の前にいるこの人からは、残念ながらそこまでの格は感じない。となると考えられるのは――


「でもそれって、あの子の手柄をあなたが独り占めしてきただけなのではないかしら?」

「…………」

「だいたいあなた、大して強くはないでしょう。私にだって勝てる自信が無いからそうやって――」


 半歩左へ体を捌く。突き出された剣が頬を掠めるように通り過ぎ――

 私の間合へようこそ。


 右足で踏み込みながら右拳を突き出す。拳は鳩尾へ吸い込まれ、鈍い衝撃を埋め込む。


「――っぐ」


 耳元で聞こえる呻き声は無視して、右足を引き戻す。

 同時に拳を開いて掌を相手の脇腹に当て、一瞬の溜め。


「 震 天 ! 」


 相手の体が後方へ飛ぶ。

 ――が、浅い。打撃の瞬間に自ら後方へ跳んでいた。


 それでも体勢は崩させた。追い打ちを掛ける。縮地で間合いを詰めながらの――


「 瞬天牙シュンテンガ! 」


 開いた右手の指を真っ直ぐ伸ばし、親指だけ直角に広げる。

 その付け根の部分で相手の喉元を穿ち、更に頸動脈も挟み込んでダメージを与える。

 少しばかりえげつない技なので由利子には使ったことが無いのだけれど――防がれた。


 咄嗟に引き戻した右の剣で親指の付け根を止められたわ。

 木刀のような感触。ほとんど鈍器ね。


 でも武器としては非常に優秀ね。高い強度を持ちながら、その重量は無いに等しい。

 そのため、防御に使われると非常に厄介でもある。


 攻め切れない。ならば崩す。


 ――壱の呼吸・虎咆こほう


「 破ァッ! 」

「――!」


  ――パキィィン!


 放たれた音速の衝撃が――防がれてしまった。咄嗟に障壁を張られたらしい。


 咄嗟に張ったせいだろう。薄く脆く、薄氷のように一瞬で割れた。

 でも、音撃を防ぐにはこれで十分。勘がいいわね、あなた。


 なるほど、決して弱くはない。守りに入られると攻め切れない程度には。

 ……面倒ね。


「ここまでにしましょう」

「……?」


 こちらの言葉を訝しんでいるようね。

 まあそれもそのはず。一応はこちらが押していたのだものね。


「一旦保留にしましょう。悪くない提案のはずよ。あなたは時間を稼ぎたいのでしょう? 目的まではわからないけれども」

「だからこそ理解できないね。君に何のメリットがある?」

「逆よ。続けるメリットが無いの。今ので攻めきれなかった時点で正直めんど――もとい、決め手が無いのよ」


 そう、メリットが無い。私がこの勝負に勝っても意味が無いのだ。

 あの子を助けるのならば、あくまで由利子があの子に勝たなければならない。

 むしろ半端に追い詰めることで自棄を起こされても困る。


「このまま続けても消耗するだけだもの。だから勝負は一旦お預けということで」

「いいのかい? みちるを助けるとか言ってなかったっけ?」

「……聞こえていたの?」

「聞いていたのはみちるだよ。魔法で情報を共有していたのさ」

「そう」


 聞いていたにしては、反応が薄過ぎる。つまり、助ける方法など無いと思っているのだろう。

 だから余裕を持っていられる。それはむしろ都合がいい。あとは下手に刺激しなければいいだけだ。


「なんにしてもこのまま続けても不毛だもの。おおかたあの二人の決着が着くのを待っているのでしょう? なら私もそれを待つわ」

「まさかとは思うけど、君の相棒がみちるに勝てるとでも思っているのかな?」

「……どうでしょうね。正直なところ、由利子は頼りないことこの上ないわ」


 ああ全く頼りない。


「なんかヘラヘラしているし詰めが甘いし。明日から本気出すなんて言って一体いつになったら本気を出してくれることやら」


 今まで由利子の本気なんて見たことが無いのよね。

 最初の契約戦も、今思えば必死ではあったけれど本気ではなかったわ。


「挙動不審だし、たまに言動もおかしいし。なんかいやらしい目でこちらを見るし、いつも変な汗をかいているし」

「それはもうただの愚痴だよね」

「ええ、愚痴よ。ああ、あと読書くらい静かにできないものかしら。突然大声で笑い出されると仰天するわ」


 とりあえずこんなところかしら。少しスッキリしたわね。


「でもあの子、隠れてこっそり特訓なんてしているのよ。気付いていないとでも思っているのかしら」

「……結局何が言いたいんだい?」

「あら失礼。話が逸れてしまっていたわね。悪いけれどこの勝負、勝つのは由利子よ」

「……うん?」


 理解できないというような顔をしているわね。

 まあそうでしょうとも。私自身、理屈で言っているわけではないもの。


「初めて見るのよ。あんなに本気の目をしている由利子は」


 私には一度も見せたことがない顔をしている。

 恐らく、由利子は自分自身のためには本気を出せない。というより出そうとしない。

 由利子が本気を出すのは誰かのため――つまりそういうことね。


「だから、勝つのは由利子よ」


 私との契約戦では一度も本気を出したことが無いくせに。

 なんだか少し妬けるわね。

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