第9話 高梨由利子は取り乱す

 …………朝。


 寝坊した。いろいろあってアラームセットし忘れてたみたいだ。

 土曜日で良かった。学校あったら完全に遅刻だったわ。


「おはよう、由利子」

「ん、おはよう」


 …………。


「なんで隣で寝てんの!?」

「なんでって、あなたの方から誘ってきたんじゃないの」

「ほぇあ!?」


 あたしが!? 誘った!? あたしの方から???

 いやいやいや有り得ないでしょ。だって――


「はいそれウソ! だってあたしにそんな度胸ないもん! はい論破!」


 決まった……! 完璧な理論武装……!


「そう言われても実際に誘ってきたじゃないの」


 か、完璧な理論武装なんだから素直に論破されてくれよぅ……。え、ええ……マジであたしから誘ったの……?


「床で寝ていたら、凄い剣幕で『客を床で寝かせられるか』って叩き起こされたわ」


 …………! そうだよ! お客さんへの単なる気遣いだっただけなんだ!

 よかった! やましいことなんて何も無かったんだ!


「それにしても、お互い随分寝坊してしまったようね」

「だね。ほんと休みでよかったよ」

「あんなに激しく交わってしまったんだもの。よほど疲れていたんでしょうね」


 …………。


 激しく、交わってしまったんですか……?

 いやいやいや。あたしの潔白は証明されたばかりでは……?


「えっ、待って。交わったって、それもあたしの方から……?」

「いえ、それは私の方からね。由利子、あなた覚えていないの?」


 全く、記憶にございません……!


 でも全貌は見えてきた。つまりあたしは親切心で一緒のベッドで寝ようと提案しただけなのに。

 この魔性の女は……! ベッドに入った途端に本性を現して、嫌がるあたしを無理矢理……!


 いやまぁ一旦は覚悟決めちゃったんだし、それ自体はこの際いいとして!

 問題なのは! そんなことじゃなくて!


 なんで! その時の記憶が綺麗さっぱり無くなってんのよ!!!


 あたしの初めてなのに! 初めてだったのに! これじゃ余韻にも浸れない! 思い出にもならない!

 結果だけが残って、過程が消し飛ばされるなんて! あんまりだよぅ……。


「あんなに激しかったんだもの。疲れてしまうのも無理は無いわ。私だって初めての契約戦プロミスだったのだし」


 そ、そんなに激しかったんだ……?


「――って契約戦プロミスの話かよォ!?」

「他に何があると言うの?」


 ……無いね!


 な、なーんだ。そっちか~。あーもう、ビックリしたなぁもう。

 っつーか紛らわしいんじゃい本日2度目! あ、1度目は昨日だった。


 でまぁ、結局。大人の階段、登らなかったのか……。

 ……ガッカリなんて、してませんよ?



   ━━━━━━━━━━━━━━━━



「それでは一旦帰るわね。昼過ぎにまた来るわ」


 というわけで。午後からはお買い物デートである。


 契約戦プロミスで勝ってたらお買い物デートに付き合わせるつもりだったのよね。

 負けたのにお買い物デート。やっぱり実質あたしの勝利なのでは?


 とりあえず、リョーコはブルマ卒業させよう。っていうかどこで買ったのよあんなもん。


 あと……あれだ。どうしよっかな、あれ。

 パンツ。モロに見えてしまった。

 飾り気も何も無い、無地のパンツだった。10枚千円とかで売ってそう。


 いやーもうちょっと色気とか出してもいいんじゃない? いっそあたしが選んであげる?

 いや他人のパンツのプロデュースは……やっぱ無理だわ。


 それにある意味イメージに合ってる気がしないでもないのが困りもの。

 ……うん、洒落たパンツ穿いてるとことか想像できないね。


 っていうか、顔洗って来なきゃ。リョーコに洗面所貸しちゃってたからまだ洗ってないんだよね。


 って、なんかある。何、このボロボロの布……。これ、リョーコが契約戦で着てた服なんじゃ……。

 えぇ……、置き忘れてったの? まぁ午後にまた来るんだしその時返せばいっか。


 …………。


 契約戦で着てた服、か……。汗とか、臭いとか、染み込んでたり……

 いやいやいや嗅いだりなんてしませんよ?


 あっ、なんか落ちた。なんだこれ――


 ――って!


 パンツじゃん!

 なんでこんなもんあんのよ! 服と一緒に着替えて忘れてったの!? 忘れんなよ!


 う、うぐ、しまった。うっかり拾ってしまった。しかも両手で。まずい、両手の自由を奪われた。

 なんとか、元に戻さないと……。


 元は折り畳まれたジャケットとワンピースの間に挟まれる形で置いてあった。

 パンツを落とした後、ワンピースはジャケットの上に置いてしまった。

 つまり元に戻すにはワンピースを一旦どかさないといけない。


 でもどうやって? 両手はパンツで塞がってる。

 足を使う? いや他人の衣類を足でどかすとか失礼でしょ。

 じゃあ口で? って口でも同じでしょ落ち着け!


 いっそパンツを口で……いやいやいや天才的発想だけどダメでしょそれは!


 一旦パンツを床に戻す? いやそれもダメだ。拾い直せない。

 さっき拾えたのは、この布がパンツだとは認識していなかったからだ。既にパンツだと認識してるものをまた拾うとか無理!


 ダメだ……詰ん……だ……。



  ━━━━━━━━━━━━━━━━



 あれから30分。あたしは遅い朝食を摂っている。なんとか、危機は去った。

 あの後あたしは――両手で持っていたパンツから、右手だけを離すことで右手の自由を取り戻すことに成功した。

 そして右手でワンピースを持ち上げ、その下にパンツを置くことができたのだ。


 なんという発想の転換。あたしじゃなきゃ気付かなかったね。


 長い……長い戦いだった。だがやり遂げた。やり遂げたのだが――洗面所には今もパンツがあるのだと思うと落ち着かない。

 お願い早く来てリョーコ。


 あ、食べ終わったら歯磨きしなきゃ。洗面所で。パンツのある洗面所で。

 きょ、今日は台所で歯磨きしよっかな。あ、でも洗面所に歯ブラシ取りに行かなきゃ。

 どっちみち洗面所には行かなきゃならんのか……っ!


 もう一旦パンツは忘れる! 忘れろ! それより午後だ! お買い物デート!


 お買い物デートは今までに何度もやってる。契約戦プロミスで勝った時はだいたいこれ。

 だからまぁ、慣れたもんよ。


 今日も今までと同じように、いろんなお店見て回って、お食事して。

 気分次第でカラオケとかボーリングとか行ったり、映画とか見たり。


 以上。それ以上のことはやったことないです。というかできないです!


 デートとか言って、結局友達感覚なんだよね。

 食事なんてだいたいファーストフードとかだし映画だってB級ホラーとかだし。


 でも相手の方から誘って来ちゃったりしたら?

 そ、その時はそういうのもいいかなー、なんて思っちゃったりして?

 

 でも未だそんなことは無し! いい雰囲気になったことすら無し!

 こ、これがあたしの限界なのか……! 基本受け身なのが悪いのか……!

 それとももっと単純にあたしに魅力が――いやいや考えないでおこう。


 でまぁ、今日はリョーコなのよね。リョーコに限ってそんなことは、ねぇ?

 昨夜のことでだいたいわかったのよね。あの子はもう、そっち方面のことはあたし以上にダメだね。

 ダメと言うか、もう完全に無関心っぽいのよね。だから期待するだけ無駄無駄。


 今日はもう、軽い気持ちで行かせてもらうわ。むしろ気が楽でいいわ。



  ━━━━━━━━━━━━━━━━



 昼過ぎ。リョーコが来た。リョーコが来て、言った。


「ねえ由利子。せっかくだから今日はあなたが私の家に泊まって行かないかしら?」


 …………。


 ふ、ふゥーん。


 いやいやもう騙されませんよ? 普通に一晩泊まるだけなんでしょ?

 知ってる知ってる。


 さて。


 泊まりとなると替えの下着とか用意しなきゃいけないよね。どうしよ、一番のお気に入りは今着けちゃってるんだよね。

 あーそうだ。この前買ってまだ下ろしてないやつ。あれにしましょうそうしましょう。


 いやね? 別に気合い入れてるとかそういうのじゃなくてね?

 ほら友達の家に初めて泊まらせてもらうんだし? 最低限の礼儀ってやつだから?


 そもそもリョーコに限ってそんなこと……ねぇ?

 無い無い無い。有り得ない。

 期待するだけ馬鹿を見るってもんよ。


 …………。


 パジャマは可愛い系でいいのかな……? お、お色気系とか、買ってみるべき?

 いや、ここはやっぱり可愛い系だね。キャラがブレるのは悪手よ悪手。


 ……さて。


「とりあえず泊まりの準備してくるね。でも荷物になっちゃうから後でもっかい寄らせて?」

「ええ、わかったわ」


 ……さて。


 べ、別に緊張してきたとかそういうのじゃないけど。

 後でもっかいトイレ行っとこ。

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