第2章 沙々霧涼子の新たな日常
第10話 沙々霧涼子の異文化交流
今日は由利子とお出掛けの日。誘ってきたのは由利子の方。
自分で言うのもなんだけれど、あんな強引な手段で友達になってもらったというのに。随分快く受け入れてもらえたものね。
由利子にも言われたけれど、普通にお願いするだけでも友達になってもらえていたのかしら。
でも、私にはそんな勇気は無かったのだから仕方ない。
そして――その由利子は今、なんだかそわそわしている。どうしたというのかしら、この子は。
「ねえ、由利子」
「ほ、ほぁい!?」
おかしな声で返事をしてきたわね。本当にどうしてしまったのかしら。
「これからどこへ行くのかしら?」
「あ、う、うん。いろいろ考えたけど、まずスポーツ用品店かな」
「あら。由利子、スポーツに興味あるのかしら?」
「いや、あたしじゃなくて。リョーコさ、ブルマやめてスパッツとかどうかなって」
スパッツ。……知らない単語が出てきてしまったわ。
何となくそんな気はしていたけれど、どうも私は世事に疎いようね。
「スパッツ? スパッツとは」
「知らんのかい。いやまぁ、気に入るかどうかわかんないけど、見てみてよ」
よくわからないけれど、私のためにいろいろ考えてくれたのかしら。
それは嬉しいわね。
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「というわけで、これ穿いてみよう」
と言って差し出されたのは、短パンのようなもの。
「これがスパッツ?というものかしら?」
「そうそう。いやね、ブルマもいいんだけどね、ちょっとマニアックすぎるっていうかね」
マニアック……一体何がどうマニアックなのかしら。
ともあれ、ブルマのように下着の上に穿くもののようではあるけれど。
「別にブルマでもいいのでは?」
「いや、だからね。刺激がね」
刺激とは。何を言っているのかさっぱりわからないわ。けれどもまあ、折角だし試着してみようかしら。
試着室を借りて――穿いてみる。短パンとは違ってぴっちりとした感じね。思ったよりは動きやすい……のだけれど。
「リョーコ、どう?」
「悪くはないけれど……やっぱりブルマの方が動きやすいわね」
「んー、そっかぁ……。まぁリョーコは実用性で選んだ方がいいかもね」
「そうね」
そう、主に長距離移動中や戦闘中に穿くものなのだから実用性で選ぶべきでしょう。
これも決して悪くはないのだけれど、やはり腿を布地で覆わないブルマの方が足の動きを阻害しなくていいわ。
それなら、考えるまでもないはず。なのだけれど。
「やっぱり買ってみるわ」
「えっ!?」
「なんとなく買ってみたくなったの」
「そ、そうなんだ?」
自分でもよくわからないのだけれど、わかる気もする。由利子が私のためにいろいろと考えてくれたのが、嬉しかったのよね。
でもそうなると、ブルマはもう使わなくなってしまうわね。どうしようかしら。
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「あーしまった!」
「どうかしたのかしら?」
「ほらリョーコさ、うちで着替えてったじゃん。それで着替えた服置き忘れてったでしょ」
……そういえば、やけに荷物が軽いと思っていたのよね。うっかりしていたわ。
「返そうと思ってたのにすっかり忘れてたー」
「もう一度寄るのだし、その時に返してもらうわ」
「うん、そうして。もひとつ忘れてたんだけどリョーコ、ケータイとか持ってる? 番号交換しない?」
「ケータイ? ケータイとは」
……由利子が頭を抱えてしまったわ。
「えぇぇ……、存在自体知らないの……?」
「ごめんなさい。世事には疎くて」
「そういう次元かなぁ……」
正直これは――参ったわね。わからないことが多すぎるわ。
今まで人生の大半を修業に費やしてきたけれど、もう少し人との接点を持つべきだったかしら。
とりあえず、世間では普通に出回っているものらしいわね。
「携帯電話。持ち歩ける電話よ。今はスマホってのが主流だけど、あたしはガラケー派なのよね」
スマホ? ガラケー? 新しい単語がいろいろ出て来たわね。
でも、持ち歩ける電話だなんて、便利ね。
「ちなみにあたしのはこれね」
あら、思ったより小さいわね。でも、これが電話……?
ただの板のようにしか……開いたわ! そして何やらボタンと画面が……これは、まるで未来の秘密道具ね。
「由利子、あなたひょっとして、未来の世界から来たのかしら?」
「ちげーし。っていうかこれ割と古いタイプだからね?」
そんな……。これが、現代の技術で作られているというの!?
俄かには信じられないけれど、言われてみれば似たようなものを使っている人を良く見るような気もするわね。
あら、あの人が使っているのは本当にただの板のようにしか見えないわね。微妙に大きくて折り畳めないようだし、古いタイプなのかしら?
「リョーコも持ってると便利だと思うけど、どう?」
こ、これは……本当に便利そうね。
あら? でもそういえば。
「スマホ?というのもあるのよね? そっちはどうなのかしら」
「い、いや~、リョーコにスマホはまだちょっと早いんじゃないかな~?」
早い? 何が早いというのかしら。専門的な技術や資格が必要になるのかしら?
「ではガラケー?というものにしてみるわ」
「んじゃ、見に行ってみよっか」
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ふふ。
これが、携帯電話。
「ねえ由利子。掛けてみてもいいかしら?」
「いいよー。でもその前にアドレス登録しとこっか」
番号を……機械に覚えさせられるのね。こんな小さな機械だというのに本当に便利ね。
「も、もしもし」
「はーい。繋がってるよー」
由利子の声が聞こえてくる。目の前にいるから本人と機械の両方から聞こえてくるわね。
おかしな感覚だわ。
「本当に会話ができるのね。不思議だわ。線も何も繋がっていないというのに」
「テレビだって電波受信して映ってるじゃん。それと同じようなもんでしょ」
「な、なるほど……」
テレビと比べたら音声だけなのだからそれほど難しいことではないのかしら?
それでもこんな小さな機械でそれをやってしまうのは凄いことなのだと思うけれど。
ひょっとして、将来は音声だけでなく映像まで送れる携帯電話ができてしまうのかしら。
……さすがにそれは未来のお話すぎるかしらね。
「ところでそろそろなんか食べない? すぐそこのマクドゥとか」
「いいわね。マクドゥは私もよく行くわ」
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マックドゥドゥルナルド。
国産鶏ささみ100%使用で女子高生に人気らしい健康志向バーガーショップ。
ささみは好物なので私もたまに来ているわ。
ただし持ち帰りで。人の居る場所での食事が、どうにも苦手だったのよね。
「あたしはトリプルササミチーズバーガーセット。ドリンクはアップルティーね」
「私はササミバーガーセットでドリンクはアイスコーヒーにしようかしら。それとササミナゲットを」
注文して、空いている席は……と。四人席しか無いわね。
そのうちのひとつに由利子が座ったので、私もその隣の席に――
「なんで隣ぃ!?」
……いきなり叫び出されてしまったわ。何がいけなかったのかしら。
「こういう場合、お友達なら隣に座るものだと聞いたはずなのだけれど」
「正面! 友達なら正面だから! 隣に座るのは、コ、コイビ……」
こっこいび? 初めて聞く単語ね。やはり知らないことが多過ぎて困るわ。
「ま、まぁ? あたしは別に? それでもいいけど? みたいな?」
「わかったわ。では正面にするわね」
「あ、うん」
……? 言う通りにしたのに何故だかがっかりしている感じね。
よく分からないけれど、ともあれ正面に座ればいいのよね。
…………。
な、なんだか落ち着かないわね。というか、なぜか由利子がじっと見てくるわ。
「……なに、かしら?」
「あ、いやね。リョーコって和食のイメージだったからさ、こういう店で食べてるとこって想像できなくて」
「そうかしら」
確かに普段は和食の方が多い――むしろ殆ど和食かしら? 言われてみれば和食ばかりのような気もするわね。
と言うかマクドゥ以外は和食しか食べていないわね。
そのマクドゥも姉さんが買ってきたものを試しに食べてみるまでは興味も抱いていなかった気がするわ。
でも私はむしろ、別の意味で今の自分の姿が想像できなかったわ。
誰かと向き合っての食事。昔は家族で食卓を囲んでいたりもしていたけれど。今では家での食事もひとり。
学校でもなるべく人の居ない場所へ行って食事していた。
だから本当に、久しぶりなのよね。誰かと向き合っての食事。
ただそれだけのことで、何故だかとても楽しい気分になる。
ああなるほど。私は今、幸せを感じているのね。
目の前に由利子がいる。ただそれだけのことで、心が満たされている。
「由利子、今日はありがとう」
「ん? なに?」
「今日はとても、楽しかったわ」
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