第13話 高梨由利子は夢に生きる

「は、はちじゅうはちぃぃぃ……はちじゅうきゅうぅぅぅ……」

「どうしたの由利子。まだ半分もできていないわよ」


 いや、あのね、リョーコさん。

 無茶ですから。


「あなたなら100回くらいは余裕だと思って200回にしたというのに」

「買い被ってくれてありがとう! でも普通に無理だから!」


 現役JKが50回以上できてるだけでも誉めてくれていいでしょ!

 しかも腰は伸ばしたままで肘はしっかり曲げてるちゃんとした腕立て伏せよ!?


 なーんて、実はちょっとズルしてる。ズルと言うか仕様なんだけど、変身してなくても使える魔法もあるのだ。

 というわけで魔法で回復力強化して挑んでいる。


 禁止されてないし契約にも違反してないし、問題なし!

 後でなんか言われても困るからリョーコにも言ってあるし。


 でも回復力を強化してるだけだから実は特に何も楽になってなかったりする。

 回復するなりすぐに無理矢理動かされてむしろ辛くなってるまである。身体能力強化も覚えときゃよかったぁぁぁぁ。


「きゅうじゅうぅぅぅ……! あのさ! せめて100回にオマケしてくんないかな!?」

「そうね。このままだと時間が掛かり過ぎるし、あと100回で切り上げましょう」


 やったー、少なくなったぞわーい。って10回減っただけじゃんかよ!


 それにしても、暑い。汗が止まらない。場所は道場で時間は8時過ぎだけど――季節は夏。この時間でもまだまだ暑い。

 風を通してくれてるから、時々ひんやりとした空気が汗に濡れた体を冷やしてくれる。

 お、今のいい風。疲れた体に染み渡る~。



  ━━━━━━━━━━━━━━━━



 ひゃく、ななじゅうはちぃぃぃ。ひゃく、ななじゅうきゅぅぅぅ。


「もう少しよ、由利子。頑張って」


 こ、この、鬼教官めぇぇぇ。


「それにしても随分時間が掛かってしまったわね。前庭でも一戦しておきたかったのだけれど」

「お、面白、そう、じゃん」


 ぜはー。


「これが、終わった、ら。早速、やって、やろう、じゃん?」


 ぜひー。


「今から? 実際に契約戦をする、ということなのだけれど……?」


 おうよ! この地獄の腕立てももうすぐ終わるんだ。そしたらやってやろうじゃんよ!

 ただし――あたしの契約内容はもう決まってるんだけどな!


 さっき汚されちゃったもんなぁ。今だって汗だくにされちゃってるもんなぁ。

 ということはお風呂に入らなきゃいけないんだよなぁ。フヒヒヒ……リョーコも一緒に入ってもらおうじゃん?


 ただし、ただ『一緒に入る』だけではダメだ。

 それだとヘタレのあたしは隅っこで丸まったまま終わってしまうのは想像に難くない。これではダメだ。


 『一緒の湯船に入る』


 これだ。これならあたしがヘタレて隅っこにいても、リョーコが力づくで一緒の湯船に放り込んでくれる。

 か、完璧だ……一切の穴が見当たらない……ひょっとしてあたし、天才かも?


 そしてあわよくば、お背中流しっこまで契約内容に入れちゃったりしてな? フヒヒ……フヒヘヘ……。

 あと少し……あと少しだ……ひゃくはちじゅうはち……ひゃくはちじゅうきゅう……。


「ひゃくきゅうじゅうぅぅぅぅ! おっしゃー! やるぞァァァ!」

「本当にやるというの?」


 …………。


 ……体が、動きません。


「あと1時間、待ってくれる?」

「構わないけれど……」


 うっぐ、穴なんて無いと思ったのに、こんなところに落とし穴が……!



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 ふぅ、ようやく体を起こせるくらいになった。というわけで縁側で涼む。あー涼しい。


「落ち着いたかしら?」

「まぁちょっとは」

「それにしても、興味深いわね。契約の強制力が働いていても、肉体の限界を超えて無理をさせることは出来ないのね」


 そりゃあ、ね。生身で100メートルジャンプしろ、とか言われても無理なもんは無理だからね。


「でも、限界に達してもそこで契約は終わらない。体力の回復を待って次に続く、と」


 その辺結構ややこしいのよね。

 絶対不可能なものはそもそも契約が成立しない。時間を掛ければ可能なものなら時間を掛けて達成させる。


 そして時間が掛かり過ぎるものは、たとえ達成可能だったとしても成立しないことがある。

 例えば1日じゃ終わらないようなものだと、まぁ相手の了承が無ければ無理だろうね。


 リョーコの「友達になって」ってのは実質半永久的に及ぶから、あたしが了承してなければ多分成立してない。

 もしくは友達になるところまでで契約は終わって、すぐに絶交することも出来ていたかも知れない。


「多分細かい仕様については委員会でも把握してないんじゃないかな? 結構問題だらけなのよ、契約戦プロミスって」


 新しい仕様を入れてみて、穴が見つかったから塞いでみて、塞いだと思ったら他の場所に穴が開いて。ネトゲのアップデートパッチかよと。

 しかも最近はもう全くアプデしてない。直しても直しても要望は無くならないから、もうどこをどう弄ればいいかわかんなくなってんだろうね。


「魔法少女もみんながみんないい子ってわけじゃないし、結構あくどいことしてる子もいるらしいのよね」

「嘆かわしいことね」


 ほんと、嘆かわしいと思う。


「例えばさ、相手の同意さえあればどんな契約でも有効になっちゃうってルールがあるのよ」

「どんな契約でも?」

「そ。それこそ一生言いなりになれみたいなとんでもないものでもね」

「でも、それは同意さえしなければいいのよね?」


 それはごもっともな意見なんだけどね。悲しいことに、実際にそういう被害に遭ってる子は存在するらしいのだ。


「言葉巧みに騙したり、元々知り合いで弱みを握ってたりとか、どうしてもそういう被害は出ちゃうのよ」

「許し難いわね」

「それに可哀相。そういう子がいたら助けてあげたいんだけどね」


 女の子は笑顔が一番。それがあたしのモットー。泣いてる子がいたら笑わせてあげたい。

 それなのに。


「どうも今のルールだと部外者からは手出しできないみたいなのよ」

「契約の力を使っても駄目なのかしら?」

「それやってダメだったらしいんだよね。人から聞いた話だけど」


 ほんと、どうにかできないものかな。やるせないなぁ。


「話し込んでしまったわね。スイカを冷やしてあるのだけれど、食べるかしら?」

「えっ、マジ? 食べる食べる!」

「では少し待っていてちょうだい」


 ラッキー。スイカなんてしばらく食べてなかったからね。これはリョーコサマサマだね。

 ようし、重い話はやめやめ。スイカ楽しみだなー。



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「お待たせ。切って来たわよ」

「って、こんなに!?」


 小さく切ってあるとはいえ、これ大玉の1/4くらいあるよね?

 え、いいの? あたし食べちゃうよ? 食べまくっちゃうよ?


 うわ、やば。めっちゃシャクシャクしてる。美味しい。言っちゃなんだけど、そこらで売ってるスッカスカのスイカと全然違う。

 あー、あとあれ。あれやってみたかったんだよね。必殺、種飛ばし。


  ――プププププッ


「ちょっと由利子。お行儀悪いわよ」

「ごめーん。1回やってみたくて」

「まあいいけれど。後でお掃除するわよ」

「へーい」


 あー、なんかいいな。この空気。田舎に来たみたい。いや田舎だけどここ。

 田舎に親戚なんて居ないからこういうの初めてかも。あー、ほんと落ち着く。


 …………。


 こういう家って、お風呂とかどんなんなんだろ?

 まさか五右衛門風呂とかじゃないよね……?


 あれ? もし五右衛門風呂だったとして、そんなのにリョーコと一緒に入ったりしたら――裸で密着? あたし、死ぬのでは?

 心拍数とか余裕で毎秒10回とか超えちゃうのでは? 無理。さすがのあたしでもそれは死ねる。沸騰して死ぬ。


 い、いや、さすがにお風呂は普通の湯船でしょ。トイレだって普通の和式だったし。


 ……ごめん、リョーコ。

 汲み取り式だったらどうしようとか無駄に警戒してたりして本当にごめん。


 いやトイレの話は今はいいのよ。今はお風呂。

 果たして湯船にはゆったりした広さがあるのか否か。もし、小さな湯船だったりしたら……。


 っていうか、2人で入ってゆったりできる広さって、一般家庭じゃそうそう無いよね?

 狭い湯船に向かい合って入るとか……無理無理無理! 死ぬ死ぬ死ぬ!


 でも、それもいいのかもしれない。あたしは夢に生き、そして夢に死ねるならむしろ本望。


 …………。


 いや待って。

 そもそもなんでもう一緒に入る前提で考えてんの! 契約戦プロミスまだじゃん! これからじゃん!


 あーもう、絶対勝ってやる!

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