第14話 沙々霧涼子は由利子と向き合う
なんだか、由利子の様子がおかしいわね。スイカを食べながら目まぐるしく表情を変化させているわ。
薄々気付いてはいたのだけれど、由利子はちょっとおかしな子なのかもしれないわね。
でも関係無いわ。だって、これだけは言えるもの。由利子といると楽しい。それだけは間違いの無い事実。
由利子と街を歩く。由利子と話をする。由利子の表情の変化を見る。どれも楽しい。
由利子は友達。私に出来た初めての友達。大切な友達。
……でも、由利子の方は? 由利子も私のことを本当に友達だと思ってくれているのかしら?
今日一日、由利子は本当に良くしてくれていた。でも、私には確信が持てない。
それはきちんとした交友関係だったのか、それとも義理の付き合いだったのか。
それを聞いてしまっていいものかどうか。私にはわからない。
……違うわね。
聞いてしまって、今の関係が壊れてしまうのが怖いのね。
こういったことに関しては、私は本当にどうしようもなく臆病だわ。
契約の強制力なんかに頼らない方が良かったのかしら。少なくとも、こんな悶々とした気分にはなっていなかったでしょうけれど。
でも私には一歩を踏み出す勇気が無かった。ようやく踏み出せた一歩が、こんな方法だった。こんな方法しか無かった。
私には由利子の心の内まではわからない。確認することもできない。だから祈ることしかできない。
お願い、由利子。どうか私を、見捨てないでちょうだい。
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……駄目ね。どうしても悶々とした気持ちになってしまうわ。
少し気分を入れ替えましょう。ちょうど、聞いておきたかったこともあるのだし。
「魔法について、聞きたいことがあるのだけれど」
「おっ、興味ある?」
「ええ」
魔法。
非現実の象徴とすら言える技術だけれど――私の知らないところで実在していた。
私自身、世間一般的な日常とはかけ離れた日常を送っていたのだけれど。
でもそれを遥かに凌駕する非日常の持ち主が目の前にいるという事実は実に興味深いわ。
一見すると平凡な少女。どこにでもいる少女。私とは違って、明るく笑い、時にやかましく、付き合いのいい少女。
その少女との戦いの中で抱いた疑問。私の認識では魔法と言えばあれなのだけれど。
「魔法で炎や氷を出したりはできないのかしら?」
「んー、まぁできるっちゃできるんだけどねー」
何やら微妙な顔をしているわね。
「魔法ってね、思ってたほど便利なもんじゃなくてね、炎や氷を直接出したりは出来ないの。じゃあどうするかって言うと――」
言いながら、目の前で変身する。変身自体は一瞬光に包まれたと思った時にはもう終わっているのだけれど。
そのまま右足を軸に回転しつつ、よくわからないポーズを取りながら静止する。
これがつまり――変身時の演出、よね? 何の意味があるのかしら。
「じゃあちょっと冷やしてみるよー」
と言いながら左手をこちらに向けて――そこからひんやりとした空気が流れてくるわ。
でも氷が作れるほどの低温になる気配は無さそうね。
「こうやって温度を上げたり下げたりするんだけど……でもすぐに拡散しちゃうのよ。だからね」
今度は魔力の膜で球体を作り出して――その膜に、次第に水滴が付着し始めたわ。
内部の温度が下がって結露が発生しているようね。
「こうやって熱を遮断する膜で覆っておかないとダメ。その上で氷を作るには水が必要になるし、とてもじゃないけど実戦で使えたもんじゃないね」
「ゲームの魔法のようにはいかないのね」
「燃やそうと思ったら燃料だの何だのも必要だし、ぶっちゃけ炎で攻撃したいなら油撒いてマッチやライターで着火した方が早いのよ」
「身も蓋も無いわね」
なんとなく理解できたような気はするわね。つまり魔法とは――
物理法則に干渉し、捻じ曲げることはできるけれど、無から何かを生み出すことはできない。
だから魔力を直接撃ち出したり、魔力で弾や壁を作ったりというのが主流になっているのかしら。
「だからまぁ、あたしは使い勝手のいい初歩的な魔法ばっか使ってるのよ」
そう言いながら、宙に浮いて見せる。実践して見せてくれるのかしら。
「まずこれが
今度はゆっくりと庭を周回し始めたわ。
そして右手に持った杖を空に向けて伸ばして、その先端から魔力の弾を撃ち出す。
「これは魔力弾。ブレットって呼んでる子もいるけどあたしは普通に
その
「ちなみに
「あら、便利そうだと思うのだけど」
「燃費が悪いのよ。追尾性能を高めれば高めるほどね。で、どんだけ追尾性能高めても割と簡単に防がれちゃうの」
なるほど、合点がいったわ。
回避性能の高い相手には強いけれど、相手が魔法少女ならば避けずに防ぐ手段も多いものね。
「そんでね、魔法って頭の中にイメージ浮かべるだけでも使えるんだけど、高度な魔法はそれだけじゃダメなのよ」
ふむ。私が思っているよりも面倒なものなのかしら。魔法というものは。
「難しい魔法を使うには――物理法則とかをちゃんと理解してないとダメなのよ」
「例えば?」
「例えば
そもそも魔法で物理現象を操るというのが私には荒唐無稽な話に思えてしまうのだけれど。
実際に自分で使ってみないことには理解できそうにないわね。
「頭のいい子ならあんまり負担にならないみたいだけど、あたしじゃ実戦で使うなんて無理だね」
「つまり由利子はあまり頭が良くないということかしら」
「それはまぁ置いとくとして」
脇に置かれてしまったわ。図星だったのかしら。
「これが
何も無い空中に光る球体が現れたわね。そこから魔力の弾が発射される。
由利子との
「これも結構複雑な魔法なんだけど、便利な魔法だから頑張ってマスターしたんだよね」
単純に手数を増やせるというのは確かに便利ね。
私も分身の術に憧れた時期があったわ。
「そんでこれが
左掌に圧縮した空気の球が生み出されたわ。
透明な球だけれど、その部分だけ空間が歪んで見えるので視認できないわけではないのよね。
「魔力で膜を作って圧縮してるんだけど、この膜に亀裂を入れて爆発させるのが
私にとっては結構厄介な魔法なのよね。至近距離で使われてしまったら回避ができないもの。
「ただこれ、手元から離れると制御が難しくなってね、好きなタイミングで破裂させらんないのよ」
「道理で、今まで投げたりはして来なかったわね」
「何秒後に、とか何かが触れたら、とか事前に設定しとかなきゃいけないから、まぁ設置型トラップみたいな感じになるかな?」
そんなことを私に教えてしまっていいのかしら?
欠点――と言うか、弱点よね? まあ有り難く聞いておきましょう。
「そんでもって、これが――」
空間の歪みがもう一つ出来上がったわ。ぶよぶよと蠢いている感じで、弾力がありそうね。
「伸縮性のある膜で同じように作れば
「私のことかしら」
「他に誰がいるってのよ。で、これで最後かな? 攻撃を防ぐにはとりあえずこれ。
空中に透明な――と言っても
自分で砕いておいてなんだけれど、確かに並の攻撃なら弾き返せるだけの強度はあったわね。
「他にも腕とか杖を魔力でコーティングして打撃力を高めたりってのもあるけど、そういうのは魔法ってより単純な魔力操作だね」
「それは私にもできそうかしら?」
「やればできるだろうけど……魔力量が少ないとあんまり意味無いかな」
「それは残念だわ」
「あとあたしは使わないけど魔力砲ってのがあってね」
今度は少し真面目な顔をしているわね。大事なことかしら。
「魔力を一気に放出してくるから威力自体も凄いんだけど、広範囲に拡散させたりとかもできるからリョーコは特に気を付けてね」
広範囲に拡散、ね。
私は
そこに回避不能の攻撃が来たなら、なるほど詰みね。
「さーて、魔法についてはこんなもんかな? そんじゃあ――」
と、由利子が不敵な笑みを浮かべる。交戦的な笑み。
そう言えば約束していたわね。
「そろそろ1時間経ったし、やるよリョーコ!」
「本当に今からやるというの?」
やたらと元気になった由利子が高らかに宣言する。ついさっきまでへばっていたのと同じ人物だとはとても思えないわ。
ちなみにスイカは全部平らげている様子。残っても困るけれど、そんなに食べて大丈夫なのかしら。
「やるのはいいけれど、庭のお掃除が先よ。あなた、一回と言っておいて何回種飛ばしたのかしら」
「いやー、だってどうせ掃除するなら、ねぇ?」
まったく、世話の焼ける子ね。私に妹がいたら、こんな感じだったのかしら。
――でも昼間はむしろ由利子の方が散々面倒を見てくれたのよね。
由利子は由利子で、私のことを妹か何かのように思ってくれているのかしら?
それともただ単に、私に心を開いてくれている、ということなのかしら?
どちらにしても、なんだか嬉しい気分ね。
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「では今度は、前庭でやるということでいいかしら?」
「おっけー」
我が家の前庭は、一般的な家庭と比べればかなり広い方ではないかしら。庭木や池もあって、ちょっとした障害物になっているわ。
この地形を、果たして由利子はどう活用するのか。
私はこの地形に慣れているから、敢えて活用はしない。私はあくまで、地形を活用する由利子に対して応戦する形を取る。
その由利子は、不敵な笑みを浮かべながらこちらを見ている。
これは――自信? 勝利を確信している笑み? あるいは、なんとしても勝利しようという気概かしら?
いいわ、由利子。さあ、来なさい。
…………。
……由利子が――動いた。左に跳んだ。池がある方向だ。池の向こう側に降り立った由利子が、圧縮した空気の球を作成している。
そしてそれを水面擦れ擦れの高さで池の中央まで移動させたわ。
なるほど。つい今しがた言っていた設置型トラップの応用かしら。あれをあの位置で破裂させるつもりなんでしょうね。
これでは迂闊に距離を詰められないわね。至近距離から水を浴びせられてしまうわ。
濡れるのは構わないけれど、視界を奪われて周囲の気配まで乱されては相当に不利を強いられてしまう。
左右から回り込む? いえそれは意味が無いわね。
こちらは距離を詰められないのに対し、由利子は池のほとりにいる。この位置関係にある限り、由利子は常に対岸の位置を保持できるわ。
ならば選択肢は一つ。由利子の出方を待ちましょう。こちらが動かないことは想定内でしょうし、じきに動くはず。
…………。
――バァンッ――バッシャアアアアアアアアアアン!
空圧球が破裂して、その爆風で池の水が弾け飛んだわ。文字取り弾け飛んだわね。
とは言え、ここまで届くのは飛沫くらい。
そして時間差で池の中央に大きな水柱が上がる。と同時に由利子が動いたわ。水柱に飛び込む勢いで飛行してくる。
その手には、空圧球が準備されている。両掌で前後から挟むように護りながら。
これでは昨日のように投石などで迎撃することはできそうにないわね。
ならば正面から迎え撃とう。恐らく、あの空圧球は水柱の手前で――
――バァァァン!
空圧球が弾けた。
そして、真上に伸びていた水柱が、爆風に弾かれてこちらに飛び掛かって来るわ。
まるで土砂降り……どころか台風か何かね。
視界が悪くなった。由利子は尚も前進してくる。
その手には新しい空圧球があるけれど、この場で作成したのなら水も幾分か取り込んでいそうだわ。
あれを至近距離で破裂させられたら厄介ね。なんとか、距離のあるうちに破裂させたいものなのだけれど。
と、ここで由利子の体が仰向けの形になり、足から滑り込んでくる。
全身が地面擦れ擦れにまで沈み込んだことで、由利子の背後にあったものが姿を現す。これは――魔力砲台!
事前に設置してあったらしい砲台は、姿を現すと同時に射撃を開始してくる。
飛び散る飛沫のせいで砲台の気配を感じ取れなかったわ。まずいわね。
正面から飛来する魔力弾と、下方から迫る空圧球の両方に対処しなければならない。
差し当たり、最初に到達した魔力弾を下方に弾き落とす。由利子が構えている空圧球のあるあたりに。
うまいこと破裂させることができればいいのだけれど。
――バァン!
「んぎょえっ!」
うまいこと空圧球が弾けた際に由利子の変な声が聞こえたけれど、由利子はああ見えて油断がならない。
魔力弾はなるべく由利子に当たるように下方に撃ち返しておく。多少の牽制にはなるでしょう。
下方へ弾く。弾く。弾く。下方へ下方へ。弾く。
「おっ、ごっ、あだっ。ちょっ、ちょっ、タンマ!」
タンマ? タンマとは何かしら。
よくわからないけれど、この魔力弾は威力を落としてくれているもの。
私と違って防御を強化している由利子には殆ど効いていないはず。数発当てた程度でどうにかなるとは思えない。
まだよ。まだまだ。
弾く。弾く。下方へ。下方へ。由利子に向けて――と、唐突に由利子が飛び起きる。
俊敏な動きだわ。やはりあまり効いていないのでしょう。でも何故か半泣きになっているわね。何かあったのかしら。
「タンマって言ったじゃーん!」
「……タンマ? タンマとは」
「…………」
「…………」
お互いにしばらく沈黙が続いてしまったわね。
でもその沈黙も、何かを諦めたような表情の由利子が破ってくれる。
「……ふっ、いいわリョーコ。あたしの本気を見せてあげる」
――っ!
由利子から、かつてないほどの重圧を感じる。
「あたしの野望のために――」
凄まじい気迫だ。一体、何が由利子にこれほどまでの――!?
「露と散れぇぇぇぇぇーっ!」
防御を完全に捨てた捨て身の突進。振りかぶった杖を、全力で振り下ろしてくる。
その杖は淡く光っている。魔力によって打撃の威力を高めているのだろう。
恐らくまともに食らったらただでは済まない。なので。
「
――ドンッッ
「んごぼぇっっっふ」
――
縮地で突進しながら体当たりするだけの単純な技。
とりあえず迎撃してみた。隙だらけだったので。
というか控えめに言って滅茶苦茶な攻撃だった。気迫だけは凄まじかったけれど。
さて、由利子の突進の威力まで上乗せしていたものだから、少しばかり過剰な威力になってしまったわ。
次第に前屈みに倒れ込んで行く由利子の意識は既に失われているようね。
勝負あった……のかしら?
あら、倒れていく由利子が呻くように何か言っているわね。耳をすませばなんとか聞き取れるくらいの小さい声で。
「お風……呂……」
それだけを言って、完全に意識を失ったようね。
お風呂……お風呂?
……あら、変身も解除されたわね。確か意識を失ってもしばらくはそのままだという話だったはずだけれど。
というか実際、昨日は由利子が意識を失ってから目が覚めるまで、変身状態のままだったのよね。
これは……お風呂に入りたい余り、無意識に解除してしまった?のかしら?
「お風呂……」
まだ言っているわ。そんなに入りたかったのかしら。
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