第21話 西園寺みちるは王子様と出会う

「君に、一目惚れしてしまったらしい」

「……えっ」


 一目……惚れ? 王子様が、私に……?

 そんな……それじゃあ、本当に運命の出会いじゃないですか……!


「ごめん。変なことを言ってしまったね。忘れてくれ」

「……あっ」


 違うんです! 言葉が出ないのは、気分を悪くしたとかじゃないんです!

 何か……何か、言わないと……!


「あ、あの!」

「……? なんだい?」


 言わないと……! 言わないと……!


「わ、私も、なんです! 私も、あなたに……」


 言わないと!


「あなたに! 一目惚れ、してしまったんです! あなたは、私の理想の……王子様……」


 言って、しまいました……! 勇気を振り絞って、言いました!

 そして俯いていた顔を上げると――


「嬉しいよ」


 王子様が、笑顔を向けてくれています。私もです。私も、嬉しいです。


「僕は如月可憐きさらぎかれん。似合わないよね。君みたいな可愛らしい子にこそ相応しい名前なのに」

「そんな……。素敵な名前だと思います」


 でも実際、あまり可憐っていう感じではないですよね。

 もっと凛々しい感じの名前をイメージしてました。


「ありがとう。よかったら君の名前も教えてもらえるかな?」

「あ、わ、私は……西園寺みちると言います」

「みちる、か。名前も可愛らしいね。似合ってるよ」

「あ、ありがとう、ございます……」


 私の理想の王子様。運命の出会い。

 夢にまで見ていました!


「よかったら、ここまで来てもらえるかな? 恥ずかしながら僕は、飛ぶのはあまり得意じゃなくてね」

「はっ、はい!」


 言われるままに、王子様に向かって。

 少しずつ、少しずつ。近付くたびに、胸の高まりは、どんどん大きくなって。

 頬が、顔中が熱を帯びているのが、自分でもわかります。


 王子様の目の前まで来ると、左手を差し出してきました。

 恐る恐る右手を伸ばし、その手を取ると――


「捕まえた」

「きゃっ」


 少し強引に手を引かれて、抱き寄せられてしまいました。

 ああ、私、今、王子様に抱きしめられてる……。


「ごめんね。僕は少し、独占欲が強くてね」


 いたずらっぽく笑いながら。

 でも、そんな子供っぽい仕草も魅力的で。


「このまま君を、独り占めしていたい。でも――」

「あっ」


 今度は、放されてしまいました。


「僕は少し、意地悪でもあるんだ。どうせなら、逃げる君を追いかけて捕まえたい」

「……えっ?」

契約戦プロミスをしよう。と言っても追いかけっこだ。君は僕から逃げる。僕は逃げる君を追い掛ける」

「えっ? えっ?」


 契約戦プロミス? 追いかけっこ?

 いきなりのことで、頭が追い付きません。


「君が勝ったら、君の言うことをなんでも聞いてあげよう。でも僕が勝ったら、君は僕のものになってもらう。いいかな?」

「えええっ!?」


 い、いきなり言われても、ど、どうすれば……?

 そんな私の困惑を他所に、王子様は――


「さあ、スタートだ」



  ━━━━━━━━━━━━━━━━



 わ、私は、なんで逃げているんでしょう?

 憧れの王子様に出合えて。しかも両想い……でしたよね?


 それなのに、なんで……?


「ほら、捕まえちゃうぞ」

「ひゃっ!」


 もう、すぐ後ろにまで来ています。

 私も速く飛ぶのはあまり得意じゃないので。

 でも、すぐには捕まえてくれません。


 飛んでいる私を、跳びながら追い掛けてくる王子様。

 そう、跳びながら。ビルの壁を、屋上を、時には魔法で足場を作って。

 一気に距離を詰められたと思ったら、また離されて。すぐにも追い付きそうなのに、わざと追い付かないように。


 なんで? どうして?

 早く捕まえてくれれば、私はあなたのものになるというのに。


 そもそも、私もどうして逃げているんでしょう? 捕まることを、望んでいるのに。

 そう思いながら、同時に――胸が高鳴っているのもわかります。


 ああそうか。これも、私が夢に描いたシチュエーション。


 王子様との追いかけっこ。

 いきなりだったので困惑してましたが、これもまた私の望んだ光景のひとつ。

 今の私はお姫様。お伽話の世界の住人なんです。


 そう思ったら、なんだか楽しくなってきちゃいました。

 今はただ、この追いかけっこを楽しんで――あっ!


 うっかりしてました。もう目の前は結界の壁。端っこまで追い詰められちゃってました。

 み、右? 左? どっちに行くべき――


「はい、残念」

「きゃっ」


 いつの間にか、すぐ真後ろにまで来ていたようです。捕まってしまいました。

 本当に残念。追いかけっこはもう終わり。でも、いいんです。だって、きっと――


「さあお姫様。観念していただけましたか?」


 そう言いながら、王子様の顔が……お顔が、近付いて、きます!

 捕まってしまった私は、これからどうなってしまうんでしょう。

 想像しただけで、胸の高鳴りが止まりません。


「はい。私の……負けです……」


 そう、これからが。

 これからが本番なんですから。

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