第7話 はじめての沙々霧涼子
お友達ができたわ。初めての……ふふ、初めてのお友達。
過程については……まぁ、置いておくとして。今日はなんていい日なのかしら。
今はその友人宅に向かっているところなのだけれど。
その友人――由利子が神妙な顔で話し掛けて来たわね。
「ねぇリョーコ」
「何かしら?」
「やっぱりさ、リョーコも変身しよう。
「必要かしら」
魔法衣を着ることで得られるメリットを思い出す。
まずは防御力の向上。まぁ便利ではあるけれど回避するなり捌くなりしてしまえば問題ない。
次に認識阻害機能。人が居れば気配で分かるし、その時は気配を消してやり過ごせば……あぁ、なるほど。
「確かにこれからは必要になるわね」
「でしょ」
一人で行動している時はそれで良かったけれど、二人以上で行動する場合、これでは足並みを乱してしまう。
着ることのメリットというより、着ないことによるデメリットが大きいわけね。
「正直、魔力が心許ないのだけれど……試しに着てみようかしら」
魔法衣の着用。これも初めてね。由利子は変身と言っていた。初めての変身。
でも言うほど変身しているかしら。顔も体型も変わっていないわよね。
前に着用を試みたこともあるけれど、全身が虚脱感に襲われて断念してしまった。
でも今は由利子がいることだし、いざとなったらどうにかしてもらいましょう。
「もし倒れてしまったら、お願いするわね」
「ま、やってみ」
魔法衣の着用には魔法具を使用する。魔法少女全員に支給される量産型の魔法具だとか。
ちなみに一般的に魔法具というのは、私が使っているブーツのような一点物を指すらしい。
どちらも魔法具であることに変わりはないはずだけれど、魔法具という言葉に特別性を持たせたいのかしらね。なんとなく分かるような気はしないでもない、かしら。
その変身用の魔法具――直径2cmほどの小さな宝玉。これを手に持って念じることで起動する。
……………………。
やはり激しい虚脱感。それでも続行。
やがて、魔法具の起動を確認。と同時に虚脱感が薄れてくる。
なるほど、魔法具は使用者の代わりに魔法の行使をしてくれる。起動にこそ魔力を消費するけれど、起動さえしてしまえば後は魔法具が魔力を補ってくれるわけだ。
最初の虚脱感に慣れてしまえば問題なく使えるでしょうね。
さて、起動してまず最初にすることは――魔法衣のデザイン。これはもう決めてあるから次へ。
次に変身用魔法具――宝玉のデザイン。これはとりあえず首飾りで。
次は……杖のデザイン? 杖と言っても形状は杖でなくてもいいらしいわね。
それなら手袋にしておきましょう。色は靴と同じく白。
次は……なるほど、ここで設定しておくわけね。
「防御強化機能は要らないわね」
「何言ってんの!?」
……大声で抗議されてしまったわ。
「えっ、ちょっ――何言ってんの?」
「何かまずかったかしら」
「いや当たらなければ問題ないって言いたいんだろうけど……えっ、マジ本気?」
「少しでも魔力を節約したいのよ」
この機能を使うと、次回以降の起動時に消費する魔力量が増えるらしい。なので使わずに済ませたいのだけれど……。
「いやね、いくらリョーコが強いったって魔獣の攻撃が掠ったりでもしたら大怪我なのよ?」
「それは別に問題無いわ」
怪我だなんて武術をやっていれば日常茶飯事なのだし、それに何より――
「私は元々一人だもの。誰も困らないわ」
「いや、あのね――」
……あら? 何かしら、由利子……怒っているのかしら?
「あたしたちさ、友達になったんだよね?」
「え? ええ」
「友達としてはね、友達が怪我して倒れるのって嫌なの。困るの。悲しいの。わかる?」
あ……。ああ、そうなのね。友達になるというということは、そういうことなのね。
「ごめんなさい。そういったことは今まで考えたことも無かったわ……」
「あー、まぁこれからいろいろ教えてあげるけど、とにかく身体は大事に。最低限の強化はして?」
「わかったわ」
「素直でよろしい」
心配して怒ってくれていたのね。
初めての友達が出来て浮かれていたけれど、浮かれているだけでは駄目ね。もっと世間を知らなくては。
ともかく、防御強化は最低限に設定、と。
あとは――変身時の演出? 何かしらこれは? 演出も何も、一瞬で完了するのが一番効率いいわよね?
本当に何なのかしら……?
「設定は終わったわ。早速変身?してみるわね」
「待ってました!」
なんだか妙にワクワクしながら待っていてくれたようね。そんなに楽しみなものなのかしら。
では期待に応えて。魔法衣のイメージ。ほんの一瞬、光に包まれて。変身完了ね。
「これが魔法衣というものね」
「えぇー、それで終わりー?」
さっきまでとは打って変わって残念そうにしているわ。何が不服だったのかしら……。
「何かまずかったかしら」
「いや、魔法少女の変身だよ? もっとこう、キラキラクルクルしてさ、かっこいいポーズとか決めたりさ」
キラキラクルクル?というのを身振りで見せてくれているけれど……つまりそれが変身時の演出というものかしら?
……それ、必要なのかしら。
「あとついでに一旦裸になるのも基本だよね」
一体何の基本だというのかしら。というかなぜ裸なのかしら。
「あなたはそうしているの?」
「いや、さすがに裸にはならないけど」
「…………」
「…………」
「ならいいじゃない」
「いやでもポーズ! ポーズくらいは取ろうよ!?」
よくわからないけれど、大事なことなのかしら。次回からはやるべき……なのかしら。必要性がわからないわ。
それはそうと……今度はおかしな視線を投げつけて来ているわ。
「その服、気に入ってるの?」
「ええ、同じものを何着も持っているわ」
「そ、そうなんだ……」
つい先程まで、
妙にしっくりくる。
「いや、似合ってるよ? 似合ってるんだけどさ。どうせならもっと別の格好も見てみたかったんだけどなー」
「まあ他の服も持っているから、それはまた今度見せるわ」
「んじゃ、それは後のお楽しみってことで、ちょっと急ぐよ」
そう言って魔法で体を浮かせている。飛行の準備に入ったようね。
「多分大丈夫だと思うけど、早過ぎたら言ってね」
「了解よ」
由利子が一気に加速し、私もそれを追い掛けるように走り出す。
と、しばらくして急に減速し始めたわね。追い付いて横並びになったところで由利子が目線を逸らしながら――何かしら。
「あー、あのさ。あたしもうちょっと高いとこ飛びたいのよ。屋根の上あたり」
「目視できる高度なら問題ないわ。どうぞ」
「だからね、高いとこ飛ぶからあんまり上見ないで欲しいなって」
「上を見ないと追い掛けられないわ」
「あー、いや、うん。そうなんだけどねー」
わけのわからないことを言う子ね。どうして欲しいのかしら。
……ああ、なるほど。
「スカートの中が見えてしまうのが嫌なのね。それなら私のブルマを貸してあげるわ」
言いながらワンピースの裾を持ち上げてみせると――
「か、借りれるか! 穿けるかぁ! って――」
何かしら。由利子の顔が急激に真っ赤になり始めたわ。
「おっ、うっ、おっ……」
しかも何故か変な声を出しながら微妙に距離を取り始めて――
「おぎゃああああああああっおごばっ!」
――ゴガンッ
「ちょっ、由利子!?」
わ、わけがわからないわ。
何もしていないのに唐突にもんどり打ったと思ったら電柱に顔面から激突してしまったわ。一体どうしてしまったというの。
「由利子、大丈夫?」
「だ、大丈夫、じゃないけど大丈夫。いや、それよりリョーコ! 履いてない! ブルマ履いてないよ!」
「えっ? あら。しまったわ」
魔法衣のデザインを決定する際にブルマのことを失念していたようね。これは困ったわ。
「あとリョーコ、その魔法衣、インナー普通にパンツにしちゃってる? 大抵はレオタードとかにしてるんだけど」
「レオタードに? 何故?」
「あああああ暗黙の了解過ぎて忘れてたああああああ」
頭を抱えながら大声で叫び始めたわ。それほどまでの大問題だったのかしら。
「あんたがブルマ履いてたのと同じ理由よ。パンツ見られると恥ずかしいからレオタードにしてるの!」
「合点がいったわ。……あら? ということは由利子はレオタードなのよね? それなら下から見られても問題ないのでは?」
「いやね? そうなんだけどね? それでも恥ずかしいものは恥ずかしいというかね?」
なんだかもじもじと気持ちの悪……もとい奇妙な動きをしているわ。なんなのそれは。
「つまり恥ずかしいのよ……」
「レオタードにした意味とは」
何か不毛なやり取りをしたような気もするけれど、ともあれ今は目の前の問題をどうにかしましょう。
要は由利子のスカートの中を私が見なければいいということよね。
「気配で追うこともできるけれど……少し疲れるのよね。私も由利子と同じ高度を行くわ」
「えっ、リョーコ飛べるの? あっ、そっか跳ぶのか」
由利子と同じ高度――屋根の上くらいなら簡単に上れるし、足音を立てずに走れる自信もあるわ。
本来なら不法侵入になってしまうけれど、魔法少女ならば問題無いらしい、と聞いている。
「でもリョーコ。その……あんた、パンツでしょ? 下に人いたらどうすんの?」
「……? 普通の人からは認識されないのでしょう?」
「あ、うん。本人が気にしないならいいよ、それで」
「それじゃあ行きましょう。でもその前に由利子?」
これだけはどうしても……さっきから気になっているのよ。
「本当に大丈夫? 鼻血が凄いわよ」
「あ、うん大丈夫」
「でもその鼻血」
止まる気配が無い。
相当強くぶつけていたとは言え、魔法少女は自然治癒力も高いと聞いている。そろそろ止まっていてもいいはずなのだけれど。
「大丈夫だから! これは本当に大丈夫だから!」
まあ……大丈夫だと言うのなら大丈夫なんでしょう。
何やら興奮気味のようだし、少し抜いておいた方がいいのかも知れないわね。
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「着いたよー」
そこは普通の一軒家。でもそれにしては――
「明かりが点いていないわね」
もう夜も遅いというのに。
「今は一人暮らしだからね。両親は出張中っていうか」
「あら、そうだったの」
一人暮らし。今、この家には誰もいない。
「ま、入って」
「お邪魔するわ」
今、この家には二人きり。ということは。
「なんか食べる? 簡単なものなら作るけど」
「いえ、それはいいわ」
ひょっとして、許されるのだろうか。初めての経験。私の、初めての。
思えば今日は初めてのことだらけだった。
初めての契約戦。初めての友達。初めての魔法衣。初めての友人宅。
「ねえ、由利子」
「ん? なに?」
頬が紅潮しているのが自分でもわかる。気分が高揚している。
そうよ。
今日という日をこのまま終わらせるだなんて、有り得ないわ。今日だからこそ、なのよ。
意を決して、告げる。
「今日、この家に泊まって行ってもいいかしら?」
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