第16話 高梨由利子は教えてあげる
カバンから替えの下着とパジャマを取り出し、無事着用完了。
「リョーコー。やっぱり自分の着替えあるからパンツ返すねー」
「あら、そう?」
返すというか、カゴに残してきただけなんだけどね。
ふぅ。これで一安心。
っと、リョーコも出て来たな。
「あら、もう寝間着を着ているのね」
「だってもう寝るだけでしょ?」
「それもそうね。私も着替えましょう」
というわけでリョーコもパジャマを出してきて着替え始める。着替え……始め……
「ちょっとリョーコ! なんでここで着替えてんのよ!」
「ええ……、ここは私の家なのだけれど」
「そーゆーことじゃなくってぇぇぇぇぇぇ!!!」
もぉー! なんでわっかんないのかなー!
「あたしがいるじゃん! あたしが見てるじゃん! なんであたしの前で着替えられんのよ!」
「……?」
うっ、ぐっ……!
何も……! わかってないのか……! この娘は……ッ!
「年頃の! 女の子が! 人前で! 無暗に肌を晒すんじゃないって言ってんのよ!」
「でもここには由利子しかいないじゃない」
「だからあたしがいるから問題だって言ってんのよ!!!」
わかれよ……! わかれよ……!
リョーコあんた、あたしにいやらしい目で見られてるってことなのよ……ッ!
「いい、リョーコ? あんたはね、自覚してないかも知れないけど美人なのよ。それも相当な」
「そうかしら」
「そうなのよ。で、あんたみたいな美人はね、常に他人からいやらしい目で見られてるのよ!」
「ええ……?」
くそっ、やっぱり自覚してなかったか! 今後のためにも、教えておいてやらないと!
「でもここには私とあなたしかいないじゃないの」
「そのあたしが! あんたのことを! いやらしい目で見てるって言ってんのよ!」
「…………」
「…………」
「え。ちょっと待って由利子。あなた何を言っているの?」
「あたしが! あんたのことを! いやらしい目で見てるって言ってんのよ!」
「二度言われても困るわ。待って由利子。あなた、女の子よね?」
ふぅ。やれやれやっぱりだ。リョーコあんた、同性だからって油断してたのね。
でもね、今は同性だからどうこうって時代じゃないのよ。
「あのね、リョーコ。今はね、同性同士の恋愛とかに寛容になってる時代なのよ」
「……初耳だわ」
「LGBTよ、LGBT。今はLGBTに配慮する社会になりつつあるの」
「LGBT? LGBTとは」
LGBTも知らないのか……。
それくらい知ってなさいよ。LGBTってのは……えっと、あれ? LGBTってのは――
「いわゆるマイノリティな性癖?のことで? えっと、Lがレズビアンで、Gが……ガールズラブ?」
だっけ? だったよね?
「聞き慣れない単語ね。ガールズラブ?とは何かしら?」
「ガールズラブってのは女の子同士の恋愛のことよ」
「それはレズビアンと何が違うのかしら」
「なんか違うのよ! わかってよ!」
「ええ……」
違うんだよ! なんか違うんだよ!
うまく説明できないけど違うもんは違うんだよ!
そんでBとTが……なんだっけ?
「BとTは何かしら?」
「えっと、確か……Bがボーイズラブ?」
そう、男同士の恋愛も含まれてたはずだからこれで間違ってないはず。
正直あたしには縁の無い世界だけどそういうのが好きな女の子もいるらしいし。
「それは男性同士の恋愛ということよね? ではTは何かしら」
くっ。最後が難易度高い……でも出掛かってるんだよなぁー。
Tは……Tは確か――
「あ、TAKARAZAKA」
「なるほど宝坂だったのね」
宝坂歌劇団。
女性が男性を演じることで、女性同士で男女の恋愛を描いたりもしてきたわけだからまさに時代を先取りしていたというわけだ。多分。
レズビアン、ガールズラブ、ボーイズラブ、TAKARAZAKA。これにてLGBTの完成である。
……なんか一部違ってそうな気もするけどまぁだいたいあってるはず。多分。
「そんなわけでね、今じゃ女の子同士で結婚できる国とか地域とかもできつつあるの。そういう時代なのよ」
「そ、そうだったのね……」
こんなもんかな? ふー。LGBT講座終わり。
これでまたリョーコに新しい知識を教えてあげられたね。
「それじゃあ、これで問題解決ってことで、いいよね?」
「待って。何も解決していないわ。由利子あなた、今まで私のことをいやらしい目で見ていたということよね?」
あれ? なんかドン引きされてる?
いやいやいや、そんな認識じゃダメですよ、リョーコさん。
「あのね、リョーコ。リョーコには馴染みの無い文化で困惑してるんだろうけど、これはもう普通のことなの。当たり前のことなの。リョーコの方が歩み寄らなきゃいけない案件なの」
「そう……なのかしら……」
やれやれ。どうもリョーコはまだわかっていないようね。
いやらしい目で見られることが? そんなに問題?
それに関してはね、むしろあたしの方が言ってやりたいことがあるってんのよ!
「ねぇリョーコ。リョーコだってあたしの服を脱がしたりパンツや裸見たりしたんでしょ?」
「ええ。でも私にはやましい気持ちなんて無いのだから問題無いでしょう?」
「問題ありまくりなのよ!」
わかってない。リョーコは本当に何もわかっていない。
「パンツ見られて! 裸まで見られて! それなのに欲情すらしてもらえない女の子の気持ちがわかる!?」
「ごめんなさい。わからないわ」
「なんかすっごい負けた気分なのよ!
「よくわからないけれど……ごめんなさい」
はあっ、はあっ。ふぅ……。言ってやったわ。
ちょっとスッキリしたけど、微妙に負けた気分だね。
「でもまぁ安心して。自分で言ってて悲しいけど、あたしは性根がヘタレてるからこっちから手を出したりはしないわ」
「それは安心ね」
「それにいざ裸になられても、直視できないから結局ろくに見れてないんだよチクショー!」
「そういえば微妙に目を逸らしていたわね」
うぅ……鋼の心臓が欲しい……。
「それにね、あたしは恋だの愛だのってのはまだ考えてないの。純粋に下心で欲情してるだけだから、そこも安心して」
「待って。それは安心できる要素なのかしら?」
「というわけでね、あたしはリョーコが欲情してくれなかったことを許してあげるから、リョーコは素直にあたしから欲情されてなさい」
「ええ……、そういう問題なのかしら」
まだ微妙に納得いかないご様子。でもこの話はもう終わり! はい終わり!
「それよりさ、リョーコってなんで魔法少女になったの? なんか目的とかある?」
「……なんかもう、いいわ。魔法少女になったのは成り行きよ」
なんかいろんなものを諦めたっぽいリョーコが語ってくれる。
いや実際気になってたことだからね? 都合が悪いから話題を変えたわけじゃないからね?
「ある日、朝起きたら枕元にこの靴が置いてあったの。それで手に取ってみたら私の所有物になったみたいで、その時に勧誘みたいなものが来たわ」
「勧誘ってウサギのぬいぐるみみたいなやつ?」
「そう、それよ。突然現れて珍妙だったわ」
魔法少女統括委員会のマスコット、マビットくん。
高い魔力を持った女の子の前に現れて『僕と契約して魔法少女になろうよ』などとギリギリの勧誘をしてくる問題児。
勧誘以外にも重要なお知らせなんかを伝えに来てくれたりもする。
ちなみに人前に現れるのは魔力で作られたホログラム的なもの。
ただのマスコットなのか、それとも実在している不思議生物なのかは誰も知らないのだ。
「あれ? その靴って誰かから直接もらったわけじゃなかったんだ」
「ええ。でも恐らく姉が置いて行ったものよ。姉さんも魔法少女だったし、寝ている私に気配を悟らせずに枕元まで来れる人物なんて限られているわ」
あ、お姉さんいたんだ。
っていうか寝てる間も気配探ってんの? ここ日本だよ? 戦時中でもなんでもないよ?
こりゃ迂闊に寝込みも襲えないな。やらないけど。
「何より、この靴からは姉さんの温もりのようなものを感じるわ」
「じゃあ多分、それはお姉さんが使ってたか、それかお姉さんが作ってくれたかってところかな」
って、ちょっと待って。
「あれ、恐らくって言った? 書き置きとか無かったの?」
「無かったわ。十年くらい前にはもう姉さんとは別居していたけれど、完全に連絡が取れなくなったのはその頃からね」
うんー? どういう状況なんだろ、それ。
「それで今のところの目的だけれど、まずは姉の所在を知りたいわ。魔獣退治の報酬の中に、人探しというのもあったわよね?」
「あるね。それでお姉さん探して、会ってみたいの?」
「会って、せめて突然連絡が取れなくなった理由だけでも知りたいわ」
「何か心当たりとか無いの?」
「ひとつ、あると言えばあるわね。恋人と駆け落ちしたのではないかと思っているの」
おっと? ミステリーかと思ったらロマンス展開?
「と言っても、何も言わずに居なくなる理由が他に思い浮かばなかっただけなのだけれど」
「逆に言えば、何か引っかかってることがあるってことよね?」
「引っ掛かっていると言うか、おかしなことだらけなのよ。姉さんの恋人に関しては」
おや? ミステリー展開に戻りそう?
「去年、恋人の写真を送ると言って一通の手紙が届いたわ」
「ほうほう」
「でも中に入っていたのは恋人ではなく同性の友達と一緒に写っている写真だったの」
「ふむふむ」
……うん?
「電話で聞いてみたわ。恋人の写真ではなかったと。でも姉さんは恋人の写真だと主張し続けるの」
あの、リョーコさん?
それって、もしかして……?
「……あら? もしかしてあの女性が姉さんの恋人だったということかしら?」
リョーコさんも気付いたご様子。さっき勉強したところだもんね?
「そうなんじゃないかなぁ?」
「今まで全く、そういう発想に至らなかったわ……」
多分お姉さんが例外で、家族揃ってリョーコみたいな考え方してたんだろうなって。
そりゃあ、説明してもどうせ伝わらないって思っちゃうかもね……。
「これは勝手な推測なんだけどさ、誰に言っても話が通じなくて諦めちゃったとかなんじゃないかな……」
「う……、なんだかそんな気がしてきたわ」
リョーコが、しょんぼり縮こまってる。なんか可愛いな、おい。
「そうなると、こちらから探すのは野暮、というものなのかしら」
「どうだろ? 今のリョーコはそういうのに歩み寄り始めてるんでしょ?」
「正直なところ、まだ受け入れられるだけの余裕は無いけれど……そういう概念が存在するということは理解したわ」
少なくとも、今まで全然気付けなかったことに気付けるくらいにはなってるのよね。
話が平行線にしかならないってことには、もうならないんじゃないかな。
「もうちょっと受け入れられるようになったら、会いに行ってみようよ」
「いいの……かしら?」
「いいと思うよ。そもそも魔法具置いてったのって、本心では探して欲しかったってことなんじゃないかな」
だって、探して欲しくなかったら置いて行かないもん。
リョーコが魔法少女になるってことは、探す手段を手に入れるってことだもん。
「そうなの、かしら?」
「そうそう。絶対そうだよ」
「そうだと、いいわね」
リョーコちょっと今、いい顔してる。心のつかえが少し取れた感じかな?
「なんだか気分がいいわ。ねえ、もう少しお話ししましょう」
「おう、まだまだこっちは寝るつもりはないぞー?」
「今度は由利子のことを聞きたいわ。由利子はどうして魔法少女になったのかしら?」
おっと、リョーコさんてばあたしに興味津々?
でもあたしは今をテキトーに生きる系女子だからなー。
「あたしのは大した理由じゃないよ? 普通に勧誘が来て、面白そうだからやってみたってだけ」
「何かやりたいこととかは無いのかしら?」
「やりたいことかー」
あると言えば、あるのよね。
「あたしはさ、女の子は笑顔が一番だって思ってんのよ。でもさ、心から笑えない状況にある子だっているわけじゃん?」
「そうね」
「そういう子たちにさ、笑顔を振り撒けたらいいなー、なんて思ってるのよ」
「素敵なことじゃない」
「リョーコもそう思ってくれる?」
でもリョーコ。あんた今、他人事みたいに言ってるよね?
他人事じゃないのよ。あんたなのよ、あんた。差し当たって今はリョーコ。あんたを笑顔にしてやるって決めてんのよ。
今まで見れたのって何かつっかえがある感じだったからねー。
まだちょっと時間掛かりそな感じだけど、覚悟しとけよー。
最っ高の笑顔にさせてやるかんなー。
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