第20話 高梨由利子は洗わされる

 契約戦プロミスの仕様の把握。

 一応マニュアル的なものもあるにはあるんだけど――細かい部分は不明な点が多い。


 というか度重なる仕様変更のおかげであっちこっち穴だらけ。

 そういう仕様の穴は悪用の元だから、把握しとくに越したことは無いわけだ。


「私もいくつか気になっている点があるのだけれど、ついでに調べさせてもらってもいいかしら?」

「いいよー。むしろどんどんやってこ」


 とはいえ2人だと出来ることも限られてくるんだよねー。

 まぁ出来る範囲だけでもやっておいて損は無いからね。


「とりあえず、聞いた話だと八百長でも契約は有効らしいよ」

「そう。ではそれは試さなくても良さそうね」

「だね」


 ……あっ。いや待て、ちょっと待て。


「やっぱ待って。あくまで聞いた話だし、試してみた方がいいんじゃないかな?」

「……何を企んでいるのかしら?」


 ギックゥゥ!


「な、何も企んでなんていないですよ? 八百長で勝たせてもらって散々辱められた仕返ししてやろうだなんて考えてないですよ?」

「辱めた覚えなんて無いのだけれど」


 だからいい加減自覚しろよチクショー!


「変なこと考えてないで、始めるわよ」

「ええい、やったるわー!」


 ……………………


 …………メゴッバシッゴンッ


「まずは私の一勝、通算で四勝目ね」

「こ、これで勝ったと思うなよ……」


 う、裏拳が思いっきり顔面にめり込んだ。

 しかもそこから足払いされてこかされて思いっきり後ろ頭ぶつけた。痛い。泣きそう。


「では早速だけれど、私の実験からいいかしら? 簡単なものなのだけれど」

「いいよ。簡単なのからやっちゃおう」

「では今回は契約締結しないでおいて、次に私が勝った時に2回続けて行使できるかどうか、試してみましょう」

「ほう」


 えっ、なに? 次も続けて勝つつもりでいんの?

 そう何度も何度も負けてやんねーかんな!



  ━━━━━━━━━━━━━━━━



 あああああやばいやばいまた距離詰められた! 胸に手当てられた! やだエッチ!

 じゃなくてアレが来るあのズドンっての来ちゃう!


「 震 天 ! 」

「んぎょあっ!」


  ――バタン


「また私の勝ちね。では今度こそ契約しましょうか」

「ああああああなんか凄い勢いで負けてくー!」


 や、やばい。戦績やばい。もう0勝5敗?

 いや元々勝てる気してないけどさ、5回に1回くらいなら勝ててもよくない?


「でも何をお願いしようかしら? まあ別になんでもいいのよね」


 ふむ、と考える仕草をして。


契約締結プロミスリンク。今日のぶんの洗濯を由利子にやってもらおうかしら」


 洗濯? 家事関係は嫌いじゃないし、それくらい――


「ちょっと待って。ひょっとして、パンツも?」

「当たり前じゃないの」


 いや、無理無理無理無理。この前それで死に掛けたんですけど!?


「今日はもう遅いことだし、もう契約戦もしないわよね? 早速洗ってもらいましょう」


 ヒィィ! しかも脱ぎたて!?


「待って待って、勘弁して。いやほんと、きついっす! マジきついっす!」

「何もそんなに嫌がらなくても……はっ」


 リョーコさん、なにやら合点がいったご様子。

 気付いてくれた? くれたよね?


「そうよね。年頃の女子は父親の下着と一緒に洗濯されたりするのを嫌がるというけれど、それと同じようなことなのね」

「うん? いや、いやいや!」

「他人の下着を洗濯するだなんて、そうよね。不潔よね。ごめんなさい。配慮が足りなかったわ」


 ああああああなんでそんな心の底から自己嫌悪しちゃってんの!?

 違うのよ汚いなんて思ってないのよむしろ恐れ多くて触れるのも躊躇ってるだけなのよ!


「やるから! 洗うから! だからそんな風に自分を呪わないで!」

「無理しないでちょうだい。由利子の手が汚れてしまうわ……」

「そんなことないから! 全然違うからああああああ!」


 ……………………


 …………


 せ、説得に20分掛かった……。

 疲れた……。


「じゃあ、大丈夫だから。ちゃんと洗うから」

「ではお願いね。でも、実験でやっているのにあなたにばかり負担が掛かるのはおかしいわよね」


 いやまぁ、正直心臓の負担がマジヤバいんですけどね。

 気を遣ってくれただけでいいよ、もう。


「そうだわ。由利子の服は私が代わりに洗いましょう。これで公平よね」

「なんでそーなんの!?」


 は? あたしがリョーコのパンツを洗って? リョーコがあたしのパンツを洗うって?

 何それ? どういう羞恥プレイ? ピンポイントであたしのメンタルに負担掛かり過ぎじゃないの?


 っていうか、それ以前の問題として!


「ストーップ! 今日は着替えとか持って来てません! それだとあたしの服を洗ってる間あたしは裸で待機することになってしまいます!」

「そう言えばそうね。失念していたわ」


 はい問題発生。無理ですよねこれは。というわけで計画は頓挫しました。よかったよかった。


「下着は私のを貸すとして――」

「なんでだよ頓挫しろよォォォイ!?」


 ってゆーかなんでそんな気軽に人にパンツ貸そうとか考えられるわけ!?

 それで子供とかできちゃったりしたらどうしてくれんの!?


「――そうだわ。服を脱いでから変身すれば裸ではなくなるわよね? 脱いだ服が消えたりはしないでしょう?」

「え? あーうん。多分……」


 多分、それなら問題なくなるだろうけどさ。これもうこの流れで決定なの?

 この前はお背中流しっこして、今日はパンツ洗いっこなの?


「そう言えば、うちには洗濯機が無いのだけれど、由利子は手洗いしたことはあるのかしら?」

「洗濯機がダメな服とかもあるから、やったことあるよ。下着も手洗いだし」

「それなら大丈夫ね。ほら、お風呂場に行くわよ」


 ヒィィィ。結局やるのね……。



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「ではこれ。お願いね」


 ふぐぅぅぅ。脱ぎたてほやほやぁぁぁ。


「湯船に浸かって待っていようかとも思ったのだけど、由利子は私の裸を見て欲情するのよね。それは生理的に嫌だから居間で待っているわ」


 生理的て。いやまぁマッパで湯船から見られてるとか心臓の負担がマッハなんでむしろ勘弁してください。

 というか今の時点で既にヤバい。心拍数毎分100回超えてる。


 と、とりあえず脱ぎたてパンツは命に関わるんでまずはお洋服からお洗いしますね……。

 うぅ……、心なしかお洋服からもいい香りがしてくる気がするぅ……。


 お、落ち着け……落ち着け……。

 そうだ、素数を数えよう。素数を数えて落ち着こう。


 なお、以前数えたのは素数ではなく奇数だった模様。

 い、いや、あれはわざと間違えたフリしただけだし。

 ほんとはちゃんと知ってるんですよ? 素数には2も含まれるんですよね?


 というわけで今度こそ、はい。

 1、2、3、5、7、9、11、13…………ふぅ、落ち着いた。


 さぁ、無心だ……無心で洗え……。



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 あ、洗い、終わっ、たぁぁぁぁぁぁ!

 なんとか生還できた……!


 心拍数も毎分150回がピークでそれ以上は上がらなかったし。

 でもま、これなら慣れればどうとでもなりそうだね。

 なんなら毎日洗ってあげましょっか? なんてウソウソ無理無理。


 まぁとりあえず、今は煩悩と戦う苦行から解放されたわけだし。

 あとはもう適当にくつろいでから帰りま――


「それじゃあ次は私が洗う番ね。さあ脱いでちょうだい」


 ヒィィィィ! まだイベント残ってたぁぁぁぁぁぁ!


「ほら早く脱ぎなさい」

「見られながら脱げるかぁぁぁぁぁぁ!」

「気にすることは無いわ。私はあなたと違っていやらしい目で見たりはしないもの」

「気にするわぁぁぁぁぁぁ!」


 っていうかマジで洗う気なの? あたしのパンツ洗っちゃうの?

 頑固な由利子汚れを念入りに洗ってくれちゃうの?


「いや自分の服は自分で洗うから! 帰ってから洗うから!」

「それでは公平にならないわ。もう仕方ないわね。契約締結プロミスリンク。さっさと脱ぎなさい」


 ああああああああああそれ残ってたんだったぁぁぁぁぁぁ脱がされちゃうぅぅぅぅぅぅ……あれ?


「ぬ、脱がない! やった! 脱がない!」


 契約の強制力が働いてない……! 助かった! 由利子パンツは守られた……!


「むう、どうやら契約は二件以上同時に有効にはならないようね」

「そうだね~。そういうことなら仕方ないね~」

「なぜ嬉しそうなの」


 リョーコさん、なんか不服そう? そんなに洗いたかったの?

 あ、違う。貸し作ったみたいになったのが嫌なんだ。


 でも悪いけどこればっかりは付き合ってあげらんないから! というわけで!


「そんじゃ、帰ったら洗濯しなきゃいけないから、もう帰るね!」

「ちょっと、由利子……」

「はい、また明日ー」


 ごめん、逃げる!



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 ってな感じで逃げるように帰ってしまった翌日。

 び、びみょーに気まずい。


 けど今日も来る約束だからね。お邪魔しまーす……。


「あら由利子。いらっしゃい」


 お、リョーコ機嫌直ってる?


「昨日はごめんなさい。少し押しつけがましかったわよね」

「あ、いや、あたしの方こそなんか逃げるみたいに帰っちゃってごめん」

「それこそ気にしないでちょうだい。それより、昨日のお詫びに今日は由利子に勝たせてあげるわ」

「え、マジで?」

「もちろん実験の一環としてよ。契約内容も私に決めさせてもらうけどいいわよね?」

「あぁそういうことね。まぁ実験だしいいよ」

「では早速やりましょう」


 ……………………


 …………


「行くよー」

「どうぞ」


 威力を限界まで落としてーの。


「魔力弾!」


  ――バシン!


「やられたわ。私の負けよ」

「やったー勝ったー」


 わーい、やったー。わーい……。


 …………。


 なにこの茶番。やばい思った以上に虚しい。

 くそっ、いつか実力で勝ってやるかんなー。


「それで契約内容はどうすんの?」

「保留よ」

「……保留、とな?」

「しばらく保留して……そうね、一ヶ月くらい放っておいても有効かどうか、実験してみましょう」

「いやまぁ保留はいいんだけどさ」


 1ヶ月? その実験を成立させるのって、つまり――


「その実験、1ヶ月の間ずっとあたしが負け続けないと成立しないよね?」

「そうね。途中であなたが勝ってしまったら実験は台無しね。でも勝てるつもりでいるのかしら?」


 ほう……? 今のはカチーンと来たよ? カチーン。

 いくらなんでも1ヶ月も無敗でいられるなんて本気で思ってるんですかねぇ!?


「まあ、もしあなたが勝ってしまったならその時は仕方ないわね。何でも好きな契約を申し出てちょうだい。その後でまたやり直すわ」


 ふぅーん? 何でも好きなのと言ったね?

 その言葉、後悔させてやろうじゃん? フヒヒ……。


「では今度こそ本番と行きましょうか」


 まぁやり直しするなら早い方がいいし?

 今日のうちなら実質タイムロス無しでやり直しできるもんね?


 というわけで早速台無しにしてやろうじゃーん。



  ━━━━━━━━━━━━━━━━



「というわけで早速次の実験を始めるわけだけれど」


 というわけで早速あたしは地面に突っ伏しているわけなんだけど。


「なんで勝てないのぉぉぉぉぉぉ!」

「なんでも何も、当たり前でしょう」


 ふぇぇ……当たり前とかゆわれたぁ……。


「だってあなた、本気出していないじゃないの」

「……え? いや、割と本気出してるつもりなんだけど?」

「そうかしら」


 だって負けたくないし勝ちたいし。本気出さない理由が無いんだけど?


「まあいいわ。それより由利子の実験を始めてしまいましょう」

「でもあたしのはアイデアも何も無いんだよね。まぁ始めてみたらポンッとアイデア出てくるかも知れないしやってみるか」


 あたしの実験――詐欺まがいの契約に苦しめられてる子たちを救ってあげるための実験。


 本来成立しないはずの無茶な契約でも、相手の同意さえあれば成立してしまうという仕様を悪用した契約。

 今のところ、これは契約を取り付けた側から取り下げない限り破棄することはできないと言われている。


 でも、もし他にも破棄させる手段があるなら、被害に遭ってる子を救ってあげることができるかも知れない。

 あたしは救ってあげたい。そういう子たちに笑顔を取り戻させてあげたい。


 そう、これはとても有意義な実験だ。ひとつ問題があるとするなら――


「では早速無茶な契約を試してみましょう。同意してちょうだい」


 あたし自身が実験台になって、無茶な契約をさせられてしまうという点……!


 そりゃ言い出したのあたしだし、あたしがやるしかないんだろうけど……!

 無茶な契約ってどんなんだよぉ……。


契約締結プロミスリンク。これからずっと、毎日私の服を洗濯してもらいましょうか」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!????」

「あ、毎日と言っても由利子が我が家に来た日だけでいいわよ。洗濯のためだけに来る必要は無いわ。ほら同意してちょうだい」


 洗濯って! 洗濯って!

 それで2回も死に掛けてるんですけどぉー!?


「由利子は昨日、洗い逃げして行ったくらいだものね。これくらいわけないのでしょう?」


 あ、あれ……? 機嫌直ってるように見えてたけど実は根に持ってらっしゃる……?

 てか洗い逃げってなに洗い逃げって。


 あ、そうか。貸し作った状態で逃げちゃったから今度はそれが借りになっちゃったんだ。

 だからその借りを清算しようってわけねややっこしい!


「でもきついようなら由利子の服は私が洗濯してあげるわ。それで貸し借り無しね」


 ヒィィ! 今度は貸しの方も清算しようとしてらっしゃるゥ!

 やばいやばい! 逃げ道どこ? 逃げ道ある?


 ってか逃げたとしてその後どうすんの? 先延ばしし続けてそれで解決すんの?

 あれ? ひょっとしてあたし、詰んでる……?


「ほら由利子。さっさと同意しなさい」


 ヒィィィィィ……。圧力が、圧力が凄いよう……。

 あ、駄目だこれ。観念するしかない。


「同意、しマス……」


 同意しちゃったぁ……。


「では由利子の服は私が洗うということでいいかしら?」

「はい、お願いしマス……」


 もう、どうにでもなれよぅ。

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