第26話 高梨由利子は解放される
はー。マキ、全然変わってなかったなー。
っていうかあの
でまぁ、今日試してみたのは契約そのものではなく、契約内容への干渉。
リョーコの服を洗うのをやめるよう、命令してもらった。
でもこれで契約に干渉できているかどうか、まだわかんないんだよね。
一度帰って、服を洗わずにいられるか確認してみないと。
マキのおかげで効率は良くなったはずなんだけど……もどかしいなぁ。
それにしても、この話してる時のマキ、微妙な顔してたな。
そりゃそうだよね。パンツだもんね。いや服だけど。ほんと何やってんだろうな、あたし。
まぁとにかく早く帰って、確認してみよっと。
破棄できてるといいな~。
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そう思っていた時期があたしにもありました。
今日も今日とて洗ってます。
何をって? パンツです。リョーコのパンツ。
いろいろやってみたけどダメでした。契約は今もまだ続行中です。うふふ。
今ではもう無心で洗えます。慣れたもんですよ?
あれからもう1ヶ月経ちましたからねぇ。夏休みももうすぐ終わりですよ。
最初の頃は心拍数が毎分150回くらい行ってましたけど、今は100回くらいですね。
落ち着いたもんでしょう?
…………。
いやいや無理無理落ち着くわけない。
しっかし、気が付いたらなんか夏休み入ってからほぼ毎日来てるような気がするぞ?
ひょっとしてあたし、リョーコに入れ込んじゃってる……?
いやいやそれは無いでしょ。だってあたしの理想は美人で優しいお姉さんだし?
リョーコは美人だけど甘えさせてはくれないんだよね。容赦ないし厳しいし。
なんかすぐネガティブになるし。
来れない日があるとすっごい悲しそうな顔するし。
……そう、これはリョーコのため! 笑顔にしてやるって決めちゃったからね!
決してあたしが入れ込んでるわけじゃないんだ! ふぅ、自己解決。
って言うかそろそろまずい。
マキが手伝ってくれるの夏休みの間だけだし。
さすがに新学期始まっちゃったらマキに頼むわけにいかなくなるからなー。
今のうちになんとかしないと。やばい、どうしよ。
とりあえず分かったのは――
第三者からリョーコに対して『契約を破棄して』は無効。
同じく第三者からあたしに対して『契約に従うのやめよう』も無効。
そして『他人の服洗うのやめよう』で間接的に契約に干渉するのも無効。
『パンツ洗うのやめよう』でパンツだけ除外するのもダメだった。
他にもダメ元でいろいろやってみたけど全部ダメ。
ちなみにこの、『契約を破棄して』は普通の契約だったら破棄できちゃったりする。
でも今のあたしみたいに相手が同意しちゃってるケースだと駄目になっちゃうらしいんだよね。
まぁあたし自身が同意しちゃってるんだから、部外者が口出してもどうしようもないって言われたらそうなんだけど。
でも最初に同意しちゃったらもう取り下げらんないって、それもひどくない?
同意……取り下げ……ん?
あれ? ひょっとして……?
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破棄、でき、たぁー!
破棄できた! 破棄できた!
契約そのものじゃなくて、あたしが同意したという事実を取り下げさせてもらった。
元々は同意が無ければ成立しないはずの無茶な契約だからね。
同意が取り下げられれば契約も成り立たなくなるってわけだ。
なお、同意したあたし自身から一方的に取り下げるのはさすがに無理だった。
だからまたマキに協力してもらった。
第三者からあたしに対して『同意を取り下げて』って形でね。
しかしまぁ、あるもんだね。仕様の穴。こればっかりは委員会の手抜きに感謝かな。
ガッチガチに仕様固められてたらどうにもならなかったかも知れないからねぇ。
ともあれ、これで理不尽な契約に苦しめられてる子を助けてあげられるようになったわけだ。
でも
相手が格上だと勝つのは厳しいし、逆に相手が初心者だったりするとそもそも
やっぱりルールの方をどうにかしてもらわないと根本的な解決にはならないのよね。委員会仕事しろ。
「まぁ、これでようやく肩の荷が下りたわ。リョーコも手伝ってくれてありがとね」
「お安い御用よ。別に何か負担があったわけでもないのだし」
あたしはメンタルゴリッゴリに削られたけどな!
でもいざ解放されたと思うと……なんか逆に落ち着かないな。
もっとパンツ洗いたいって言うか……いや思ってないよ!?
……そんなこと思ってないからね?
「せっかくだからもう一つの実験もやってしまいましょう。もう一ヶ月経っているわよね」
「あ、あー、あれか」
実験始めてからもう1ヶ月経ってるね。そんで当然のように1回も勝ててないんだよね。
「契約内容なんでもいいの?」
「内容はなんでもいいわ。これは私の方から頼んだものなのだし」
へぇー。何でもいいんだ。へぇー。
そ、そういうことなら……フヒヒ……。
ここ数年ご無沙汰だったアレ、やらせてもらっちゃらぁ!
ラクロス部の優しい先輩さんがご褒美でやってくれた、アレ……!
「ひ、ひひ、ひ……、膝枕とか……してもらっちゃおっかな……?」
永遠の夢……! 究極の癒し……!
え、他に何かあるだろって? うるせーあたしにはこれが限界なんだよ!
「膝枕、ねえ。まあいいわよ」
「おっしゃァー!」
「ではどうぞ。早くいらっしゃい」
で、では失礼して……体育座りのようにして立てている膝の上に頭を――
「なんで膝立ててんだよぉ!?」
「……? 膝を枕にするのでしょう?」
「膝じゃなくてフトモモ! フトモモを枕にすんの!」
「おかしなことを言うわね。それでは太腿枕になってしまうわ」
おいィ!? ちょまっ、膝枕知らないの……?
「えっ、ちょっ、リョーコひょっとして膝枕とかしたこと無いの?」
「あるわよ。首を鍛える修行でしょう? 子供の頃にやっていたわ」
「ちっげーよ!? どんな風習だよ!?」
「ほら、わけのわからないこと言ってないで、早くしなさい」
あ゛ーーーーッ!! 待って待って痛い痛い!
くっっっそ! 何年振りかの膝枕がこんななのかよォ!
認めねぇー! こんなのぜってぇー認めねぇー! 癒しを……癒しを寄越せぇぇぇぇー!
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あー、首が痛い。けどまぁ、アレはアレである意味ご褒美と言えなくも……いやいやいや。
まぁそれは置いとくとして。
ふーーーー。落ち着いた。
なんかいろんなものから解放された気分だね。いや実際解放されたんだけど。
今日からはもう、リョーコの服を洗う必要は無くなったわけだ。
つまり……! リョーコのパンツから……! 解放されたわけだ……!
あー、煎餅うめぇ。ボリボリボリ。
平穏な日常を噛み締めながら煎餅を頬張る。平穏サイコー。
「羊羹切ってきたわよ」
「あー、甘いもんも欲しかったんだー」
あー、羊羹うめぇ。もっちゃもっちゃ。
ちゃぶ台に突っ伏しながら顔だけ横に向けて羊羹を頬張る。
「由利子。お行儀が悪いわよ」
「今日ぐらいいいじゃーん」
一仕事終えたばっかなんだからさー。
「シャキッとしなさい。最近不穏な噂もよく聞くじゃないの」
「わかってるってば」
ちゃーんと明日から本気出すからさー。
というかまぁ、実際あまり気を抜いてられない。
あくどい手段を使う魔法少女が出没してるらしいのだ。
あくどいと言っても、やってること自体は普通の
ただ、普通なら辞退されるくらい実力差のある相手に、うまく実力を隠して
そして圧倒的な実力差でボッコボコにして契約を取り付けるわけだ。
聞いた話だと魔力量を少なく見せてるらしいんだけど……そんなことができる魔法をあたしは知らない。
魔力を完全に隠蔽しちゃう魔法ならあるから、それを元に改良したんだろうけどね。
でも魔法の改良って簡単にできるようなことじゃないから、それができるってだけでも相当な実力者のはず。
幸い、この近辺ではまだ確認されてない。でもいつ来てもおかしくない。気を付けないと。
「負けるとマギリアを奪われてしまうらしいわね。そんなに欲しいものなのかしら」
「そりゃあ、ね」
マギリア。魔獣を倒すことでもらえるポイント。
溜めるといろんな物がもらえたり、個人の魔法では実現不可能なことをしてくれたり。
そりゃあ欲しい人は欲しい。そして何より――
「例えばさ。お金持ちのお嬢様が魔法少女になって、お金じゃ手に入らないものがマギリア支払えば手に入ると知ったとする。その子はどうすると思う?」
「地道に溜めるしか無いのでは……? まさかそういう子があくどいことをして奪っているとでも言うの?」
はいブッブー。
「正解は『お金でマギリアを買う』でした。伝手さえあれば、マギリアはお金に替えられるのよ」
「……合点がいったわ。お金が絡むとろくなことが無いわね」
まったくだ。メルヘンやファンタジーの世界が一瞬で生々しくなってしまった。
「でもまぁ、元々プリペイドカードとかに替えることはできるんだけどね。あたしも遊ぶお金はこれで稼いでるし」
「仕送りのお金で遊んでいたわけではなかったのね」
「それは生活費にしか使ってないよ。遊ぶお金は別。でまぁ、そんなのとはレートが全然違うわけよ、何倍も」
「そういう伝手を持っている人が、お金のためにあくどいことをしているというわけね」
「一応建前では禁止されてるんだけどね。積極的に取り締まったりはしないみたいなんだよね」
なんだかんだで一部の魔法少女のモチベーションになってるわけだからね。
委員会としてはモチベ維持の方が大事なのよね。
「ついでにもうひとつ、怖い話してあげる。メルヘン症候群って知ってる?」
「知らないわね。何かしら」
「夢見がちな子とかに多いんだけど、魔法なんていう非現実的な力を手に入れたせいで夢と現実の区別がつきにくくなっちゃったりするのよ」
「なんとなく、わからないでもないわ」
「そうなると判断能力も鈍っちゃうからね。そういう子がうまく言いくるめられて理不尽な契約とかされちゃったりするんだけど――」
本当に怖いのはここからなんだ。
「これね、加害者の方も罹っちゃうのよ」
これが問題なんだ。加害者側が正気ならまだいい。いや決してよくはないんだけど。
それでも適当なところでブレーキが掛かるから最悪の事態にはならない。
「都合のいい契約が成立して、なんでもかんでも思い通りになって。そのうち本当になんでもかんでも思い通りになると思い込んじゃうようになるの」
そうなるともう、どうにもならない。
自分でブレーキを掛けられなくなる。行くところまで行ってしまう。
「怖い話ね」
「今も苦しめられてる子はいるはずなのよ。あたしはそういう子を助けてあげたい」
そのための方法も、ひとつ見つかった。
でも、あの方法だと相手が
その上で、あたしが勝たないといけない。
「あたしももっと強くなんなきゃいけないかなぁ」
「あなた十分強いじゃないの。以前にも言ったでしょう?」
「……全然そんな気しないんだけど?」
「だってあなた、私以外の魔法少女には普通に勝てているじゃないの」
いやまぁ、リョーコ以外の子が相手なら戦績いいんだけどね。
でもそのリョーコとの戦績がね? 今んとこ30戦以上やってて全敗だからね?
「リョーコもたまには勝たせろよぉー」
「何度か勝っているじゃないの」
「それ全部八百長じゃんかよぉー。そんなんで勝っても嬉しくないー」
「それなら実力で勝ってみることね」
くっそぉー、涼しい顔で言いやがったなー?
こうなったら秘密特訓とか始めようかな。
やっぱあたしが強くなんなきゃダメだもんなー。
リョーコにだっていつかホントに勝ちたいし。
「課題は多いなぁ」
「そうね。あの実験も、更なる検証が必要だものね」
「え?」
検証? え? なに?
「あの方法での破棄は、細かい条件が変わっても有効なのか、調べておく必要があるでしょう」
「え、あるの?」
「当然よ。とりあえず契約内容がもっと軽い場合、逆にもっと重い場合かしらね」
「あ、うん」
「彼我のランク差なんかも関係してくるかも知れないけれど……これを検証するのは難しいかしらね」
えっ、ちょっ、何回実験すんの? え、マジ?
「でもここ暫く由利子の負担が多過ぎたようだし、次は軽い内容の契約で試してみましょうか」
「そ、そうしてもらえると助かるかな……」
「では次から洗ってもらうのは下着だけにしましょう。服は大変だものね」
「なんでそっちなんだよォォォォイ!?」
ってか洗濯から離れろよ!?
なんか他に無いの!? ねぇ、無いの!?
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