第19話 高梨由利子は提案する

「いらっしゃい、リョーコ」

「お邪魔するわね」

「入って入って。晩御飯できてるよー」


 今日はリョーコを招いての晩御飯。と言ってももちろん、食べて終わりなんてことはない。

 さすがに明日は月曜だからお泊りなんてこともしないけど。


 今日はリョーコと初めての魔獣退治。まぁ都合よく魔獣に遭遇できるかどうかは置いとくとして。

 そんなわけで今から晩御飯でエネルギーチャージ。

 ふっふっふ、由利子さんの料理の腕前を見せてやろうじゃないの。まぁもう出来上がってるから盛り付けて並べるだけなんだけど。


「あ、由利子。つまらないものだけれど、どうぞ」

「おっ、なになに?」


 ……羊羹。現役JKが現役JKに羊羹。

 いやリョーコらしいチョイスなんだけどさ。渋い。


「由利子には余計な手間を掛けさせてしまったものね。こんなもので悪いのだけれど、お詫びよ」

「いやまぁ、気にしないで。じゃあこっちも、今のうちに返しとこっか」


 そう、早いとこ返却しておかなければ。あの危険物を!


「ではこちらになります」


 ――と恭しく差し出したそれは、真空パックされたパンツ。

 そう、今や抜身のパンツではないので問題なく素手で持つことができるのだ!


「包装までしてくれたのね」


 そりゃあ、包装くらい、するでしょ……!

 洗ったとは言え、使用済みパンツなんだから……!


 そう、あたしは……洗ったのだ。

 この、パンツを……!

 リョーコの使用済みパンツを……! 素手で……!


 命懸けの戦いだった……。

 洗濯機で洗ってしまえば楽なのだが、あたしの流儀で下着は手洗い派。

 だってパンツは神聖なものだもん! 洗濯機で雑に洗うなんてあたしにはできない……!


 心臓が破けるかと思った……。

 心拍数は優に毎秒120回を超えていたと思う。


 間違えた。毎秒120ってなんだよ死ぬわ。毎分だ毎分。えーと、毎分2回。

 とにかくそんな感じの命懸けのミッションだったが――あたしは成し遂げた!


 というわけで洗濯を終えて乾かしたわけなのだが、それで終わりというわけではない。

 洗って乾かしても、禁忌の芳香パンティ・フレグランスはどうしても残るのだ。


 これを放っておいては迂闊に部屋にも置いとけない。なので封印した。真空パックで封印した。

 でもおかしいな。真空パックしたらなんだか随分いかがわしい感じになってしまったぞ?


 と、透明ポリ袋がマズかったか……。

 いや、まずはパンツをハンカチか何かで包んでからパックするべきだったか。時すでに遅し。


 まぁそんなことより。ご飯だご飯!


 テーブルに手料理を並べて行く。

 ご飯とみそ汁、そして肉じゃがに焼きジャケに卵焼き。今日はリョーコがいるから和食なのだ。


「これは由利子が作ったのかしら?」

「もっちろん! 由利子さんはお料理も得意なんだぞ?」

「大したものね……あら、これは」


 ふふっ、肉じゃがの肉に反応したね?

 そう。まさしくそれは――


「国産鶏ささみを使ったヘルシー肉じゃがだよ。さぁ、召し上がれ」

「美味しそうね。では、いただきます」


 さりげなく目の色輝かせてるな?

 でも仕方ないね。女子高生はみんな鶏ささみ大好きだからね。



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「ご馳走様。美味しかったわ」

「お粗末様でした」


 ちなみにリョーコは相変わらず食べている間は喋らないので、今は食べることに専念しておいた。

 さすがに無音は寂しいからテレビは点けといたけど。


「片付けながらでいいかな? 今日これからのことなんだけど」

「ええ、いいわよ。ところでこの肉じゃが、今度作り方を教えてもらってもいいかしら?」

「いいよー。なんなら他にもいろいろ教えよっか?」

「そうね。折を見てお願いできるかしら」

「じゃあ今度教えるね。それで今日これからのことなんだけど」

「助かるわ。近所のスーパーには鶏ささみの肉じゃがだなんて置いていないんだもの」

「まぁスーパーだとどうしても牛か豚になっちゃうよね。ところで今日これからのことなんだけど!?」


 くそっ、話が進まねぇ。国産鶏ささみ恐るべし。


「こっちまで来てもらっといてなんだけど、今日はリョーコんちの裏庭行ってみようかと思うのよ」

「裏庭に? なぜかしら」


 そりゃあ、あの危険物パンツを今度こそ確実に持って帰ってもらわないと困るからね。

 まず最初にリョーコんちに寄っておきたいのだ――という本音は置いとくとして。


「今日は魔獣退治に行くでしょ? 魔獣ってね、人の少ないところに出やすいのよ」

「人里にはあまり近寄らないものなのかしら?」

「近寄らないっていうか……そもそも魔獣ってのはね」


 魔獣とは――主に野生動物が変異したもの。


 生物は例外なく、体内に魔力を保有している。

 この体内魔力のバランスが大きく乱れると、魔獣化の可能性が高まってくる。

 これは周囲の魔力が希薄だったり、魔力の流れが乱れていたりするほどリスクが高まる。


 なお、人間は魔力保有量が多く安定しているため、魔獣化の可能性は極めて低い。


「でまぁ、人がたくさん居るところは魔力の流れも安定してくるから、動物も魔獣化しにくいってわけ」

「それで人の居ない裏山に行くというわけね。合点がいったわ」


 とは言え、発生しやすそうな地域は近隣の魔法少女も把握してるわけで。

 頻繁に山狩りとかされてそうだし、必ずしも遭遇率が高いとは限らないのよね。


「それと魔獣退治のことでちょっと大事な話があるんだけど」

「何かしら?」

「できれば魔獣に遭遇できてからにしたいのよ。だからこれはまた後で」

「了解したわ」


 そう、これはとても重要な話。黙っててもそのうち気付かれるだろうし、さっさと言ってしまおう。

 うまいこと魔獣が出てきてくれればいいんだけど、さてどうかなー?



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「いたね」

「何処かしら?」

「まだ見えないけど向こうの方」


 魔力感知に掛かった反応は中型。ちょうどいい。あの話をするには――この上ない条件だ。


「リョーコはとりあえず見てて。あたしが倒してくるから」

「わかったわ」

「あと忘れてた。チーム登録しとくね」


 魔法少女は複数人で組んでることも多いけど、チームとして登録してなければただの個人の集団。

 委員会にチームとして登録して初めて、名実ともにチームになるのだ。


「よし、完了。これであたしが1人で魔獣を倒しても、マギリアはリョーコと半分こになるわよ」

「マギリア……魔獣を倒した時に貰えるポイントだったかしら。なんだか悪いわね」

「それがチームってもんでしょ。まぁ今はまだコンビだけど」


 逆に言えばリョーコが魔獣を倒したぶんのマギリアも半分こしてもらえるわけだからね。

 問題なのはそこじゃなくて――まぁ、とりあえず魔獣を倒して来よう。


 ある程度近付いたところで結界を展開する。魔獣を閉じ込める結界。これでもう逃がさない。


 そしてなるべく相手を刺激しないようにゆっくりと――いた。

 木の根元で丸まってこっち見てる。

 ウサギかな。ただし体長80cmくらいはありそう。魔獣化してから結構経ってるみたいだね。


「前に見つけた魔獣もそうだったのだけれど……問答無用で襲い掛かってくるわけではないのね」


 とリョーコが言う通り、今のところウサギの魔獣はこちらを警戒しているだけ。

 元が凶暴な肉食動物とかなら話は別だけど、元が温厚な草食動物ならだいたいこんな感じだ。


 それでも魔獣化の影響で凶暴性は上がってるんだけどね。

 目つきめっちゃ怖いし全身の毛も逆立たせてるし、威嚇なのか唸り声上げてるし。こんなん子供が出会ったら泣き出すわ。


「あそこ、背中のあたりがモヤみたいになってるの、わかる?」

「ええ。見えるわ」


 魔獣の最大の特徴で、この部分は魔力が異様な流れ方をしてる。

 魔力感知で探しているのがこれ。この乱れを発見イコールそこに魔獣がいるってこと。


「あそこから大気中の魔力を吸収してるのよ。魔獣による被害ってのはだいたいこれね」

「どういうことかしら?」

「説明すると長くなるけど、生物はみんな魂核ソウルコアっていう魔力の源を体内に持ってるのよ」


 その魂核ソウルコアに傷が付くと、内部の魔力が漏れ出し、同時に肉体の一部が溶けるように崩壊を始めてしまう。

 すると防衛本能が働き、魂核ソウルコアを修復するために大気中の魔力を取り込み始める。


 しかし悲しいかな、崩壊を始めた魂核ソウルコアはどれだけ魔力を取り込んでも修復することはない。

 では取り込んだ魔力はどうなるのかというと、肉体に吸収されて際限なく強化させ、やがて変異させていく。


 これを放っておくと大気中の魔力は際限なく消耗されていく。


「魔獣がそこにいるってだけで、大気中の魔力濃度が下がってくのよ。もし世界規模で魔獣が増え始めたら、大惨事だね」

「合点がいったわ。魔力濃度が下がると魔獣の発生頻度も上がるのよね? 負の連鎖が始まってしまうわね」


 魔獣というのは、一言で言ってしまえばこの世界に害を為す存在――なんだけど、かわいそうな存在でもあるのよね。

 この子たちは、ただ本能的に生きたいと思っているだけ。でもどうしようもない。一度魔獣化し始めたら、もう元には戻らない。

 だから、あたしがこの子ににしてあげられることはこれだけなんだ。


「ごめんね」


 言いながら、杖に魔力を充填チャージし始める。

 こうすることで魔法の威力を高められる。せめて苦しまないように、一撃で倒してあげる。


 さすがに危険を感じ取ったのか、ウサギの魔獣が襲い掛かってくる。

 普通のウサギだったら逃げてるんだろうけど、もう普通のウサギじゃあないのよね。かわいそうだけど、あなたはもう、あなたじゃないの。


 障壁シールドを展開して突進を受け止める。

 透明な力場に衝突し、困惑してあたりを見回しているところへ――空圧球スフィア生成。破裂バースト


 爆発を直接当てるのではなく、轟音と爆風を浴びせて怯ませるだけ。そして怯んだところへ魔力弾。

 充填チャージで威力を高めておいた弾丸が、一撃で魔獣の体を撃ち抜いていく。


 こうするしかない。こうしなければ、やがて更なる異形へと変異し続けてしまう。


「少し、可哀相ね」

「そうだね。でもそこは割り切らないといけないのよ。この子のためにも」

「わかっているわ」


 さて、ちょっと重い空気だけど、本題を切り出さないといけない。気が重いけど、仕方ない。


「というわけで魔獣退治は終わったわけだけど、リョーコ、何か気付いたこと無い?」

「気付いたこと……何かあったかしら? 由利子が索敵して、結界を張って、問題なく魔獣も倒して……あら?」


 何かに気付いたリョーコが、深刻な顔で聞き返してくる。


「私、何もしていないのでは……?」


 そう、なのだ……!

 伝えなければならない。非常に言いづらいことなのだが……!


「ぶっちゃけ魔獣退治に関しては、あたし1人で完結しちゃうのよ」

「なん……ですって……?」


 そうなのだ。ぶっちゃけ中型程度の魔獣ならあたし1人で倒せてしまうのだ。

 魔力感知ができないリョーコには索敵だって非効率的。結界も張れない。張れるかもしれないけど任せるわけにはいかない。


 もし同じ日に何十匹も魔獣と遭遇するようなら、さすがに1人だと息切れするからコンビの意味もあるんだけど。

 でも現実は週に数匹遭遇できればいいところ。2人いても持て余すのだ……!


「ま、待ってちょうだい。それは中型の魔獣の話よね? お、大型なら……」

「残念ながら、大型が相手だとあたしたちじゃ火力が足りないのよ」


 大型の魔獣は、単に体が大きいというだけではなく強い再生能力まで持っている。

 迂闊に攻撃して半端に傷を負わせてしまうと、大気中から膨大な量の魔力を取り込んですぐさま回復してしまうのだ。

 大気中の魔力濃度を下げさせないために魔獣と戦ってるのに、これでは本末転倒もいいところ。


 大型に関しては、迂闊に手を出すぐらいならいっそ何もするな、と言われている。

 むしろ場合によってはペナルティーが課される可能性すらあるほどだ。


「退治だけならあたしらでもできると思うけど、まぁほぼ確実にペナルティコースね」

「そう……そうだったのね……」


 またしょんぼり縮こまってる。さすがにショックだったか。


「それで提案なんだけどさ」

「ええ、わかっているわ。チーム解散よね。私みたいな穀潰しなんて――」

「違う違うそうじゃなくって!」

「だ、大丈夫よ。私は元々、一人だったんだもの……」

「だから聞けぇーっ!」


 なんでそうすぐネガティブになんの! させたのあたしだけどさ!


「もう1人、メンバー増やしたらどうかと思うのよ。できれば遠距離砲撃型の子」

「なるほど。足りない部分が分かっているのだから、そこを補強すればいいというわけね」

「そ。それに遠距離型の子は魔法の扱いが上手いからね。魔力感知だってあたしよりよっぽど高性能なものを使えるはずだよ」


 つまり魔獣遭遇率も上がるはず、というわけだ。


「いい提案だとは思うのだけれど……私たちなんかと組んでくれるような物好きな子がいるのかしら?」

「まーたそんなこと言って」


 ……あれ? 今『私たち』って言った? 巻き込みでディスったね?


「それに、それは相手の方に利点があるのかしら? 索敵も火力も、その子任せになるということよね?」

「そこは大丈夫。大型を視野に入れるなら人数は多い方がいいのよ。大型の魔獣の近くは魔力濃度が極端に薄くなってるから、連鎖的に魔獣大発生なんてことがよくあるの」

「つまり一度に複数体を相手取ることになるから1人では荷が重いということね?」

「そ。それに遠距離型の子ってね、基本的に1人で戦うのが苦手なのよ」


 あくまで傾向だけど、武道とかやってる子が近接型に、スポーツが得意な子が中距離型に多い。

 ちなみにあたしは中距離射撃型。中距離型には射撃以外にも鞭とか長い棒状の武器を使う子とかもいる。


 そしてそういうのとは無縁な文化系の子が遠距離型に多い。

 運動すら苦手なのに、まして魔獣退治なんてそりゃ1人じゃ精神的に無理だよね。


「チームを組みたがってる子は結構いるはずよ。問題があるとすれば――」


 リョーコは強い。単純に戦闘能力だけで言えば、エリートと言われるAランクとも互角に戦えるはず。

 そしてあたしだって魔法少女全体で見れば割と上位にいる。はず。多分。ホントよ?


 そんなあたしたちと釣り合うレベルの子が、果たしてフリーで転がっているのかどうか。

 普通に考えたらとっくに誰かと組んでるか、最初から組む気が無いか、あるいは曰く付き物件か。


「都合よく出会えるかどうか、だよねぇ」

「それは……今から考えても仕方がないのではないかしら?」

「ま、そうだね。だからとりあえず――ちょっと別件で付き合ってもらえるかな?」


 ちょっと、やりたいことができてしまったのだ。


「昨日話したじゃん? 心から笑えない子たちに笑顔を振り撒きたいってさ」


 こんな大それたこと、あたしにできるかはわかんないけど。


「契約の悪用で苦しんでる子がいたら、助けてあげたい。そのためにさ」


 それでもやりたい。最初から諦めてたらあたしのポリシーが泣く。


「契約の仕様を細かく知っておきたいのよ。抜け道とか、その対策とか」

「つまり、実験に付き合って欲しいということかしら?」

「うん。いいかな?」


 正直、あたしは今までかなりテキトーに生きてきた。

 ポリシーだって掲げちゃいたけど、どうせあたしにできることなんてたかが知れてるとも思ってた。


 でもリョーコに会って、友達になって、そんで笑わせてやりたいって思って。

 そしたらいつの間にか火が点いちゃったみたいなのよね。


「やっぱりあたしは、泣いてる子がいたら助けたい。心から笑えるようにしてあげたいのよ」

「いいわ。素敵なことじゃない。自分を実験台にしてまで困ってる子を助けたいだなんて」

「いやぁ、それほどでも」


 えへへ、誉められちった。……ん? 実験台?


「差し当たって、第三者からの干渉で契約を破棄させる手段の模索ということでいいのかしら?」

「あ、うん。そのつもりだったけど……」


 言われてみれば、実験するには実験台が必要になるよねー。そうだよねー。


「ではまずは由利子に何か理不尽な契約を課さないといけないのかしら」

「うん? そうなる……のかな? なっちゃうの?」


 あれ、これあたしが実験台にならないといけないやつ?

 いやまぁ確かにリョーコを実験台にするわけにもいかないんだけど。


「では大変でしょうけど頑張って頂戴」

「お、おう」

「もうじき夏休みでちょうどよかったわね」

「……うん。そだね」


 …………。


 あああああああああああああもうやったるわチクショー!

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