第8話 高梨由利子は覚悟を決める
「……へぁっ?」
変な声が出た。
えっ、何? 今なんて言った?
っていうか、リョーコ、あんた、何で、そんな……顔真っ赤なのよ。
さっきまで真っ白い肌だったのに。全身、ほのかに赤くなってる。顔なんて真っ赤だ。
えっ、待って。聞き間違い……じゃないの?
「お願い。今日は帰りたくないの」
…………。
はああああああああああああああああああああ!???
「ま、待って。リョーコ待って。落ち着いて」
っていうかあたしも落ち着け。素数だ。素数を数えて落ち着くんだ。
1、3、5、7、9、11、13……よし落ち着いた。
「いや、ごめん。悪いんだけどベッドが一つしか無いのよ」
「別に問題ないわ」
それ、は……つまり。やっぱり一緒に寝るってこと?
「いや、いやいやいやまずいでしょそれは。あたしたちまだ高校生だからね?」
「高校生にもなればこのくらい普通でしょう?」
うっぐっ。確かにそんなような話は聞くし憧れてるけどもおおおおおお。
「あの、ね。恥ずかしながらあたし。そういうの初めてで、ね」
「私だって初めてよ」
「っていうかあたしたち、女の子同士だよね!?」
「それが何か問題かしら?」
くっ、くぅぅ。まさかあんたもこっち側だったなんて……。
あたしだってこっち側だけど! でも!
「もうちょっと、こう……清い関係でいたいっていうか? もっと段階を踏んで、っていうか……」
そりゃあたしだってそういうの興味津々だけど! でもあくまで一期一会の関係って言うか、一夜限りのロマンスって言うか!
だってこれから友達としてやってくのに、そんな関係になっちゃったら明日からどんな顔で会えばいいのよ……!
っていうかお願い折れて! 実のところめっちゃ理性が揺らいじゃってるんだから!
「……やっぱり、初めてが私とだなんて嫌かしら」
「うぐっ」
ち、違う、んだってば……! そういうことじゃ、なくって……!
「い、嫌とかじゃ、なくてね? そういうことじゃなくて……」
「嫌じゃないのなら、いいでしょう? お願いよ!」
な、何で、そんなに、必死なの……?
そんなに、あたしの、ことを……?
「それにあなた、さっき言ったわよね? 『何でもする』って」
「うっぐぅぅー」
それを、言われて、しまうと、おおおおお。
「何でもするとまで言ったあなたの覚悟は、その程度のものだったのかしら?」
「う、うぅぅ、ぐぅ」
あれは、契約じゃない。何の強制力も無い。
ただの口約束。いや口約束かどうかすら怪しい。でも。
「わかった」
「それじゃあ」
「いいよ。自分で言った言葉の責任くらいは取るから」
「……よかったわ」
すごく、ホッとした顔をしてる。不安だったんだ。拒絶されるのが。
よっぽどの覚悟だったんだ。それをあたしは、自分の都合で踏みにじろうとしてたんだ。
…………。
あたしは、ヘタレだ。
こういうことに関しては、どうしようもなく奥手だ。興味津々だとか言いながら、逃げることばっかり考えてた。
そんなんじゃダメだ。あたしも覚悟を決めよう。
でも、その前に。
「ごめん、先にシャワー浴びてくる」
「ええ。その後に借りるわね」
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…………。
了承、してしまった。
いやもう、覚悟は決めた。後はなるようになれ、だ。
あたしだって、女の子は好きだ。可愛い女の子が大好きだ。
でもそれは恋だの愛だのといった感情ではなくて。
正直に言うならば、下心だとか劣情だとか、つまりは不純なもの。
い、いいんだろうか。こんなんで。
で、でもリョーコの方から言ってきたんだし? いい……んだよね?
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「お待たせ。あーすっきりした」
「では次は私が借りるわね」
「どうぞー」
…………。
いやすっきりなんてしてない。
いやいやいや。
あたしが? 大人の階段を? 登っちゃう?
現実味が、無さすぎる……。
今までいい雰囲気にすらなったこと無いんだもん。
…………。
でも今更、やっぱりダメとか言ったらどうなる?
リョーコ傷付くよね? 泣かせちゃうかもしれないよね? うん。それはダメだ。
女の子を泣かせるなんてダメだ。女の子は笑顔が一番なんだから。
というわけで、うん。
た、大義は、我にあり。ということ、で。
…………。
あ、そろそろ出てくる。ようし。腹は括ったぞ。
「いいお湯だったわ。ごめんなさい、待たせてしまったようね」
「あ、ううん、気にしないで」
なんか、色っぽいな。白い肌も、黒い髪も、ツヤッツヤだし。
これでもうちょっと胸があれば……いや、言うまい。
と、とりあえず。切り出した方がいいのかな。
「あ、あの、さ。ベッド。本当に小さいベッドなんだけど」
「問題ないわ。私は床でも寝られるから」
あ、そうなんだ。……なんだって?
「問題ないって言ったでしょう? あ、そこのクッションを借りてもいいかしら? 枕にちょうどいいわ」
「あ、はい。どうぞ」
あー、問題ないって、そういう……あれ? でも、あれ?
「それにしても助かったわ。私の家、遠いのよ。今から帰るのは正直面倒くさいと思っていたの」
あ、今日は帰りたくないって、そういう……。
「夢も叶ったわ。学校でよく話に聞いて憧れていたの。お友達とのお泊り会」
そうだよねー。高校生にもなればそれくらい普通にやるよねー。
「あとは、ガールズトーク? というのをやるらしいわね。何を話せばいいのかしら?」
何と言われれば、まぁ盛り上がるのは恋バナなんだけど……ぶっちゃけあたし恋愛経験とかねーですし。
リョーコもそういうの無いだろうし、ほんと何話せばいいんだ?
「髪が乾くまでは寝られないのだし、何かお話ししましょう」
「そだね」
いやー、ははは。ちょっと早とちりしちゃいましたねー。
あーもう。紛らわしいんだよコンチクショウ!
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「そういやリョーコさ、技名とか叫んでたじゃん? あれってやっぱりその方が威力上がるとか?」
「いえ別にそんなことはないけれど……技名を叫ぶのは少年漫画の常識でしょう?」
あ、読むんだそういうの。
なんかこの子、イメージわかんなくなってきたな。
「どんなの読んでんの?」
「最近読み始めたのだけれど……ドラゴンボーイを読み終わって、今は
ほう、まずはレジェンドからですか。
「極北の拳にも興味あるわ」
「お、おう」
ちょっと、それは……リョーコが読んでるイメージ湧かないかな……。
なおあたしは読んだ模様。
「あー、あとあれ。いきなりビュンって距離詰めてくるやつ。技名言ってなかったけどあれも技だよね?」
「あれは『縮地』ね。詳細な術理は明かせないけれど、簡単に言うと体内に溜めたバネで地面を蹴る感じね」
「なるほどよくわからん」
「同じように掌から相手に打撃を叩き込むのが震天。これには派生形がいくつかあるわ」
「両手使うやつ?」
「そうね。ちなみにあなたに使ったのが
「いくつかあるんだ?」
「ええ。障壁を砕いたのが
……なんかやたらと饒舌になってきたな。
「壱の呼吸・
「ちょ、ちょい待っ――」
「他に三つあって弐の呼吸が痛覚を遮断する
「リョーコ? ちょっと落ち着い――」
「不断と合わせることで真価を発揮するのが『
「ストォーーーーーップ!!!」
「…………」
「…………」
「どうしたの由利子。いきなり大声を上げて」
「あ、いや、うん。そろそろ髪も乾いてきた頃だし、そろそろ寝た方がいいのかなー?って」
「……そうね。そろそろ寝る時間かしらね」
「うん、ごめん。話を折っちゃって」
「いいえ。むしろ本題に入る前で良かったわ。あのまま続けていたら話が長くなってしまっていたもの」
あ、あれでまだ本題入ってなかったんだ……。あ、危なかった……。
まぁ気を取り直してっと、ヘアゴムヘアゴム。いつものアホサイドアップを……っと。
「これから寝るのに、邪魔になるのでは?」
「まぁ、ね。でもこれやってないとなんか落ち着かなくてねー」
なーんかざわざわすんのよね。
お風呂入る時はしょうがないけど、寝る時はこれやっとかないと寝付けないのよ。
「ではおやすみなさい」
「ん、おやすみー」
ほんとに床で寝ちゃった。毛布は貸したけど。
さて、楽しいガールズトークの時間は終わった。……ガールズトーク?
そう、あれはガールズトーク。間違いなくガールズトーク。だってガールズがトークしてたんだもん。だからガールズトーク。はい論破。
まぁ、なんだ。
怒涛の一日だったけど、終わってみれば美少女ゲットしたし貞操も守られたし。
あれ? 契約戦(プロミス)では負けたけどこれ実質勝利では?
……そう、あたしの貞操は守られたんだ。
あれだけ覚悟決めたのに。腹括ったのに。大人の階段登らなかった。
それで? あたしら今どうなってる?
ふたりは別々に寝ているね。
…………。
あたしはベッド。リョーコは床。あれ? これダメでしょ。
…………。
起き上がって、ベッドから降りて。
そのまま、床で寝てるリョーコのところへ。
「……由利子? どうしたの?」
起きていたのか、気配に気付いて起きたのか。とりあえず質問には答えないで。
さてこの状況、このままでいいの? いやいやいいわけが無い。
「いいわけあるかぁーーーーーっ!!!」
貸していた毛布を、一気に剥ぎ取った。
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