第6話 高梨由利子は懇願する

 目が覚めると、目の前には黒髪さんの顔があった。上体を抱き起された形だ。

 あぁ、負けたんだ。


 契約戦プロミスの勝利条件は2つ。

 ひとつは相手に負けを認めさせること。でもあたしは降参なんてしていない。


 もうひとつ。相手が意識を失っている状態で相手の体に触れる、もしくはもう一撃入れること。

 気絶させるだけじゃダメなのは、気絶した状態でも戦える能力を持った子もいるからだ。

 あたしはさっき、最後に気絶した。そして今、この子に触れられてしまっている。あたしの負けだ。


 それにしても、この子、なんか……


「服、どうしたのそれ」


 最後に見た時より、ボロボロになってるような……?

 なんか、いろいろとギリギリのような……?


「あなたを倒した時に、あなたの魔法にやられたのよ」


 あ、あー……、最後の空圧球かー。空圧球さん仕事し過ぎー。


 ……………………。


 なんて、言ってる場合じゃないんだよね。黒髪さんが、続けて言ってくる。


「さて、それでは契約についてなのだけれど」


 ……来た。

 契約内容。ある程度の予想はつく。

 わざわざこんな手の込んだことをしたんだ。軽いお願い事で済むわけがない。


 ――まず考えられるのは、魔法具の作成。

 この子は魔法少女としては魔力量が少なすぎる。今後も魔法少女として活動するつもりなら、新たな魔法具を手に入れて出来ることを増やす必要がある。


 これが軽いお願い事で済まないのには訳がある。魔法具は強力なアイテムだけど、その作成には大きな代償を伴うんだ。


 普通の魔道具なら、その辺にある小物とかに魔力を込めるだけで作ることができる。そしてそのために消耗した魔力はいずれ回復する。

 でも魔法具の場合、魔法少女の魔力の器そのものを使って作成する。消耗した魔力が回復するのは、器があるから。器そのものが無くなれば、そんぶんの魔力はもうどうやっても回復しない。

 ゲーム的に言うならMPを消費して作るのが魔道具、最大MPを削って作るのが魔法具、ってとこかな。


 あたしの場合、今の魔力量が半分も減るだけでもうまともに活動できなくなる。

 それでも中型の魔獣くらいなら倒せるだろうからBランクは維持できるだろうけど。

 でもあたしにだってちょっとした目的はある。その目的のためにも、今より弱くなるわけにはいかない。


 ――もうひとつ、考えられるのは隷属系の契約。

 さすがに奴隷みたいな扱いは無理だろうけど、常に同行してサポートし続けるくらいの契約は有効なはず。


 でもこれはあまり考えられない。この子とあたしとでは実力が違い過ぎる。

 そこそこ善戦はしたつもりだけど、それはこの子が魔法戦闘そのものに慣れていなかったから。

 もう一度戦ったら、多分もう手も足も出ない。それくらい実力に差があるんだ。


 この子の実力があれば、もっと強い魔法少女と普通にチームを組むことだってできるはず。だからあたしなんかと組むメリットが無い。

 十中八九、契約内容は魔法具の作成だ。でもそれだけはなんとしても避けないといけない。


「いいかしら? 契約締結プロミスリンク



  ―― 契約締結プロミスリンク ――



 この合言葉キーワードの後に続く言葉には強制力が伴う。

 このままでは、あたしの魔法少女活動に大きな障害が発生してしまう。


 なんとしても! 避けないと! そのためには、相応の誠意を見せなければ!

 専属サポーターでもなんでも――やってやる!


 まずは! 土下座して!


「お願い! なんでもするから!」

「私とお友達になってもらえるかしら」


 …………。


「……えっ?」

「えっ? 今なんでもすると言ったかしら?」

「え……? えぇ……?」

「なんでもしてもらえるなら契約は成立ね」


 なんか、ホクホク顔で手を握ってくるんだけど……。

 えぇぇ……? なにそれぇ……?



  ━━━━━━━━━━━━━━━━



「えーっと、ちょっと確認いいかな?」

「何かしら? いいわよ」


 いや、確認して何がどうなるってこともないんだろうけど……。


「契約の内容さ、友達って……そのまんまの意味の友達?」

「友達は友達でしょう?」


 そうだよねー。友達は友達だよねー。

 友達という言葉の裏に下僕だとか手下だのといった意味が隠されてたりなんてしないよねー。


「いや、言っちゃなんだけど、もっとでっかい契約だって結べたと思うんだけど?」


 まぁ、今更やり直しとか無効だから言うんだけどね。

 でもわざわざあんな手の込んだことしてまで友達って。いや普通に誘えばいいじゃん。


 とか思ってたら……なんか、神妙な顔し始めてるんですけど?


「あなたは何も知らないからそう言えるのよ。私と友達になるというのがどういうことなのか」


 えぇ……、どういうことなの……?


「私はね、嫌われ者なのよ。学校でも皆から距離を置かれているわ」


 そ、そうなの?

 いや確かにちょっととっつきにくそうなところはあるけど。でも美人だし? 人気ありそうだけどなぁ。


「この前も、用事があってクラスメイトの女子に声を掛けたのだけれど、用事が済んだら悲鳴を上げて逃げて行ってしまったわ」


 ほう。


「その後、友人に報告していたわ。私に話し掛けられたって。よほど嫌だったんでしょうね」


 ふむ。


「普段も、周囲から視線を感じるわ。でも目が合いそうになるとすぐに逸らすのよ」


 ははぁ。


「妙に熱っぽい視線で、頬も紅潮していたわ。何か怒らせるようなことをしてしまったのかしら」


 なるほど。


「それに――」

「ストォーーーーーップ!」

「……いきなりどうしたの」

「いや、ちょっと確認なんだけどさ」


 そう、確認。確認しておかなければ。


「なんか、明確にいじめられたりとかした? 物投げられたりとか」

「無いわね。きっと投げる前に気付いたんでしょう。全て払い落とされると」


 ねーよ!


「歩いてる時にわざとぶつかって来るとか、ちょっとツラ貸せやぁ、とか」

「無いわね。きっと本能的に敵わない相手だと気付いていたんでしょう」


 気付かんわ!

 あたしだって実際に戦って初めて気付いたわ!


 あーもう、これアレだわ。高嶺の花ってやつだわ。マンガとかでよくあるやつだわ。

 周囲から神格化され過ぎて本人は避けられてると思っちゃうやつ。マンガやラノベの中の話だと思ってたけど現実でもあるんかー。


 まぁ、なんだ。

 実際浮世離れしてるようなとこあるし、どうしても浮いちゃうんだろうね。

 とりあえず悪い子じゃなさそうだし、なってあげますか、お友達。


 というかさすがにこれは放っとけないでしょ。

 いろいろ教えてあげないと。魔法少女のことも、世間のことも。


「それじゃあ、あたしでよければ友達になってあげる。あたしは高梨由利子。由利子でいいよ。よろしく」

「では由利子。私は沙々霧涼子よ。よろしく」

「ん、リョーコね。よろしく」


 まぁいろいろあったけど、終わってみれば黒髪美少女ゲット。

 明日から土日だし、早速お買い物デートとか誘っちゃおうかな? なーんて。


「ところで、由利子の家はここから近いのかしら?」

「んー、近いと言えば近いのかな? 飛べば10分くらい?」


 ふむ、と考える仕草をしながらリョーコ。


「今からお邪魔していいかしら? この服を着替えたいのだけれど」


 あーうん、なるべく直視しないようにしてたけど、ちょっと人前に出ていい格好じゃないよねこれ。

 ワンピースの裾なんて、何本もスリット入っちゃっててヤバい見えそう。


「いいけど、着替え持ってんの? この辺もう開いてる店なんてコンビニくらいしか無いし」

「ええ、着替えの入ったバッグを持って来ているわ。向こうの電柱の陰に置かせてもらっているの」


 なんつー場所に置いてんの……。

 しかし見えそう、と言えばさっき。踵落としされた時、モロに、見えた、件。について。


「ねぇリョーコ。さっき、そのー、見えちゃったんだけど、スカートの中……」

「別に気にするようなことではないでしょう」


 平然としておられる。いや、本人的には確かに問題ないんだろう。

 だってさっき見えたのって、パンツじゃなくて……


「人に見られてもいいように、これを履いて来たのよ」


 本当に何の問題も無いらしい。

 言いながらワンピースの裾を持ち上げようと――いやいやいや!


「見せなくていい! 見せなくていいから!!!」

「ブルマを履いて来たの。これなら問題ないでしょう?」


 ………………。


 人類の英知の結晶。健全とエロスの奇跡の融合。ブルマ―。色は王道にして伝統の紺。

 だ、ダメだ。これ以上直視できん。見てるこっちが恥ずかしくなってくる。

 とりあえず……言わせてもらう。


 ――なんっっでそんなもん持ってんのよ!!!


 そして、直視できない理由はもうひとつ。

 白い布地が――少しハミ出ていたことについては黙っておいてあげよう……。

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